第5章 16
◇
延々と歩き続けた末に修一たちが辿り着いたのは、どこにこんなスペースがあったんだよ、と思わせるほどの広々とした空間であった。
面積的な広さは言うに及ばず、高さに関しても相当なものであり、思わず修一が「学校の体育館みてえだ」と呟くのも無理からぬ広さであった。
これほどの空間をどうやって作り上げたのか、それは修一たちにとって知る由もないことではあったが、少なくともここを拵えた者がどういった目的でこれほどの空間を作り出したのかについては、はっきりと分かった。
「……エイジャ」
「隊長、ここは……」
「うん、分かってる」
皆まで言わずとも、分かる。三人が三人とも、この大部屋に入った時点で感じ取ったのだ。血と、腐臭と、――濃厚な死の香りを。
大部屋の向こう、修一たちが入ってきたのとは反対側に伸びている通路の奥から、それは漂ってきている。デザイアのような鋭敏な鼻がなくとも、はっきりと分かるほどの死臭だ。
「……レイ、一回降りてくれるか?」
「…………うん」
修一は、レイを背中から降ろす事にした。レイを背負ったままでは咄嗟に動けないからだ。
ここはすでに敵のテリトリーであり何が起きるか分からない以上身軽でいたかったのだ。ただ、もちろんのこと、レイに何かしらの危害が及びそうになれば全力で対処するつもりではいる。
背中から降りたレイの頭を一撫でしながら「俺から離れないように」と言った修一。その言葉に頷きながら修一の服を掴もうとして、何かあったときに邪魔になると思い直したレイは、自分の服の裾を掴んで代わりとすることにした。
「どうして、こんな空間を作っているんだろうねえ」
「さあ、な。ただ、どうせ碌な理由じゃないだろ」
「やっぱりそうだよねえ」と、エイジャは左腰に吊った銃を抜きながらゆっくりと前に出る。何かしらの罠が仕掛けられていないか確かめつつ、素直に通れそうならそのまま奥の通路に進もうとしているのだ。
いまだオーガたちの姿は見えないが、あれだけ大掛かりな隠し扉を使っておいて他にいくつも出入口があるとは考えにくい。おそらくこの奥に進んでいけばどこかで出会える、はずだ。
――最悪の状況としては、すでにここがもぬけの空で、尚且つこの空間そのものが罠ってとこかな。かなり深いところまで潜ってきてるし、ここを何らかの方法で崩落させられたら俺たち皆生き埋めになるね。まあ、そんな事するだけの時間はなかったと思うし、もともとそんなこと想定して作られた空間じゃないとは思うけど、緊急脱出用の出入口くらいはあってもおかしくないかな。そうなれば、またそこから追跡のし直しになる……? なんだ、あれ?
エイジャが、この大部屋の中ほどまで来たところで気になるものを見つけた。大部屋の左右両側の壁際、そこの地面に不審な痕跡があるのだ。
痕跡は、何か重くて平らなものを置いていたような跡であり、そこそこの大きさのそれが、いくつか等間隔で並んでいる。置かれていた何かは既に撤去されているのか、どこにも見当たらない。
エイジャは、少々不味いかな、と感じた。
痕跡を見たところ、置かれていた物はそれなりの重さと大きさを有しているはずだが、それらを全て撤去しているということは、もしかしたらここから脱出するために運び出したのかもしれない。
この世界には、物の大きさや重量を考えずに持ち運べるようになるアイテムがいくつか存在するため一概には言えないが、それでもサイズや重量が大きいほど動かすのが大変なことに変わりはないのだ。
とはいえ。
「罠は、なさそうだね」
「そうか、なら進もうぜ」
「待ちなさい。念のため、一通り探査機術を使ってみるから」
そうして、ゼーベンヌが探査盤を使おうとしたとき――、
「――た、助けてくれ!」
「んん?」
「おっと、」
「えっ?」
「…………っ!!」
奥の通路から、声が聞こえた。
「今、聞こえたよね」
「ああ」
「男性の声に、聞こえました。……助けてくれ、と」
三人が、先程以上に警戒しながら奥の通路を見る。エイジャは、左手の銃を顔の横まで持ち上げ、修一は騎士剣の鯉口を切る。ゼーベンヌが右腰の銃を抜き両手で把持したところで、通路から人影が現れた。
「助けてくれ、殺される!!」
「……!」
「……へえ?」
「まさか……」
出てきたのは、二十代半ばほどに見える男だ。この地方では珍しい黒髪で、同じ色の瞳は焦燥感に満ちている。ほとんどボロ切れと変わらないほど無残に破れた服と、体中に付着した血の跡が見ていて痛々しかった。
そしてこの男、どことなくではあるが、…………雰囲気がレイに似ていた。
――まさか、この人がレイちゃんの……?
