第5章 12
◇
魔性追放神術によって宿の主人が崩れ落ちたのを見たエイジャは、その結果よりもまず先に、ウールがそれを行ったことに対して驚くことになる。
そもそも魔性追放神術とは、その名のとおり魔族や魔物に対して効果を発揮する神術の一種である。抵抗出来なかった魔性の者に対して、怯みや錯乱といった精神的悪影響を与えて動きを鈍らせる術で、主に魔物の討伐などで使用されている神術だ。
エイジャは今までの会話から、ウールがそれを使えるであろうことは知っていた。が、本当にそれを使うとは、正直思っていなかった。
確かに、それを使ってみれば相手が人間でないかどうかなどすぐに分かる。人間相手には何の効果もないものであるのだから、これを受けて苦痛を感じる者が人間である筈がない。
ただしそれは、使えるならの話だ。普通は、人間相手に対してこの神術は使用しない。効果がどうのとかいう前に、それをすることは非常に失礼な事であるとされているからだ。
要は、「お前魔物じゃないのか?」と問うような真似をすることが、相手の尊厳を著しく害する事になるということで、慣習的にそれをしてはならないとされているのだ。
何を甘いことをと思うかもしれないが、北大陸では魔物が人間に化けて人間社会に潜り込むことは極めて希である、とされている。それ故に隙も多いのかもしれないが、それを心配するのは現代社会で交通事故に遭わないように外に出ないといっているようなものなのだ。
もしこれが宗教に厳しい聖国であれば、万が一間違っていたときに待っているのは、周囲全ての者たちからの私刑だそうだ。昔、聖国で神官としての修行をしていたエイジャの姉が、そうやって半殺しにされた神官を見たと、若かりしころのエイジャに教えてくれたことがある。
もちろん、生き死にの掛かった切迫した状況であったり、まず間違いなく魔物であるという確信があるであれば話は別だ。しかし、今回のは半ば修一の言いがかりに近いようなものだった。警備隊の隊員が室内に入ってきたあのタイミングで、他の客もいるような衆人環視の只中で、何の躊躇いもなく神術を使ってみせたウールは色々な意味で大物であるか、――さもなくば頭を抱えるような問題児なのだろう。
もしあれで修一の言うことが間違いであったら、などとは考えなかったのだろうか。それだけ修一のことを信用していたのだろうか。
――いや、単に面白そうだと思っただけっぽいね、きっと。
エイジャは一秒に満たないような僅かな時間でそう結論付けた。
出た結論がウールの問題児っぷりについてなのは気にしてはいけない。
さて、結論は出た。修一の言っていることは正しかったのだ。
魔性追放神術に反応した宿の主人、こいつは敵だ。
叩きのめさなくてはならないだろう。
この結論に至ったエイジャは迅速だった。恐るべき速さで左腰の銃を抜き、へたり込む主人に向けて引き金を引いた。射出された弾は高速で距離を詰め、狙い違わず主人の脳天に直撃する、――筈だった。
「っ!!」
弾が命中する直前、主人が床に両手両足に力を込めたかと思うと、横っ飛びに跳ねたのだ。それはさながら野生の猫科動物のような俊敏さであった。主人の大柄な体に似合わぬ動きでもあったし、何の戦闘技能も習得していない人間に出来る動きではないことも明らかだった。
飛び退き、宿の出入り口に向かおうとする主人に、いきなり目の前から逃げられた修一が怒りを込めて追撃を行う。
「逃がすかっ! 飛線!!」
距離を詰めるよりこちらの方が有効だと判断し、主人の進路を塞ぐ形で飛ばした斬撃は、直前で停止した主人の鼻先を掠めて壁に深い傷跡を刻む。
そして一瞬とはいえ動きの止まった主人に対し、エイジャは残弾全てをばら撒いた。今度はご丁寧に威力と弾速を上げる魔導機術まで使っている。主人も避け切れず、放った三発の弾丸は悉くその肌に吸い込まれていった。左上腕部、右胸、右下腹部に命中、――しかし効果は薄そうだ。
