第4章 8
◇
「……はあ?」
修一が眉を寄せながら、そう返す。こいつは何を言ってるんだとでも言いたげな表情だ。
ノーラとメイビーも団長のいきなりの問いかけに呆気にとられ、ポカンと口を開けてしまう。
「そんなに驚くようなことか? で、どうなんだ?」
なおも問うてくる団長の言葉に、固まっていた二人が慌てたように反論する。
「待ってください、シューイチさんは人殺しなんてしてません」
「そうだよ、魔物には容赦ないけど、人間相手なら殺さないように必ず手加減してるんだよ」
「……そうだと俺も嬉しいんだがな。生憎、俺はそう思ってない。
ハッキリ言っておくぞ、俺の勘が確かなら、少なくともシラミネは十や二十では利かん数の人間を斬り殺している」
「勘って、そんな……」
デザイアの発言にノーラが困惑した様子で口元に手を持っていくが、団長は気にした様子もなく言葉を続ける。
「ただの勘じゃないぜ? 俺が騎士としてどれだけの数の悪人に会ってきたと思う?
人を殺した奴ってのはな、目を見れば分かる。お前らには分からないかもしれんが、俺には分かるんだよ。
シラミネは人を殺したことがあるはずだ。はずだが、」
そこまで言って、くんくんと鼻を鳴らす。
「俺の鼻はシラミネが人殺しではないといっている。これはおかしい」
「おかしくなんかないでしょ、デザイアさんの勘が間違ってるだけだよ」
「いや、おかしい、俺の勘と鼻がこんな風に食い違った事など一度も無かったことだ。
……お前は一体何を隠している?」
目を眇めて見つめてくるデザイアに、修一は腕を組みながら静かに笑う。
「はは、言いたいことがあるならハッキリ言えばいいだろ。まどろっこしいことは止めてくれ」
「そうだな、単刀直入に言おう。シラミネ、お前を騎士団本部に連行したい」
「なっ!!」
デザイアの申し出を聞いたノーラが思わず立ち上がる。
「ノーラ、落ち着けよ」
「で、ですが!」
「とりあえず座りなよ、皆が見てるからさ」
「っ!」
メイビーに指摘され周囲の視線に気付いたノーラが慌てて座り、それを見たデザイアは言葉を続ける。
「まあ、連行と言っても今すぐに拘束して連れて行くという訳ではない。
俺たち第四騎士団はもう一週間ほどこの周辺の警戒活動を行ってから首都スターツにある本部へ向かうことになっている。
だから、その時に一緒に来てくれればいいというだけの話だ」
「それまではこの町に滞在していただく事になりますが、その間の宿泊費用などはこちらで負担しますし、町の中でなら自由に活動してもらっても大丈夫です」
「ボガードの群れと渡り合える奴が人を殺してるかもしれないんだ、町の安全のためにはこの場で拘束して連れて行きたいところだ。
だが、今の様子ならその必要はなさそうだし、ここで大人しく待ってくれていればいい。
もちろん、何か問題を起こしたと分かれば、すぐに拘束させてもらうがな」
「待ってください! シューイチさんは本当に人殺しをするような人ではありません。
そんな、勘だなんて不確定なもので拘束するなんて……」
「悪いが不安要素は早めに消しておきたい。
疑わしきを罰するようなことはしないが、調べてみなければ分からないならとことん調べさせてもらう。
シラミネだって、疑われたままなど気分が悪いだろ? 本部で話を聞かせてもらって、お前が本当に人を殺していないならすぐにでも解放するよ」
「し、しかし」
そう言われても、ノーラの不安は拭えない。
今、彼女の脳裏に浮かんでいるのは修一の過去と性格だ。
修一の性格からいって、この世界の人間でないことは聞かれれば正直に答えるだろう。
だが、それを信じてもらえなければ訳の分からない嘘を吐いて誤魔化しているように受け取られかねない。
修一がこの世界の人間でないことは先ほどの説明では省いた。何故なら言っても信じてもらえるとは思えなかったからだ。そして、それが裏目に出てしまった。
今更本当の事を言っても、最初と違う事を言っているのではどのみち信用してもらえない。
そして、相手に納得してもらえるような説明が出来なければ、本当に人殺しなどしていなくてもそれを隠そうとしているのだと疑われてしまう。
この国では、正当な理由なく人を殺した者は処刑される。
その疑いがあるだけではそこまで酷い事にはならないだろうが、何事にも物の弾みというものはあるのだ。
ノーラの心配を余所に、修一は静かに口を開く。
「おい、本部とやらに連れて行かれるのは、まあいいとしても、ここで一週間も待ってろだと?
それは出来ないな、拒否する」
「おや、一体なぜですか?」
「決まってるだろ」
修一は不安そうな顔で話を聞いているノーラを一瞥すると、副団長に視線を向ける。
「俺たちが首都を目指しているのはさっきも言ったな?
そしてその理由は、そこのノーラが少しでも早く実家に帰れるようにするためだ。
なのに、一週間もここで待ってろだと? 到底無理だな」
「それでは、そちらのお二人には今までどおり首都を目指してもらい、シラミネ殿にはそのまま騎士団に帯同してもらえれば、」
「バカか、その間の護衛はどうするんだよ」
修一は苛立ちを隠そうともせずに副団長を罵倒する。
そこに言葉を返したのはデザイアの方だった。
「護衛なら、俺たちの中から腕の立つ奴を何人か貸してやるよ。
一緒に馬もな。ここからなら馬車を待つよりも早く着くぜ。
それなら文句ないだろ?」
その瞬間、修一から異様なほどの殺気が溢れだす。
「……大有りだ、――お前ら舐めてんのか?」
唐突に殺気を滲ませた修一の迫力にラパックスは思わず息を呑み、デザイアはいつでも剣を抜ける体勢になって修一の手元に意識を置く。
空気が一瞬にして張りつめ、周りで見ていた者たちが慌てて目を逸らしてしまった。
「他人事だと思って適当な事ぬかしやがって。
お前らに護衛させる? ふざけるな!!
