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第4章 13

 ◇




「ふむ、上手いものだな」

「ん? ああ、デザイアか」

「まさか、あれからずっと折ってるのか?」

「おう、これはもうすぐで完成だ」


 集合住宅火災から一日経ち、現在修一は病室で折り紙を折っている。

 とはいえ、それは修一がケガをしたからというわけではなく――。


「マリーはまだ目が覚めないのか?」

「医者は、極度の緊張と疲労で寝ているだけだからしばらくしたら目が覚めるだろうって言ってたんだが、まだ起きないんだよな」

「そうか、まあ大丈夫だろう。俺たちが助けた時も大きなケガをしていた訳ではなかったし、回復魔術も掛けてもらったいたからな。

 医者が言う通り、そのうち目を覚ますさ」

「そうだろうな、ケガならデザイアの方が酷かったもんな」


 空いている椅子に座ろうとしていたデザイアは、その言葉を聞いて顔を顰める。


「やかましい、あれはほとんどお前のせいだろうが」

「俺だって大体お前のせいだよ」

「はっ、それならお互い様だ」

「おうよそのとおりだな、っと、完成だ」


 修一は完成した作品に針金を通すとそれを花瓶に挿し、そのまま新しい紙を手に取り再び折り始める。


「しかしまあシラミネ、昨日は凄かったな」

「そうだな、なんであんなに盛り上がってたんだろうな?」

「そりゃあお前、消火していたとはいえ、勢いよく燃えていた建物の炎がいきなり消えたんだぞ。

 驚きもするだろうし、なにより俺がいたからな」

「なんだ、自慢かよ?」


 デザイアは苦笑しながらお見舞いの品である果物――ウサギの形に切り分けられたリンゴ――を手に取りながら言葉を返す。


「違うぜ、それだけ俺はこの町をはじめとした国内各地の町や村で活動してるんだよ。

 ほとんどの住人が、俺の事を覚えてくれるようにな」

「ふーん、仕事熱心なんだな」

「まあな。仕事というよりは、生き甲斐のようなものなんだけどな。

 ……お、このリンゴは美味いな。それに、この形も面白い」

「それは俺が作ったやつだよ」


 修一の言葉に、デザイアは呆れた様な表情になる。


「お前、どうしてこんなよく分からん事を覚えてるんだ?」

「いいだろ、別に。覚えた当時は楽しかったんだからよ」

「まあいいが。それより、本当に今日出発するのか?」

「ああ。デザイアだって、行って良いって言ってくれたじゃないか。

 元々ノーラが今日の昼ごろ発の馬車を予約してくれてたんだから、それに乗って町を出るよ」


 修一は会話をしながらも、手際よく折り紙を折り続けている。

 折っているのは今日何個目になるか分からないバラの花だ。


「マリーにお別れは言わないのか?」

「うーん、本当は言いたいし、だからこそこうしてギリギリまでここに残って折り紙を折ってるんだけど、無理なら仕方がないさ。

 ノーラの方が優先だ」

「そうか、まあ、護衛が終わったらまた来ればいいんじゃないか?」

「……護衛が終わったら、俺は故郷に帰るつもりなんだけどな」


 それを聞いたデザイアは、少しだけ残念そうな表情をする。


「やはり、帰るのか」

「まあ、きちんと帰れるかは分からないけどな。

 帰れるなら、帰りたいさ。

 お前がこの国に対し誇りを持っているように、俺の愛国心は故郷に向けられているからな」

「そうか、それなら仕方がないが、……もし帰れなかったら、騎士団に入らないか?

