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第2章 4

 ◇




「熱、ですか?」


 修一の言葉を繰り返すノーラ。彼女にとって、修一の話はなかなか理解出来るものではなかった。


「おう、熱だ。

 俺も面倒だから詳しい話はしないが……、まず、物には温度があるだろ? で、その高低には熱エネルギー、つまり熱量の大きさが影響する。

 要は、熱ければ熱量が多くて冷たければ熱量が少ないんだ」

「えっと、そのぐらいなら分かりますが……」


 修一の説明をなんとか理解しようとするノーラ。

 修一は苦笑しつつも出来る限り平易な言葉で説明をしようとする。


「今日は暑かっただろ。空気中に熱量が多ければ気温が上がる。逆に今みたいに涼しくなるのは空気中の熱が少なくなっていったから。

 燃えてる焚火の傍は温かい。これは、焚火から出る熱が周りに流れているからだ」


 修一の説明に頷くノーラ。

 日中は汗が出るほど暑かったが、日が落ちて大分時間が経った今では、焚火がなければ少し肌寒い。

 ノーラは、衣服の上から来ている旅用のマントの前をきちんと閉じて続きを促した。


「熱は高いところから低いところに流れる性質があって、それは熱流と呼ばれている。

 そして、熱は自然な状態では低いところから高いところに流れたりしないものなんだが、……俺はな、熱流を自由にいじって熱を集中させたり散らしたり出来るんだ」


 そう言いながら修一が指を動かすと、焚火の火が一瞬だけ消えかけて、再び大きくなる。


「そして、物には火が点く温度の引火点ってのがあって、それ以上の熱が物に集まれば自然と燃え出すんだよ」

「それじゃあ、昼間のは」

「そう、あの男の前髪に思いっ切り熱を集めて火を点けた。さっきの焚火は、逆に熱を思いっ切り散らして燃えていられなくしたんだ。熱がなければ物は燃えてられないからな」


 実際、この能力がある以上修一は、熱さや寒さに関して無頓着でいられる。熱の流れを止めることで温度を一定に保つことが出来るからだ。

 そして、この世界に来てすぐに落ち込んでいたのは、この能力を使うのを忘れ汗まみれになってしまったからである。

 運動して汗をかくのは嫌いではないが学生服を汚すと洗うのが面倒なのである。


「それは、誰でも出来ることなのですか?」

「いや、俺だけが使える不思議なチカラ。普通の人はこんな能力持ってなかったよ。俺の知り合いの何人かは、また違った能力を使える奴もいたけどね」

「そうですか。まるで、天恵ギフトですね」


 どこか納得がいったような顔をするノーラ。


「天恵?」

「ええ、極稀にですが、普通では考えられないような才能を持っていたり、特異な体質であったり、不可思議な現象を引き起こしたりする者がいます。

 それらは天から与えられた力であるとされていて、天恵を持つものはどの国でも優遇されています」

「そりゃすげえや。まあ、このチカラは別に隠すようなものではないんだけど、勝手にペラペラ喋るのは止めといて欲しいかな」

「ええ、それはもちろん」


「あと、ノーラを助けた理由だけど、簡単に言えばカッとなってやった。

 もう少し具体的に言えば、……それなりの打算があってやった」

「打算、ですか?」

「そうそう、俺が日本からいきなりこの世界に来たのはさっき言ったとおり。そして俺はこの世界に対してなんの繋がりもないんだ」

「それは、そうなりますね」


「つまりここに来たばかりの俺は、この世界の言葉も常識も通用しないある意味非常に危険な存在と言えるわけだ。

 別に俺も問題を起こそうと思っているわけじゃないけど、そんな状態で人の大勢いるところに行ったら、どんな問題が起きるか分からないわけさ」

「まあ、そうなりますね。……ああ、だからですか」

「そう、今この状況は、まさしく俺が望んだ状況なわけだ。この世界の言葉が話せるようになり、この世界の事を教えてくれる人間がいる。この世界で問題を起こさない様にするためには、この世界の人に教えてもらうのが一番だからな」


