第4章 9
ぼちぼち第4章も終わりが近づいてまいりました。
今章は、今年中には決着する予定となっております。
それまでお付き合い頂けたら幸いに存じます。
◇
――まずは、小手調べといこうか。
デザイアが目の前に立つ男に対して左手に持つ騎士剣で突きを放つ。
胸元目掛けて伸びていく剣は常人であれば到底回避不可能な速度であったが、修一が難なく横に払い、お返しとばかりに首元に向けて諸手突きをしてきたため左手を引きながら後方に跳んで躱す。
相手が下がったのを見て修一は更に踏み込もうとするが、デザイアが右手に持った装飾剣を無造作に振り上げてきたためやむなくその場にとどまる。
さらに着地と同時に振り上げた剣を振り下ろしてくる団長の一撃を最小限の体捌きで躱し、左胴を狙って打ち込むが自分と同じように簡単に躱されてしまった。
続いてデザイアは一足飛びに距離を詰めると騎士剣で左上から袈裟に斬りかかり、避けられたとみるや今度は装飾剣で逆袈裟に斬り上げる。
攻撃の継ぎ目が分からないほどの無駄のない動きだ。
左下からの攻撃を上体だけの動きで躱した修一が両手で叩きつけるように剣を打ち下ろすも、デザイアが二本の剣を交差させて防ぐ。
そこから剣を滑らせて×の字の軌道で斬ろうとしてきたため修一は後ろに下がって回避する。
下がった事で間合いが開くが、団長が前に出て来るより早く再び前に出る修一。
両手を垂らしステップを踏むデザイアに対し摺り足で滑るように移動する修一の動きは、ともすれば間合いを測り損ねるほどに熟練した動きだ。
懐に潜り込もうとしてくる黒髪の男を足止めし自分に有利な間合いを作ろうとするデザイア。
装飾剣を左に、騎士剣を右にそれぞれ伸ばし、そのまま前方に振りぬいて大鋏のように修一を左右から襲う。
躊躇いなく首を狙ってきた団長の攻撃を、咄嗟に剣を挟み込んで受け止めてしまう修一。
しかし、挟まれたままの長剣からミシミシと不吉な音が聞こえ、すぐさまそれが失敗だと気付いた。
長剣にこれ以上の負荷が掛かれば間違いなく折れると思った修一は、大慌てで団長の剣を蹴り上げる。
前方に押し伸ばそうとしていた団長の剣は下からの蹴り上げを受けて上方に弾かれ、それをそのまま振り下すも既に修一は間合いを切っていた。
一足一刀より広い間合いを取った修一に、デザイアは「逃げてんじゃねえよ」とばかりに剣を振る。
空いた距離を詰めながら右足で踏み込み装飾剣を左から右に薙ぐデザイアに対し、相手の右足の外側に左足を摺り伸ばしながら左前方に身体を倒して回避した修一は、そのままデザイアの右足を引っかけるべく、自分の左足を右上に跳ね上げる。
右膝を外から内に向かって蹴り上げられそうになるが、それより早く右足を引くことで避ける団長。
片足を浮かせて不安定になっている修一に更なる追撃をかけるため、今度は左手の騎士剣を左上から斜めに斬り下ろす。
左前方に姿勢の崩れた修一は更に深く倒れ込みながら身体を捻り、そのままの流れから右手に持った剣を騎士剣の腹に当てると、相手の攻撃を受け流す。
当然、そのまま地面に仰向けで倒れ込んでしまった修一ではあるが、次の攻撃が来る前に相手の足を狙って剣を振るう。
膝下を狙ってきている剣戟をデザイアが更に後退して躱したときには、修一は振った剣の勢いでうつ伏せに体勢を変えており、迂闊に近付いて足元ばかり狙われるのは御免だとデザイアは修一が起き上がるのを待つ。
「そんなに這いつくばって、みっともない奴め」
「寝技を嫌う外人柔道家みたいなこと言ってんじゃ、ねえよっ!」
膝を引き付け、クラウチングスタートのように足に力を溜めれば、そのまま陸上選手のごとくスタートを切る。
一気に加速しながら上体を起こし右手に持った剣で最短距離を突く。
狙いは胴体の中心部、鳩尾だ。
デザイアは、剣が当たるギリギリで右前に踏み込んで躱しながら修一の左側に身体を滑り込ませ、修一の後頭部目掛けて装飾剣を袈裟に振るう。
修一には決して見えない死角からの一撃であり、突きで伸びきった剣を防御に回す暇もないはずだ。
だが修一は、首を下げて必要最小限の動きで回避すると、同時に引き付けた剣で下から掬い上げるように突いてくる。
まるで、見えているかの如く迷いのない動きだ。
デザイアは下からの突き上げを上体を逸らして躱しそのまま二歩ほど跳び下がる。
それを確認し、向かい合ったまま距離を取る修一。
デザイアは僅かに感心したような表情で、目の前の男を見据える。
――風切り音で予測したのか?