ゼーベンヌは一目見てそう感じた。
おそらく間違いないだろう。
この人は、レイの父親なのだ。
エイジャも、その男の姿を見てレイの父親なのだろうと思った。そしてさらに言えば、修一がもう少し歳を取ればこういう青年になるのではないかとも思えた。レイが、まるで父親に甘えるかのように修一に懐いていたのも、これが原因だったのだろう、とも。
エイジャとゼーベンヌは、銃を腰のホルスターに一旦戻した。
そのままでは、いらぬ威圧感を与えることになりかねないからだ。
さて、思わぬ形での親子の再会と相成ったわけだが、のんびりと喜んでもいられない。見たところ、男は手酷いケガをしているようだからだ。
「はあ、はあ、オ、オーガが! 奥に他の奴らがまだ! ぐうっ!」
片腕を押さえて通路の壁に寄りかかりながらも、慌てた様子でこちらに来ている男を見て、ゼーベンヌは咄嗟にレイを見る。父親の、あんな姿を見てショックを受けていないかと思ったのだ。
「っ…………!!」
そして、案の定レイは目を大きく見開いて、体を硬直させていた。それを見たゼーベンヌが、レイに何か言わなければ、と考えたところで――、
「――おい」
修一が、一歩前に出た。
そしてゼーベンヌが、修一の顔を見て思わず背筋を凍らせた。
「お前、本当に、何をしてやがる……?」
まるで、この場の空気が凍りついたかのような錯覚を覚えるほどの、底冷えする殺気。だが、それも仕方がない。今、修一は、怒りのあまり能力の制御が甘くなっているのだ。だから、事実として大部屋内の気温が下がってきているのである。
修一は今、熱を維持するために外に向かう熱を押さえ込んでいたのだが、それが勢いあまって外気温を奪い始めているのだ。
「この期に及んで、まだ、お前は、――レイを傷付けるつもりなのか!!」
だがしかし、それをゼーベンヌが知っていたとしても、関係ないと首を振っただろう。
それほどまでに、修一は怒っていた。
それほどまでに修一は、目の前の男に――いや、
「俺の前から逃げ、レイを危険に晒し、それでもお前は!!」
目の前に現れたオーガに対して、激怒していたのだ。
「絶対に、貴様だけは許さねえ!! 叩っ斬ってやる!!」
そしてオーガは、レイの父親の姿をしたまま、ニヤリ、と邪悪な笑みを浮かべてみせたのだった。
◇
オーガが邪悪な笑みを浮かべると同時に、通路の奥から更なる足音が響いてくる。
それを聞きながらも修一は、一切オーガから目を離そうとしない。
オーガはレイの父親の姿を借りたまま、ニヤニヤと醜悪な笑みを浮かべ続けている。
「おやおや、こんなすぐにバレるとは。やっぱりアンタ、我々の『人化』を見破れるんだな。宿で聞いたときは半信半疑だったが、これで確信できたよ」
「確信? それがどうした。お前はここで、俺に斬られて終わるんだぞ?」
「ははは、それは怖いなあ、でも、我々だってこんな辺鄙なところでやられたくはないんでね」
そう言い終わると、オーガの背後から新たに二体のオーガが現れた。
ただし、この二体はテグ村に潜入していたようなレッサーオーガどもとは、姿形からして違っていた。
一体は、オーガにしては小柄な体格であるが、まるで熟練の魔術師を思わせるような着古されたローブを身に纏い、長杖や、首元耳元にあしらわれた装飾品の数々からはその身なりに応じた魔力を感じさせた。
もう一体は、通常のオーガより二回りも三回りも巨大な体格をしている。身長は三メートル近い。武器もその体格に見合った恐るべき膂力を思わせる、成人男性の身長ほどの長さの大剣を持っている。そして、空いた手には、何かを掴んでいた。
――オーガウィザードに、オーガバーサーカー、かな。おいおい、こんなのが出てくるなんて、本当にここでは、……何が行われていたんだろうねえ?
