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閑話 マリー 2

 ◇




 マリー・スートが目を覚ますと、目に入ってきたのは見知らぬ天井だった。

 ここはどこだろうとボンヤリと考えていると、自分の身体の上に何かが乗っているような感覚があり、ゆっくり身体を起こしてみれば母親が自分の上に上半身を乗せてうつ伏せで寝ているのだと分かる。


 何か不思議な夢を見ていたような気がするのだが、内容が思い出せない。

 おそらく、とっても大切な事だった気がするのに……。

 どうやっても思い出せないそれを振り払うように頭を振り、寝ている母親から視線を上げ室内に目を向けたマリーは、


「……………………へっ?」


 目の前に広がる光景に、目を奪われることになる。


 マリーの視線の先では、壁中に貼り付けられた様々な形の花の折り紙と、天井から吊り下げられた巨大な作品がその存在をこれでもかと主張していた。


 花の折り紙は、アサガオ、ユリ、ダリアにスミレ、チューリップやコスモス、他にも水蓮や桜などマリーが見たことのない形の花も沢山あり、まるでこの部屋全体がお花畑になったかのような華やかさであった。

 机の上には同じように紙で折られたバラの花が、挿された花瓶からはみ出すほど大量に飾られており、その一つ一つが夕日を浴びて真っ赤に輝いている。

 マリーは、あまりに幻想的なその光景にしばらくの間ただただ口を開けて見蕩れていた。

 そして、それぞれの作品に吸い寄せられるようにベッドから降り立ち壁に飾られた花々を眺めていると、そのどれもが紙を折って作られていると分かり、尚更その出来栄えに興奮することとなる。

 まるで美術館に飾られた絵画や美術品を眺めるようにすこしずつ身体を動かしていき、そして一際大きな作品の前に立つ。


 自分の身長さえも超えているだろうその巨大な作品を間近で見て、ようやくそれが何なのか分かった。


 それは、おそらく鶴を折ったものだ。

 ただし、一羽や二羽どころか、百や二百でも足りないほどの大量の鶴が、紐で繋がれて天井から吊り下がっていた。



 そう、これは千羽鶴(・・・)だ。



 昨日の夜、修一が雑貨屋にあるだけの折り紙を買い、ノーラとメイビー、そして、騎士団や常駐兵、警備隊といった人間たちに作り方を教え、協力を乞うて作り上げた千羽鶴なのだ。

 二つ合わせて二千羽の鶴は日付が変わったころに全て完成し、数人がかりで陸軍の兵舎から運び込まれた千羽鶴は天井から吊り下げられることになった。

 ちなみに、その時マリーに付きっきりで看病していた母親はとても驚いていたし、今まで寝ていないであろう母親を見た修一は交代を申し出るとともに、ノーラたちに母親を宿に連れて行かせて無理矢理にでも休ませることにしたのだ。


「すごい……、一体いくつあるんだろう?」


 日本では、回復祈願として入院患者に千羽鶴を送ったりすることがあるが、もちろんマリーはそんなこと知らない。

 ただ、これが自分のために折られた物だとは分かったし、これを作り上げるために払われた多大な労力を思うと、マリーは胸が熱くなった。


 と、後ろでごそごそと衣擦れの音が聞こえたかと思い振り返ると、目を覚ましたらしい母親と目が合う。

 母親は一気に目を見開き、そしてマリーに駆け寄って抱き締める。


「マリー!!!」

「へ? お、お母さん? どうしたの一体?」

「ああ、マリー! やっと目が覚めたのね!!」

「ちょ、ちょっとお母さん、苦しいよ」


 それを聞いた母親はほんの少しだけ力を緩めると、涙に濡れた瞳で真っ直ぐにマリーの顔を見つめる。


「マリー、どこか痛いところはない? フラフラしたり、気分が悪かったりは?」

「えっと、どこも大丈夫だよ?

 それより、これは一体どうしたの?

