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第5章 14

 ◇




「とまあ、さっき俺がオーガに投げてたのが、ちょっと前にゼーちゃんに付けられてた追跡機だよ。あれと、俺の斥候術で血の跡を調べれば、どこに逃げ込んだかくらいは分かると思うんだ」

「……どうしてアンタはそんなもの付けられてるんだ?」

「さあ? 俺がよく問題を起こすから、どこにいるのか常に把握しておきたいんじゃないのかな?」

「ゼーベンヌもなかなか振り回されてるんだな……」


 装弾を終えたエイジャと、レイを慰めている修一が、座り込んだまま次の行動について話し合っている。

 そこで明らかになったエイジャの普段の様子に、修一は軽く溜め息を吐く。仕事で手抜きをしないのなら問題はないかもしれないが従う部下は大変だろうな、と修一は金髪の副隊長に同情した。


「ある意味、俺の信頼の証でもあるんだけどね。これくらい大丈夫でしょ、っていう。前任者のときはもっと無茶してたし」

「……なんで代わったんだ? まさか、お前の無茶が祟って心労で倒れたとか?」

「いや、他の団員と結婚したんだ。いわゆる寿退団ってやつだよ」

「そうか、それなら良いが……」


 なんだか宝塚みたいな言い方である。この世界に宝塚はないだろうし、騎士団を辞めるから退団と言っているだけだろうが。


 ――こっちの世界でも寿退社みたいな言葉はあるんだな。まあ、目出度い事なんだろうけど。……ん?


 修一が益もないことを考えていると、服を引っ張られた。自分の胸元に顔を向けた修一を、ようやく泣き止んだレイが見上げていた。


「…………ねぇ」

「どうした?」

「…………その、……ごめんなさい」

「ああ……、もういいよ、子どものお漏らしなんて良くあることだ、気にしてない」

「…………!」


 修一の言い方には、いちいちデリカシーがない。小さくても女の子であるレイは、今の言い方に頬を膨らませてそっぽを向いた。服をギュッと掴まれ、これ以上引っ張られたら襟が伸びるな、と修一はどうでもいいことを考える。


「シューイチ君、今の言い方はないね、あんまりだよ」

「そうか? ……そういうもんか」


 エイジャに愚か者を見るような目で見られた修一は、それに頷くように更に服を握ってくるレイの反応を受け、渋々納得した。仕方なく、ご機嫌取りのようにレイの頭を撫でることにする。


「悪かった悪かった、レイは可愛い女の子だもんなー。今のは失礼だったよ許してちょうだい」

「…………っ」


 まさしく子どもをあやすときのような口振りで、他にも適当なことを言ってみせる修一。ただ、レイも頭を撫でられているうちに段々と顔が緩んでいっていたため、とりあえず機嫌を直してくれたのだろう。存外現金なものだ。

 しかし、子どもの機嫌を直すのって思ってたよりも楽なもんだな、と子持ちの親が聞けば怒りそうな事を考えていた修一は、次のレイの発言に凍りついた。


「…………なんだか」

「うん?」

「…………おとうさんみたい」

「…………は? ――――エイジャ!!」


 数瞬呆けた後、勢いよくエイジャを見る。「俺ってそんなに老けてるか!?」と問おうとして、「雰囲気がって事でしょ」と言わんばかりの視線を向けられる修一。

 だが、今の一言は修一なりに、かなりショックであった。小さい子どもに「お父さん」と間違って呼ばれるのは男子高校生にとって致命的な一言なのだ。ちょっと大人びていた高校の同級生は、その一言を浴びてから一週間ほど燃え尽きたようになっていた。


「…………?」


 ただ、そう言ったレイはまるで気にしておらず、もっと撫でてと言わんばかりに頭を摺り寄せてきた。まるで父親に甘えているみたいだと思った修一は、思わず「止めてくれ!!」叫び出しそうになる。

