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第4章 12

 ◇




「ラパックス!! 波濤を任せたぞ!!」


 そう言うなりデザイアは修一を無視して走り出した。

 向かうは視線の先、黒煙が立ち昇る火事の現場だ。


 団長は、副団長の返事を待たずに腰に帯びている波濤の鞘を引き抜くと、駆け寄りながらそれを部下に投げ渡す。

 そしてすれ違いざまに「波濤を回収したら他の団員を連れてこい!」と言い残し、そのまま広場を抜けて町中に入っていってしまった。


「……お、おい、ちょっ……、待てよ! デザイア!!」


 そして、戦闘から一転して広場の真ん中に一人で取り残された修一は、デザイアの姿が消えるまで呆然と後ろ姿を見送っていたのだが、やがて自らもデザイアを追って走り出す。


 ラパックスが波濤を回収する為に走り出し、メイビーは近づいてくる修一に対して小剣を振る。

「シューイチー! 風追加速魔術ウインドアシスト掛けようかー!?」 

「よく分からんが頼む!!」

「“ウインドアシスト”っ!!」


 詠唱とともに修一の足元に風が纏わりつく。

 纏わりついた風は修一の足の動きに合わせて加速をもたらし、一歩踏みしめる毎にぐんぐんと速度が上がっていく。


 修一は、自分が地面を蹴る度に想像以上の勢いで加速していくのが分かり、この勢いならすぐにデザイアに追い付けると思えた。


「サンキュ! メイビー!!」

「はいはーい」

「シュ、シューイチさん!」

「悪い、ちょっと行ってくる!!」


 そう言い残し、デザイアと同じように町中に姿を消した修一。

 それを見送ったノーラとメイビーであったが、やがてノーラがポツリと呟く。


「……メイビー」

「ん? 呼んだ?」


 未だにカンカンと鳴り続ける半鐘の音に紛れて良く聞こえなかったメイビーが聞き返すと、ノーラは毅然とした表情でメイビーにお願いする。


「私にも風追加速魔術を掛けて下さい」

「へ? ……本気? 追いかけるの?」

「はい」

「……まあ、僕も追いかけようかなって思ってたし、ノーラが良いなら掛けてあげるけど、――ノーラってどれくらい速く走れるの?」


 メイビーに問われ、ノーラは少しだけ恥ずかしそうに答えた。


「これでも小さい頃は駆けっこでは負けなしだったんですよ。

 今は、少しばかり不安が残りますが」

「へえー?」

「な、何ですか、その疑わしそうな目は?

 嘘じゃありませんよ、実家に帰ったら、両親に証言してもらいましょうか?」

「いや、それはいいや。

 それじゃあ掛けるよ、“ウインドアシスト”!」


 メイビーが二人分の魔術を行使した後、二人は修一たちを追って黒煙の出ているところへ向かう。

 黒煙の量は先ほどよりも増しており、おそらくかなりの勢いで燃えているのだと思えた。


 ちなみに、ノーラの移動速度と体力はメイビーの予想を裏切り、それなりの水準に達していた。

 さもありなん。今日までのおよそ二ヶ月間、重いカバンを肩に掛け、一日二、三十キロメートルもの距離を毎日歩いてきたのだ。

 体力も脚力も、一般人に比べれば遥かにマシと言える。



 勿論、マシというだけでメイビーの速度には大きく劣ってしまっており、メイビーはノーラの為に随分と速度を落とすことになっていたのだが。




 ◇




 町中を駆け、黒煙を噴き出す現場に近付くにつれ、修一はその熱量の大きさに顔を顰める。

 今までにも、何度か火事の現場を見たことはある。

 ボヤで済んだところもあれば、周囲数軒を巻き込んで全焼した家というのもあった。

 とある都市での雑居ビル火災で数十人がなくなった事件や、山一つを丸裸にしてしまった山火事の映像をニュースで見た時は、修一は幼心にも心底恐ろしいと思ったものだ。


 燃え盛る炎というものは人間の根源的な恐怖を呼び起こし、何もかもを無慈悲に奪い去っていく。


 人間の命など、言うに及ばずである。


 だからこそ修一は先行するデザイアに負けじと足を動かし、やがて砂で汚れた紺色の団服を視界に捉える。


 ――見つけた!


