第5章 18
※ なんとか、出来ました。少々推敲が甘いかもしれませんが、目を瞑ってくれると有り難いです。
◇
精神波魔術の衝撃によって体の自由を奪われていたゼーベンヌは、ようやく動かせるようになってきた体を叱咤しながら立ち上がる。黒髪の少年が、こちらに気を払いながら戦ってくれたおかげで、どうにか追撃は免れた。
レイも、不安そうな顔で戦いを見つめているが攻撃は受けていない。これからも、受けさせるつもりはない。
「レイちゃん」
「…………なに?」
「心配しなくても、大丈夫だから」
「…………うん」
ゼーベンヌは、腰に佩いた細剣を引き抜いて両手で構える。魔機妨害砲機術の効果は、いまだに続いている。魔導機械も、魔導機術も使えない。
身を守るには、この剣を使うしかないのだ。
そして隊長は、銃以外の武器を持ってきていない。
必然、戦闘に使える手段は非常に限られてくる。
隊長が戦えないのであれば、自分が前に出なくてはならないだろう。
ゼーベンヌが、そう考えて前に出ようとすると、レイがポツリと呟く。
「…………しんぱいしてない」
「えっ?」
「…………しゅういちは、かつ」
「……!」
「…………ぜったい、かつもん」
「レイちゃん……」
まただわ、とゼーベンヌは思う。
メイビーといい、レイといい、どうしてここまで、彼を信じられるのだろうか。確かに、彼は強い。オーガバーサーカーを一刀のもとに斬り伏せるなど、まさしく団長クラスの戦闘力だ。
だが、それを考慮しても、彼をそこまで信じられるのは何故だろうと思う。
それほどまでに彼を信じられるのは、どうしてなのだろう、と。
結局のところそれは、彼が為してきたことの積み重ねなのだろう。
彼は、そうやって信じてもらえるだけのことを為してきたのだ。
だから今回もきっと大丈夫だと、ある種盲目的に、信じてもらえるのだ。
それは、ある意味危険なことで、そしてとても羨ましいことだ。
誰かから何の疑いもなく信じてもらえるということが、どれほど尊い事なのか、ゼーベンヌはよく知っている。
そしてそれは。
――……隊長。
本来なら、副隊長たる自分が、隊長に対して抱かなければならない気持ちなのだ。この騎士団が、騎士団として活動するにおいて、上司は部下を信じて仕事を与え、部下は上司を信じて指示に従う。
そういう関係を築けなければならないのだ。
今までの自分が、そうした関係をエイジャと築けてきたのかと言われれば、それは、ノーだ。
そして、この数日間の隊長を見て、そうした関係を築きたいと思ったかといわれれば、それははっきりと言える。
イエスだ。イエスなのだ。
ゼーベンヌはまだ、隊長のことを信じ切れない。だけど、信じられるようになりたいと思う。思えるように、なったのだ。
その第一歩目が、ここなのではないのか。
今だって隊長は、修一に対して何某かを伝えていて、それを受けて修一は、真っ直ぐリャナンシーに対して斬り込んでいく。
そこに、恐れや迷いは微塵も感じられない。
それが、彼だから出来るということはないはずだ。
それは、本来なら自分がすべきことなのだ。
隊長が、自分から戦闘を挑み、いまだ撤退の判断をしていないのならば、きっと勝算があるのだ。
それを信じられることこそが、あるべき騎士団の姿なのだ。
ゼーベンヌが、そう結論付けたところで、隊長の右手が動く。
それはまさしく、奥の手、と呼ぶに相応しいモノを取り出すために。
◇
「うおぉりゃあああ!!」
修一は、リャナンシーの動きを止めるべく、遮二無二斬り掛かっていった。エイジャの言葉を百パーセント信じたのかといえばそうではないが、それでもここまで酷使してきた体に更に鞭打って連撃を仕掛けられるほどには、信じている。