主人の肉体はいまや黒々とした色に変色しており、その肌に内包されているのは人間とは比べ物にならないほどの密度を持った強靭な骨と筋肉だ。変化していく顔を見たエイジャはこの主人の正体がオーガであることを見抜き、そして舌打ちをする。横目でチラリと見えるメイビーの相手もオーガに間違いないだろうし、少なくとも三体、この村にはオーガが潜り込んでいた。これで全部か? いや、まだいる筈だ。
「陽炎っ!」
エイジャが舌打ちをしている間に、修一が一瞬で間合いを詰めてオーガの真横に立つ。そこから体を沈み込ませながら一回転し、遠心力の乗った水平打ちをオーガの腹部に叩き込んだ。
胴体ごと真っ二つにする勢いで放った一撃であったが、両腕を重ねて防御するオーガの動きの方が速かった。上に重ねた左腕の前腕部に剣が当たり、腕の半分ほどまで食い込むが切断には至らなかった。
骨に当たったような感触に修一は内心で悪態を吐き、しかしそのまま剣を振り抜いて主人の体を吹き飛ばした。
「グウゥ!」
壁に叩き付けられたオーガは、そのまま亀裂の入った壁を突き破って外に放り出された。その時点で体のサイズが元の大きさまで戻る。もともと大柄な体型の主人であったが、鬼そのものといった姿に戻った今の彼は、二メートルを優に超えるであろう大きさだ。修一がこの間戦ったボガードコマンダーと良い勝負してる大きさだが、その体から感じる戦闘力の高さは、その比ではない。
「――っ!!」
「あっ!? 待て!!」
と、元の姿に戻ったオーガではあったが、流石に腕一本が使い物にならなくなった状況で戦闘を継続するつもりは無いようだ。宿の中には仲間が二体いるはずだが、彼は宿に背を向けて走り出した。応援に来た仲間を見捨てて逃げるつもりだ。
折りしもその時、メイビーが二体目のノドを掻っ捌いていたところであったので、薄情ではあるが正しい判断をしたのだろう。修一が「逃がすか!!」と外に飛び出し、一拍遅れてエイジャも続いた。
背を向けて走るオーガとそれを追う二人。
エイジャは、全力で走りながら考える。
――ここで奴を逃がすつもりはない。けど、この状況で逃げるということはその先に何かがあるはずだ。そしてそれは、こいつらの隠された拠点である可能性が高い。つまり、こいつを追跡すればこいつらのアジトが分かるってわけだね。
左腕に深い傷を負ったオーガは、傷口を抑えながらも足取りを緩めない。すでに実力の差は見えている。このままエイジャと修一の二人を相手にしても、間違いなく死ぬだけだろう。
修一が、横を走るエイジャに大声で訊ねる。全力疾走しているときによく喋れるものだ。
「エイジャ、こいつらは!」
「間違いなく、今回の事件に関係している!」
「じゃあ叩っ斬るぞ!」
「待て、こいつらのアジトを見つけたい! こいつに案内させるんだ!」
「あいよ!」
オーガにも、後ろの二人の声は聞こえている。
アジトまで逃げ帰れば自分よりも強い仲間がいる。そいつらとともに戦わないと勝てない。だが、このままオメオメとアジトまで案内してしまえば、準備も出来ぬまま仲間を戦闘に巻き込むことになる。それは不味い。なんとかしなくては。
オーガは、概ねこのような事を考えていた。彼らとて、さっきまで宿の主人の振りをしていたわけだし、人間並みの知性は持ち合わせている。人間とは考え方や信奉するモノが違うだけで、彼らとて自我や意識を持った歴とした生物なのだ。
だから、オーガが森へ向けて駆けている途中にある者を見つけ、それを利用しようと思うのも当然の事なのである。
それは、村を抜けて森へ至る道の途中の、収穫を待つ夏野菜たちが実る畑の傍、農耕器具をしまう為に作られたような簡素な小屋の中からひょっこりと顔を出した。
後方から追跡する修一とエイジャは、高く上った半分の月と小さく瞬く星たちしか光源がないため、最初はそれに気付かなかった。だが、前を走るオーガが急に進路を変えたため、何があるのかとその先を見る。
「ん? ……あっ!」
「おい、あれ、まさか」
そこから顔を出していたのは、レイだ。
夕暮れ間際になって別れたあの少女が、眠そうな目を擦りながらトボトボとした足取りで外に出てきた。
そして、こちらに気が付いてハッとしたような表情になる。
――あいつ、まさか!!
