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第2章 3

 ◇




「つまり、この札は言葉を理解できるようにするための物なのか」

「はい、そうなんです。これを使うだけで大陸統一言語を喋れるようになるんです。ちなみに一枚で金貨二枚します」

「ふーん?」


 ――大陸統一言語? 金貨?


 どこか自慢げに説明をするノーラに対して、いまいち説明の内容が理解できない修一。いや、何となくは分かっているのだが、深く考えるのが恐ろしい修一はあえて無視した。


 そんなやり取りの後、二人は山賊たちから離れるべくして道を進んでいた。

 改めて行先を確認したところ、ノーラも山を越えるためにこの道を歩いていたことが分かり、森の中を山に向かって歩いているのである。


「お互いに色々言いたい事とか聞きたい事とかあるだろうけど、とりあえずここから離れようぜ」


 という修一の言葉にノーラも同意し、道を進み始めて早一時間ほど。

 ここまで離れればひとまず大丈夫だろういうことで、お互いに歩きながら改めて自己紹介をすることになった。


「それでは改めまして、私の名前はノーラ・レコーディアと申します。先ほどは危ないところを助けていただきありがとうございます。何とお礼をすればらいいやら」


 そう言いながら頭を下げるノーラ。


「俺の名前は、……白峰修一。さっきのは気にしなくていいさ。というか、言葉が分かるようにしてもらっちゃったし、俺の方こそありがとうと言わないとな」


「あ、いえ、あれは単にこの札の力であって、私は何もしてなくてですね……」


 そう言いながら先ほどの札を取り出し修一に手渡す。

 受け取った修一はそれを裏返したり光にかざしたりとしてみたが、どういう原理か全然分からない。


「こうして見るとただの紙にしか見えないな。これはどういう原理なんだ?」

「えっと、簡単に言うとそこに書いてあるのが言語習得の魔術を発動させるための術式で、インクに込められた魔力マナを消費して一回だけ発動するようになってます」

「……ん? 魔術?」


 聞き間違えたかな、と言わんばかりの修一の問いかけ。

 しかしノーラは、躊躇いなく頷いた。


「はい。現在では魔術式を込めた札の販売は魔術師ギルドの大事な収入源になっていますので詳しい原理は教えることができませんが……えっと、シューイチさんも魔術師なんじゃないんですか?」

「……は?」

「えっ、あれ? さっき戦っていたとき着火魔術ティンダーを使っていませんでしたか?」

「……あー、あれは、その……」


 途端に口ごもる修一。


「シューイチさん?」

「……すまん。ちょっと考えさせてくれ。あと、どうせ今日はどっかで野宿するんだろ。その時にまとめて話すよ」

「? はい、それで構いませんけど」


 会話を無理矢理打ち切った修一。

 表面上は平静を装いながら、内心は大いに慌てていた。

 今まで何となく感じていたことが、いよいよ現実味を帯びてきたからだ。見たこともない土地。聞いたこともない言語。山賊じみた男たち。大陸統一言語や金貨の存在。そして魔術。



 事ここに至りようやく修一も理解した。




 ――ここ、地球ですらなくね?




 ◇




 結局二人はその後も歩き続け、山のふもと近くまできたところで野宿することに決めた。

 まだ日は沈みきっておらず、間もなく夕暮れになろうかという時間帯だったが、山を越えるには半日程度かかるそうなので、明日朝一で出発して日が出ている内に山を越えられるように早めに休むこととなった。


 ノーラが自分のカバンの中から道具を取り出し野営の準備を行う。明らかにカバンの大きさを無視した量の荷物が出てきたのだが、どうやら空間圧縮魔術なるものが掛かっているらしく、見た目からは考えられない量の荷物を収納できるようだ。