 お前なら歓迎するぞ」

「それは、……そん時に考えるさ」




「そういえば、次の目的地はテグ村か」

「おう、確かそんな名前だったかな」

「今そこには俺の友人、エイジャという名の男が来ている。

 同じ騎士職の男だが、なにやら調査の仕事に来ているようでな、そいつには俺の新しい友人が行くと伝えてあるから、会えたら挨拶をするといい。

 少しばかり変わった男だが、信頼できる人物だし腕は確かだ」

「……それは別にいいんだが、俺のこと、友人って伝えたのかよ」


 デザイアが頷くのを見て、修一は眉を寄せて唸る。


「なんだ、嫌だったか?」

「嫌、という訳じゃないが、七つも歳の離れた男に友人と言われるのはちょっとむず痒い」

「はは、そうかそうか、……さて、俺はそろそろ行くかな」

「ん? まだ、火事の処理が残ってるのか?」


 椅子から立ち上がり大きく伸びをしたデザイアは、面倒くさそうに頷く。


「ああ、出火原因や出火場所を調べなきゃならないし、報告書も作らなきゃならん。

 全く、これなら獣や魔物相手に戦っている方がマシだよ」

「だろうな。ところで、デザイアって戦闘以外の仕事はラパックスに任せっきりにしてるイメージだったけど、ちゃんと自分で仕事してるんだな」

「ああ? 何だそりゃ?」

「気にするな、只のイメージだ」


 修一の軽口を、デザイアは鼻を鳴らして切って捨てた。


「ふん、まあいい、それじゃあな。首都まで辿り着けたら本部に顔出せよ。俺らも予定を変更して火事の処理が終わり次第首都に戻ることにしたからな」

「ああ、ラパックスとか、他の団員にもよろしく言っといてくれ」

「それと、折角あげたんだから今度は簡単に壊すなよ。それ、他のと変わらないように見えるかも知れんが我が家の紋章が入った特注品だからな」

「そうなのか? 気を付けるよ」


 デザイアは、修一の腰に吊られている騎士剣・・・を指差しながらそう告げると、病室を後にする。

 残された修一は、それからも黙々と折り紙を折り続けたのだった。




 ◇




 デザイアが病室を出て行ってからしばらくして、今度は他の者たちが病室にやってくる。

 ノーラにメイビー、それからもう一人、マリーの母親も一緒のようだ。

 修一は、折り紙を折っている手元から顔を上げ、三人を迎えることにした。


「よ、おはよう」

「おはようございます、シューイチさん」

「おっはよー、シューイチー」

「おはようございます」


 現在の時刻が午前十一時前という事を考えればおはようと言うのは少し変かも知れないが、修一以外はマリーの母親を含め全員起きるのが遅かった為あまり違和感がない。

 そもそも修一がここにいるのは心労もあったであろう母親を休ませてあげるためで、マリーがいつ目を覚ましても良いように寝ずの番をしていたのだ。

 待っている間手慰みに作り続けた折り紙の数はすでに百を越えていて、作った折り紙は病室の壁に張り付けたり机の上に飾ったりしてある。


 更に言えば一際大きな作品・・も二つほど天井から吊り下がっているのだが、流石にこれは修一だけの作品ではないし、病院にもきちんと許可を取っている。


 そして挨拶が終わると、マリーの母親は修一たちに対して、深く頭を下げてきた。


「昨日は本当にありがとうございました。

 マリーが助かったのは、貴方たちのおかげです」

「あー、もういいって、昨日も散々言ったけどさ、そんな畏まって言われるのは恥ずかしいんだよな」

「そうそう、僕なんかちょこっと魔術を使っただけだし、後は野次馬と変わんなかったよ」

「しかも、それすら一回失敗したもんな」

「うっ、……仕方ないじゃん、あれだけは苦手なんだから」


 昨日メイビーは建物から出てきた修一たちに回復魔術を掛けたわけだが、中位回復光魔術ハイネスヒーリングライトの後に体調復元魔術リストアヘルスを掛けようとして一回失敗したのだ。

 その後なんとか三人分行使し終わったときには無用な緊張感のせいでへたり込んでしまい、ノーラがマリーと母親を病院に連れて行っている間に修一に肩を借りて宿に帰ったのだ。