修一の予感は的中した。走る大鬼は、慌てて逃げようとしたレイを抱え上げると、足を止めてこちらと相対した。
「…………っ!!」
レイを右腕で胸の前に抱え、左腕の爪をその頬に押し当てる。レイは唐突な出来事に理解が追い付いていないのか、大きく目を見開いている。
「ガルルググルウ」
二人は已む無く足を止める。距離五メートルほどで鬼と向かい合い、そして修一が、多大な殺気を滲ませながら告げる。ゾッとするほど冷たい声が出たと、修一自身そう思った。
「その子を、放せ。マジで、容赦しねえぞ?」
「グルル!」
オーガは、修一の怒気に晒され一瞬怯んだような様子を見せたが、すぐさま頭を振る。そして、
「グオオオォォォォオオオオオ!!」
腹の底から捻り出したような雄叫びをあげた。修一とエイジャは思わず顔を顰めて耳を押さえ、レイはあまりの煩さに耳がキーンとなって目を回している。
「この、喧しい声出しやがって」
「耳が痛いねえ」
何を叫んだのか分からないがふざけたことをする奴だ、と修一が睨み付ける。
すると、オーガがそんな修一を見て、凶悪な笑みを浮かべた。咄嗟に理由が分からなかった修一であったが、周囲から何かが駆けてくる足音が響き始めピンときた。修一は、眉を顰めるエイジャに気付いたことを伝える。
「エイジャ」
「なんだい?」
「多分、狼だ。十二、三体はいる」
「ほほう」
おそらく動物服従呪術によって操られた狼を呼んだのだろう、とエイジャは当たりを付けた。
だが、そんなもの呼んだところでどうにかなると思っているのだろうか? 人質を盾にしたこともそうだ。その程度でこちらをどうにかできると思っているなら非常に見通しが甘いと言わざるを得ないな、と考えたところで、エイジャたちの背後に狼が現れた。
「「「グルルル……」」」
「やれやれだねえ」
「こいつらどうやって相手をしてあげようか」とエイジャが呟いたとき、不意にオーガが動いた。
それは、二人を驚愕させるに足る行いであった。
「グアオッ!!」
「…………っ!?」
オーガはその化け物じみた膂力で、レイを、高々と放り投げたのだ。
「嘘だろ!?」
「なっ!!」
レイの小さな体は軽々と宙を舞い、修一たちの頭上を越えて狼の群れに向かって落ちていく。最高高度は十メートル近い。受身も取らずにそのまま落ちれば落命の危険もある。よしんば助かったとしても、狼たちはレイに狙いを定めているようだ。このままでは――。
――あんの野郎ォ!!!
修一は、レイを投げた後再び背を向けて逃走し始めたオーガを、後で必ず叩っ斬ると心に誓い、レイを助けるべく狼の群れに突っ込む。エイジャも「このっ!」と何かをオーガに向かって投げ付け、それがオーガの体に残った僅かな衣服に命中したのを見てから振り返る。
そして驚異的な速さで懐のホルスターから銃を抜き、修一に飛び掛ろうとしていた狼に目掛けて引き金を引いた。パン、パンと乾いた破裂音が闇夜に響き渡ると、二体の狼の頭は鈍器で殴られたかのように弾かれる。そしてそれぞれが、吹き飛ばされた先で動かなくなった。
「シューイチ君! 狼は俺が相手をする! 君はレイちゃんを!!」
「言われんでも!!」
続けて新たな銃を取り出しながら指示を出すエイジャ。修一は、落下地点まで駆けながら右手に持ったままの剣を鞘にしまう。片手が塞がったままでは上手く受け止められない。そして他の狼たちをエイジャが仕留めてくれるというのなら、自分が剣を持っておく理由はどこにも無かった。
――ここか!
落下地点に入った修一は、全身から力を抜いて立ち、上方を見る。落ちてくるレイにタイミングを合わせる必要があるからだ。
そこで修一は、姿勢を保てるわけもなく回りながら落ちてくるレイと、目が合った。
そこから零れる水滴を見た修一は、沸騰しそうになる感情を抑え付けて叫んだ。
「首と手足を縮めろ!」
「!!」
果たして、目をギュッと瞑りながら投げ出された手足を縮め亀のように丸まったレイ。修一はそれを伸ばした両腕で掴むと、落下速度に合わせて腕を下げ体を動かす。
そのまま大きな振り子のように腕を使い、レイの体に掛かる落下の衝撃を上手く殺しながら遠心力に変換していく。
外へ広がろうとする力を筋力で無理矢理引き留めながら、下に向かうエネルギーのベクトルを斜め、横へとずらしていく。
――もうちょいっ!!