出てきた新手を、エイジャは冷静な面持ちで戦力分析している。
そして、そんなことは気にも留めず、オーガが修一に話しかける。
「なあ、そこの黒髪のアンタ」
「…………なんだ」
「我々が、どうやって人間の姿を手に入れていると思う?」
「……さあな」
修一の返答を聞いて、オーガは更にニヤついた笑みを浮かべる。
「なに、実に簡単なことさ、我々にとって人間とは、数あるエサの一つに過ぎない。だが、そんなエサでも使い道がある。それが、『人化』なんだよ」
「……」
修一は、オーガの言葉に相槌すら打たなかったが、それでもオーガは楽しそうに先を続ける。
「我々はな、人間を喰らうとき、その心臓を取り出して一飲みにすることで、その人間の、姿も記憶も、全てを受け継ぐことが出来るんだよ」
「……」
「もちろん、それは殺してすぐか、或いは生きているうちに取り出さなくてはならないから、面倒ではあるのだがな。だが、これで一度人としての姿を手に入れれば、我々は人が住む町だろうと、全く警戒されることなく潜り込むことができる。『人化』した我々をオーガであると見破れる人間など、普通は居やしないのだよ」
「……」
「そう、アンタを除いてな」
「……」
オーガを睨み付ける修一の後ろで、ゼーベンヌが戦慄いた。
「なんてことを……言うのよ」
オーガの説明を聞いて、いや、レイの父親の姿をしているのがオーガだと分かったときから、ゼーベンヌは内心の動揺を抑えきれずにいた。ゼーベンヌは、オーガの持つ『人化』と呼ばれる特殊能力について、それがどういうものであるか知識では知っていた。だが、それを実際に見たのは今回が初めてであったし、加えて、そのメカニズムについての知識が目の前の現象と結びついたとき、ゼーベンヌは喉の震えを止められなかった。
それを、よりにもよってレイの前で暴露してみせたオーガを心底憎みながら、その脳内では、いかにしてこの事実を、レイをこれ以上傷つけないように伝えるべきか、必死で考えていた。
すなわち、レイの父親は、もう――。
「我々も、まさかこんな風にして正体がバレるとは思わなかったが、まあ仕方がない。村に潜り込ませていたレッサーどもや、配下にしていた獣どもはやられてしまったようだが、それでもここらが潮時だということなのだろう」
「……」
「我々はここから去るよ。……ただし、君を殺してからだがね」
「……」
「当然だろう? 我々の正体を見破れる人間を生かしておいたままでは、今後の活動に支障が出るかもしれないだろう? と、いうわけだから、――死んでくれたまえ」
その言葉を受けて、後方に構える二体のオーガがゆっくりと前に出てくる。
オーガウィザードは杖を眼前に振りかざして構え、バーサーカーは左手に持った何かを口元に運び、それに噛り付いた。何かを咀嚼する音が広間に響き渡り、それにともなって血の匂いが漂ってくる。
バーサーカーの持っている何かは、一見して赤黒い色をした塊であった。しかし、そこから漂う血と腐臭によって、それが何かはっきりと分かった。
コイツが今、修一たちの前で口にしているのは、誰かの死肉なのだ。
――わざわざ俺たちの前に持ってきて食べるなんて、レイちゃんのお父さんの姿で現れたあいつといい、悪趣味だね、こいつら。
エイジャが眉を顰めながら腰の銃に手をやる。向こうが戦闘態勢に入るのなら、こちらもそれに応じなければならない。
同じようにゼーベンヌも、微かに残る手の震えを気力で抑え込み、腰の銃を抜こうとする。
しかし、それよりも早く、修一が動いた。
「――――」
二体のオーガの後ろに隠れるようにして立つ、レイの父親の姿をしたオーガを睨み続けていた修一が、一歩踏み出した。
そしてもう一歩踏み出したところで、レイの名を呼んだ。
「レイ」
「…………」
レイは返事をしない。それでも修一は、言葉を重ねた。
「泣くなよ」
「…………うん」