 それに、ここはどこ? どうして私は、ここで寝てたの?」

「あなた、覚えてないの? 家が火事になって――」


 そうして母親から説明されて、マリーはようやく思い出す。

 自分が一体どうなったのかを、そして、どうやって助け出されたのかを。


「幸い、私たちの部屋までは火が届いていなかったけど、お隣さんの家は床に穴が開いちゃってたし、貴方は丸一日以上目を覚まさないしで、とっても心配してたのよ?」

「丸一日って、私そんなに寝てたの?」

「そうよ、昼前まではシューイチさんたちも待ってくれていたんだけど……」

「え? シューイチ兄ちゃんが来てくれてたの?」


「ええ、昨日の夜から一晩中、この折り紙を折りながらあなたが起きるのをずっと待ってくれてたのよ。

 でも、今日の昼過ぎには次の目的地に出発するって行ってしまったわ」

「そんな……」


 それを聞いたマリーは心底がっかりした。

 命を助けてもらったというのに、そのお礼すら言う事が出来なかった。

 その様子を見た母親は、苦笑しながらも娘を慰める。


「そんなに悲しそうな顔をしないの。

 ほら、騎士団の方々とか警備隊の皆さんにも助けてもらったお礼を言いに行くんだから、その時にシューイチさんの分もお礼を言ったらいいのよ」

「でも……」

「それと、シューイチさんからこれを預かっているのよ?」

「それは?」


 母親がポケットから取り出したのは、小さく折りたたまれた紙だ。

 しかも、ハート(・・・)の形に折られている。


「シューイチさんの故郷では、親しい人に渡す手紙をそうやって折るんだって」

「手紙? これが?」

「ええ、マリーが目覚めたら渡してくれって、去り際に渡されたのよ」


 そう言われたマリーは母親から手紙を受け取るが、しばらくの間その可愛らしい形を崩したくなくてどうしたものかと悩んでしまう。

 しかし、やがて修一からの手紙の内容への興味が勝ると、紙を破いてしまわないように慎重に手紙を開く。

 何かが中に包まれているらしく、紙以上の重さを持つ手紙を開いていると、やがて中から何かが零れ落ち、床に当たって金属音が鳴る。


「あら? これって……」


 母親がそれを拾おうと屈み、マリーは開き切った手紙の中身を読み始めた。



《よお、マリー、目が覚めて何よりだ。 


 俺が助けに行ったときにまた気を失ってしまったから、本当に心配したよ。

 一緒に行ったデザイアも心配ないって言うし、俺の仲間が回復魔術を掛けたからケガとかは大丈夫だと思うんだが、心配なのは心の傷だ。

 俺の知り合いにも火事に遭った人がいるんだが、その人は火を見るのも怖くて堪らないっていうトラウマを抱えてしまって、一時期は日常生活にも支障が出てたんだよ。

 マリーがそんな事になるっていうのは俺にとっても不本意な事だからさ、そこだけが心配だ。


 まあ、これは俺の心配のし過ぎというものかも知れないけどな。


 案外俺の心配なんか杞憂に終わって、火とか氷とかを自在に操る魔術師になったりするかもしれないな。ははは。

 ……なんか、本当にそうなりそうな気がしてきたが、気のせいだよな?


 兎に角、俺はマリーに挨拶も出来ずに首都に向けて出発することになるから、この手紙を挨拶に代えさせてもらうよ。



 またな、マリー。元気に過ごせよ。


 聖歴八百十年九月四日  白峰修一


 追伸:母さんの言う事よく聞いて、良い子でいるんだぞ。勉強も頑張れよ。》



「……………………」

「……マ、マリー、これって」


 母親は僅かに震える声で手紙に包まれていた一枚の金貨・・をマリーに示すが、マリーにとってはそんな事はどうでも良かった。

 修一からの手紙にはマリーへの気遣いと優しさで満ちているようで、手紙を読み終わったマリーは胸の奥がギュッと締め付けられるような気持ちになる。


 自分の内側から溢れそうになるこの気持ちを、修一に伝えることが出来なかったことが何よりも悔しかったのだ。

 だからこそ、せめて、この手紙に書かれている事くらいは守りたいと思った。


「ねえ、お母さん」

「どうしたのマリー? あなた、なんだかとっても怖い顔してるわよ」

「どうしたら、魔術師になれるかしら?」

「魔術師?」


 マリーの持っている手紙をまだ読んでいない母親は、娘のいきなりの問い掛けに疑問符しか浮かばなかったが、それでも答えてあげることにした。


「それは……、一杯勉強して、学校で魔術について教えてもらって、魔術師ギルドに入ったら魔術師になるんじゃないかしら?」

「そう……」


 なにやら決意に満ちた娘の顔を見て不思議に思った母親が手紙の内容を読むのだが、何をどうすればこの内容から魔術師になると言い出すのか。

 おそらく、修一が冗談のつもりで書いた一文を見てこう言い出したのだろう。


「お母さん、私頑張るわ。

 頑張って一杯勉強して、そして魔術師になるの」

「えっと、マリー、この手紙は――」


 別に魔術師になれって言ってる訳じゃない、と言おうとして、ふと思う。

 今まであまり勉強に乗り気じゃなかった娘が、曲りなりにも勉強がしたいと言っているのだ。

 これは、親として尊重してあげるべきではないのだろうか。


 ――この子には、私よりも幸せになってもらいたい。そのために自分から頑張ると言っているんだから、本人がやる気でいる内はそれを応援してあげるべきよね。本当に、魔術師として勉強するための学校に行くと言うのなら、私も今から仕事を増やしてお金を用意してあげなくちゃ。


 そう考えた母親は、口を閉じて手の中の金貨を握り締める。

 これは娘のために使ってあげよう、おそらく修一もそのつもりなのだろうから、と母親も決意を固める。



 こうして、似た者同士なこの母娘は新たな気持ちで生活に臨み、火災に遭っても気落ちすることなく日々を過ごすその姿は、この火災を知る町の住人たちにはとても眩しく見えたそうである。




 * 明日十二時に次話を投稿します。

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