 同時に、足に纏わり付いていた風が消えてしまったがここまでくれば関係ない。

 更に足を速めると、修一はデザイアの横に並んだ。

 デザイアは、自分と同じように現場に向かっている修一に対し一瞬だけ何か言いたげな顔をしたが、


「…………、ふん」


 すぐに前に向き直り、そのまま走り続ける。

 そうして二人で並んで走り続け、最後の角を曲がったところで現場が見えた。


「ちっ……!」

「おいおいおい、これは――」


 燃えているのは、どうやら集合住宅のような建物らしい。

 四階建ての木造の建物で、一階にある部屋のいくつかの窓から黒煙と火の手が見える。

 一部、二階の窓からも室内の赤色が見え、思っていたよりも火の回りが早い。


 建物の周りには野次馬と思わしき者が数十名ほど立ち並び、燃える建物を見ながらざわざわとしていた。

 デザイアはその集団に大股で近付くと、大声で話しかける。


「お前ら危ないから離れてろ! 

 誰か、何があったか説明できる者はいるか!?」


 声を聞き振り返った者たちは目の前に立つ団長の姿をを見て安堵し、それから数人が駆け寄ってくる。


「何故ここは燃えている!? 取り残された者はいないだろうな!?」

「そ、それがですね――」


 デザイアが野次馬から話を聞いている間に、修一は立ち並ぶ人々をかき分けて建物に近付く。

 改めて見て、かなりの火勢だ。今はまだ外壁まで火は出てきていないが、いつ周りに飛び火するか分からない。


 早急に対処・・する必要がある。


 修一はとりあえずの対応として、建物全体を囲むように熱流を遮断することにした。

 燃える建物の周囲に、まるで壁のように膜を創り上げ、被害がこれ以上拡大しないようにする。

 規模が大きいため自分の肉体に使用しているものよりも仕組みは単純にし、一定以上の大きさの熱が通過できないようなものにした。

 一先ずは、これで延焼を防げるだろう。


「よし、次は――」

「おい! 何をしているシラミネ!