修一がどういう意図で、どういう表情でその言葉を言ったのか、ゼーベンヌには分からなかったし見えなかった。そしてそれを考えるより先に、修一に名を呼ばれた。
「ゼーベンヌ」
「……何かしら?」
「アンタの火を借りる。二十秒だけ、レイを頼む」
「……」
修一の言っていることは、いまいち要領を得ない。それでもゼーベンヌは、「仕方ないわね」と呟いた。
その言葉に篭められた思いの強さを、なんとなく理解できたからだ。
「エイジャ、そっちの杖を持った奴は――」
「二十秒もあれば十分過ぎるよ、シュウ君」
「……そうか、なら」
修一は、騎士剣に左手を添え、右手を前に伸ばした。その指先は、真っ直ぐに、ヒトに化けた化け物を捉えていた。
その形相は、――鬼よりも尚、鬼気迫るものであった。
――地獄より熱い地獄を、
「喰らえ」
――――パチン
◇
修一が指を打ち鳴らすと同時に、エイジャも左腰の銃を抜く。
鬼の魔術師が自身の目の前に岩の壁を作り出し、大鬼が齧っていた死肉を投げ捨てた。
化け鬼が奥の通路へ入り込もうとして、いきなり、慌てたように咽喉を押さえた。
まるで、咽喉が焼けたように痛い。熱い。苦しい。声が出せない。
呼吸が、出来ない。
「!!! ――――ッ」
修一が、剣を振りかぶる大鬼目掛けて突進してその懐に潜り込もうとし、大鬼が、それを受けてそれより早く剣を振ろうとする。
エイジャは、射撃の直前に現れた石壁魔術を見て、射撃目標を変更する。目の前一帯を薙ぎ払おうとしている大鬼に向けて、立て続けに三発発射する。
石壁の向こうから、鬼の魔術師の詠唱が聞こえていた。
「“スタンバレット”」
「“グレートスネア”」
エイジャの麻痺弾機術によって攻撃動作が数瞬止まった大鬼を斬り抜こうとした修一は、大物足掛魔術によって走り込む勢いそのままに前のめりに転倒した。
化け鬼が、咽喉を抑えたまま目を見開いて悶えている横で、鬼の魔術師は更なる詠唱を行い始めた。
エイジャが、残り一発を再び麻痺弾機術として大鬼に撃ち込み、修一を援護した上で再装弾機術を行使する。
「“オートリロード”」
「“アースランス”」
腰のポーチに入れていた弾が一瞬で左手の銃に装弾される。
鬼の魔術師は、エイジャの立っている地面一帯に岩の槍を生やした。
修一が、転倒と同時に受身を取り、流れるような動きで立ち上がる。
大鬼は麻痺の解けた体を無理矢理動かして修一の斬撃を防いだ。
「喰らえっ!」
「ガアッ!!」
鞘から抜きながら振るった騎士剣とすでに血がベッタリと付いている大剣がぶつかり合い、ガキンと激しい金属音が鳴る。
エイジャは、足元から突き上げてくる石槍をデザイア直伝の軽やかなステップで躱しながら、石壁に銃を向ける。
次の一手は光線弾機術だ。
「“レーザーバレット”」
ゼーベンヌよりも遥かに高威力なそれが、石壁に当たってひびを入れた。まだ、青は藍より出でて藍より青し、とはいかないようだ。
二発、三発、四発と全弾撃ち切り、エイジャはもう一度再装弾機術を行使する。
修一と大鬼が斬り合っているのを横目に、岩壁が壊れるまで撃ち続けてやろうとしたが、それより先に鬼の魔術師が撃ってきた。
「“エントラップ”、“ストーンブラスト”」
岩壁の表面が盛り上がり、大量の石飛礫がエイジャを狙って飛来する。
ゼーベンヌが、レイを抱えて石飛礫魔術の範囲外に走る。
エイジャも石飛礫を躱そうとして、足元に現れた土の腕に足首を掴まれた。
土腕魔術によって生じた腕は、ガッチリと掴んでエイジャを放さない。
「しまっ――」
慌てて両腕で顔を庇うエイジャに、数発の石飛礫が突き刺さる。
苦悶の声をあげるエイジャに、修一はそちらを見ようとして失敗する。
大鬼の攻撃は、苛烈を極める。避けられないこともないが、余所見をしている余裕はない。
ゼーベンヌが「隊長!!」と叫び、腰のポーチから何かを引き抜いて放り投げた。
――く、不味い、早く破壊しないと!
