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第5章 6

 震災によって亡くなられた方々の御冥福をお祈りいたします。

 ◇




 高く昇った太陽からの日差しが、木々の枝葉の隙間から差し込む森の中で、エイジャとゼーベンヌは道なき道を歩いていた。


 なだらかに盛り上がる小山の中腹ほどから、裾野を伝って広がりを見せるこの森は、近くに村を構える住民たちにとって様々な恵みをもたらす重要な土地である。遠目から一瞥しただけでは分かりにくいが見た目以上に面積が広いらしく、森の中には獣を狩る狩人や、山菜や果実などを収穫する者が通って出来たであろう細い獣道が何本も存在している。


「おっと、また崖になってるや」

「はあ、またですか」


 だが二人はそんな獣道すら通ろうとはせず、わざわざ足場の悪い所を突き進んでいる。途中何度か急斜面や崖によって進路を遮られながらも、二人が足を止めることはない。足取りは確かなもので、不安定な足場程度ものともしていないようだ。


 このようにしてエイジャたちが道なき道を通っているのは、森中をくまなく調査するためである。失踪者たちがどこに行ったのかは分からないが、道が通っているところの付近にいるならとっくに村の住人たちが発見しているだろう。だからこそ、あえて道なき道を進んでいるのだ。ただ当然のことながら、普通に道を歩くよりもはるかに消耗するし、脅威となるのは地形だけではない。


 隊長を先頭に歩く二人。ゼーベンヌはおもむろに腰に吊り下げていた直径二十センチメートルほどの円盤を手に取り、両手で胸の高さに捧げ持つ。


「“ライフサーチ”」


 詠唱とともに円盤に魔力が注ぎ込まれ、円盤上にいくつかの光点が現れた。

 その数と位置を確認していた彼女は、その内の一つが円盤の中央部に向かって移動し始めたのを見て、「まただわ」と呟いた。


「どうしたの?」

「また一体、近付いてきています。大きさからして、おそらく――」


 そこまで言ったところでエイジャも気付いたようだ。懐に右手を入れて武器・・を取り出し、右前方に向けて腕を伸ばす。ゼーベンヌが方角を教えずとも、鍛え抜かれた斥候としての感覚でどちらから接近しているのか分かるらしい。


「距離、残り四十、三十五、三十――」


 部下のカウントを聞きながら意識を集中させるエイジャの灰色の瞳は、やがて木々を揺らしながら接近してくる存在を捉えた。


「――二十、十五、十」

「ん」


 そう言うと、なんの躊躇いもなくエイジャは引き鉄(・・・)を二度ひいた。

 手元から乾いた破裂音が二度響き、射出された魔術的な光は、淡い残光を伴いながら木々の隙間をすり抜けてゆく。


「ブアァァッ!!」


 断末魔とともに巨大な何かが倒れる音、それが滑って木に衝突する音が響き渡り、揺れた樹木から何枚か木の葉が舞う。枝葉の揺れが治まると同時に、森に静寂が訪れた。

 右手を下ろし、代わりに左手を懐に入れていたエイジャは、その後数秒ほどで警戒を解いて左手を引き抜いた。


「……命中したようですね」

「だねえ、確認に行こうか」


 エイジャが先ほどまでと変わらない足取りで確認に向かう。歩きながら、ポーチに入れておいたバレットを二発取り出しガンに装弾した。ポケットに入るほど小さな銃であり、必要な分の魔力を込めると再び懐のホルスターに収める。それらは薄いジャケットのような上衣によって隠されており、外から一瞥しただけでその存在に気付くのは困難だろう。


 隊長の後に続くゼーベンヌは、半ば自棄っぱちのような気持ちでもう一度円盤を見る。先ほどまで中央部に向けて移動していた光点は現在消えてしまっている。それの意味するところは一つしかない。


「……はは、」

「どうかした? ゼーちゃん」

「何でもありませんよ、隊長」


 乾いた笑いしか出ない自分自身を自嘲する。先程からエイジャは敵性生物の接近のたびに銃を抜き、いずれも一撃ないし二撃で仕留めていた。

 今回もそうである。確認すると二人に近付いてきていた生物は二メートル近い体躯を持つイノシシだと分かったが、額に二発の標準弾機術コモンバレットを喰らい息絶えていた。


 ――隊長が訓練を真面目にやってるのは知ってたけど、……これほどとはね。 


 ゼーベンヌが同じように銃を抜く暇も、隊長の前に出て前衛をする暇もない。やっている事といえば、時々探査盤(サーチボード)を使って周囲の状況を確認しているだけだ。


 それがまた、ゼーベンヌのプライドをいたく傷付けるのだった。




「これはいよいよ怪しくなってきたかな」

「……はい、そうですね」


 イノシシを見分していたゼーベンヌは、隊長の言葉に僅かに緊張を滲ませて頷いた。何故なら、ここまでで合わせて四回、獣に襲われている。それだけならどうという事はないのだが、その理由が問題だ。