そうかもしれないし、そうでないかもしれない。
どちらにせよ修一は見えないはずの一撃を容易く躱してみせた。
どうやって察知したのかは分からずとも、察知できることが分かった以上視界の外からの攻撃にあまり意味はないのだろう。
「良い勘してるな」
「そんなノロい攻撃、見えてなくても余裕で躱せるさ」
――見えなくても分かるからな。それよりも、だ。
修一が油断なく剣を構えながらデザイアの装飾剣に目を向けると、蒼銀色の刃が僅かに発光しているのが分かる。
これは戦闘開始前には現れていなかった現象だ。
つまり、この戦闘中に何らかの条件を満たしたから光り始めたと考えるべきか。
組み込まれた術式が作動しているのだろうが、そこからどのような効果が表れるのかは分からない。
分かるのは、あの光が強くなるほどこちらにとって不利になるのだろうという事だけだ。
――さて、どうしたもんかね。
まだまだお互いに全力は出していないが、これから少しずつ激しい打ち合いになっていくだろう。
そこで気がかりになるのが言わずもがな、修一の剣の状態だ。
おそらくデザイアとまともに打ち合えばそう長い時間もかからずに真っ二つに折れる。
そうなる前に決着が着けばいいのだが、それは甘い考えなのだろう。
どこかで、覚悟を決めなくてはならない。
「来ないなら、こっちから行くぞ」
そんなことを考えているとデザイアが斬り込んできた。
左手の騎士剣を横薙ぎに振るい、続いて右手の装飾剣を袈裟に振るう。
それぞれ躱した修一に、更に剣を振って攻撃を続けていく団長。
躱して、突く。
いなして、払う。
受け流して、打つ。
お互いに決定打はなく、それでも少しずつ手数と速度が増していく打ち合いの中で修一は、デザイアの持つ装飾剣の光が少しずつ強まり、それに合わせて言いようのないプレッシャーが増していくように思う。
今はまだ、互角と呼んで差支えないだろう。
お互いが探るように技を繰り出し合い、それに答えるかのようにそれらを躱している。
しかし、この均衡状態が崩れた時、一気に戦況が傾く可能性がある。
その事を懸念しているのは、なにも戦っている二人だけではない。
メイビーとラパックスは真剣な面持ちで二人の戦いを見つめ、時折互いの意見を交わし合う。
「いや~、強いね、二人とも」
「本当ですね、団長とこれほど打ち合える者など我が騎士団でも何人いることやら」
「上手い事躱し合ってるけど、どっちが先に音を上げるかな」
「それはもちろん、シラミネ殿の方でしょう」
「ふうん?」
自信満々に言い切るラパックスにメイビーがジトッとした視線を向けるが、猛獣のような団長の視線を何度も浴びたことのあるラパックスはなんの痛痒も感じなかった。
「私は何も、身内贔屓で言っているわけではありません。
そもそもからして、シラミネ殿が使っている剣は壊れかけではありませんか」
「そうだねえ」
「団長はシラミネ殿の攻撃を躱し、時には剣で受け止めることも出来ますが、シラミネ殿は躱すか受け流すばかりでほとんどまともに防御していません。
なぜなら一度でも真正面から防御してしまえば団長の連続攻撃をまともに受け続けることになり、いずれ彼の剣が折れるのは自明の理、そうなってしまえば戦う事が出来なくなるでしょう」
ラパックスの意見は至極全うであり、メイビーの意見と概ね同意見であった。
伊達に副団長として青髪の上司とともに戦っていないということだろう。
きちんと戦況が理解できているようだ。
そして二人の視線の先にいる友人と上司は先程よりも尚速度を上げて打ち合っているわけだが、少しずつ、デザイアが押してきているように見える。
修一が一度剣を振ればデザイアは二度、修一が二連撃を繰り出せばデザイアは三連撃。
修一の五段突きを全て躱した後には怒涛の八連斬で団長が反撃する。