 そこに、エイジャがそっと耳打ちをした。


「(言っとくけど、レイちゃんの両親も失踪者の中に入ってるからね)」

「(!? ……マジか?)」

「(うん。だから、久々に誰かに甘えたいんだよ。それくらい察して優しくしてあげなよ)」


 そんな事を言われても、と思わなくもなかったが、大概お人好しな修一はそういう事を言われるとどうにも弱いのである。だから、言いたいことをグッと飲み込んで、優しくしてあげることに決めた。どうせこの事件が解決するまでの事だろ、という考えも、修一にそうさせたようだ。


「(…………はあ、分かったよ。)……レイ」

「…………なに? ……わぷ!?」

「ほうれほうれー」


 レイの頬を両手で挟んで、ぐねぐねと捏ね回す修一。些か乱暴かもしれないが、修一には、小さいころお婆ちゃんにこれをされて喜んでいたという記憶があった。だから、驚くレイに構わずそのまま捏ね回し続けることにする。


 レイも、これが修一の拙いなりに一生懸命なスキンシップだと気付くと、「やあぁ、」と嬉しそうな声を出す。形ばかり嫌々として修一の手から顔を外すと、修一の胴体に両手を回してがっしりとしがみ付き、胸元に顔を押し付けた。

 修一は、実に嬉しそうに一生懸命しがみ付いてくるレイの背中を、背骨に沿ってスウゥっと撫で上げる。くすぐったいのかビクッとなるレイに、修一が二度三度と同じ事を繰り返すと、顔を真っ赤にさせたレイが怒ったような顔で見上げてきた。


「…………っ!!」


 頬を膨らませて無言の抗議をしてくるレイに取り合わず、再び修一が背中を撫で上げる。堪え切れなかったレイが「ふやっ!」と、可愛らしい声をあげた。そんなレイの小さな鼻をキュッと摘まんだ修一は、もう一方の手で咽喉から顎にかけてをさわさわとくすぐる。


「うりうり」

「!? やああぁ……!」


 顔を振って修一の手を振り解こうとするレイ。そう来るか、と修一は、桜色に染まってきたレイの両耳を摘まみ、それぞれ優しく親指の腹で揉んでやる。耳たぶなんかは特に柔らかい。そのままくにくにと揉んでいると、くすぐったいのか恥ずかしいのか、更に顔を真っ赤にさせたレイがちょっと痛いくらいに修一の体を抱き締めて顔を押し付けてきた。


「~~~~!! ふぁ、ああぁ!」


 耳を触られるくすぐったさに我慢の限界が来たレイが、泣きそうな声をあげる。ただ、実際はとても気持ち良さそうにしているということが修一には分からないため、修一は慌てて耳から手を放した。


「あっ…………、みゅゃあ!」


 一瞬悲しそうな声を出したレイは、直後に修一に首筋を撫でられて子猫のような声を出す。後頭部の生え際から肩甲骨の間くらいを何度も摩られて、次第に抱き付く力が弱まってきた。これ幸いと修一は、レイの体を引き剥がして反対向きに座り直させる。安座になった上に座椅子に座るみたいに腰を下ろさせ、そのまま後ろから腕を回して抱き締めてやった。


 レイが、両肩の上から回された修一の両腕を、自分の腕でギュッと引き寄せて頬擦りする様は、見ていて微笑ましいものがあった。後ろから耳元に息を吹き掛けられ、抱き締められているせいで逃げられずに悶えているのも、まあ、微笑ましいといえた。


 そしてその後もしばらくの間戯れていたのだが、その辺は割愛する。

 別に、ここで見せられないようなことをしていたわけではないのだが、あんまり詳細過ぎるとそういう性癖があると疑われかねないのでこの辺りで止めておく。


 誰が、とは言わないが。


 ちなみに、途中で修一が「こんな感じでいいのか?」という意味の視線をエイジャに向けたのだが、帰ってきたのは「良いんじゃない? やりすぎだと思うけど」という感じのぬるーい視線だった。修一はその反応に、本気で首を傾げていた。




「…………へぷちっ」

「ん? 寒いのか?」

「…………うん、ちょっと」


 最初に会った時よりも幾分か柔らかな表情を見せるようになってきたレイが、不意にくしゃみをした。そういえば漏らしたモノをそのままにしていたな、と修一は気付く。ドライヤーを使ったみたいに加熱して乾かそうかとも思ったのだが、乾かすと匂いが染み付いて取れなくなりそうなのでそのままゼーベンヌが来るのを待っているのだ。