その動きを止めることなく修一は、振りすぎたブランコのようにレイの体を真上に放った。
ただしそれは、先ほどのオーガよりはるかに優しいもので、逃がし切れなかった運動エネルギーを無理なく消費するために取った手段に過ぎない。
少し高めの胴上げでもこんなに上がらないだろうという高さから再び落ちてくるレイを、修一は今度こそ真下で受け止める。上体でレイの体を受け止め、そのまま後ろに倒れ込みつつ、落ちないように両腕でしっかりと抱えてあげた。
自分の体をクッションにして衝撃を和らげた修一は、背中から地面に倒れ込むことになったが、見事な後ろ受身によってケガ一つしていなかった。痛むところといえば、最初の振り子運動で両腕の筋肉が少々千切れたくらいだろう。
「いてて、クソ、ギリギリかよ。――おい、大丈夫か?」
「…………」
レイは小さく縮こまったままギュッと目を瞑り、恐怖のためか体を震わせていた。修一の声も聞こえなかったのか返事をしない。
まあ、まるでジェットコースターかと言わんばかりの衝撃と加速度だったのだ。修一に振り回されて目が回っている可能性もある。しばらくは仕方がないだろう。
「キャンッ!?」
「おお!?」
そうやって地面に寝転がる修一の頭上で、飛びかかろうとしていた狼の頭が半分ほど吹き飛んだ。
脳漿を撒き散らしながら地面に叩き付けられた狼は、その毛並みを自らの血で染めながら息絶えた。
それを見遣った修一は、レイを抱き抱えたままゆっくりと体を起こす。
周囲には狼たちが死屍累々といった様子で倒れ伏していて、生きて動いていたのは先程の一匹が最後だったらしい。
「お疲れ、流石だね」
エイジャが、手にしたデリンジャーの銃口に息を吹き掛けながら修一に労いの言葉をかける。
「……おう」
それに対する修一の態度は微妙なものだった。この僅かな時間で十数体の狼を屠ったのは流石だと思うが、煙の出ていない銃口を吹いても意味ないだろとも思ったのだ。それに、エイジャの立っていたところにはいくつもの銃が転がっていて、修一にはその理由がいまいち分からなかった。
「なんで、そんなに銃が散乱してるんだ?」
「え? 撃ち切ったら捨てないと。次を抜けないでしょ?」
「……そうか?」
「そうだとも」と笑いながら足元の銃を拾っていくエイジャに、修一は軽く溜め息を吐く。「武器は大事に扱えよ」と自分のことを棚にあげて呟くと、いつの間にか自分の胸にしがみ付いているレイに目を向けた。
「おい、大丈夫か?」
「…………うん」
「そうか」
先程と同じ問い掛けに、今度はきちんと答えたレイ。顔を胸元に押し付けられているため表情は見えないが、なんだか服が湿ってきたので、ひょっとしなくてもまだ泣いているのだろう。
いくら修一でも、泣いている子どものあやし方など分からない。当然だ。彼は元の世界では高校生であり、子どもを育てたことなどないのだ。だから修一は、幼いころ自分がどのようにあやされていたのかを思い出すことにした。
――確か、お婆ちゃんはこうして……。
そうして、泣いて縋り付いてくるレイの背中をとんとんと叩いたり優しく撫でたりしながら、オーガの逃げていった方向を眺める修一。
すでにその姿は夜の闇に紛れてしまっており、その足取りを追うのは難しいだろうと分かる。修一の能力は距離が離れるほど精度が落ちるため、熱の残映を掴むこともできそうにない。
「逃げられたか、……畜生め」
深い溜め息が知らずに漏れる。額の傷を掻きながら、さてこれからどうするかと考えていると、投げ捨てたデリンジャーを全て回収したエイジャが近付いてくる。
「どうしたんだい、溜め息なんか吐いて」
「いや、まんまと逃げられちまった、と思ってな」
悔しそうに言う修一に、エイジャは「ああ、それ?」と実に暢気そうに答えた。修一が怪訝そうな表情になるが、エイジャは「とりあえず装弾しなきゃ」とだけ言って修一の傍に腰を下ろし、腰のポーチから取り出した弾を一艇ずつ込め始める。
「……おい、エイジャ。随分と暢気じゃないか」
「ん? いやあ、俺はこうやって準備をしておかないと戦えないからね」
「それは分かるが、しかしお前」
