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第4章 5

 ◇




「おっと、忘れる前にこれを渡しとくぞ」

「あ、報奨金だね、結局いくら貰えたの?」

「ちょっと待てよ……、武器を売ったお金と合わせて、金貨三枚と銀貨五十八枚だ」

「おー、結構くれたね」


 今回もノーラが辞退したため、報奨金は二人で分けることになった。

 倒した数と大物の存在を合わせて検討し、修一が切りよく金貨二枚、残りの金貨一枚と銀貨五十八枚がメイビーの懐に入った。

「僕、金貨なんて持ち歩くの久しぶりだよ」

「俺も持つのは初めてだったな」


「さて、祖国に帰ってきたわけですし、私は少し用事をしてきます。

 両親に手紙を書いたりとか、正式な入国手続きとか、やるべきこともありますので。

 そういえば、買い出しも必要ですね」

「あ、それじゃあ僕も一緒に行くよ、どうせ帰っても暇だし」

「俺は一回宿に戻っとくよ。メイビー、護衛は任せた」

「了解!」


 そうして二人と別れた後、修一は橙色の猫亭を目指すのだが、歩き出して少しすると小さく欠伸を漏した。

 戦闘もそうだが、ノーラを背負って歩いた疲れが満腹になった途端に現れ始めた。はっきり言って少し眠い。


 ――さっさと帰って、たまにはゆっくり寝ようか。


 基本的に修一は、野宿をしている間は熟睡していない。

 警報札による警戒はしているし、メイビーと交代しながら休息をとってはいるのだが、何かあればすぐに動けるように気を張っているため浅い眠りしかできていないのだ。


 だからこそ、時間があるなら有効活用したい。

 町の中でくらいのんびりと眠って身体を休めたい。


 そうやって気を抜いて歩いていたのがいけなかったのだろう。

 修一の左手側にある少し細い道から飛び出してきた存在に気付くのが遅れてしまった。


「おっと」

「きゃっ!」


 腰に差している剣に当たらないように咄嗟に体を捻ったが、衝突までは回避できなかった。

 相手は修一にぶつかってその場に尻餅をつき、目に涙を浮かべている。


 見たところ十歳くらいの女の子だ。

 肩くらいまでの砂色の髪を二つに縛り、クリーム色のシャツを着て茶色の短パンを穿いている。

 

「おいおい、大丈夫か」

「あ、ご、ごめんなさい」


 女の子が慌てて立ち上がると、後ろから女の子の母親と思わしき女性が走ってくる。


「またあんたは前も見ずに走って! ごめんなさいね、お怪我はありませんか?」

「いや、俺は大丈夫」

「ほら、ちゃんと謝りなさい!」


 母親に叱られた女の子はしょんぼりと頭を下げてくる。

「ごめんなさい……」

「いや、避け切れなかった俺も悪いからさ」

「全く、あんたはもっと落ち着いて動きなさいといつも言ってるでしょ!

 何度言ったら分かるの!」


 母親に叱られて半べそをかいている女の子を見て、修一はどうしたものかと考える。

 修一としてはそのまま宿に戻っても良かったのだが、自分の目の前で泣きそうになっている子がいるのは何となく気分が良くなかった。


 だからちょっとだけ、口を挟むことにした。


「まあまあ奥さん、そんなに怒んなくてもいいんじゃない?