 ただ、修一にそう言われても母親は頭を上げない。


「いえ、マリーが助かったのは、貴方たちのおかげです。それに、騎士団の方々や警備隊の皆さん、他にも様々な方にお世話になりました。

 マリーが目覚めたら、一緒にお礼を言いに行きたいと思っています。

 だから、まずは貴方たちにお礼を言わせてください。

 本当に、本当にありがとうございました」

「いや、まあ、その、……どういたしまして」


 修一が照れながらもそう返したことで、ようやく母親は顔を上げる。


「シューイチさん、そろそろ馬車の準備がありますので」

「ん、分かった。これが折り終わったら行こうか」

「相変わらず、丁寧に折るねえ」

「そうか? ……よし、出来た」


 修一は出来上がった折り紙を机に置いて椅子から立ち上がる。


「それじゃあ奥さん、マリーが起きたら宜しく言っといてくれよな」

「はい、本当にありがとうございました」

「それでは失礼します」

「ばいばーい」


 三人は母親に見送られながら病室を出る。

 そのまま建物外に出ようとしたところで、修一が思い出したように手を叩く。


「おっと、そういえば忘れてた。ちょっと待っててくれ」

「え? はい、分かりました」


 そう言うと修一は走らない程度の急ぎ足でマリーの病室に戻り、一分ほどで病室から出てきた。


「何を忘れてたのさ?」

「いやあ、ちょっとな」

「ふーん?」

「悪かったな、さあ行こうぜ」


 二人に軽く謝りながらもどこかすっきりとした様子の修一に、ノーラとメイビーは軽く首を傾げたのだった。




 ◇




 修一たちが泊まっていた橙色の猫亭は、ノーラとメイビーが今朝方起きた時点で部屋を引き払っており、マリーの母親に使わせた修一の分の一人部屋も同様である。

 よって三人は病院を出たその足で馬車の停留場に向かう事にし、途中の露店で購入した軽食を修一が抱えながら、三人並んで道を歩く。

 馬車は正午過ぎに町を出発し夕方前には次の目的地に到着することになっているため、到着後の待ち時間の間に腹ごしらえをするつもりのようだ。


「そういえばさ、シューイチ」

「なんだ、これ持つの手伝ってくれるのか」

「違うよ、それくらいは頑張りなよ」

「冗談だよ、で、何だ?」

「なんで火事の中に飛び込んだの?」

「理由か?」


 メイビーがコクリと頷くと、ノーラも話に乗ってくる。


「最後、あっという間に炎が消えたのはシューイチさんおかげなんですよね?」

「ああ、俺が建物の中でチカラを使って消した。

 おかげでのどが痛かったし眩暈がしたけどな。

 まあ、それもメイビーに治してもらったからどうってことはないんだけど」

「それは、わざわざ建物内に入らなければ出来なかったのですか?」


 修一は「うんにゃ」と首を横に振りながら、ノーラの責めるような視線から目を逸らす。

 なんだかんだ言って心配させてしまったのが分かっているため、そんなノーラを納得させるべく修一はきちんと理由を説明する。


「中に誰もいないって話になってた時はそのまま外から能力を使おうと思ってたんだけどさ、その直前にマリーが中にいるかもって分かったんだよ」

「それでどうして中に?」

「マリーがどこにいるか分からなかったからだよ」

「?」


 修一は、より理解しやすいように言葉を選びながら説明を続ける。


「そもそも、熱流を操作して熱を動かすことが出来る俺の能力は熱そのものに干渉するから、基本的に物体にではなく空間座標を対象にしている。

 それと、俺が目視していないとあんまり細かい調整が出来ないし、発動までの時間差で対象が移動すると失敗したりするから、タイミングにも気を使う。

 更に言えば、物体が持つ熱に対する抵抗を無視して移動させるから、熱流の向きや流れに非常に気を使うんだ」

「……はい」

「えーと? どういう事?」


 このチカラは、修一が今までの経験からどのようなものなのかを把握しているにすぎないため、言葉にするのは少しばかり骨が折れる。

 元の世界の友人たちと詳しく検証していなければ、このように説明する事もままならなかっただろう。


「生物が持つ熱の抵抗は無視できないようになっているものの、それでも自然な熱の移動によれば熱は伝わる。

 熱流のライン上に物体が存在すればそこを通過している間は熱の影響を受けるし、それが発火点を越えていれば燃え始める。

 つまりだな……」


 最後に修一は、額の傷を掻きながら一言にまとめた。


「あれだけの炎、つまり熱量を動かすためそのまま外からチカラを使うと、中にいたマリーの身体を熱が通過するおそれがあったんだよ」

「…………もしそうなっていたら――、」


「マリーは死んでたな。

 火が消えた後に中に入ったら、丸焼けになったマリーの死体が見つかってた可能性が高い」

「うへえ……」


 その様子を想像したメイビーが嫌そうに声を漏らす。

 ノーラも同じように不快そうな表情を作り口元を手で押さえる。


「とまあ、これが燃え盛る建物の中に俺が突っ込んだ理由だ。

 居場所さえ分かっていればそこを避けるように熱を流すか、そもそも熱流遮断膜を掛けておけば良かったんだがな。それが出来そうになかったんだよ。

 やっぱり知り合いを見殺しにするのは気分が悪いからな。

 どれだけ止められても俺は飛び込んだと思うぞ」

「はあ、分かりました。

 ただ、これからはもう少し落ち着いて行動してくださいね」

「まあ、頑張るよ。……お、ここが馬車乗り場か」



 三人が停留所に着くとノーラが予約の確認に向かい、修一とメイビーは待合室のような部屋に用意されている簡素なテーブルに着く。

 ノーラが戻ってきたところで買っておいた軽食を食べ、後は出発を待つばかりとなった。


 待合室の中には、旅行者風の男二人組と、戦闘用の装備を身に付けた冒険者風の男女四人組が別のテーブルに座っている。

 おそらく、同じ馬車に乗ることになるのだろう。


 しばらく待っていると、やがて馬車の御者と思わしき格好の男が待合室内に呼び掛ける。


「皆さん、お待たせしました。間もなく馬車は出発します」


「さて、行きましょうか二人とも」

「あいよ」

「はーい」


 乗客が全員乗り込み、乗合馬車がゆっくりと進み始める。

 町中では徒歩と変わらない速度での安全運転だったが、門を潜り町の外に出れば、少しずつ速度を増していく。

 推定で十五から二十キロメートル毎時、自転車と同じくらいの速度か。


 自動車には遠く及ばずとも徒歩と比べればはるかに速く進む次なる目的地への旅路と、遠ざかるサーバスタウンの街並みに思いを馳せながら、昨夜一睡もしていない修一は静かに寝息をたて始めたのだった。




 第4章、これにて終了です。

 ここまで読んで戴き、ありがとうございました。


 * 明日十二時に次話を投稿します。

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