表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/190

第5章 13

 間もなく第5章も終わりとなります。

 色々とバタバタする時期ですが、どうにか今月中に第5章を書き上げたいと思いますので、それまでお付き合い頂けたら幸いに存じます。

 ◇




「おおおおっ!!」

「グゲアッ!」


 怒鳴り付けながらカブは、オーガの首元に剣を叩き付ける。直前にウールの神威気弾神術を喰らってよろめいていたオーガは、まともに防御姿勢も取れぬまま剣戟を受けた。

 だが、黒く頑丈な表皮を持つオーガである。首元という急所であるにも関わらず、その命を断ち切れるほどのダメージを与えることが出来ない。カブは、この鈍らもそろそろ買え時か、と考えながら左手に持った大盾でオーガの反撃を防ぐ。相手は単なる木の棒を振り回しているだけなのだが、一撃一撃が重くて嫌になる。


「カブ!」

「テリムか、やれ!」


 後方にいるテリムの声に、オーガの正面から横にずれるカブ。大盾が動くと同時に、その真後ろからテリムの放った雷光魔術ライトニングが炸裂した。


「ガアアッ!?」


 カブの盾が目隠しとなって直前まで気付かなかったオーガが電撃を浴びて硬直し、その隙にカブがもう一度、オーガの首元に剣を叩き付けた。先程の一撃で開いていた傷口に、再度叩き込まれた渾身の一撃は、今度こそその命を刈り取った。血反吐と噴血を撒き散らしながら倒れるオーガに対して、カブが「ざまあみやがれ!!」と吼えた。


「カブ! そんなのいいからヘレンの援護に行くよ!」

「分かってるよ!」


 ウールに言われるまでもなく、そのつもりである。カブたちのパーティーが受け持ったのはオーガ一体に狼五体だ。ヘレンには、カブたちがオーガを倒すまでの間狼たちを引き付けてもらっている。

 ヘレンの身軽さならやられる事などないだろうが、一人で五体を相手取るのも骨だろう。


 そう思って盾を持ち上げようとしたのだが、すぐにその必要がないことを知る。いつの間にかヘレンの隣にはメイビーが立ち、互いに背中を合わせるようにして狼たちを捌いていた。メイビーはオーガ二体と狼二体を相手にすると言っていたはずだが、あそこにいるということは、もうすでに始末したのだろう。狼は、そのまま引っ張ってきたみたいだが。

 全部で七体もの狼を相手取って、それでも二人はまるで危なげなく立ち回る。


「……っ、メイビー、ごめん!」

「いいよー」

「……てやっ!」


 ヘレンのダガーを躱した狼が今度はメイビー目掛けて飛びかかり、一瞬で頚動脈を断ち切られた。血の付いた小剣を振って綺麗にしたメイビーが、謝るヘレンに軽い言葉をかける。それを受けてヘレンは、次の相手に対して気迫の篭った一撃を繰り出し、メイビーと同じように一太刀でノドを切り裂いて見せた。メイビーが「やるじゃん!」とその動きを褒め、ヘレンが、はにかんだように笑う。


「…………」


 カブはその様子を見て、場違いな感想を抱いた。



 ――良かったじゃないか、ヘレン。俺たち以外にもそうやって一緒に戦ってくれる相手が出来て。



 カブは、ヘレンが故郷の村でどうなっていたかを知っている。元冒険者だった斥候術の師匠――大好きだったお祖父ちゃん――が亡くなってからのヘレンは、今まで以上に内向的になって家から出てこなくなってしまっていた。

 それを、ウールやテリムとともに説得し、自分たちの冒険者パーティーに誘ったのだ。それがもう、一年以上前のことになる。


「メイビーさん! ヘレンを頼みます!!」

「はいはーい、っと」


 今もまた一体、狼を切り伏せたメイビーを見て、カブは思う。これで大丈夫じゃないか、と。

 カブたちが冒険者をやっているのは、それぞれ夢があるからだ。カブは騎士団へ入団すること、テリムは偉大なる魔術師になること、ウールが太陽神信仰を拡大させること。それぞれが、幼いころから抱いてきた夢なのだ。