「あら、凄いわ。元気一杯ね?」
「やっかましいっ!!」
鳩尾に向かって繰り出した突きを躱され、伸ばした腕を振り上げる。更に踏み込みながら剣を叩き付けた修一は、軽々防御してみせたリャナンシーの右足を踏もうとする。
「危ないわ、それ」
踏み付けを最低限の動作で躱したリャナンシーが反撃しようとし、修一はそれより速く追撃の中段蹴りを反対の足で繰り出す。
それを下がって躱したリャナンシーの顔に、中段蹴りの勢いそのままに後ろ回し蹴りを放った修一は、それすらも躱されたことに苛立ちを覚えつつも、攻撃の手を休めない。
「本当に、しつこいわ」
ぼやくリャナンシーは、しかしどこか楽しげで、確かな技術に裏打ちされた修一の攻撃一つ一つを見極めようもしているようにも見える。
「“スタン”」
「うおっ!?」
修一は、リャナンシーの使った放心魔術を紙一重で避けた。
どのような効果か知らないが、闇属性魔術特有の黒い光に当たるのは勘弁願いたいといったところか。
近付けば爪と牙、離れれば魔術や呪術、遠近どちらでも対応出来るリャナンシーは普通に戦えば非常に厄介な存在であろう。
「“チャフグレネードボム”」
「っ、またかよ!?」
そして、この女は状況判断力も確かなのだ。
時間経過とともに収まりつつあった銀粉を再度撒き散らしてきた。
彼女自身も魔導機術を使えなくなるというのに、効果の切れ目を狙って再行使してくるのは、よほどエイジャたちに銃を使われるのが嫌なのか。まあ、自分が使えなくなるくらいは必要経費だと割り切っているのかもしれない。
そもそも、光線弾機術は非常に威力の高い攻撃である。
それこそ、オーガの表皮を簡単に貫けるほどには。
先程リャナンシーは、自動盾機術によってそれを防いだが、防ぐということはすなわち効くということでもあり、躱さなかったのは、躱せなかったという事でもある。
エイジャは、習得している魔導機術の大半が銃を使って行使するものであり、他の魔導機術をほとんど使えないかわりに、弾系の魔導機術に関してはブリジスタ国内最高峰の威力と精度を誇っている。
そしてリャナンシーは、爪と牙については高い硬度を誇るが、表皮に関してはそれほどでもない。
人間と比べれば頑丈であると言えるが、オーガやボガードなどとは比べるべくもないのだ。
それに、最初に使用した自動盾機術も、初手の光線弾機術四連撃で耐久力を大きく削られており、あれを二度三度と繰り返されると、盾そのものを砕かれる可能性があった。
だからこそリャナンシーは、そうなる前に魔機妨害砲機術を使ったのだ。
女の習得している魔術や呪術の中で、高い攻撃力を持った遠距離攻撃というものは二、三種類しか存在しておらず、遠距離での撃ち合いになれば非常に不利なのである。
だから、相手の飛び道具を封じて接近戦に持ち込むことにしたのだ。自らの不利を埋めるために。
それに、誰か一人にでも噛み付ければ、ここから離脱できるようになるという事実も、彼女にそうさせた。
「あっぶねえ!!」
「ふふふ、今のは惜しかった?」
リャナンシーは、噛み付きを行った相手に、自分に対する愛情を植え付けることができるのだ。
その愛情は、噛み付きの回数を重ねる毎により深いものへと変質させることができ、七回も噛まれれば、リャナンシーのために喜んで死ぬことができるほどになる。
そこまでいかずとも、一度でも噛まれれば親愛の情に近いものを感じるようになり、直接的な戦闘を避けたいと思うようになってしまうのだ。
もし仮に修一が噛まれてしまえば、まるでノーラやメイビーと同じくらい仲の良い相手であるかのように甘い態度を取るようになり、そうなればリャナンシーは、悠々とこの地下空間から脱出を果たしてしまうだろう。
