表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/190

第5章 エイジャ

 お待たせ致しました。第5章開始です。


 * 尚、しばらくは修一の出番がありませんので、二日に一回、正午に更新します。

 ◇




 エイジャ・ワークリングが騎士団本部からの指令を受け取ったのは本部の敷地内、その少し外れにある訓練場でのことだった。

 いつものように部下を連れて訓練場に赴き、自分たちが使っている武器の整備をしてから訓練を始めたところで部下の一人に呼び止められ、何事かと尋ねれば本部本館から誰かがこっちに来ていると言われる。


 その時点でエイジャにとっては嫌な予感しかしなかったし、数分後にやって来た男の顔を見るになんとも同情的な表情を浮かべていたため、これは厄介事の匂いがするぜ、とつい親友の口真似をしてしまった。


 そんなエイジャの様子に苦笑いを浮かべながら指令書を手渡した男はそのまま踵を返して本館に戻って行ってしまい、自分より階級は低いが遥かに年上であるはずのその男の背中を見送ったエイジャは、本部指令用の印が押された指令書を開く。


 部下たちの手元から断続的に聞こえてくる破裂音(・・・)を聞きながら指令を読み終えた男は、やっぱり厄介事かよと思ったし、なんで俺のところに回ってくるんだよ他の騎士団は空いてないのかよとも思った。

 文句を言おうにも指令書を持ってきた男はすでに視界から消えていて、文句を言われるのが分かってたからさっさと帰ったんだなあのハゲ、とエイジャは内心で愚痴る。


「どうしよっかな、これ」


 勿論、本部から指令が来た以上はそれに従わなくてはならないのだが、はっきり言って場所が遠い。

 指令書で指示された場所は本部からかなりの遠隔地であり、普通に馬車や馬で行くとなれば四、五日はかかってしまう。

 それにわざわざ部下を引き連れて行くとなれば更に移動速度は落ちるため、往復の時間と現地で活動するのに必要な時間を考えれば二週間以上は必要になってくるだろう。


「隊長~、どうかしたんですか~?」


 ここで声を掛けてきたのは先ほどもエイジャを呼び止めた部下だ。名をカインズと言う。

 いつもニコニコと笑っているため年下の隊員からも親しまれているこの男は、この時もニコニコとした笑みを浮かべながらエイジャに近付いてくる。


「いやあ、なんか良く分からんけど厄介事を押し付けられたみたいだ」

「本当ですか~?」

「ああ、……そうだ、なあカイ君よ、ちょっと良いか?」

「お金なら貸しませんよ~?」


 そんなんじゃねえよバカ、とカインズの頭を小突いたエイジャは手に持ったままの指令書を渡す。

 いきなり渡された男はニコニコしたまま首を傾げるが、エイジャは知ったことかと部下に指示を出した。


「これは、本当に俺が行かなきゃならないのか聞いてきてくれよ」

「え~っと、……ははは、面倒臭そうな指令ですね~。行きたくないのは分かりますけど~、それくらい自分で聞いてきたらどうですか~?」

「うっせえ、いいから早く行けよ」

「ははは、今日のお昼はご馳走様で~す」

「しょうがねえな」


 隊長の了承を得た部下はウキウキとした足取りで本部本館に向かっていく。

 本部から出された指令の是非を問うなど本来ならどうあっても怒鳴られた挙句に拳骨を喰らうような行為なのだが、あの男ならのらりくらりと躱したうえ、もしかしたら指令を撤回させて帰ってくるかもしれないと淡い期待を込めて送り出した。

 確かに指令の内容を考えればエイジャが行っても問題はないのだが、やっぱりそんな遠いところには行きたくないのが本音である。


 あえて遠隔地遠征を繰り返し住人たちから絶大な人気を誇る青髪の親友を思い浮かべたエイジャは、隊長の溜息を知らず真面目に訓練に励む部下たちに振り返って呟く。


「……行くとなったら、誰を連れて行こうかな?」




 ◇




「ダメでした~、ははは」

「やっぱりかよ、はあ」


 午前中の訓練が終わり大食堂でカインズと合流したエイジャは、相変わらずニコニコとしたままの部下に自分と同じ内容の昼食を奢り、一緒の席に着く。

 そして部下から返答を聞き、淡い期待は無残にも打ち砕かれたと知るのだった。


「こんな高めのランチご馳走になって申し訳ないですけど~、無理なものは無理ですよ~」


 そう言いながらもカインズは全く申し訳なさそうな素振りを見せずに昼食を口に運んでおり、面倒な指令を押し付けられたような気分のエイジャにとってはその能天気さが恨めしかった。

