第2章 2
◇
男たちに向かって無造作に、ゆるりと一歩踏み出す修一。
それを見た男たちが一斉に身構え、剣を持った男が腰の剣に手を掛けた。
その瞬間。
「遅い!!」
修一は剣を抜かれるよりも早く男との間合いを詰めた。
直前の動きとはまるで違う、潜り込むような鋭い踏み込み。
低い姿勢から突き上げるようにして、右手に持っていた枝を突き出す。枝先は、狙い違わず男の喉に命中し、突かれた男はいきなりの衝撃に目を白黒させた。
修一は突くと同時にヘシ折れた木の枝をあっさり投げ捨て、同時に、喉を突き上げられて後方によろめいた男の股間を、思いっきり蹴り上げた。
「――ぐうぅ!?」
――悲鳴とかは言葉が違っても一緒なんだな。
そんな場違いな事を考えながら、続けざまに反対の足で男の鳩尾を蹴り抜く。痛みと衝撃で、腹と股間を押さえながら崩れ落ちる男。それと同時に修一は、男の腰に吊られている剣が鞘から少しだけ引き抜かれているのを見て取ると、それを掴み、一息に引き抜いた。
「***!!」
引き抜いた勢いのまま、背後から斧を振りかぶってきていた男に振り返る。奪った剣で斧の一撃を受け流すと刃同士の間で鈍い金属音が鳴り、小さな火花が散った。
大上段から振り下ろされた斧はそのまま地面に突き刺さる。致命的な隙だ。斧と一緒に下がってきている男の顔目掛けて、修一は剣の柄を強かに打ち付けた。
「ぎゃあっ!?」
鼻っ柱を打ち据えられて悶絶する男。
思わず斧から手を離して鼻を押さえる。
躊躇いなく修一は、その男の股間も蹴り上げた。
男はそれ以上声もなく、意識を失った。
「**! ********!!」
斧を持った男が崩れ落ちるのを見届けたうえで、修一は声を荒げる最後の男に向き直った。そして、その顔に更に怒りが滲む。
「おいおい、正真正銘のクズか、テメエは」
ナイフを持った男はいつの間にか女性を立ち上がらせ、自分の盾にするかのように後ろ側から女性を拘束し、首にナイフを突きつけていた。
おそらく最初は金目の物でも奪おうとしてナイフを突きつけていたのであろう男は、今やいきなり仲間を無力化した男を牽制する為に、女性にナイフを突きつけている。
「**********!!」
「だから、何言ってるか分かんねえっての」
何と言っているか分からなかったが、多分武器を捨てろと言っているのだろうと考えた修一は、僅かの逡巡の後、持っている剣を地面に放り投げた。
それを見て安堵する山賊と、余計に顔を引きつらせる女性。修一がこれ以上行動することを諦めたように見えたのだ。
もちろん修一は、ナイフを持った男を見逃すつもりはないし女性を見捨てるつもりもない。剣を投げ捨てたのは男を油断させて隙を作るためであり、右手を自由にしてあることをするためである。
ナイフを持った男は、修一に対して更に何かを言おうとしたところで、目の前の男が無言のまま右手を伸ばし自分を指差しているのに気付いた。
いつの間にそんな事をされたのか分からない男。
修一が伸ばした右手の指をパチンと指を打ち鳴らす。
唐突に、男の前髪に火が点いた。
「――うおあっ!?」
いきなりの事に何が起きたのか分からなかった男は、顔を火傷しそうな程の熱を感じてようやく叫んだ。
熱い。正真正銘、燃えている。
男は、火を消すべく激しく腕を振りながら狼狽えた。
そして火を点けた張本人である修一は、男が慌て、女性の拘束が緩んだのを見計らって滑るような動きで間合いを詰め、男の髪を掴むと。
「オラぁ!」
「っ!?」
男の体を後方に引き倒すように髪を引っ張り、そのまま男の後頭部を地面に叩きつけた。
そして、トドメとばかりに。
「ふん!」
男の顔を踏み付ける。二度三度と、念入りに。
やがて男が動かなくなるのを確認したうえで、修一は足をどけた。
瞬く間に戦闘不能となった三人の山賊たち。
修一が動き出してから、僅か十数秒の出来事であった。
◇
「ふうっ、さてと……」
周囲を見回し他に山賊たちの仲間がいないことを確認した修一は、投げ捨てた剣を拾うと、股間をおさえて気絶している男の腰から剣の鞘を奪い取った。
そして剣を鞘に戻すとズボンのベルトに差し、自分の物にした。
――命の代わりに貰っておくぜ?