「エイジャ、ゼーベンヌはまだ来そうにないのか?」

「うーん。もしかしたら、向こうでも戦闘してるのかもねえ。村の方向が明るくなってるし、さっき何度か爆発音が聞こえたし」

「そうか」

「うん、…………お、噂をすれば、来たみたいだよ」

「やっとか、……って、あれは?」


 修一が村の方向に目を向けると、丸いライトで前方を照らしながら高速で近付いてくる何かが見える。なにやら見たことのある形で聞いたことのある音だな、と修一が思っていると、おもむろにエイジャが腰の銃を抜いて上空に向かって構えた。


「“シグナルバレット”」


 強い光を放ちながら上空に向かって飛んでいく信号弾機術シグナルバレットが、パンという音とともに上空で一際強く輝く。エイジャたちの位置を示すそれを見た彼女は、ハンドルを切って方向を変え、やがて修一たちの前に到着した。修一が、エンジンのアイドリング音を聞きながら興味深そうな目でバイクを眺めている。


「やあゼーちゃん、よく来たね」

「お待たせしました、隊長。これ、魔香水です」

「おっと、ありがとね。ちょうど欲しかったところだよ」


 早速香水を自分の体に振りかけ始めたエイジャ。この男も、香水の使い方はそれなりに知っているらしい。


「アンタそれ、ひょっとしてバイクかよ。そんなモンまであるのか……」

「シューイチ、だったわね。さっきはごめんなさいね、貴方の話を信じられなくて」

「いや、まあ、それはもういいんだけどよ。……ちょっといいか?」

「何かしら? ……あら、どうしてレイちゃんがここに居るの?」


 修一が事情を説明して軽洗浄魔術の使用をお願いすると、ゼーベンヌは快く引き受けてくれた。

 オーガの振る舞いについて聞いたときに恐ろしい形相を見せたのと、レイが修一にえらく懐いている事に少しばかり複雑そうな顔をしたのはさておくとして。


 それよりもゼーベンヌは、隊長に内緒でこっそりと付けていた筈の追跡機がいとも簡単に見破られていたことにショックを受けていた。もっと言えば、エイジャたちがここにいた時点で内心ちょっぴり動揺していたが、それを顔に出さず「お待たせしました」などと言っていたのだ。

 そこにエイジャから、「斥候術って、敵の追跡を振り切るときにも使うからね?」という慰めを受けたものだから、ゼーベンヌは「良い面の皮じゃないですか!」と頭を抱えて悶えた。可哀想に。


「ごめんね。俺が置きっ放しにしてたポーチを取りに行ったら、ゼーちゃんが真面目そうな顔で追跡機を付けてたから、言うに言えなくて。もっと早く気付いてることを教えとけば良かったかな?」

「……いいえ、そうしたら今回に活用できなかったでしょうから、隊長の判断は間違いではありません。ええ、ありませんとも、……くううっ!」

「全然納得できてないように見えるけど、大丈夫か? ゼーベンヌ」


 ようやくレイの粗相の跡を消せた修一が、ゼーベンヌに声を掛ける。しかし、「大丈夫よ、貴方に心配されるようなことじゃないわ」と呻くゼーベンヌにそれ以上掛ける言葉が見つからなかった修一は、代わりにエイジャに話を振ることにした。


「で、ゼーベンヌが来たけど、追跡できそうなのか?」

「勿論さ。ゼーちゃん、もう一度追跡機の位置を調べてくれ」

「……分かりました。“ターゲットサーチ”」


 ゼーベンヌの持つ探査盤に一つの光点が浮かび上がり、その距離と方角を示す。それを見た修一が「レーダーみてえだ」と呟いた。

 エイジャもそれを確認し、腰のポーチから小さな円筒を取り出す。


「“フラッシュライト”」


 エイジャの持つ円筒から強烈な光が照射される。

 小型の懐中電灯のようなそれを地面に向けて照らし、目線を下げて血痕を確認する。


「……うん、大丈夫そうだ。あれだけ深手を負っていればそうそう血は止まらないだろうし、そもそも目的地点が分かってるんだから辿り着けるよ」


 自信満々なエイジャを見て修一は若干の不安を覚えたが、まあ、本当に大丈夫である。斥候隊隊長直々の、地獄のような訓練を経験したエイジャが、この程度の追跡を失敗するなど有り得ない事であるのだから。