 不機嫌さを隠そうともせずに次から次へと食事を頬張るエイジャを見ていつも以上にニコニコとするカインズは、隊長の口の中が物で一杯になったのを見計らったかのようなタイミングで手を叩く。


「そうだ、隊長に伝言があってですね~」

「? ふぁんだよ」

「――私の指令を無視しようなんて良い度胸だね――」

「!?!?」

「……って言ってましたよ~」


 カインズの声真似を聞いた途端、エイジャは面白いぐらいに狼狽し口の中のモノを噴き出さないように必死で口を押さえる。

 そのままなんとか飲み込むと、ゴホゴホと咽せ込みながらも辺りを見回し、件の人物が一先ず近くにいないと分かってホッと息を吐く。

 そして、相変わらずニコニコとしたままの部下に思いっ切り頭を寄せ、まるで密談でもするかのように小さな声で問う。


「お、おい、ま、まさかとは思うがこの指令って、フー様直々のものなのか?」

「ははは~、みたいですよ。僕が行ったら役員の人と一緒にいましたから、あ、これはダメだなって思いましたもん」

「ウソ、だろ……、なあカイ君、ひょっとしてフー様の前で堂々とこの話を持ち出したりしてないよね?」

「そんな恐ろしいこと、僕だってできませんよ~。

 ……僕が来た時点で用件を察したみたいで、慌てて逃げようとした僕の首根っこ捕まえてさっきの伝言を頼んできましたから」

「ちくしょう、とんだヤブヘビじゃねえか!」


 カインズから頭を離したエイジャはそのまま仰け反り返って椅子の背にもたれ掛かった。

 だらしなく両手両足を伸ばして天を仰ぐ上司にカインズは、普段は見せないキリリとした表情を作ると恭しく口を開く。


「これはこれは、フー様ではありませんか」

「!?」

「ははは、冗談ですよ隊長~、……って、ごめんなさいごめんなさい! それは本当に洒落にならないですって!!」

「こ、この……! 言って良い冗談と悪い冗談があるだろうがあ!!」

「うわわっ!」


 右腰に差したままでいた武器を引き抜いて目の前の男に突きつけるエイジャと、それを見て大慌てで平謝りするカインズ、大食堂の真ん中でバタバタとしていれば当然人目にも付く。

 結果として、エイジャの部下たちが次々と集まり二人の間に割って入る。


「隊長! 落ち着いてくださいって! ここでそれを出したらマズイですから!!」

「は、離せ! あのバカに一発喰らわせてやる!!」

「カインズ、お前また何を言ったんだよ!」

「ひええ~、ちょっとからかっただけだってば~!」


 何人かが仲裁に入るも隊長の怒りは収まらず、混迷具合は更に増すばかり。

 他の騎士団の分団長たちでさえこのまま放っておくのはマズいと思い始めた頃。



「隊長! この騒ぎは一体何事ですか!!」



 食堂内に凛とした声が響き渡った。

 たった今食堂に現れるとともにこの惨状を目の当たりにした彼女は、その中心で騒いでいるのが自らの上司と同僚たちであると知るやあらん限りの怒気を込めてそう叫ぶ。

 そのまま隊長たちに歩み寄る彼女の足取りはひどく苛立たし気で、三つ編みにされたくすんだ金髪が猫の尻尾のようにフリフリと揺れていた。


「いつもいつも騒いでばかりいてっ!! 少しは静かにできないのですかっ!?」


 彼女は今年の春からエイジャたちの隊に配属されたばかりなのだが、事あるごとに騒いでは他の隊や騎士団の人間からお叱りを受けている自分の同僚たちが非常に困った人間であると思っている。

 夏の始めころまでは振り回されるばかりだった彼女が、今ではこうして堂々と上司先輩に意見具申できるようなったことを考えればこの隊の普段の様子も知れようというものだし、そこできっちり自分の意見を言える彼女も中々に肝が太いのだろう。

 今も彼女の焦げ茶色の瞳には怯えの色は微塵もない。上司に対して生意気な口を利くな、と怒られることを心配していないからだ。

 それだけこの隊の気風がおおらかであり、……怒られても怒られても気にしないし反省もしない者たちばかりなのである。


 ともあれ、十数人もの人間によって作り出された騒乱を断ち切るような鶴の一声によって食堂内は一瞬にして静まり返り、それを見た周囲の人間はこれで大丈夫だろうとホッと息を吐く。