修一が剣一本であるのに対しデザイアが両手に剣を持っている以上どうしても手数の差がでるのは仕方のないことではあるのだが、それを考慮したとしてもやはり尋常ではない。
団長が一度剣を振り、それが外れれば今度は二度、次は三度、その次は四連続、と修一が反撃する隙を与えない猛攻を見せており、修一もそれを躱しながらなんとか反撃を試みているのだがどうしても攻め切れていない。
手数においては、確実にデザイアの方が上をいっている。
それは間違えようのない事実であった。
「彼は、剣が壊れないように防御よりも回避に重きをおいて立ち回っていますが、……手数の多い団長相手にそんな戦い方はどうしても無理が生じます。
その無理がどこかで限界に達するのは、極々当たり前のことですよ。
尤も、あんな剣で団長と打ち合えるというのも恐ろしい話ですがね」
「成程ねえ」
「あ、あの、」
「うん?」
ここで二人の会話に割り込んできたのはノーラだ。
彼女は、早い段階で二人の戦いに目が付いていかなくなってしまっていたため、メイビーとラパックスの会話にもいまいち理解が追い付かない。
そもそもからして頭の回転が速く理解力も高いノーラであるが、戦闘に関する心得が一切ない彼女の目では高速で攻守が入れ替わる修一たちの戦いを目で追い切れず、フェイントを交えた高度な駆け引きを行っている今の二人の動きが見えたとしても、理解する事が出来ないのだ。
「今のメイビーたちの話を聞く限りでは、シューイチさんの方が不利という事でしょうか?」
「んー、そうだねえ、僕はまだまだ大丈夫だと思うんだけど、ラパックスさんの言う事も尤もなんだよね」
「シュトラウスキー殿はどうお考えなのですか?」
ラパックスの問いかけを受けて、メイビーは少しだけ渋い顔をする。
「うーん、とりあえず、僕の事を苗字で呼ぶのは止めてくれないかな。なんだかムズムズするから。メイビーって呼んでよ」
「分かりました」
「それで、僕の意見としては、お互いが本気を出してない以上どっちに転ぶかは分からない、って感じかな」
メイビーは、今まさにデザイアの突きをヘッドスリップで躱し、そのまま踏み込んで斬り付ける修一を見ながら答える。
渾身の横薙ぎを騎士剣で防御した団長がさらに腰の回転で連続した突きを放ち、慌てて避ける修一に内心で応援しながらさらに自分の意見を述べる。
ちなみにノーラは、「頑張れっ」とか「危ないっ」などと声に出てしまっているが、その声は
副団長には聞こえていない。
メイビーがこっそりと風向きを変えたことでノーラが風下になっているからだ。
変なところで気を使っているのは、「これ副団長に聞かれたら恥ずかしいんじゃないかな」と思ったから。律儀な事だ。
「シューイチってさ、魔物とか獣相手ならあんまり手加減してないんだけどさ、人間相手だとかなり手加減して戦うんだよね。
本人が言うには、手加減を間違えて万が一にも相手を殺してしまわないようにしてるんだって。
だからデザイアさんが速度を上げていっても対応できてるし、今この段階に至っても、全力で戦ってないと思うよ。
焦ったりしてるのは本気だろうけどさ」
「なんとも、それが本当なら、とんでもない実力ですね」
「それに、お互い奥の手をいくつか隠してるみたいだし、それを見てみない事には結果なんて分からないよ」
ラパックスは、隣で戦いを眺めているエルフの少女に内心で舌を巻く。
確かに、団長には奥の手がいくつかある。
その内の一つは装飾剣に刻み込まれた術式で、これは魔術を理解している者ならある程度の内容は読み取れるものだ。
だが、その他の奥の手に関しては自分ですら見たことのないものがある。
それを、二人の戦いぶりを見ただけの少女が言い当てたのだ。
――それに、シラミネ殿の奥の手というのも気になる。