「さて、人も揃ったし、準備も整った。あとは向かうだけなんだが……」

「レイちゃんをどうするか、よね」

「二人はどうしたい? 俺は、村に入ってもらうべきだと思うけど」


 エイジャの言葉に二人は頷く。もちろん、それがベストだ。これから危険な戦闘を行う場に、小さな子どもを連れて行きたくはない。

 しかし、それをレイが拒む。もっと具体的に言えば、修一と離れるのを嫌がるのだ。


「…………」

「なあ、レイ。もう一度言うけど、放してくれないか? そんで、村に入って待っててくれよ」


 レイは首を横に振って、はっきりと拒絶の意思を示す。今も、修一の足にしがみ付いて離れようとしないのだ。先程も無理矢理引き剥がそうとして泣かれそうになったため、どうにも扱いに困る。修一は、やっぱり子どもの相手は面倒だな、と内心で愚痴るが、兎に角、方針を決めなくてはならない。


 おそらく一人で帰らせようとしても、レイは付いてこようとするだろう。

 村まで誰かが確実に送り届けないと、結局後を付けてこようとして危険な目に遭わせてしまいそうだ。


「…………」


 そこで修一が一緒に村に帰ってやれば、一番話は早い。レイは喜んで付いてくるだろう。ただそうなると、今の状況から考えて修一は戦闘に参加できなくなる。村から離れられなくなるだろうし、村から出てきたとしても、エイジャたちと合流する術がない。


「俺は、ここまできた以上シューイチ君にも戦闘に参加してもらいたい。君の戦闘能力は非常に魅力的だ」

「俺だって、あの逃げたオーガを叩っ斬ってやりたいよ」


 エイジャやゼーベンヌにしても、修一から離れるのを嫌がるレイを連れて村まで戻るのは一苦労だろう。ゼーベンヌなら、バイクで村まで送ってメイビー辺りにレイを預け、そのままとんぼ返りで先行する二人に追い付けるかもしれないのだが。


「残念だけど、後ろに乗せてる時に暴れられでもしたら、それこそ危険よ」

「……ヘルメットもないもんな」


 それなら、修一がゼーベンヌのバイクを借りてひとっ走りするのはどうだろう。予め魔力を込めておけば、村までの行き帰りくらいは保つだろう。だが、実を言うと修一はバイクに乗れないのだ。修一の住んでいた町では公共交通機関が整っていたし、近場なら自転車で十分だったため、今まで乗ったことがない。


「原付免許すら取ってなかったからなあ……」

「ゲンツキメンキョってなんだい?」

「俺の故郷では、バイクに乗るにはそれがいるんだよ」

「へえ……、ああ、免許のことか、なるほどね」


 ゼーベンヌの使っている魔導二輪車は、修一の世界でいうところのナナハンよりも大きいのである。素人の修一には、とても乗り回せそうにない。ゼーベンヌは手足の如く乗り回しているが、それは年季の違いというものだ。



 結局、レイと修一を上手く引き剥がす術がなければ、レイを連れていくか修一ごと置いていくかのどちらかしか選びようがない。だからエイジャは、悩んだ末に決断した。


「仕方ない、シューイチ君、君はレイちゃんを連れて村に戻ってくれ」

「なっ! ちょっと待てよ、俺だって!」

「君の気持ちは分かる。俺だって君に付いて来てもらえれば心強い。だが、それによってレイちゃんを連れていって危険に晒すという判断は、やっぱり俺には出来ない」

「それは……」

「それに、……元々君はこの件に関係ない。君だって言っていただろう? 手伝えねえぞ、と。それなら、この任務を預かっている俺とゼーちゃんの二人で行くのが道理だろう」

「……むう」


 そこまで言われてしまえば、修一には反論する術がない。

 修一だって本来は手伝わないつもりだったのだ。それが、たまたま目の前に怪しい奴がいて、それが偶然この事件に関わりのある者だったから、ここまで一緒に追ってきたに過ぎない。ソイツを斬り倒したいとは思うが、それはエイジャたちが代わりにやってくれるだろう。