山賊と同じようなことをするのはどうかとも思えたが、少なくとも向こうは殺す気だっただろうと思えたため、命の代わりに頂くことにした。
聞こえてはいないだろうが、言い訳のように呟く。
「これぐらいは貰っておくぞ。殺さねえように気を使ってやったんだからな」
それから、再びへたり込んでいる女性に近づいた。女性は呆然とした顔で修一を見ていたが修一が声を掛けようとしたところで、思い出したかのようにように何度も頭を下げた。
「***********!!」
「あーいいよ、何て言ってるか分かんないけど顔上げてくれよ」
修一は困ったように女性に声を掛ける。
ひとまずこの場から離れた方がいいだろうと考え、女性に対して話しかける。
もちろん日本語であり、女性は修一が何と言っているか分からないだろうが、道の方角を指差し身振り手振りを交えていたらそのうち女性も元の道に戻ろうと言っているのに気が付いたようだ。
女性はよろよろしながらも立ち上がる。
そして歩き出そうとして、ふと何かに気付いたように辺りを見回した。
何をしているのだろうかと思ったが、女性が最初に座り込んでいた木の近くの草むらに大きなカバンがあることに気付いた修一は、あれを探しているのだろうと考えてカバンを拾った。
思ったよりも中身が入っているのか、ズシリと重い。
そんなカバンを手に持ち女性に声を掛けると、女性は安堵したような表情を浮かべた。
カバンを女性に渡した後、それとなく周囲を警戒しながら元の道に戻った修一は、未だ女性の名前を知らないことに思い至る。
言葉は通じなくとも名前を名乗らないのは失礼ではないかと考えた修一は、自らを指差しながら「修一」と名乗り、その後女性を指差すといったことを何度か繰り返した。
最初は戸惑っていた女性も言わんとすることを理解してくれたらしく、自分のことを指差しながら。
「ノーラ。……ノーラ・レコーディア」
と、修一に教えてくれた。
拙いながらも意思の疎通ができて思わず笑みを浮かべる修一。それにつられるようにノーラも笑顔を浮かべた。
ようやく和やかな雰囲気になったのを感じ、修一はとりあえずこの場を離れようと考える。先ほどの山賊たちはしばらく目を覚まさないだろうが、絶対とは言い切れないうえ、近くに仲間がいるかも知れない。
のんびりとはしていられない。
そして修一は道を歩き出そうとして。
「えーと、ノーラはどっちに行こうとしてたんだ?」
ノーラがどちらに向かっていたのか分からないことに気付いた。
とりあえず聞いてみようと日本語で確認するものの。
「?」
「……ダメか」
相変わらず言語の壁が立ちはだかっていた。
どうしたものかと修一が思っていたところ、ノーラが何かを思い出したかのように慌ててカバンの中を漁りはじめた。
やがて取り出した一枚の札。札の表面には、赤色のインクで修一が見たこともないような文字や記号、細かい図形がびっしりと書き込まれている。
ノーラはその札を手にしたまま修一に近付いた。
「それは?」
修一が尋ねるも、ノーラは札を持ったままズンズン近寄り、そのまま札を修一の額に張り付けた。
思わぬ行動に、修一は首を傾げる。
すると、札に書かれた文字が光りはじめた。
非現実的な状況に驚きを隠せない修一であったが、段々と頭の中に何かが流れ込んできていることに気付くと、思わず感嘆の声を上げた。
「おお? すげー」
しばらくして札が光り終えると、文字が黒くなった札を剥ぎ取ったノーラの。
「私の言葉が分かりますか?」
という言葉が理解できるようになっていた。