 それら全てに、動物服従呪術オビディエンスアニマルが掛けられていた形跡があった。詳細な内容までは分からないが、おそらく森の中に入った人間を襲うように命令されているのだろう。


 この呪術は、対象となる一体に対して簡単な命令を与えそれを実行させるというものだが、一回につき一つの命令しか与えることが出来ないし、その効果時間も長くない。だが、魔法陣等を用いて通常よりも長い時間を掛けて行使することで、半永久的に効力を及ぼすことが出来るようにもなるのだ。

 今回のものは、永久服従させられていたとみて間違いないだろう。いつ人間が来るか分からない森の中を警戒させるのに術式拡大くらいでは対応できないため、確実にそうだろうと言える。

 そして、森の規模と先程までの襲撃の頻度から考えて、少なくとも数十体という獣たちが服従させられていると推察されるこの状況は、はっきり言ってよろしくない。


 ――フー様が俺に指令するわけだよ、これは。


 おそらく斥候隊の連中も、森の中が怪しいとは思っていたのだろう。しかし、予想以上に広く険しい地形をしているこの森で、悪意を持ったにけしかけられた獣たちに襲われ調査を断念したのだ。


 そのしわ寄せが、高い戦闘能力と斥候技術を持つエイジャに来たというのは本人からすれば勘弁してくれといったところだが、今更それを言っても仕方がない。

 ここまで来たからには最低限敵の正体くらいは掴んで帰らねばならない。そうでなければ、あの恐ろしい斥候隊隊長に何をされるか分かったものではない。


「……うおぅ」



 気温が高いにも関わらず背筋に走る悪寒を感じ「まいったねこりゃ」と呟いたエイジャは、その後も太陽が傾くまで森の中を調査し続けた。その間、獣や魔物に襲われた回数は二桁に達したが、結局その日は目立った成果を上げることが出来ずしぶしぶと宿に戻ったのだった。




 ◇




「あら」

「どうしたのゼーちゃん」

「いえ、あの子が」

「あの子?」


 ゼーベンヌが指差す先には、一人の女の子がいた。昨日ゼーベンヌが出会った幼女、レイである。

 昨日と同じ服を着たままのレイは、おそらく牛舎であろう建物の前で牛に話し掛けている、ように見える。

 牛は餌として与えられた藁を食んでいてレイの方を向こうともしていないし、そもそも会話が出来る筈はないのだが、何故かゼーベンヌにはそう見えた。あるいは、猫と楽しげに戯れていた昨日の様子がダブって見えたせいかもしれない。


 ともあれ、今度は逃げられないようにしないと、と思っていると、レイは何を考えているのか牛舎の中に潜り込んでいってしまった。

 それを見たゼーベンヌは不思議に思いながらも牛舎に向かい、エイジャもそれに続く。

 そして、牛舎の中を覗き込んだゼーベンヌは驚きのあまり声をあげる。


「レイちゃん? ……何をしてるの!?」

「!? ケホッ、ケホッ!」

「おっと、これは……」


 レイは、牛の乳房に直接吸い付き牛乳を飲んでいた。

 いきなり声を掛けられたせいで咽込み、口の端から垂れている白い液体を見たゼーベンヌは、咄嗟にレイの腕を引いて牛舎から引っ張り出した。

 すると。


「ンモーー!」

「わっ、ちょっと」


 レイに乳を吸われていた牛がいきなり鳴き声をあげ、ゼーベンヌを威嚇し始めた。木の柵があるため牛舎から飛び出してきたりはしないが、柵に何度も身体をぶつけながら鳴き声をあげ続ける。