 それに、村の方も心配ではある。ゼーベンヌに聞く限りではひとまず村の中での戦闘は終了しているらしいが、それでも、またオーガたちが大挙して訪れないとも限らないのだ。それを心配するのは杞憂というものかもしれないが、修一にとって最優先はノーラの安全だ。それなら、村に戻ってエイジャたちの帰りを待つほうがいいだろう。


 そうやって、修一は自分自身を納得させようとする。この男は直情的なところはあるが、それでも理性的に現状を判断し、最適な行動を導き出そうとすることが出来る。周りから奇特に見られる行動も多々あるが、それだって、自分に出来る事と出来ない事をきちんと検討し、そのうえで選んだ行動なのだ。

 そして、修一の理性は、エイジャの提案を呑むべきだと判断した。

 だからエイジャに「分かった」と言おうと――――




「…………ん?」

「…………」




――――して、レイが、こちらを見上げていることに気付いた。心なしか、先程よりも力を込めてしがみ付いてきているようにも思う。

 何だろう、何か言いたいことでもあるのだろうか、と感じた修一は、知らずの内にレイに問いかけた。


「レイ、どうした?」

「…………」


 レイは修一の問いにすぐには答えず、若干不安げな様子で視線を揺らしていたのだが、やがて意を決したとばかりに口を開いた。


「…………ねぇ、おと――、……しゅういち」

「お、おう」


 今、恐ろしい呼ばれ方をされかけたが、スルーする。そこは大事なことではない。


「…………わたしも、いきたい」

「……行きたいって、どこに?」

「…………ついていきたい。つれていって」


 そう言ってレイは、エイジャとゼーベンヌを指差した。

 そうされた二人は僅かに驚いた様子だったが、黙ったまま次の言葉を待つつもりのようだ。

 だから修一が、その続きを促した。


「どうして?」

「…………どうしても」

「あの二人は今から危ないところに行くんだ。レイが付いて行くと余計に危ないかもしれない。俺が一緒にいてやるから村に帰ろうぜ?」

「…………いやだ、ついていく」

「……レイ?」


 レイは頑なに付いて行くと言い、村へ帰ることを嫌がっている。

 初めは、修一と離れたがらないのかと思っていたが、どうやら少しばかり事情が違うようだ。

 修一は、不安そうな瞳でこちらを見上げてくるレイの瞳をジッと見つめていたのだが、――やがて気付く。

 もしかしたら、と。



 ――ああ、そうか、こいつは…………。



「なあ、レイ。そこまで付いて行きたいのか?」

「…………うん」

「例え、どうなっていても(・・・・・・・・)、か?」


 その問い方に、エイジャとゼーベンヌは思わず首を傾げたが、レイは、迷うことなくはっきり答えた。


「うん、それでもいきたい」

「…………分かった」


 そこまで聞いた修一は、何かを察したように頷き、そしてエイジャの名を呼んだ。


「エイジャ、――お願いがある」

「……何かな、シューイチ君?」

「俺とレイを、一緒に連れて行ってほしい」


 「何を言っているの?」と問いたげなゼーベンヌを手で制したエイジャが、ひとまず、言うべきことを告げた。


「それは、さっきの話し合いで駄目だって言ったと思うけど?」

「分かってる。だけどお願いだ、連れて行ってくれ」

「さっきのは最終決定のつもりで言ったんだけど、そうは聞こえなかったのかな? 無理なものは無理だよ。レイちゃんを危険に晒すことになる。

 これでも俺は、仕事は真面目にするようにしてるんだよ?」


 エイジャの言葉に、修一ははっきりと頷く。


「分かってる。お前ら騎士団の職務に対する意識の高さは俺だってよく知っている。デザイアといい、お前といい、ラパックスや、アンタだってそうだゼーベンヌ。皆、高い意識と誇りを持って仕事しているのが良く分かる。