 だが、ヘレンにはそれがない。


 カブたちに誘われて冒険者になった彼女には、自分の叶えるべき夢がないのだ。

 なのに、もし誰かが自分の夢を叶える機会に恵まれれば皆はそれを祝福するだろうし、そうなればこのパーティーは解散することになるかもしれない。

 そうなったとき、果たしてヘレンは自分の居場所を見つけることが出来るのだろうか。

 カブは最近、ふとした時にそんなことばかりを考えていたのだ。


「俺たちはあっちを仕留めるぞ!」

「はいよ」

「はい」


 だからカブは、ヘレンに新しい友人が出来たことを嬉しく思うのだ。もしその時が来ても、一緒にいてくれる人間がいれば心強い。似たもの同士の二人が、これからも友人でいてくれればいいと、心から願う。


「カブ、なんで瞳を潤ませてるのさ」

「……うるせえやい」

「ヘレンのことですか? まあ、あれなら心配はいりませんよ」

「分かってるっての」


 カブは、新たに現れた一体のオーガに接近し、剣を向ける。向こうもこちらに気付いて咆哮をあげるが、こんなものにビビッている暇は無いのだ。

 その時が来るまでは、カブたち四人は固い絆で結ばれた冒険者パーティーなのだ。

 こんなところで、誰一人として欠けて堪るかってんだ。


「来やがれ、クソ野郎が!!」

「ゴオオオアア!!」


 汚い言葉をあえて使い、オーガを挑発する。喚き散らしながら手に持った鍬を打ち付けてくるのを見て、やはりこいつもこの村の住人に化けていたのだろうと分かった。何故この村にオーガがいるのか、それはカブには分からない。カブに出来ることは目の前の敵を打ち倒すことだけだ。


 そしてカブは、それさえ出来れば十分だろう、と思った。




 ◇




 三体のオーガを相手取って戦闘を続けていたゼーベンヌは、ボロボロ(・・・・)になったオーガたちの攻撃を躱しながら周囲の状況を確認した。


 ――狼はヘレンのところにいるので最後、ウールたちも新たにオーガと戦ってるけど、あの様子なら問題はなし。なら私も、そろそろ――。


「ゴアアッ!!」

「うるさいわね!」


 走り寄って攻撃してくるオーガを、アクセル(・・・・)を捻って加速することで躱し、距離を取る。先程までゼーベンヌのいた場所に、オーガの持つ長金槌が打ち込まれ、もうもうと土煙をあげる。

 ゼーベンヌは加速した勢いそのままハンドルを切って急転回し、バイクごと体当たりを決めた。戦闘用の武装を施された彼女の魔導二輪車は、例え全速力で体当たりしても問題なく戦闘が継続できるように頑丈に作られているのだ。

 車体の前部に取り付けられた鈍色の無骨なバンパーが、防御するオーガの腕ごとその肉体に衝撃を叩き込む。まさしく正面衝突の交通事故といった様子で、オーガの巨体が吹き飛んだ。


「ギャアアアッ!?」

「喰らえ!!」


 数メートル吹き飛んで地面に叩き付けられたオーガに、ゼーベンヌはさらに擲弾砲機術グレネードボムを打ち込む。バイクにあらかじめ装弾しておいた六発の砲弾ボムの内の二発を射出し、放物線を描きながら飛来するそれを、オーガは避けることができなかった。


 ――次ぃっ!!