エイジャが、足元の腕に向けて銃を構えたところで、再び石壁の表面が盛り上がった。
そのまま吹き出してくる石飛礫がエイジャに命中する直前、エイジャの目の前に氷の壁が発生した。
石飛礫は氷壁に衝突し、微細な氷を撒き散らしはしたが、貫通には至らなかった。
「ありがとシュウ君!」
足元の腕を撃ち壊したエイジャは、今にも砕け散りそうな氷壁を回り込むべく走り出す。
左手を打ち鳴らしていた修一は、感謝の言葉を聞き流しながら、大鬼の剣を躱して空いた胴体に剣戟を叩き込む。
修一は勢い込めて斬り付けたのだが、しかし斬り裂けたのは薄皮一枚ほどだった。
――くそ、やっぱ硬え! 刃が通らない!
口から泡を吹き始めている化け鬼より、大鬼の体表は更に硬い。
騎士剣の切れ味が悪いわけではないというのに、まるで歯が立たない。
何食ったらこんな硬くなるんだよ、と言おうとして、先程喰ってるモノを見ていたのを思い出し、より不機嫌になる修一。
渋い顔のまま、二歩分距離を取る。
「ガアアアッ!!」
反撃に、両手で叩きつけるように振り下ろされた大剣が、地面に衝突してめり込んだ。
修一はきちんと受け流したはずなのに、騎士剣を伝わってくる衝撃に手が痺れそうになる。
舌打ちしながら踏み込んで、振り下ろされた大鬼の手に剣を叩きつけると、今度は先ほどよりも食い込んだ。
大鬼の右手親指から、骨の軋む音が聞こえ、血飛沫が吹き出す。
それでも大鬼は、全く堪えた様子もなく更に剣を振り回してくる。
――こいつ、痛覚がないのか!?
猛烈な風圧をともなって振られる大剣は、当たればまさしく一撃必殺だ。
修一の、一般人より多少頑丈というだけの防御力など、紙屑のように貫いてくるだろう。
修一が、ほんのりと冷や汗を掻きながら大剣の乱撃を躱す。
不意に、石壁の根元から炸裂音が響いた。
――――ズガアァンッッ!!!
何が起きた、と修一が思う前に、猛烈な衝撃波と熱波を感じ、これがゼーベンヌの投げた砲弾による擲弾砲機術だと察した。
修一は、このアジトに入る前にゼーベンヌが使った擲弾砲機術と同じように、その熱をかき集め、今ものたうち回っている化け鬼に向けてそうしたように、小さく高温にさせた熱の塊を、大鬼の顔にぶつけた。
身の丈三メートル近い大鬼の顔には斬撃が届かない。だが、遣り様はいくらでもある。
そして、他人の死を冒涜するような奴らの振る舞いに、えげつない手法を自重する気も失せていた。
――これならどうだ!!