どうして俺より弱い奴らにノーラの護衛を任せなきゃならないんだ!!
バカにしてんじゃあねえぞ!!」
よほど腹に据えかねたのか、怒りの言葉を吐き出すと同時に目の前のテーブルに右手を叩きつけるとバンッと鈍い音が響き店内が静まりかえる。
先ほどまで野次馬根性を出して聞き耳を立てようとしていた者も今は黙って俯いてしまっていた。
「……お前より弱いというのは聞き捨てならないな」
修一の怒声に、デザイアがゆらりと立ち上がる。
瞳には危険な色が混じり、腰の剣に手が掛かっていた。
「なんだ? 違うのかよ?」
「違うね、俺たちはこの国を守るために日々訓練に励み、実力を磨いている。
そこらの剣士などよりよっぽど強いさ」
「はっ、お前らボガードの群れを倒すのに何人で向かってるんだよ。
俺たちなら二人で十分だったぜ」
「あんなモン俺一人でも構わなかったんだがな、部下を鍛えてやらなきゃならないもんでな」
その言葉を、修一は鼻で笑う。
「部下を鍛えたところで、アンタが俺より弱いなら全員俺より弱いだろ」
「何言ってやがる、俺の方がシラミネより強いさ」
「いーや、俺の方が強いね」
「何だと?」
「何だよ」
修一も立ち上がり、テーブルを挟んでデザイアと睨みあう。
お互い一歩も引くつもりはなく、今にも斬り合いを始めそうな雰囲気だ。
「……穏便に連れて行こうかと思っていたが、――止めだ。
今ここで、お前を拘束する」
「……やれるもんなら、やってみろよ」
「…………っ」
「…………!」
ラパックスがデザイアを、ノーラが修一を止めようとし、
青髪の男と黒髪の男がそれよりも早く剣を抜こうとした。
だが二人が剣を抜くより早く、唐突に二人の間で光球が爆ぜた。
「むっ!」
「うおっ!」
「二人とも、ケンカするなら外に出なきゃ。お店に迷惑だよ」
メイビーが二人を止めるために光属性魔術の一つ、閃光魔術を行使したようだ。
本来なら目くらましに使うものでギリギリまで威力を下げていたため視界を奪われるようなことはなかったが、二人は僅かながらも落ち着きを取り戻す。
「……仕切り直しだ。ここから少し行ったところに、広場がある」
「そこで戦おうってか? 部下は呼ばなくて大丈夫か?」
「無論だ。ラパックス、お前も手を出すなよ。
こいつは、――俺が叩き潰す」
◇
――どうして、こんな事になるのでしょうか?
ノーラが一際大きなため息を吐く。
そこに滲んでいるのは今までに何度となく感じてきた呆れと諦念だ。
「着いたぞ」
「へえ、なかなか広いな」
「ここならよっぽど暴れない限り町に被害は出ない」
「はは、そうかよ」
――二人とも、なんという顔をしているのですか?
ノーラの眼差しの先にいるのは向かい合う二人の若い男だ。
縦横三十メートル四方ほどの広場の真ん中に立ち、距離を取って腰の剣を抜くと、それぞれ構える。
「はあ、団長は本当に戦うつもりなのか……」
「んーまあ、なんかあったら僕も全力で止めるからさ、副団長さんも頑張ってね?」
――何故、そんなに楽しそうに、笑いながら剣を構えているのですか?
ノーラの疑問に答えてくれる存在はここにはいない。
一応述べておくならこの世界には神様というものは存在しているし、神の力を借りる「神術」という技術の中には自分の信仰する神から直接啓示を受けることができるものもある。ただ、ノーラは宗教というものにそこまで熱心ではないため、彼女とその実家が信仰している旅行と商売を司る神はノーラの疑問に答えたりはしない。
さて、修一はいつも使っている直剣を両手で持ち正眼に構え、デザイアは左手に騎士剣を持ち、右手には蒼銀色の刃の装飾剣を持っている。
おそらくかなりの業物なのだろう。デザイアがその剣を手にした途端、一気に戦力が増したように思える。
そして見る者が見ればその剣が魔化武器だという事は簡単に分かる。どういった術式が刻まれているのかは分からないが、メイビーが持っている小剣と遜色ない一品だ。
「お前の剣は随分とボロボロだな。ラパックスの剣を貸してやろうか?」
「いらねえよ、別に。そういうアンタはいい剣持ってんだな、羨ましい限りだ」
――実家の刀を取りに行きたいくらいだよ、畜生め。
「そいつは結構。あとで言い訳するんじゃねえぞ?」
「そんなみっともない事、誰がするかよ」
「そうかそうか、それなら――」
「おう、――やろうか」
――ああ、いよいよ始まってしまいます。もはや言葉では止まらないのでしょう。
両手を下げて細かく跳ねながらステップを踏むデザイアと、僅かに身を屈めていつでも動ける体勢になる修一。
お互いがお互いだけを見つめ、意識は前方の相手に集約されていく。
副団長とメイビーは、その一挙手一投足見逃さぬよう真剣な面持ちで二人の様子を見つめ、すでに無駄口はたたいていない。
その中でノーラは、修一に対して振り絞るような声で叫ぶ。
「シューイチさん!!」
「――――」
「負けないで下さい!!」
「おう」
修一が答えた瞬間睨みあう二人が同時に動き、戦いの幕は切って落とされた。