修一が今見せている動きだけを見てもおそらく自分では太刀打ちできないというのに、団長と戦う黒髪の男は更に実力を隠しているのだという。
そんな男相手に押し込むように攻撃を繰り出す団長はやはり凄い人だと改めて思うも、万が一団長が負けてしまうと、その後の修一を止められる人間がこの町には存在しないことになる。
団長が修一の事を人殺しだといった以上、やはり黙って行かせるわけにはいかないのだ。
ラパックスが団長とともに仕事をした数年の間に、上司の鼻と勘の良さは何度も目の当たりにしている。
いくらノーラやメイビーが否定しても、自分自身が今の修一の戦いぶりを見て本当に人を殺しているのかと疑問に思ったとしても、団長がそれを撤回するまでは、自分は団長の勘を信じると決めている。
――だからこそ、勝ってください団長。それが一番穏便に済みます。
その願いが聞こえたのかは分からないが、デザイアは修一から一旦距離を取ると、右手に持った装飾剣を真っ直ぐ前に伸ばす。
刃が放つ蒼い光は既にかなりの光量になっており、今まで構えらしい構えをしていなかったデザイアが構えたことから、なんらかの技を使うつもりなのだと分かる。
そして、それこそが彼自身の奥の手の一つ、自身の二つ名であり装飾剣の銘でもある、
――「波濤」と呼ばれる剣技なのだ。
修一は、先程までと違い距離を取って構える団長を見て、自分自身も覚悟を決めるべきだと考えた。
すでに、剣の亀裂はどうすることも出来ないところまで深くなってしまっている。
なんとか躱してはいたのだが、何度か防御に使ってしまったせいで亀裂が広がってしまった。
「無茶苦茶に攻めてきやがって、畜生め」
悪態を吐きながらも修一は剣の柄を両手でしっかりと握り、ゆるやかな動きで上段に構える。
向こうが何かしてくるなら、こちらも相応の技が必要だ。
――今の剣の状態なら、ギリギリで使えるはずだ。だから…………、全力で!
「白峰一刀流剣術、奥義ノ一」
その瞬間修一から感じられる気迫は今までの比ではなく、ノーラもメイビーも初めて見るほどに真剣な表情で剣を振り上げる。
ラパックスはその気迫に思わずたじろぎ、団長は修一に合わせるかのように剣を持ち上げる。
団長は心の底から楽しいと思っているかのような笑顔で修一を見つめ、そして告げる。
「来いよ、シラミネ」
「言われんでも! 飛線!!」
修一が剣を振り下ろすと同時に飛び出した斬撃は、今までの戦いの中で一番の威力を持った一撃だった。
ノーラは言うに及ばず、メイビーやラパックスでさえ喰らえば確実に戦闘不能になるであろうという、強烈な一撃だ。
そんな音よりも早く、目に見える訳でもない斬撃に対しデザイアは、己の勘だけを頼りに装飾剣を振るう。
「――波濤」
装飾剣から溢れんばかりに蒼い光が迸り、膨れ上がった光は剣の軌道に合わせて上から下へ。
まるで打ち寄せる高波が防波堤を越えて押し寄せるように、全てを飲み込む荒波のような蒼い光がデザイアの目前まで迫っていた飛線とぶつかり合う。
絡まりあう二つの力は、衝突の瞬間凄まじい音と衝撃波を撒き散らし、
やがてそれぞれを喰らい合って小さくなっていった。
二つの斬撃が力を失えば、修一とデザイアの間には最初から何も無かったかのような空白が生まれる。
それを見て悔しげに歯噛みする修一と、
嬉しそうに獰猛な笑みを浮かべるデザイア。
デザイアが踏み込み、一瞬で距離を詰め、
それを見た修一が跳び下がりながら剣を構えようとするが、
「――遅いっ、波濤!!」
左下から右上に装飾剣を振り上げたデザイアの、二度目の波濤を躱しきることが出来なかった。
手にした直剣に強い衝撃を受け、激しい金属音が聞こえたかと思えば、
――刃が亀裂に沿って真っ二つに砕け、折れ飛んだ剣先が頭上を越えて自分の背後に落ちる音が聞こえていた。