 二発の擲弾が爆音とともに空に浮かぶ擬似太陽よりも明るい炎を生み出す。生み出された衝撃波と爆炎を至近距離で喰らったオーガは、まさしくボロ雑巾のように肉片を飛び散らせ果てることとなった。

 その結果を見る必要もないと、ゼーベンヌは続けて別のオーガに突進していく。都合三度目の突進を受けたこのオーガは、ウィリーのように持ち上げられたバイクの前輪に顔面を打ち据えられて、その場に倒れた。

 ゼーベンヌは、オーガの上にバイクごと圧し掛かったうえで、腰の銃を抜いた。


「“レーザーバレット”」


 二回、引き金を引く。それだけで、オーガの左胸に打ち込まれた光線弾機術レーザーバレットは頑強な表皮を容易く焼き穿ち、その奥に存在していた臓器を貫通して地面に突き刺さる。オーガが吐血したのを見てゼーベンヌは、バイクが汚れるじゃない、と死に逝く化け物を睨み付けた。


 ――逃がさないわよ。


 腰の銃をホルスターに収めながら、左手で擲弾砲機術の発射装置を操作する。残った一体が、宿の主人のように背を向けて逃げようとしていたが、それは高速移動の可能なゼーベンヌに対して取って良い手段ではない。無防備に晒された背中目掛け、ゼーベンヌは砲弾を二発撃ち込む。


「ギャアオッ!!」


 後頭部付近と臀部付近で炸裂した砲弾の衝撃で顔から地面に倒れたオーガを、アクセル全開で突っ込むゼーベンヌのバイクが轢き潰した。足から頭に向けてタイヤ痕を残しながら踏み抜け、その先で後輪を滑らしながら転回し停車する。

 エンジン(魔力を利用した駆動機関部)スイッチを切ってスタンドを立て、バイクからひらりと飛び降りたゼーベンヌは、もはや虫の息といってよい状態のオーガに歩み寄る。腰の銃を抜き、オーガの頭部に押し付けたゼーベンヌは、まるで感情の篭っていない声で、告げる。


「死になさい」


 二発の乾いた銃声を残して戦闘は終了し、テグ村の中にいた化け物たちは全滅した。




 ◇




「お疲れゼーベンヌ」

「ええ、貴方たちもね」


 戦闘後、宿の前に集まったメイビーたちは互いの無事と戦果を称え合い、これからの事を話し合う。


「私は、隊長たちを追うわ。貴方たちはどうする?」

「僕は残るよ。ノーラを置いていくと修一に怒られそうだし」

「俺たちも、だな。流石にこれ以上の連戦になると厳しいし、またこの村に敵が来ないとも限らない」


 ゼーベンヌは「そう」と頷くと、腰のポーチから小さなバッジを取り出してカブに放る。最初それが何か分からなかったカブは、その正体に気付いて思わず取り落としそうになる。


「これ、ブリジスタ騎士団のバッジじゃ……!」

「貴方、確か騎士団に入るのが夢だって言ってたわよね。私のバッジを使っていいわ。村長さんのところに行って、村人たちをここまで避難するように言ってきて。ここなら明るいから、身を守りやすいし」

「……!」


 それは、言外に騎士団の人間として振舞って構わないと言っている様なものだ。このバッジには、それだけの価値と責任が篭められている。


「カボレスト!」

「はい!」


 愛称ではなく本来の名前で呼ばれたカブは、その鋭い語調に思わず姿勢を正して答えた。


「私が責任を取ります。私たちが帰ってくるまでの間、貴方が私たちの代わりにこの村を守りなさい」

「はい!」

「良い返事だわ。……貴方が入団してくるのを期待しておくから」

「!!!」


 見る見るうちに頬が紅潮し「うおおおお!!」と喜びの声をあげたカブが村長宅に向かって走り出す。その様子に思わず心配になったテリムが後を追い、ウールが肩を竦めて幼馴染の痴態を笑っていた。


「ウール、お願いがあるのだけど」

「なんだい? またご飯前のアレを――、はっは、冗談だって、だから無表情で銃を抜くのは止めておくれよ」

「……はあ、まあ良いわ。これを使ってほしいのだけど」

「これって、……おっと、魔香水じゃないか。よくこんなもの持ってるね」

「隊長の部屋の荷物を漁ってたら見つけたの。おそらく支給品だから、全部持ってきたわ」


 ゼーベンヌが示したものは、小さな瓶に入った香水だ。これは、振りかけた人間の魔力を素早く回復させる効能がある。エイジャが、使うのを少しだけ躊躇うほど高価な品(一本で銀貨五十枚くらい)であるが、ゼーベンヌは四本あったそれを全て持ってきていた。それと、同じように魔力を回復させるための魔香草もいくつかあったので、これらはウールに譲ることにした。こちらは香水と違い、使うのにどうしても時間が掛かるのだ。