「マジで魔術とかあるんだな」


 そう呟きながらもやることのなかった修一は、日が沈みきる前に何かしら食料を探そうと考えて森の中を探索している。

 あまりノーラから離れすぎる訳にもいかないので深いところには行かないようにしているが、なかなか見つからない。

 三十分ほどうろうろしたところでようやく発見した。


「お、なんかいた」


 目の前にいたのは小さいイノシシのような生き物だった。大きさは大型犬くらいで、土を掘り返しては山芋のようなものを引っ張り出してムシャムシャと食べていた。


「ふーん、猪肉か……」


 小さな声で呟くと、そのまま静かに獲物に近づいていく修一。

 もちろんこの時イノシシは修一の接近に気付いていたのだが、相手は人間であり自分の足には到底追いつけないだろうと考えて食事を続けていたのである。


 修一も、イノシシが自分の事を舐めきって逃げないのを理解しつつ、ギリギリまで近づいていく。そして、もう一歩踏み出せばイノシシが逃げ出すだろう距離まで近づくと、腰の剣に手を掛け、一気に襲いかかった。


 予想以上の速度で襲ってくる人間に驚きながらも逃げ出そうとするイノシシ。しかしいざ走り出そうとしたその時、自分の目の前に生えている草がいきなり燃え上がった。


「ブア!?」


 悲鳴のような鳴き声をあげて足を止めてしまったイノシシは、背後から迫りくる男の一撃を躱すことができず、そのまま命を絶たれた。


「うっし、食料ゲット。けど、これどうやって捌こうかな?」


 イノシシを倒した修一はその場でイノシシの命に対して合掌すると、イノシシとイノシシが食べていた山芋を掘り集め、野営地点に戻った。




「あ、お帰りなさい。って、なんですかその量は」


 修一が野営地点に戻ると、すでに準備を終えたらしいノーラが焚火のそばに座っていた。


「粗芋はともかく、カワードボアはよく仕留められましたね。危険を感じればすぐに逃げ出しちゃって、なかなか仕留められないって言われてるんですけど」

「へえ、ちなみに捌き方知ってる?」

「そこまでは知りませんよ」

「やっぱりか。仕留めたはいいけど、調理できないんじゃ食えねえな……」


 そう言って、がっかりした顔をする修一。


「ただ、町に着けば肉屋が捌けるでしょうし、それまでは私のカバンに入れておきましょうか」

「それまでに腐らないか?」

「ご心配なく。空間圧縮により時間も圧縮されますから、カバンの中ではほとんど時間が進みません。山を越えた後半日程で町に着きますから、それまでは十分にもちます」

「なるほど、便利だな。それじゃあ、さっさとこいつをカバンに入れて飯にしようか」


 そうしてイノシシをカバンに押し込んだ後、二人は夕食にする。

 用意してくれたのは、固いパンと、乾燥させた肉や野菜を入れたスープだった。

 正直言って美味しいわけではなかったが、修一は文句一つ言わずに食べきった。

 用意してもらっておいてケチをつけるつもりもなかったし、腹が膨れれば取り敢えず満足できた。


 そうして食事が終わり、その片付けも終わったころで修一は、話を切り出した。


「さて、そろそろ俺も腹を括ろうかね」


 焚き火を挟んでノーラと向かい合う。

 ノーラも僅かに居住まいを正した。


「……俺が今から話すのは、俺がどういう人間で、どこから来て、どうしてここにいて、何が出来て、どうしてノーラを助けたのか。

 自己紹介の続きと考えてもらってもいいし、言い訳と考えてもらってもいい。

 ただ、嘘を吐いて騙したりとか適当な事を言ってはぐらかそうとかそういうつもりは一切無い。

 信じてもらえるかは分からないいけど」


 修一は、自分の事情を正直に話すことにした。

 信じてもらえるかどうかは分からないが、嘘を吐くことが苦手だと自覚していたため、下手に嘘をついても結局バレるだろうと考えたのだ。


 そしてノーラは、修一の言い方に怪訝な表情をしながらも修一に続きを促す。

 二人の間では焚火の火がパチパチと燃えており、空は完全な夜の闇に包まれている。

 雲は出ていないため星の光は見えるものの、月がまだその姿を現していないせいで焚火以外の明かりは見当たらず、お互いの顔は焚火の火で照らされているだけであった。


「俺の言っていることで分からないことがあれば何でも聞いてくれて構わない。そのかわり、俺も分からないことがあればノーラに教えてもらおうと思っている」


 修一が真剣な表情で語り始めたことが分かったノーラは、気を引き締めて頷く。


「はい、分かりました」

「よっし、それじゃあ言うけど……実は俺ってこの世界の人間じゃなくて、違う世界の人間なんだ。気が付いたらこの世界に来てたから、この世界の言葉とか地理とか常識とかそういったものが全然分からない」

