閑話 折り紙の話
◇
「シューイチー」
「…………」
「ねえ、シューイチってばー」
「…………」
「うーん、これだけ揺すっても起きないという事は完全に寝てるね」
「そのようですね。
そもそも、昨日あれだけ活動したあげく一睡もせずに折り紙を折っていたのですから、当然の事だとは思いますが」
「ちぇっ、馬車の中は暇だし、折角だからきちんと小剣術を教えてもらおうかと思ったのになー。
ていうか、この揺れの中でよく眠れるよね」
「まあ、寝かせておいてあげましょう。
シューイチさんが一番疲れているはずなんですから」
「はーい、……そうだ、ノーラ」
「なんでしょうか」
「次の目的地って小さな村なんだよね。確か、テグ村だっけ」
「そうですよ」
「どんな村なの? 名産品とかある?」
「んー、特にこれといったものはありませんね。
主に農業と近くの森での狩猟で生計を立てているような村で、人口も千人に届くかどうかといったところです。
サーバスタウンと首都を結ぶいくつかの街道の内の一本、つまりこの道が近くを通っていなければ、滅多に人が通らないような静かな村落ですよ」
「そうなんだ」
「このように定期的に馬車が通っていますのでその客を対象とした宿があるようですが、それ自体もそこまでの規模ではありません。
せいぜい私たちが泊まっていた橙色の猫亭の五分の一程度の大きさのようですね」
「ふーん」
「二十年ほど前から少しずつ人口が減ってきているようですし、やはり大きな町への人口流出というのはどの地方でも避けられないものなのでしょうね。
反対に、スターツや港町ファステムなどでは人口の増加に伴って居宅の不足や犯罪の増加といった問題も起きていますので、その辺りの問題にいかに取り組むかが今後の課題と言いますか、ブリジスタの更なる発展に必要不可欠と言いますか」
「……」
「私としては、地方それぞれで何らかの雇用先を用意してあげる必要があると思いますね。
いかに故郷を離れたくなくても、そこで働いて暮らしていくことが出来なければ離れざるを得ないのですから。
やはりそのためには、――」
「…………」
――あれ、僕の聞き方が悪かったのかな? ノーラが止まらないんだけど。
「――と、大体こんな感じですね、何か他に聞きたいことはありますか?」
「……ノーラってさ」
「はい」
「……いやあ、やっぱりいいや」
「? そうですか?」
「うん、――あ、そうだ、昨日の事なんだけどさ、シューイチから鶴の折り方を教わったでしょ」
「教わりましたね」
「皆が必死になって折ってたときに、シューイチとノーラと、あとラパックスさんはさっさと必要分折り終わって別のやつを折ってたじゃない」
「ええ。
意外、というほどでもありませんが、メイビーと団長さんは時間が掛かってましたね」
「僕もデザイアさんも、チマチマしたのは向いてないって分かったよ。
それでさ、どんなの教えてもらったのさ、良かったら折ってみせてよ」
「なるほど、それではいくつか折ってみましょうか。
揺れてるせいであまり綺麗には折れませんが」
「そのくらい気にしないよ」
「それならまずは、………………これです」
「これは、……トラかな?」
「はい、本当なら黄色い紙で折るそうですが、十分トラに見えますね」
「ふーん、……昔集落に手負いのトラが飛び込んできたことがあってさ」
「え?」
「幸いにも近くにいた大人三人に手傷を負わせた時点で首を刎ね飛ばされたんだけどさ、その時僕は、トラって怖い動物なんだなって思ったんだよ」
「……はい」
「ただ、これを見てるとそんなに恐れる必要はないかなー、って思えてくるよ。
思ったより可愛いよね、これ」
「……ええ、そうですね」
「ねえ、他にはどんなのがあるの?」
「そうですね、他には、………………これとか」
「おお、チョウチョだ」
「これは一目で分かりますね。
あと、………………こういうのとかですね」
「これはヒツジさんだよね」
「はい、他にもいくつか教えてもらいました」
「うーん、それにしても、やっぱり僕は自分で折るより誰かが折ったやつを見るだけでいいや。
ノーラが折るとこ見てても折り方がさっぱり分からないもん。
ノーラもそんな細かいの良く覚えてるよね」
「何度かやっていれば自然と指が覚えますよ」
「いや、感覚は分かるんだけどさ――」
「「ほう、これはこれは」」
「へ?」
「……何かご用でしょうか?」
「いや、失礼、しかし中々面白そうな事されていたものですから」
「ついつい気になってしまいましてな」
「えーっと、この折り紙のことかな?」
――確か、二人で乗ってたオジサンたちだっけ? ていうか、顔一緒だ。双子?