「それじゃあお願いするわ」

「任せなよ」


 ゼーベンヌがウールに魔香水の使用をお願いしたのは、そうした方が効果が高いからだ。素人が適当に使うよりも、神官プリースト野伏レンジャーとしての技術や知識を用いた方が、より効果的に薬品を使用できるのだ。

 結果、ゼーベンヌは二本の魔香水を消費することで七割程度まで魔力を回復させた。あと一本使えば全快まで魔力を回復させることも出来ただろうが、残り二本は隊長の分だ。

 ちなみにこれをゼーベンヌが一人で使っていれば、四本全部か、下手すれば五本使っても全快しないのだ。知識と技術の有無とは、時として恐るべき差を生むのである。


「あと、これはオマケさね。“神よ、かの者に、我が信仰の依代を与えよ、マナトランスファー”」

「えっ?」


 ゼーベンヌの驚きを無視し、ウールは魔力譲渡神術マナトランスファーを発動させた。「ちょっと、ウール!」と僅かな非難の篭った声をあげるゼーベンヌの体に、ウールの体から魔力が流れ込み、魔力を回復させていく。効果発動後、ウールは全ての魔力をゼーベンヌに渡したことによる虚脱感でふらついた。


「貴女、何を考えているのよ」

「はっは、どうせ後で魔香草を使えば回復できるからねえ。それに、――お姉さまが格好良く活躍できるようにしたいなあと、思って、ついね」


 そうして、若干青い顔でニヤリと笑ったウールに、ゼーベンヌは毒気を抜かれた。


「…………はあ、仕方ないわね。妹に頼られるなんて初めてだけど、……期待に沿えるように頑張るわ」


 ウールの「妹はいないのかい?」という問いに、「歳の離れた弟が二人いるわ」と返したゼーベンヌは、ふらつくウールをヘレンに任せてバイクに跨った。

 エンジンスイッチを入れ、空ぶかしして調子を確かめると、探査盤を取り出して魔導機術を発動させる。


「“ターゲットサーチ”」


 探査盤に写る光点の位置を確認し、距離と方角から隊長たちが間違いなく森の中にいるとゼーベンヌは確信する。これは、隊長にこっそりと付けておいた目標追跡機ターゲットマーカーを、目標探査機術ターゲットサーチによって探した結果だ。


 そのまま出発しようとするゼーベンヌに、メイビーが声を掛けた。


「行くの?」

「ええ、隊長たちの居場所も分かったし」

「そっか。――ねえ、ゼーベンヌ」

「何かしら?」


 呼び掛けた側であるメイビーは、言葉に困ったようにポリポリと頬を掻いていたが、やがて「えっとねえ」と切り出した。


「多分、シューイチが何とかしてくれるからさ、そんなに気負わなくてもいいよ?」

「シューイチって、……隊長と一緒に行ったあの子よね? 確かに実力はありそうだったけど、別に頼りきりにするつもりはないわ」

「うん、ただ――」

「ただ?」

「――最後は絶対、シューイチが決めちゃうと思う。――諸々含めた全部を」

「……そうなの?」

「そうだよ、絶対」


 メイビーは、断言した。それほどの信頼が、あの少年にあるのだろうか。

 あるのだろう、とゼーベンヌは思った。同時に、隊長は私のことをそれほとまで信頼してくれているだろうか、とも思う。


 ――いや、信頼して貰えるようにならなくちゃいけないのね、私も。――信頼に応えられるような、心と体の強さを手に入れて。


「分かった、覚えておくわ」

「うん、――それじゃあ、行ってらっしゃい」

「ええ」



 そうしてゼーベンヌは、隊長たちを追って村を飛び出したのだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