 だから、本来ならアンタらを困らせるようなことはあんまり言いたくないし、これがエイジャたちの領分である以上、お前の指示には従いたい。だが、」

「……」


 エイジャは黙って話を聞いている。続きをどうそ、と言わんばかりだ。ゼーベンヌはといえば、急にデザイアたちの名前が出てきたことに僅かばかり驚いているが、それと同時に自分自身の名前が出てきたことにほんの少しだけ誇らしげな気持ちになった。


「それでも俺は言わなくちゃならない。エイジャ、お前が騎士団員として決めた決定を覆させるのにこんな言い方はしたくない。でも、俺には、これ以外の言い方が見つからない」

「……それは、どんな?」

「お願いだ、エイジャ。連れて行ってくれ。騎士団員(・・・・)のお前に頼むんじゃない。俺の友人(・・・・)の、エイジャ・ワークリングにお願い(・・・)してるんだ」

「っ……!」


 エイジャは、僅かに顔を顰めた。半ば予想していた言葉ではあるが、実際に言われると、やはりなんとも言えない気持ちになる。


「……シューイチ君、その言い方は、ズルいと思うよ。

 だから一応聞いておこうか。

 君、そんな言い方をして、恥ずかしくないのかい?」

「恥を忍んでお願いしているんだ、エイジャ。俺だって、言いたくない。

 でも、俺はさっき、レイに優しくすると決めたんだ。そのレイが、どうしても付いていきたいと言うなら、俺は、こうして恥を捨ててお前にお願いする。お願いだ、連れて行ってくれ、と」


「それは、レイちゃんへの同情からかい?」

「違う。これがレイにとって必要なことだからだ。

 レイは、俺たちが思っているより、多分ずっと多くのことが分かっている。それが、俺にはなんとなく分かるんだ。

 レイは、決して我侭なんかで付いていきたいと言っているんじゃない。だから、こうしてお願いしているんだ」

「それはどうして分かるのかな。それも天恵かい?」

「俺は、知ってる(・・・・)んだよ。レイと同じ瞳をしていた奴を。

 だから、分かるんだ。このまま村に戻れば、レイは将来、絶対に後悔することになるんだ。

 それは、それだけは、させたくない。こいつにそんな思いはさせたくないんだよ」

「……ふむ」


 修一の言葉は、もはや懇願に近い。どれほど言葉を弄しても、それが無茶なお願いだとわかっているのだ。

 だが、引くこともできない。

 それは、出来ないことなのだ。

 今も不安そうに自分にしがみ付いてきているレイを見捨てるような真似は、最早修一には出来ないのだ。それが、どうしようもない心の感傷だと分かっていても、なんの慰めにもならない代償行為だとしても、やっぱり修一は、こう言うしかないのだ。


「お願いだ、エイジャ。俺たちを連れて行ってくれ」

「……」

「お願い、だ、……お願いします(・・・・・・)、このとおりだ……!」

「……!」


 そう言って修一は、深々と頭を下げた。これ以上、言うべき言葉が見つからないと言わんばかりに。


「…………」


 エイジャは、黙ったまま返事をしようとしない。

 それでも修一はじっと頭を下げたまま返事を待つ。今の修一は、普段の粗暴で短絡的な修一とは打って変わって、ひたすらに下手に出ている。ノーラやメイビーが見れば、信じられないものを見たような顔になることだろう。

 無論、エイジャはそこまでの付き合いがないためそんな顔はしないが、それでも修一が、普段はしない態度を取ってまで自分に「お願い」をしてきているのだという事は分かる。

 先程の宿の中での遣り取りの方が、まだ手馴れた感じがあったのに対し、今の修一は慣れない事を一生懸命やっているような、懸命さや拙さといったものが見受けられるのだ。


「……隊長?」

「…………」


 ゼーベンヌが伺うような視線をエイジャに向け、レイもギュッと修一のズボンを握りしめてエイジャを見ていた。本人たちにその気はないのかもしれないが、そういう目で見られると、まるで自分のほうが無理を言って困らせているような錯覚を覚えるから止めてほしいと思う。


「……はあ、」


 しばらくの間自分に集まる視線を受け続けていたエイジャであったが、やがて観念したように息を吐き、力なく天を仰いだ。




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