そうなると、よろしくないのだ。
そうならないためにもエイジャは、リャナンシーをここで倒すと決めた。
聞きたい話もあるが、それは優先すべきことではない。最優先は、この事件の責任者であるこの女が行おうとしていることを阻止することなのだ。
この女が現れた時点で、エイジャの最優先事項はそれとなった。詳しいことは、分かる範囲で分かれば良い。それよりなにより、この女のやろうとしていることは、絶対に、阻止しなければならないのだ。
だからエイジャは待つ。自分の奥の手を使うタイミングが来るのを。修一が、リャナンシーの動きを止める瞬間を。
いつでも奥の手を使える体勢で、じっと待った。
そして――、その時は、来た。
それは、修一が通常より深く踏み込んで剣を降り下ろしたことによって訪れた。
修一は、リャナンシーにこの一撃を躱されないように、爪を使って確実に防御してもらえるように、自身の防御を犠牲にしつつも大きく踏み込んだ。
左手の握りを、わざと緩めた状態で。
騎士剣の鍔元近くで斬り付けるほどに接近し剣を降り下ろす修一に、リャナンシーはその思惑どおりに爪を使って頭上で受け止めた。
剣と爪が衝突し、耳障りな音が鳴り響く。それと同時に、緩めておいた左手が剣の柄を滑って離れ、左手のみがリャナンシーの眼前を通り過ぎた。
――――パチン
鳴り響いたスナップ音に、リャナンシーが警戒するより速く、受け止めた剣を伝って冷気が流れ込む。
降り下ろしを防御したことによる衝撃は、リャナンシーの肉体を一瞬だけ硬直させ、その硬直が解ける間もなく、体表を伝う猛烈な冷気によって更に肉体が硬直していく。
加速度的に大きくなっていく肉体的な隙を仕上げるかのように、最後には足裏が地面に張り付いてしまったリャナンシーは、思わず息を呑んだ。
大きく飛び退いた修一の向こう側で、エイジャが、右腰に吊った銃を抜こうとしているのが見えたからだ。
咄嗟に周囲を見回し、まだ銀粉が舞っていることを確認したリャナンシーは、それにも関わらず銃を抜くエイジャに、困惑に近い感情の篭った視線を向け、
「――――」
「っ!!」
――弾かれたように、防御姿勢をとった。
エイジャの眼差しは、はっきりと自分の命を狙っていた。
常識的に考えれば、今の状況で銃を使えるはずがない。
それでもエイジャの眼は、一点の曇りもなくリャナンシーを見据え、射撃態勢に移行した。
だからリャナンシーは、何かがあるのだ、と直感した。
張り付いた足を剥がして跳び退かり、氷付けにされたかのように動かない肉体を無理矢理動かし両腕で急所を防御する。
「――無駄だ」
そこに、エイジャの撃った銃弾が到達し、同時に銃声が響いた。
「なっ!?」
リャナンシーの左腕が衝撃で弾かれ、命中箇所から鮮血が舞う。
驚愕に染まる女の顔を見据えながら、エイジャは再び撃鉄を上げる。照星と照門を合わせて女の右腕に狙いを定めると、そのまま引き金を引いた。
乾いた破裂音、ではなく、ガァーンと重く響く発砲音と、硝煙の匂いを撒きながら、放たれた弾丸は、狙い違わずリャナンシーの右腕を弾き飛ばした。
「ああっ!」
両腕を撃ち抜かれたリャナンシーは、そこから伝ってくる痛みと衝撃に顔を顰めながら、頭の中に浮かぶ疑問を抑えることができなかった。
――何故、撃てるの? その銃は、何?
という疑問を。
そう考えている間にも、エイジャは追撃の手を緩めない。
両腕の次は、機動力を削ぐために両腿に銃弾を叩き込む。
それぞれが赤い花を咲かせながらリャナンシーの肉体に食い込み、両手両足を負傷した女は、しかしそこで唐突に嗤い出しながらエイジャに問う。
「あははは、痛い! 痛いわ!! 本当に!!