 よくよく見れば、たまたま食堂に来ていた第二騎士団団長すらもこの騒ぎを治めるべく椅子から腰を浮かしており、正しく危機一髪と言っても良い状況であった。

 彼女としてもこれで騒ぎが治まれば隊の中だけの事で済むと分かっている。だからこそ、これ以上騒いでくれないで、と全員を睨む。

 が。


「がああ、離せ! あのバカ絶対に許さねえ!! ゼーちゃん、止めてくれるなよ!」

「ゼーちゃん手を貸してくれ! 隊長が! 隊長が!!」

「隊長!! 静かにし――」


「うわああ、助けてゼーちゃーん!!」

「あ、こら、カインズ先輩! どうして私を盾にしようと――!」


 彼女の一喝も虚しく、逆に再び騒ぎ出した隊員たちに巻き込まれるように騒動の中心に引きずり込まれてしまった。

 こうなってしまっては、もはやどうにかなるものではない。

 それでも彼女は必死になって声をあげようと――。


「ゼーちゃん! 隊長の足押さえて!」

「ちょ、ちょっと――」


「ゼーちゃん! 隊長の武器取り上げて!」

「だから――――」


「ゼーちゃーん!」

「……いい加減に」


「ゼーちゃん!」

「ゼーちゃん!」

「ゼーちゃん!」

「ゼーちゃ――」


 その瞬間、ゼーちゃんことゼーベンヌ・リッターソンは目尻を大きく吊り上げて隊長に掴みかかった。


「ああぁぁあああ!! うるさいうるさいうるさーい!!」

「ぐおっ!?」


 さながらヒステリーのように喚きながら彼女は、未だに目の前で暴れようとしている隊長の首を両手で絞め付ける。

 他の隊員に四肢を押さえられているエイジャは、掴みかかるゼーベンヌの腕を振り払うことができず為すがままにされてしまった。


「何度言っても私の事をゼーちゃんゼーちゃんと!! 私の名前はゼーベンヌです!! そんな間の抜けたような愛称で呼ばないでくださいと何度言ったら分かるんですか!! しかもあんまりにも隊長がゼーちゃんゼーちゃんって呼ぶもんだからとうとう他の人までそう呼ぶようになったじゃないですかあああ!!」

「ぐ、苦し、の、喉がっ……」


 どうやら堪忍袋の緒が切れてしまったらしい。先程までの上司に対する僅かばかりの敬意は、今や全くない。全くだ。でなければ、どうして上司の首を本気で絞められようか。

 ゼーベンヌの細長くしなやかな指がエイジャの気道をグイグイと絞め上げ、怒りで赤かったエイジャの顔は今や酸欠によって青く染まってきている。


「お、おい、やりすぎだゼーちゃん! 隊長が死んじまう!」

「ああぁぁああ!! バカは死ななきゃ治らないんだから一回死んでみたら良いじゃないのよおおお!!」

「無茶言うな! ケイナさんも受け付けてくれねえよ!!」



 どんどんと混沌さを増していく食堂内で、呆れ果てた他の団員たちは静かに席に着き、一人だけ立ち上がったままの団長に全てを任せることにした。

 自分たちが中途半端に手を出せば、被害が大きくなるのは目に見えているからだ。



 そして全てを託された第二騎士団の団長、真っ白になった髪を短く刈り上げ間もなく老年に差しかかろうとするその男は、静かにエイジャたちに歩み寄る。


「…………全く」


 深いシワの刻まれた顔で厳しく眉を寄せ、誰もが見上げるような巨躯を怒りで揺らし、普段は鎧の奥に隠れた丸太のような腕を膨らませて拳を握る。


「エイ坊は、いくつになっても変わらんのう……」


 低いガラガラ声でそう呟いた団長は、その姿に気付いた隊員たちがさっと道を空けたことで何の障害もなく隊長と、その首を絞める副隊長(・・・)の隣に立つ。


「お前ら……」


「はあ、はあ、はあ……へ?」

「ゴホ、ゴホ、喉……が?」


 二人は、今まさに振り上げられた団長の両腕とその表情を見て瞬時に状況を悟った。

 エイジャが慌ててこの騒ぎの元凶を目で探すと、カインズは知らぬ間に別のテーブルに移って茶を飲んでおり、隊長と目が合うとニッコリ笑って手を振ってくる。


 ――あ、あの野郎……!!


「いい加減にせい!」



 振り下ろされた拳骨と平手はエイジャとゼーベンヌの脳天を綺麗に直撃し、二人は揃って頭を押さえながら痛みに呻いたのだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