「はい、実は我々は兄弟揃って故郷に帰っている最中なのですが」
「故郷の家族に渡すお土産を忘れてしまっていまして」
「はあ、そうなんですか」
「「それで、よろしければその折り紙というものを譲っていただけないかと」」
「……その、声を揃えて喋るのって、偶然なの? それともわざと?」
「「もちろん、狙ってやっていますとも」」
「……さいで」
「「おお、これは素晴らしい」」
「喜んでいただけたようで何よりです」
「これは子供たちも喜びますな」
「然り然り、良いお土産が出来ましたな」
「えっと、ちなみにオジサンたちの故郷ってどこなの?」
「今向かっているテグ村から、北へ三十キロばかり行った同じような小さな村ですよ」
「半年ばかり出稼ぎに行っていましてな、たまにこうして家族に会いに帰っているのです」
「出稼ぎかあ、大変そうだねえ」
「「いえいえ、家族のためと思えばこれしきのこと」」
「いや、僕が言いたいのは残された家族の方だよ」
「「ほほう?」」
「家族って、出来るだけ一緒にいるべきものじゃないの?
子供もいるんでしょ? 離れて暮らしてたら寂しがるんじゃないの?」
「はっは、これは耳が痛い」
「だがなあ、エルフのお嬢ちゃん、そんなことは我々も十分に分かっていますとも」
「「ですが」」
「そうしなければ、大切な家族を食べさせていくことができないのですよ」
「先ほどそちらのお嬢さんが言っていたとおり、小さな村では働く場所がありません。
どうしても、外に出て働かなくてはならないのです」
「……」
「なになに、そんなに心配してくれずとも構いませんよ」
「何年も続ければ何事にも慣れるもの、家族も笑って見送ってくれますよ」
「そういうものなの?」
「「ええ、もちろん」」
「……そっか、それじゃあ気を付けて帰りなよ」
「まあ、この馬車に乗っていればそのまま我々の村まで運んでいただけますからな」
「皆さんとはテグ村でお別れですが、そちらもお気を付けて」
「「また機会があればお会いしましょう」」
「うん、またね」
「…………うーん、ままならないものだねえ、ノーラ」
「そうですね。あの二人も、あの歳で出稼ぎになど本当は行きたくないのでしょうね」
「家族がちゃんといるのに、一緒に暮らせないっていうのは大変だよねえ」
「せめて、差し上げた折り紙を見て子供たちが喜んでくれればいいのですが」
「そこは、大丈夫じゃないかな?
僕が見ても心躍るんだもん。オジサンたちの子供だって喜ぶよきっと」
「…………そうですね」
「あれ? 今の間は何かな、ノーラ?」
「いえ、特に他意はありませんよ」
「ふーん?」
「あのー」
「うん?」
――千客万来だなあ、皆馬車の中で暇なのかな?
「あたしたちも、さっきのオッサンたちとの話を聞いてたんだけどさ、その、折り紙って言うの?
それ、良かったら譲ってくれないかな」
「おい、止めとけウール、迷惑になるだろうが。それにお前じゃ似合わねえよ」
「なにさカブ、あたしが女らしくないって言いたいのかい?」
「そこまで言ってねえだろうが。
おっと、そちらのお二方、申し訳ない。
ウチのメンバーが馬鹿な事言っちまって」
「いえ、迷惑だなんてそんな」
「ほら、こう言ってくれてるじゃないか。それにヘレンだって物欲しそうに見つめてたし、テリムもちらちら見てたんだ。それをあたしが代表してお願いしにきたんじゃないか」
「……わたしは別に欲しいとは、……でも、貰えたら譲ってね?」
「僕は、欲しいですね。学術的な意味で興味があります」
「お前ら……」
「どうさカブ、アンタ以外みーんな欲しいって言ってるよ」
「えっと、そんなに欲しいなら別にあげてもいいけど」
「本当かい!」
「良いよね、ノーラ」
「ええ、問題ありませんよ。えっと、今あるのはこれくらいですが、これで構わなければ」
「おおっ! こんなにあるのかい! ヘレン、テリム、アンタらもこっち来て選びなよ」
「……やった」
「ふむ、それでは失礼して」
「……えっと、アンタら、本当に申し訳ない」
「いえいえそんな」
「ウールの馬鹿には後できつく言っておくから」
「なんか、苦労してる感じだね」
「ああ、リーダーの言うことなんか聞きやしないんだ」
「カブ、アンタも貰っときなよ! どれも綺麗なもんだよ!」
「……全くもって申し訳ない」
* 明日十二時に次話を投稿、できたらなと思います。