 お前ももう少し下がれ!」

「ん?」


 デザイアが修一に近付き、肩を引く。

 そうされて周囲を見回せば、先程かき分けてきた人々も建物から距離を取るように離れている。

 おそらく、デザイアが安全確保の為に下がらせたのだろう。


「いや、俺は大丈夫なんだよ」

「何を言ってやがる? 良いから下がってろ。

 この町の警備隊連中と俺たち騎士団で消火活動を行う。火が消えるまでは邪魔だから下がっていろ。

 幸い、今聞いた限りでは中には誰もいないようだ」

「おお、そうか、それなら」


 俺が火を消してやるよ、と修一が言いかけて、言い切る前に口が止まる。

 何故なら後方の人垣の中に見覚えのある人物がいたからだ。

 二十歳代に見えるその女性は、買い物帰りなのか手に籠を提げており、慌てた様子で周囲の人々に話しかけている。


 それを見た修一は、何か、言いようのない不安を覚えるとともに、その不安が外れていることを願いながらその女性に近付いていく。

 デザイアもその女性に気付いたのだろう。修一とともに近付いていき、声を掛けた。


「失礼、俺は第四騎士団の団長だ。慌てた様子だが、どうかしたのか?」

「え? あ、団長さんですか!? あの、私の、私の娘を見てませんか!?」

「娘? どういう事だ?」

「私、つい先程買い物から帰ってきて、そしたら家が燃えてて、それで、娘がどこにも見当たらないんです」

「アンタここの住人か? ……子供が、中にいるというのか?」


 取りすがってくる女性の言葉を聞き、デザイアの表情が一気に険しくなる。

 そして修一の表情も、困惑と焦燥が入り混じったようなものに変わる。


「アンタの家は何階なんだ? 子供の特徴は?」

「さ、三階です。子供は、砂色の髪をした十歳の女の子で、名前は――」

「――マリー(・・・)か?」

「え?」


 その言葉を聞き、女性――マリーの母親が修一の存在に気付く。


「あ、貴方は昨日の!」

「なあ、マリーが、……まだ中にいるっていうのか?」


 修一はそうであって欲しくないと思いながら、母親に確認する。

 苦悶に満ちた顔で問いかける黒髪の男に対し、母親の口から出てきた答えはある意味予想通りで、そして聞きたくなかった答えだ。


「えっと、私が出て行くとき、部屋でお昼寝をするって言っていて、それで――」

「マジか…………」


 額に手を当て天を仰ぐ修一の様子に、デザイアが訝しげな表情になる。


「……おい、シラミネ。お前、この人と知り合いなのか?」


 修一はデザイアの問いに答えず、今もなお燃え盛る建物に視線を向け、全神経を集中(・・・・・・)させる。

 まるでそうすることで壁の向こうが見えるかのような行いであるし、事実見える(・・・)のだ。

 しかし、この状況ではそのチカラも役には立たないらしい。


 ――……くそっ、ダメだ、火の勢いが強すぎる。邪魔な熱が多すぎてマリーの姿が見えない。……こうなったら、


 そこまで考えた修一の足が、自然と一歩踏み出され、それを見たデザイアが修一の肩を掴む。


「……おい待て、シラミネ、……お前まさか?」

「…………その、――まさかだよ!」


 そう言って修一はデザイアの制止を振り切り、燃え盛る建物に向かって駆け出した。

 それを追おうとしたデザイアは、しかしマリーの母親に縋り付かれているせいでそれが出来なかった。

 団長は、彼にしては珍しく焦った様子で怒鳴る。


「おい、アンタ! いい加減手を離せ!」

「えっ、あ! ご、ごめんなさい!」

「クソっ、いいか、もうすぐ俺の部下たちがここに来る。

 来たら、すぐさま消火活動を始めるように伝えてくれ! 分かったな!?」

「は、はい、分かりました」


 デザイアの気迫に腰が抜けたのかその場に座り込んでしまった母親を近くの野次馬に任せ、団長は黒煙を吐き出し続ける建物を睨み付ける。

 すでに修一は建物内に入ってしまったらしく、姿が見えない。


 焦る気持ちを落ち着けるため、団長は瞑目し一呼吸分の深呼吸を行う。

 そして、ゆっくりと目を開けると、


「――よし」

 ――勝手なマネをするんじゃねえよ! バカ野郎が!!



修一と同じように建物の中に飛び込んで行った。




 ◇




 熱流を操る能力を使用するとき修一は、本来なら目に見えない熱の流れを感覚的に、あるいは視覚的に感じ取ることが出来る。


 感覚的にというのは、自分の周囲に存在する熱源がどこに、どれくらい、どのようにあるのかなんとなく分かるというものであり、視覚的にというのは、さながらサーモグラフィーのように熱の多寡が色彩的な表現として目に映るというものだ。

 どちらも自分の身体に近いほど精度が上がり、距離約二メートル以内であれば、目を閉じていても僅かな温度差によって物の動きがミリ単位で分かる。


 また、感覚的な感知では自分の正面方向であれば精度が高まり、そうでなくてもあらかじめ意識しておくことで精度を高めることが出来るのだ。


 例えば、木や壁の向こうに隠れていても存在を感知することが出来るし、そこに意識を向ければ身長や体格といった情報からそれが誰であるかを把握することも出来る。

 意識をきちんと向けていれば離れた場所でも動向を知ることができ、二階の部屋で寝ている者が目覚めたかどうかぐらいは一階にいたまま知ることが出来る訳だ。


 他にも、視覚的な感知では対象をきちんと目視することで摂氏何度であるのか小数点以下までの正確さで知ることができ、目視で確認しながら熱流を操作することで能力の正確さを高めめている。


 話を聞いているとこのチカラをとてつもなく便利なもののように思うかもしれないが、これにはいくつかの制約が存在するし、そもそも能力を使用する意思がなければ熱量を感じ取ることは出来ない。


 能力を常時使用するのは精神的な負担がかかり、今ほど上手に能力を使用できていなかったころには能力の使い過ぎで気絶したこともある修一は、基本的には自分の肉体を熱流遮断膜で覆うくらいにしか使っていないのだ。