 その様子に困惑するゼーベンヌと、冷静に見守るエイジャ。このままここにいるのは不味いだろう、とエイジャが二人に移動を促がした。



 レイの手を引いて牛舎から離れ手近な建物の陰に入ったゼーベンヌは、レイの両肩に手を乗せて逃げられないようにしてから、膝を付き目線を合わせて問うた。


「レイちゃん、どうしてあんなことしたの?」

「…………おなか、すいたから」


 それを聞いた途端、ゼーベンヌは顔を強張らせた。


「お腹? ご飯はどうしたの?」

「…………きょうは、まだ」

「まだって……、貴女のお父さんとお母さんは何をしてるの!」

「…………わからない」

「なっ……!」

「まあ待ちなよゼーちゃん、君の考えが正しいかどうかは分からないよ?」

「!!」


 後ろで二人のやり取りを聞いていたエイジャは、今にも激昂しそうなゼーベンヌを宥めるとともに、いくつかの質問を投げかける。


「レイちゃん、って言ったっけ。君はこの村の人間かな?」

「…………ううん」

「そうか、それじゃあお父さんたちとこの村に来たのかな、それは、何日前の事?」

「…………うんと、……とおか、くらいまえ」

「……成程、君の両親は何の仕事をしてたの?」

「隊長?」


「…………いろんなところをまわって、ものをうったりしてた」

「行商人だったのかな?」

「…………たぶん」

「それなら、……お父さんたちは、この村で何かするって言ってた?」

「…………やさいをみにいくって、いってた」

「…………そう、――ゼーちゃん、ちょっとこっち来て」

「……はい」


 レイからゆっくりと手を離しエイジャに付いて行くゼーベンヌ。数メートル離れたところでエイジャは、レイに聞こえないような小さな声で耳打ちする。


「(おそらくだけど、――あの子の両親も、失踪者のリストに入ってるよ)」

「っ!?(……本当ですか?)」

「(貰ったリストの一番最後、今日から九日前の失踪者が、村に宿泊していた男女だって書かれてたでしょ。十中八九間違いないと思うよ)」

「(そんな……)」

「(あくまでも想像でしかないけど、畑に野菜を見に行って、その時に森に近付いて、それで――)」

「っ…………」


 ゼーベンヌの顔が苦悶に歪む。それは見ているこちらが痛々しく思う程だ。そんな彼女の優しさを嬉しく思いながらもエイジャは、「分かってると思うけど」と部下に釘を刺す事にした。


「あの子に対して俺らが出来ることなんて高が知れてるし、もし仮に何か出来るとすればそれは――」

「……分かっています。この事件を解決して両親の行方を探してあげる事、ですよね? ……ただ、部屋に連れて行くとまでは言いませんから、レイちゃんに軽洗浄魔術を使ってあげるのと、……私に支給されている分の保存食をあげるのは構いませんか?」

「うん、それくらいなら。なんなら俺の分もあげちゃいなよ」

「……ありがとうございます」


 本来なら、支給された食料や消耗品等は任務の終了とともに返還することが義務付けられている。これらの品々は国民からの税金によって賄われており、無駄に浪費してはならないとされているからだ。

 だから、厳密に言えば彼女の行為は騎士団の規則に反するものであり、エイジャはそれを注意しなければならない立場である。

 だが、そんなの知ったことではないとばかりに自分の分の食料も分け与えるように指示を出す隊長に、ゼーベンヌは内心で感謝しながら宿に置いてある食料を取りに走った。


 エイジャにとって重要なことは任務を確実に遂行することである。だからこそ、大事な戦力であり可愛い部下であるゼーベンヌの我儘を聞いてあげることにした。レイに対して出来る限りの世話を焼くことが、彼女にとっては自分自身を納得させるために必要な行為なのだろう。そう判断し、エイジャは食料の譲渡を許可した。


 まあ、帰ってから怒られるのは慣れたものだしカインズ辺りを引っ張っていってうるさいオッサンどもを宥め賺してもらえばどうにでもなるだろう、という楽天的な考えがあるのも事実で、そんな考え方だからいつもいつも上司やらなにやらから怒られているのだが、エイジャは全く気にしていない。



 その後、軽洗浄魔術の連続行使によって体中を綺麗にしてもらったレイは、両手に抱えきれなほどの食料を渡されて困惑したような表情を浮かべたが、それでも空腹には勝てなかったらしく、最後には小さな声で「ありがとう」と言い残し走ってどこかに行ってしまった。


 その後ろ姿を見送るゼーベンヌの表情を見て、少なくとも一昨日本部で怒られた時よりよっぽどマシな顔をしていることが分かったエイジャは、「明日こそは」と決意の篭った声で呟く部下に対して、明るい声で「そうだね」と返したのだった。




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