 修一の言葉に納得するノーラ。だが、分からないこともある。


「どうして、そのことを私に教えるのですか? 単なる善意で私を助けたことにしておけばよかったではないですか」


 この事を自分に伝える理由が分からなかった。ノーラにしてみれば、命の危機を救ってくれた目の前の男に対して、少なからず恩義を感じていた。

 ともすれば、それを無にするような修一の発言は、打算という言葉とは真逆に思えた。


「ノーラの姿を見て、助けなきゃと思ったのは本当だが、助けた後に色んな事を教えてもらえないかなと思ったのも本当なんだ。

 俺は別にお人好しってわけじゃあないけど、平気で嘘をついてヘラヘラしてられるような人間ってわけでもないんだよな」

「それで、全部正直に言ったのですか」

「だって、最初に言っただろ、嘘はつかないって。

 人付き合いの基本は誠実さだって、死んだ婆ちゃんが言ってたんだよ。

 それに、俺って嘘をついたらすぐ顔に出るみたいだからなあ」


 ノーラは修一の言葉に思わずため息を漏らした。

 見ず知らずの自分を助けてくれたのだから、薄々感じていたことだったが、今のやり取りで確信した。


 ――貴方は十分お人好しですよ、シューイチさん。


 そして、そんなノーラの内心に気付かないまま、修一は、言葉を続ける。


「さて、これで俺が何者なのか、大体分かってくれたと思う。俺の話を全部信じられるなら、だけどな」

「信じますよ」

「……ふーん?」


 ノーラに即答され、驚いたような顔をする修一。


「確かに、普通なら信じられないような話ですが、私は命の恩人を疑うようなマネはしませんよ」

「命の恩人ね。……どっちかというと、命じゃなくて貞操の危機だったんじゃないの?」

「なっ!?」


 ノーラは思わず顔を赤らめ修一を睨み付けた。しかし、修一はそれを受け流すように笑いながら、言葉を続ける。


「だって、ノーラって美人じゃん。命奪われるより、連れてかれてヒドイことされる方が可能性高かったと思うけどな」

「っ!!」


 修一の言葉に更に顔が赤くなる。ヒドイことを想像したからではない。修一に美人と言われたことに驚きつつも少しだけドキっとしたからだ。


 そして修一も、ノーラに美人と言ったのは本心からである。


 柔らかそうな短めの茶髪に、細く整った眉、目はぱっちりとしていて、茶色い瞳は理性的な輝きを放っている。背は高くなく体つきは服に隠れてよく分からないが、プロポーションも悪くないんじゃないかと思える。


 ――日本なら、女優でもやってんじゃないかっていう感じだな。しかし。


 修一は浮かんだ疑問をそのまま口にする。


「どうしてノーラは一人で旅をしていたんだ?今まで危ないことは起きなかったのか?」


 修一の問いかけに、ぶつぶつと何事かを呟いていたノーラは我に返り、コホンと咳払いを一つした。


「えーっと、そうですね。シューイチさんも自分の事を話してくれましたし、私も私の事を話しておきましょうか」


 そう言ってノーラは自分について語り出す。

 それによれば、ノーラの家はそこそこ裕福な家庭であり、一人娘のノーラは幼いころから勉学に励んでいたそうだ。

 十六歳の時、当時通っていた学校から留学制度の誘いを受け、北大陸で最も難関と言われる賢者の学院に入学。

 学院では主に言語学と地政学、経済学を専攻していた。そして今年の春に最終試験を突破し、卒業資格を得たらしい。


「賢者の学院はパナソルから更に東の都市国家フェルトにあります。

 そこから実家のあるブリジスタの首都、スターツに向かっていたのです。一人でここまで来るのは正直大変でした。

 行くときは、ちょうどフェルトに向かう商人の一団に混じって大型の馬車で移動しましたので二十日ほどで着きましたが、歩くとなればその何倍かかるやら。

 六月にフェルトを発って早二か月。ようやくここまで帰ってきました」


「へー、とりあえずノーラが良いトコのお嬢様で、勉強が出来るのは分かった」

「それって、あんまり分かってないってことですか?