「まあまあ、逃げたオーガの居場所ならおそらく分かるよ」
「なんだと?」
思わず聞き返す修一に、エイジャはにこやかに笑う。
「多分だけどね。
ただ、追跡するにはゼーちゃんにも来てもらわないといけないんだ。
だから、待とう。ここで装弾も兼ねてちょっと休憩だ。
それに俺、こんなに全力で走ったのも久しぶりだから、息を整えたいしさ」
そう言って笑うエイジャはとても息が上がっているようには見えなかったが、弾込めが必要なのは本当なのだろう。今のエイジャは手持ちの十二艇のうち九艇が弾切れの状態だ。再装弾出来るときにしておかないと、また戦闘になったときにすぐに役立たずになる。
それにどの道、修一の上で体を震わせているレイが立ち直ってくれないと動きようが無い。無理に引き剥がすのも躊躇われるし、自然と泣き止んでくれるまで待たざるを得ないだろう。
しかし、と修一は思う。
「ゼーベンヌが来るのを待つって、アイツ本当に来るのかよ?」
「勿論来るよ」
「何故そう言い切れる?」
「彼女がブリジスタ騎士団銃砲隊の副隊長だからだ」
「……」
エイジャは、まるで物の道理が分からぬ幼子に諭すように、堂々と言い切った。
「シューイチ君、あんまり見くびってもらっては困るね。俺の可愛い部下を。彼女は、俺が言うのもなんだけど、非常に優秀な人間だよ。今日は少しばかり色々あってフラフラしたけども、やるべきときにはきちんとやる娘だ。君は知らないかもしれないが――」
「……」
「俺たちの所属する騎士団は、純粋な実力主義だ。強くて責任感のある人間が上に立ち、部下を率いて国を守る。そうやって成り立っているし、これからもそうであるだろう。その騎士団において、一つの部隊の副責任者に抜擢されているあの娘、ゼーベンヌ・リッターソンが、与えられた任務の、事件の根幹を掴める機会を目の前にして、みすみすその機会を見逃すと思うのかい?」
「……いや、そうだな。俺が悪かった。すまん」
素直に謝罪した修一に、「分かってくれればいいよ」と返すエイジャ。あれだけ真剣な顔で言い切られると、修一とて何も言えなくなる。デザイアといいエイジャといい、騎士団の人間は自分たちの部下を信頼し、それを誇りに思っているようだ。
――なんとも立派なことだよ、まったく。
かくいう修一も、そういう考え方は嫌いじゃない。友情とか信頼とかいうものを大事にする性質なのだ。
だから修一も、ゼーベンヌが来るのを待つことにした。当たり前のように来ると、今日会ったばかりの人間を信じて待つ。
待っている間することのない修一が、ゼーベンヌが来るまで震えるレイを慰めていてあげようか、と考えたところで、ふと疑問に思った。――いくらなんでも震え過ぎじゃないのか、と。
「…………っ」
そういえばレイは、どうしてこんな夜中に外に出てきたのだろうか。小さな子どもが、眠い目を擦りながら部屋の外に出る理由とはなんだろう。ひょっとして、……ひょっとするんじゃないだろうか。
そんなことを考えていた修一の上で、レイが一際大きく体を震わせた。そして――。
「…………あぁ、」
「おい、まさか……」
修一が聞こうとする前に、答えは分かった。なんだかズボンが暖かくなってきたのだ。それと、湿るどころか浸るくらいの水分が、どこかから溢れてきていた。
ちらりと上目遣いに見上げてくるレイは、先程とは違った理由で目に涙を浮かべ、顔を赤く染めていた。それを見て自分の頬が引き攣っていくのを感じた修一に、レイは小さな声で謝った。
「………………ごめんなさぃ、もら――」
「ははは! ま、まあ、気にするなよ。怖い目にあったから、仕方がない、だろ……」
「…………うぅ、」
変に慰められてもレイの幼い羞恥心は和らがないし、尚も溢れてくるモノを止めることも出来ない。
結局最後まで出し切ったレイと、それをモロに被った修一。
事情に気が付いたエイジャに「ゼーちゃんなら軽洗浄魔術を使えるよ」と教えてもらい、是が非でもゼーベンヌに来てもらわなくてはならなくなった修一は、しゃくりあげながら泣いて謝り続けるレイを慰めながら、「早く来いよゼーベンヌ!」と心の中で何度も叫ぶことになったのだった。