 さらに言うなら、現在の修一のように周囲を炎で囲まれている場合、それらに塗りつぶされてしまい感覚的にも視覚的にも目標を認識することができないのである。


 という訳で修一は、建物に飛び込んだはいいもののどこに向かうべきか分からず立ち往生している。

 勇ましく飛び込んだ割にはなんとも情けない話だ。

 一先ず三階を目指す必要があると思い廊下を抜けて階段を上がっていったのだが、二階に上がる時点で煙が充満しており、まさしく一寸先も見えないような状態となっている。


 熱によるダメージは心配していないが、煙を吸い込めば咽るし、一酸化炭素中毒にでもなればそのまま命の危険がある。

 マリーを助けるために飛び込んだことは後悔していない。

 しかし、軽率に行動せず何かしらの準備をしてから飛び込むべきではなかっただろうかという考えは何度か脳裏をよぎった。

 そしてその度にかぶりを振る。


 ――バカな事考えてないで、さっさと探さねえと。


 懐に入れておいたぼろ切れを口に当て、姿勢を低くして出来るだけ煙を吸わないように行動する。

 煙が目に染みて涙が出てくるが、しっかりと目を見開いておけば僅かな熱量の差で建物内の構造――階段の位置や高さ、壁の位置、通路の長さ――くらいなら把握できるのだ。

 目を閉じている場合ではない。


 そうして階段を歩き、上階へと上がるにつれ煙が少なくなっていき、三階に辿り着いた時点ではまだなんとか視界が確保できる。

 だが、この建物は一階につき八世帯分、中央廊下を挟むようにして左右に四室並んでおり、どこがマリーの家なのかを聞いていなかった以上、順番に探さなくてはならない。


 部屋の数については一階部分で階段を探すために廊下を一番奥まで進み、その時に数えたから間違いない。

 そしてこの建物は、中央廊下の一番奥が階段になっており、廊下そのものや階段部分に窓がないため、煙は逃げ場を探して上へ上へと昇っていき、徐々にこの階にも煙が満ちてきている。


 最早、一刻の猶予も無い。


 そう思って、修一が廊下に踏み込もうとした時、階下から荒々しい足音とともに誰かが上がってきている事に気付く。

 それが一体誰なのかと考える間もなく、足音の主は煙の中からその姿を現す。


「デザイア? お前、何してるんだ?」

「それは、――こっちの台詞だ!!」


 階段を上り切ったデザイアは、そのまま修一の胸倉を掴み、そして怒鳴る。


「馬鹿か貴様っ! 何を考えていやがる!!」

「なっ!?」

 まさかデザイアがここまで来るとは思っておらず、しかもその場で怒鳴られるなど考えてもいなかった。


「いいか、人命救助で危険な場所に行くのなんぞ、俺たち騎士団に任せておけばいいんだよ!

 幾ら強くてもお前は一般人だろうが!! こんな危険を冒す必要はない!!」


 そこまで言われて修一はカチンときた。

 同じように怒鳴りながら言い返す。


「うっせえ! 今言うような事かよ!! そんな場合じゃ――」

「ああ!! こんなことは今言う事じゃない!! だから、」


 デザイアが修一の胸倉を放し、そして少しだけ落ち着いた様子で続ける。


「さっさと子供を助けに行くぞ。

 続きは皆で外に出てからだ」

「…………っ!」

「どうした、行くぞ」

「……ああ、っと、少しだけ待て」

「何だ?」


 歩き出そうとするデザイアに、修一は両手の指を打ち鳴らし、膜を被せる。

 それと同時にデザイアは、先程まで感じていた熱による息苦しさがいきなり無くなりそれによって修一が何かしたのだと知るも、それを訊ねるのも後で良いと考え問う事はしなかった。