ねえ貴方、この弾は銀製? 一体誰が聖別したの!?」
「答える必要があるのかい?」
「そうね! そのとおりだわ!」
「そうだろ」
エイジャは、いきなり笑い始めたリャナンシーに動じる事なく、更に撃鉄を起こした。弾はまだ二発残っている。これを、頭と心臓に撃ち込めば、それで終わりだ。
だというのに。
「“ディストラクション”!!」
「っ……!!」
リャナンシーは、残った喉で詠唱を行う。
今使った乱集中魔術は、特別強力な魔術というわけではない。
ただ、今のリャナンシーが咄嗟に唱えられる位に簡単な魔術であり、その効果も、対象の精神集中を数秒乱すことが出来る程度のものだ。
しかしリャナンシーは、それによって生じたエイジャの隙を突き、負傷しているとは思えないほどの速度で駆け出した。
「っ!」
「待て!!」
慌てて追う修一より速く、集中を乱されて照準が定まらないエイジャの隣を駆け抜け、リャナンシーが向かった先は、――レイとゼーベンヌのいるところだ。
「あはははは!!」
鮮血を撒き散らしながら狂ったように嗤うリャナンシーは、そのままレイに対して真っ赤な爪を振り翳し、
「――させないわよ」
――そこに、ゼーベンヌが立ち塞がった。
お互いの距離が瞬く間に詰まり、
リャナンシーは爪を、ゼーベンヌは細剣を、それぞれ構える。
リャナンシーが右腕を降り下ろし、ゼーベンヌは腰溜めに剣を構えたまま動かない。
「っ!!」
「……!」
眼前に迫る狂爪を、ゼーベンヌは、ギリギリで躱し、きれない。
頬を掠める爪が、ゼーベンヌの顔に赤い線を引き、血飛沫が舞う。
後ろで息を呑むレイの気配と、リャナンシーの向こうで剣を振りかぶる修一の姿。
それらに構うことなくゼーベンヌは、構えた剣を、体ごと、半歩だけ前に出した。
「――っ!!」
それだけで、狙い付けた剣先は、猛烈な勢いで迫ってきていたリャナンシーの体に、左胸に、――心臓に、深々と突き刺さった。
「……かふっ、」
リャナンシーは、自身の勢いをそのまま利用される形で心臓を貫かれ、口から吐血する。
鍔本まで刺さり、剣先が背中を突き抜けたことを理解したリャナンシーは、せめてもう一撃と左手を動かす。
ゼーベンヌはそれを見て、僅かに剣を握る両手に力を込めたが、攻撃を躱そうとはしなかった。
諦めた、わけではない。
信じているのだ。
「う、おぉおおっ!!」
「飛線っ!!!」
こうして、二人が援護してくれるのを。
エイジャが、叫び声とともに無理矢理照準を合わせて引き金を引き、修一が、気合いとともに斬撃を放つ。
銀の弾丸が、リャナンシーの後頭部に当たり、頭蓋骨の中身を撒き散らす。
銀線が、降り下ろされようとしていた左腕を、肩口から斬り飛ばした。
「――――」
リャナンシーの体から力が抜けていき、ゼーベンヌに覆い被さるように倒れ込む。
ゼーベンヌは、鬱陶しそうに左腕でリャナンシーの体を押し、刺さったままの細剣を引き抜くと、そのまま突き飛ばした。
リャナンシーはそのまま仰向けに倒れ、動かなくなる。
エイジャが構えた銃を下ろし、修一がレイに駆け寄る中、ゼーベンヌは、ポツリと呟いた。
「……嘗めんじゃないわよ」
膝と両手の震えを誤魔化しながら、それでもその言葉だけは、はっきりと、言い切ってみせた。
その直後、ゼーベンヌは膝から崩れ落ちた。
※ 次回の更新は未定です。