 そもそも私はお嬢様ではありません。私の父が商売人で、他の家庭よりお金を持っていただけです」

「まあ、どっちでもいいんだけど。ただ、今の説明だとどうして一人で帰っているのかは言ってないよな」

「仕方がなかったんです。学院を卒業した私は、早く家に戻って父と母に報告をしたかったんです。ただ、ブリジスタまで向かう馬車を待つと三か月は待たなくてはならないと言われてしまいましたので」


「……我慢できなくて歩いて帰ることにしたのか?」

「はい、これほど大変とは思っていませんでしたが」

「はぁ、」


 修一はため息をこぼす。いくらなんでも無茶苦茶ではないか。

 そして修一の態度にムッとしたノーラは語気を強めて弁解する。


「はじめの内は確かに無茶だったかもしれませんが、町に着くたびにきちんと道を調べ、旅装を整え直し、計画を立てるようにしてからは、旅の速度も上がりました。

 このペースなら国境を越えて半月ほどでスターツに着くはずです」

「分かった分かった。ノーラは凄いよホント凄い」

「その言い方はちょっと腹が立ちますよ!」


 修一の物言いに眉を吊り上げるノーラ。


「まあまあ、落ち着けよ。しかし、二か月も一人旅ねえ」


 ――マジで凄いな、俺には無理だ。


 修一の内心では、ノーラに対する評価が上がっている。要は無茶をしてでも家族に早く会いたかったという事なのだろう。

 少々短絡的ではあるが、行動力の高さは認めなければならないだろう。


「なあ、ノーラ」

「何ですか」


 ノーラの口調はまだ刺々しい。


「そんなに怒るなよ。ところでさ、俺も首都とやらに行ってみたいんだけど、一緒に付いて行っていいかな?」

「首都にですか? それは、構いませんけど」

「よっしゃ、流石ノーラだ。お礼と言っては何だけど、護衛は任せときな」

「まあ、私の方こそよろしくお願いします」


 そもそも、修一から言われなければ、ノーラから提案したいところだったのだ。

 次の町まで順調に行って二日ほど。その後も、ブリジスタに入ってからしばらくは旅を続けなければならない。

 今まで危険な目に遭わなかったのは、出来る限り安全な道を選んできたからだが、ここからは基本的に一本道であり、何か危険があるとなっても、迂回するのが難しいのだ。

 そんな中での修一の提案は、ノーラにとっては願ったり叶ったりである。

 しかし、ノーラは疑問に思う。


「シューイチさんは首都に行って何をするつもりなんですか?」

「あー、あれだよ。元の世界に帰る方法を探したいかな、って思ったんだよ」

「元の世界ですか?」

「おう、……やっぱり難しいか?」


 困ったような顔をする修一に対し、ノーラも眉を寄せる。


「そうですね、元々別の世界という概念がありませんので、そういったものに関する書物はほとんど見たことがありませんし、魔術師ギルドに行けば空間魔術の使える魔術師ソーサラーが何か知っているかもしれませんが、それも可能性は低いでしょうね。ただ、」

「ただ?」


 ノーラは、過去の記憶から少しでも修一の役に立ちそうなもの引っ張り出そうとして、一年ほど前に父から届いた手紙の内容を思い出した。


「ただ、去年の父からの手紙に、新しく国のお抱えとなる魔術師が空間魔術に非常に長けた者だという事が書かれていました。ひょっとしたら、何か知っているかもしれません」

「そうか、それならちょうどいいな」


 そうして修一はひとまずの目標を決めた。


 ノーラと一緒にブリジスタの首都スターツの向かう。

 道中に立ち寄った町等でも情報収取しつつ、首都にあるという魔術師ギルドや、お抱え魔術師に話を聞く。

 そこで、元の世界への帰り方が分かるなら、帰る。

 分からなければその時考える。


 非常に大雑把ではあるが、以上のような内容である。


 そして修一はぼそりと呟く。


「さぁて、俺は元の世界に帰れるのかな」


 ――もう既に、死んじまってるんだけどな。



 修一の呟きは、誰に聞こえることもなく、夜の闇に溶けていった。




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