「……この世界の人間じゃない、ですか?」


 早くも修一の言っている事が理解できず聞き返すノーラ。


「そう、俺は日本って国に生まれて、今までずっとそこで暮らしてきた。日本ていう国は知ってる?」


 問われたノーラは少し考えたが、今までそんな国は聞いたことがなかった。


「いえ、少なくとも私の知っている国ではありません」

「それなら、ここは何処だ? 俺は今自分がどこにいるのかも分からないんだ」


 ノーラは思わず信じられないといった顔をしたが、修一が言葉を知らなかったことや町から離れたこの場所に、なんの荷物も持たずにいることに思い至った。

 なにより、真剣な表情で話す修一の態度から、少なくとも嘘は言っていないだろうと思った。


「ここは北大陸南岸部にあるパナソルという国の、国境に近い土地です。今私たちが向かっている町が国境ギリギリの所にあり、その町を越えれば隣国のブリジスタになります。私は、ブリジスタの首都に向かうために西へ西へと進んできました」


「そうか、俺のいた世界にはそんな名前の国は存在してないな。それに、北大陸っていうのもよく分からん。北ってことは南には南大陸があるのか?」

「そうです、我々人間の大多数が住んでいるのがこの北大陸で、南大陸にはあまり人間が住んでいません。代わりに、亜人と呼ばれる人々や魔族と呼ばれる者たちが住んでいます」


 亜人や魔族といった言葉に思わず言葉を返す修一。


「まさかとは思うけど、この世界ってエルフとかドワーフとか獣人とか、そんなのがいるのかよ?」

「はい、います。北大陸にはあまりいませんが、南大陸なら亜人たちの国がいくつか存在しています」

「ははは、マジか。そんなのがいて、魔術もあるとくれば、まるっきりファンタジーの世界だな。……アイツなら大喜びしそうだ」


「アイツ?」


「あーいや、今のは独り言だ。

 それで、俺は日本という国でそれなりに平和に暮らしていた。俺のいた世界は、魔術とかいうものは存在していない世界だった。代わりに科学というものが発達していて、多分この世界の魔術と同じような扱いを受けていると思う。

 だから俺は魔術・ ・なんてものは使えない。今まで一度も使った事がない」


 修一の言葉に少しだけ考える様子を見せるノーラ。その瞳には理知的な輝きが宿っており、修一の言葉をきちんと理解しようとする意志が伺えた。


「科学、というのは私も聞いたことがありますね。魔導機械技師マギテッカーに対抗する科学者サイエンティストという職業の者がいます。

 彼らは、魔術で出来ることを魔力を用いずに再現するために研究をしていて、その技術の事を科学と表現していました。

 ……はっきり言ってしまえば変人の集まりと揶揄されていますが、羅針盤や火薬など、彼らが発見、発明したものの中には確かに今までの常識を覆すようなものがありました」

「へえ、それじゃあ俺の世界よりこっちの世界の方が優秀なのかな」


 この世界にも科学が存在すると聞いて驚きを隠せない修一。


「でも、それではどうやって火を点けたんですか? 貴方の世界の科学というのは、呪文も道具も触媒もなしで火を点けられるのですか?」

「それは、こうしたんだよ」


 そう言って、左手の指を鳴らした修一。

 すると、今まで燃え続けていた焚火の火がいきなり消えた。


「え、あれ? なんで、急に焚火が……」


 明かりが無くなって慌てるノーラ。

 火を点けるべく火打石を探そうとしたノーラを制し、今度は右手で指を鳴らす修一。

 焚火の火は先ほどまでと変わらないように再び燃え始めた。


「……一体何が起きてるんですか?」


 ノーラは疑問をそのまま口に出した。

 魔術でないと言われても、このような事が目の前で起これば到底そうとは思えない。


魔術・ ・はなかった。でも、こういう事(・ ・ ・ ・ ・)が出来なかった訳でもないんだ」


 その疑問に答えるべく、修一は続きを述べる。



「俺には昔から不思議なチカラがあってね。

 ――熱を自由に(・ ・ ・ ・ ・ )操れる(・ ・ ・)んだ」




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