 代わりに修一が疑問を投げかける。


「それより、さっさと助けると言ったけど、マリーがどの部屋にいるのか分かるのかよ?」

「無論だ。先ほどまであの母親にしがみ付かれていたからな。

 そいつの付けていた香水の匂いを覚えている。

 そして、それと同じ匂いがあの部屋から漂ってきているんだ。あそこで間違いないぜ」


 そう言ってデザイアは、手前から三番目、左側にある部屋の出入口を指差し、そこに向かって堂々と歩いていく。

 その様子を半分呆れたように眺めながらも、修一はデザイアの後に続く。


「アンタって、本当に犬みたいだな」

「時々言われるよ」




 ◇




 ノーラとメイビーが火事の現場に到着したのは、すでに修一とデザイアが建物の中に飛び込んでいった後の事であり、二人は修一たちがどこに行ったのかを見ていなかった。

 が、野次馬たちの話し声を聞いていると、どうにも中に飛び込んで行った者たちがいるようなので、おそらく修一は建物の中だろうと思えた。

 修一の向こう見ずでお人好しな性格からいってまず間違いないだろうし、デザイアもいない以上は同じように中にいるのだと想像に難くない。


「全く、どうしてこう、自ら危険に首を突っ込んでいくのでしょうか!」

「さあ、性分なんじゃないのかな」

「本当にもう!」

「…………」


 表面的には怒っているように見えるノーラを横目に、メイビーは燃え盛る建物を眺めているのだが、そんな二人には現状出来る事が特にない。

 ひとまず野次馬の後方に立ち、副団長が騎士たちを連れてきた時に手伝いでも申し出ようかとメイビーは考えていた。


「しかし、本当に燃えてるね。僕、こんな大きな火事を見るのは初めてだな」

「……私も、話に聞くことはあっても見るのは初めてですね。

 シューイチさん達は大丈夫でしょうか?」

「え? 修一がいるなら熱は効かないんでしょ。それなら全然大丈夫じゃないの?」


 メイビーは楽観的に考えているようだが、ノーラは難しそうな顔で首を横に振る。


「いえ、こういった火事の場合、炎よりも煙や空気に混ざる毒の方が恐ろしいと聞きます。

 炎や煙なら目に見えますが、空気に混じる毒は色も匂いもないそうですから、気付かないうちに意識を失ってしまい、やがて死に至るそうですよ」


 それを聞いたメイビーは途端に顔を顰める。


「うええ、それは嫌だなあ。それに僕、ケガを治す光属性魔術は得意だけど、毒や病気に作用する魔術はあんまり得意じゃないんだよね」

「そうなのですか?」

「出来ない事はないし、発動すれば効果の揺らぎがない魔術ではあるんだけど、何故か、完全に失敗することが多いんだよね」


 具体的な例を出せば、三十六分の一のはずが何故か三回連続でそうなってしまうような感じである。

 何がとは言わないが。


「それにしても、これだけ燃えてしまってはここの住人は家を失う事になるのでしょうか」

「多分、そうなるんじゃないかな、おそらく炎でボロボロになってるだろうし」


 今も、メイビーの視線の先にある建物からは煙が立ち昇り、今では建物の外にまで火の手が見えている。

 ただ、何故か炎は隣の建物には燃え移ったりせず、見えない壁に阻まれているかのような動きをしているのだが、メイビーには十分すぎるほどに心当たりがあったため驚かないし、他の野次馬が気付いているような様子もない。