化け鬼が、それを口に入れられたせいで口腔から気管支にかけてを悉く焼かれたように、大鬼は右目を一瞬で黒焦げにされた。
痛覚を感じているのかも怪しい大鬼だが、流石に視界を遮られれば苛立ちを露にした。
それは、ただでさえ苛烈な攻撃を更に強烈にすることになるが、怒りで単調になった攻撃である以上、修一にとっては避けやすくなったに等しい。
デザイアが使っている、速度と正確さを兼ね備えた剣技の方が、いくらか躱し難いほどだ。
そう考えれば、目の前の大鬼は確かに強いのかもしれないが、それがデザイア以上かと問われれば、そんな訳がない、とはっきり断言できる。
それなら――。
――あとは、こいつに通用する技を叩き込めれば……!
修一が、大鬼を斬るための隙を探している間に、エイジャの両目は、砲弾の炸裂によって砕けた石壁から姿を現した鬼の魔術師を捉えた。
流石ゼーちゃん! と、内心で褒め称えながら氷壁の端まで駆けて来たエイジャは、慌てて残った石壁の裏に隠れようとする鬼の魔術師を、ここで仕留めると決めた。
大鬼の顔に向けて、残った弾を信号弾機術として発射したあと、左手に持っていた銃を投げ捨てる。
そして、懐に両手を突っ込んだエイジャは、
「――“レーザーバレット”ッ!!」
――魔力の大盤振る舞いによって、都合二十発にも及ぶ光線の乱れ撃ちをお見舞いした。
修一が、奥義を放つための隙を誘い出そうとしたところで、大鬼の顔面に一発の弾が命中する。これが唯の標準弾機術であれば、大鬼は何の痛痒も感じなかっただろう。
だが、衝突と同時に多量の光を放った信号弾機術によって、大鬼は残った左目の視界まで奪われた。
両目の光を失った大鬼が少しだけ怯み、修一はその隙を最大限に活用する。
修一は、騎士剣を鞘に戻した。
戻して――。
――白峰一刀流剣術奥義ノ七、
「――涅槃寂静剣」
戻した姿勢のまま、動かなかった。
いや、動かなかったように見えたのだ。
剣を抜いた音も、動作さえも見せず、ただ一刀のもとに、
――大鬼の腹部を、真一文字に掻っ捌いたのだ。
「……グァオウ?」
唐突な一撃に、視界を失っている大鬼は疑問の声をあげた。
やはり痛覚がほとんどないのだろう。
自分の体がどうなっているのか、いまだ理解できていないのだ。
しかし、頭が理解していなくても、体は重力に従って倒れていく。
当然だ。背骨まで含めて断ち切られた腹部からは血と内臓が零れ落ち、僅かに背中側の筋肉と表皮だけで繋がった肉体は、もはやその自重を支えることができないのだ。
自らの意思に反して膝を付く大鬼。
その、差し出された首を――。
「破断鎚」
いつぞやの、化け物の親玉のように跳ね飛ばした。
鬼の表皮も、魔剣の強度には及ばなかったらしい。
転がる首を一瞥し、ふと気になってエイジャに目を向ける。
今も尚放たれ続ける光線弾機術は、曳光を残しながら次々と岩壁に叩き込まれていた。
すでに、岩壁にその一撃一撃を受け止めるだけの耐久力は残されていない。
ほんの数秒の内に撃ち尽くされたデリンジャー十艇分、計二十発の弾は、その悉くが鬼の魔術師の肉体と体力と、生命力を削り取った。
体中を穴だらけにされた鬼は、ふらりとその体を揺らしたかと思うと、その場に倒れ伏した。
もう二度と、立ち上がることはできないだろう。
少し遅れて、体中の穴からゆっくりと血が流れ出し始める。
そして、エイジャが最後に撃った銃の銃口に息を吹き掛けながら、呟いた。
「きっかり二十秒、流石だね、俺たち」
その言葉に異を唱える者は、この場に誰一人としていなかった。
* 明日十二時に次話を投稿、したいとます。