 と、そこに。


「皆さん、道を開けて下さい!! 警備隊の者です!! これより陸軍及び騎士団の方々とともに消火活動を行います!!」


 町の警備隊――警察と消防が一緒になったようなものだろうか?――が兵士や騎士たちとともに現れる。

 その中に、ひょろりとした背格好の見知った男を見つけ、二人はその男に近付いていく。


「おや、お二人ともこちらに来られたのですか?」

「うん、シューイチがデザイアさんを追って行っちゃったし、僕、光属性の回復魔術が使えるからケガ人とかいたら回復してあげようかと思ってさ」

「私も、応急手当位なら学院で習っていますので」

「そうですか、それは助かります」


 三人が会話をしている間にも警備隊の者たちが慣れた手つきで何かの機械のようなものを準備し、何人かがそれに付属した球体に掌を向けている。

 やがて長いホースのようなものを三本ほどその機械に繋ぐと、ホースの先端から勢いよく水が飛び出した。

 おそらく放水用の魔導機械なのだろう。魔力を込めれば放水魔術ハイドロポンプが自動的に行使され、勢いよく水が飛び出す仕組みなのだ。

 かくも魔術とは便利なものである。


 そしてラパックスは辺りを見回し、自分の上司がいない事に気付く。


「あの、ところで団長がどちらに行ったかご存知ですか?」

「えっと、おそらくシューイチさんと一緒にあの中にいるのではないかと」

「……は?」




 ◇




「邪魔だあっ!!」


 マリーがいると思わしき部屋の前に来たものの、玄関のドアには鍵が掛かっていた。

 母親としてもお昼寝をしている娘一人残していくのに用心をしていたのかもしれないが、この状況においては邪魔でしかない。

 そのため修一はドアノブが回らなかった時点で躊躇いなくドアを蹴破った。

 木製のドアは真ん中で真っ二つに裂け、そこに追加で何発か蹴りを入れれば大の大人が悠々通れる穴が出来上がる。

 今の状況でなければただの押し込み強盗と変わらない乱暴さだ。


「お前、本当に足癖が悪いな。どんな親に育てられたんだ」

「ああ? 厳しい婆ちゃんと厳しい親父に、厳しくも大事に厳しく育てられたよ」

「厳しいばかりじゃないか」

「そうだよ、だからだよ」


 そう言いながらも二人は煙が満ちてきている室内に立ち入り、やがて目的を達する。


「いたぞ」

「! マリー!!」


 寝室のベッドの上に、小さな女の子が横になっていた。

 間違いなく、マリーであろう。


 修一が駆け寄り、デザイアはその後に続きながら室内を見回す。

 まだなんとかなる状況ではあるが、これ以上煙が増えれば帰りが厳しくなる。

 煙たいせいですでに鼻が痛くて堪らないのだ。

 無駄な時間は掛けられない。


「おい、マリー! 大丈夫か!? しっかりしろ!!」

「ん、んう」


 そして修一がマリーの頬を優しく叩きながら呼び掛けると、マリーはゆっくり目を開く。


「あれ、お兄ちゃん?」

「大丈夫か? 俺が誰か分かるか?」


 そう問われたマリーは少しだけ嬉しそうに頬を緩め、そして両手で包み込んでいた物を差し出すようにしながら答える。


「うん、分かるよ。

 これを作ってくれた、シューイチ兄ちゃんだ」

「っ! これって……」

「おい、シラミネ、その子にも俺と同じようにしてやれ」

「っと、そうだ、熱流遮断膜を――よし、これで大丈夫だ」


 修一が指を打ち鳴らし、その途端熱さと息苦しさが消えたマリーは一瞬驚いたような顔をし、その後嬉しそうに目を細めて笑う。

 煙たさのせいか大きな瞳は涙に濡れており、キラキラと輝いていた。


「お兄ちゃんって、やっぱり魔術師さんだったんだ」

「ん? いや、俺は」

「えへへ、良かったあ」


 そう言うと、マリーはそのまま目を閉じる。

 その様子に焦る修一と、冷静に事実を告げるデザイア。


「落ち着け、気が緩んで気を失っただけだ。

 助けが来て安心したんだろう」

「あ、ああ、そうだよな」

「そうさ。さて、さっさとここから出るぞ。

 鼻が痛くて敵わん。それに少し頭痛もしてきた」


 デザイアはそう言うと、自分が着ている団服の上着を脱いでマリーに被せ、団服で包むようにマリーを抱え上げる。

 そしてすぐさま玄関へ向かおうとするのだが、そこに修一は待ったをかける。


「待て、デザイア」

「何だ、もうここに用はない。

 一刻も早く外に出るべきだ」

「いや、折角だから、この場で炎を消していく」

「…………何だと?」


 修一の言葉の意味が理解できず聞き返すデザイアであるが、修一は気にした様子もなく仁王立ちし、目を閉じて合掌する。

 修一が何をしているのか分からないデザイアであったが、表情から真剣さが感じ取れたため鼻の痛みを我慢して待つことにする。


 修一は、精神を集中させつつ頭の中でイメージを作り上げ、むせこみながらも大きく息を吸うと、頭痛を堪えて目を開く。

 そして、合掌を解くと右手の親指と中指を合わせ、グっと力を込めつつ右腕を振りかぶり、天井に向かって大きく腕を振り上げながら、叫び声とともに力一杯指を鳴らした。



「うううおおおおおりゃあああああああ!!!」

 ――――パチィンッッ!!!



 その瞬間、修一によって熱さを感じなくなっているはずのデザイアは、確かに熱の流れを感じた。

 それは、自分の足元から大きな力の流れが生まれたかのような感覚であり、自分の肌を撫でながら、巨大な力が、大量の熱が、上へ上へと急速に移動していくような感覚だった。


 この建物を焼き尽くさんとする炎が、それ自体を構成するエネルギーを急速に失い、その身を縮めていく。


 何者にも従わず、ただ只管に全てを灰にするだけの恐ろしき化け物は、瞬く間にその力を削がれ、――やがて消失した。


 ――これはっ……!?


 時間にして僅か数秒の出来事であったが、もうすでに全ての炎が消えてしまったのだろう。

 デザイアの勘はそう告げている。


 あのまま燃え続けていれば、いかに消火活動を行ったとしても建物の大部分が焼け落ちたであろう火災が、一人の男の手で終結した。


 そして、それを成したであろう男に視線を向ければ……。


「……どうしたんだ? ふらふらしてるぞ」

「いや、思ったより、ゴホ、煙たかったのと、ゴホゴホ、一気にチカラを使ったせいで、ゲホ、眩暈が」

「…………何をしているんだ、お前は」


 あまりに締まらないその言葉に呆れた様な声が漏れる。

 しかしそう言いつつも、デザイアはふらつく修一に歩み寄る。


「ほれ、肩を貸してやるよ」

「あ? ああ、悪い」

「全く、しょうがない奴だ」


 そう言いながらもデザイアは愉快そうに笑っており、修一もそれにつられて笑っていた。


 そして、炎は消えても煙が残り、燃えたせいで脆くなった建物内を慎重に歩いて建物の外に出れば、



「「「うおおおおぉぉぉおおおおおおお!!!」」」



――出てきた三人に最大限の賛辞をと、野次馬たちから拍手喝采が響き渡ったのだった。




 * 明日十二時に次話を投稿します。

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