 俺は気にしてないし、もうこの子も反省してるって。

 それより、ケガとか痛い所とかはないか?」

「う、うん、大丈夫です」

「そりゃ良かった、それじゃあ、ちょっとだけ面白いものを見せてやろう」


 何か言いたげな顔の母親を手で制し、修一は懐に入れてあるぼろ切れの中で一番綺麗なものを取り出すと、それを右掌の上に被せた。

 布の下に何もないことを示すために、左手の指で布の上からトントンと叩き、口笛を吹き始める。

 そのまま左手の指を振ったり打ち鳴らしたり(・・・・・・・)しながら、ぼろ切れの中央を二度三度と摘み上げる。

 すると、何も持っていなかったはずの右掌の上、布との間に何か(・・)が現れはじめ、その形に布が膨らんでいく。


 目を丸くする女の子と母親。

 その様子に修一はにやりと笑い、そのままひときわ大きく指を鳴らすと、サッとぼろ切れを取り払う。


「まあっ!」

「きれい……!」


 修一の右掌の上には、小さなバラの花が乗っていた。より正確に言うなら、バラの形をしただ。

 花弁の一枚一枚が薄い氷で形作られた、精緻な氷細工である。

 直径は約七センチメートル程度だが、陽光を当てるときらきらと輝き、本物のバラすら敵わないほどの美しさであった。

 少なくとも、目を輝かせて見ている女の子にとっては、今まで見たものの中で一番美しいものだと思えている。


 ――久々に作ったけど、まあまあの出来かな。


 修一は、同じ表情で驚く母娘に向けて柔らかな笑みを浮かべると、娘に対して話し掛ける。

「お嬢さん、お名前は何ていうのかな?」

「へ!? わ、私は、マリーっていいます!」

「そうか、可愛らしい名前だな。

 俺の名前は修一。

 折角だから、このバラはマリーにあげるよ」


 修一がマリーに近付いて屈みこむと、氷のバラを砂色の髪に差し込む。

 最初は戸惑っていたマリーだったが、自分の頭にバラを付けてくれたと分かると、途端に溢れんばかりの笑顔になる。

 先程怒られていた事も忘れて母親に似合っているかを聞いており、その様子を見ていた母親も、苦笑しながら似合ってるわよと返す。


 修一は、この世界でも女の子は花を貰うと喜ぶのかと思い、それなら今度はもっと大きいのを作ってノーラとメイビーにあげてみようかなと思った。


 そしてマリーは慌てたように修一に向き直り、再び頭を下げた。

「ありがとうございます! これ、大切にします!」

「つっても、時間が経つと融けちゃうけどな」

「え、そ、そんな!」


 所詮は氷であるため、放っておけばすぐに融けてしまう。

 それを知ったマリーは再び泣きそうな顔になってしまった。

「ああもう、仕方ないな。融けないようにしてやるから、泣くんじゃない」


 修一が両手でバラを包み込み、そこにフゥっと息を吹きかけることで氷のバラの温度を一定に保つ薄い膜が出来上がる。


 これは、修一が普段から使っている熱流を遮断する膜だ。

 この膜で全身を覆っているからこそ、修一は暑さ寒さを無視することが出来るのだ。

 使い慣れているだけあって、寝ている間も発動させ続けることができるのだが、流石に距離が離れていけば維持できなくなるため、一定時間は確実に効果を発揮するように調整してから膜を被せた。


「これで大丈夫だ。もう触っても冷たくないし、三日は融けない」

「貴方は、魔術師だったんですか?」

 修一の言動からそう判断した母親は、先程とは違った驚きの表情をしていた。


 そもそも簡単な魔術であれば、ある程度練習をすれば誰でも使えるようになるのだ。

 ただしそれは、極々簡単な結果を発生させるだけのものにとどまる。

 着火魔術ティンダー創水魔術クリエイトウォーター、あるいは照明魔術ライトなどであれば市井の人間でも使える者は一定数存在するが、氷のバラを作れるうえ、それを融けないように出来る程の繊細な氷属性魔術を使える者はいない。


 だから母親が、修一の事を魔術師だと思っても仕方がないことなのである。

 そんな母親に対し、修一は首を横に振って見せる。


「俺は剣士であって魔術師ではないな、似たようなものかも知れないけどさ」

「そうですか……?」

「さて、もう泣き止んでくれたようだし、俺は行くよ。

 じゃあなマリー、お母さんの言う事はよく聞いて良い子にするんだぞ」

「は、はい!」


 そうして修一は母娘と別れ、再び宿を目指す。

 その表情は眠たげではあるが、どこか満足そうだ。




 ◇




「ふあ~~」

 もうすぐ宿に着くといったところで修一は、一際大きな欠伸を漏らした。

 にじみ出る涙を擦りながら歩いていると、道の先にオレンジ色の猫の絵が見えてくる。

 しゃがんだ猫が前足で顔を拭っている絵で、ふわふわした体毛まで丁寧に描かれている。


 ――誰が描いたのか知らないが、可愛らしい絵だよな。


 宿の看板を見ながらそんな事を考えていると、後方から馬蹄の音が響いてくる。

 馬車でも通るのかと思って振り返ってみれば、馬に乗った男がこちらに向かって駆けてきていた。

 邪魔にならないように修一が道の端に寄ると、馬とそれに跨る男は速度を維持したまま修一の横を駆け抜け、路地を曲がって姿を消した。


 その姿を見て、どこかで見たことあるなと修一が思っていると、後ろから声を掛けられた。

「いらっしゃい、お客さん」

「ん? ……俺か?」

「そうそう。ウチの店に用があるんじゃないのかい?」


 そう言われて振り返ってみれば、目の前にはニコニコと人の良さそうな顔をした若い男が立っていた。

 どうやらここは店の軒先らしく、おそらく店主なのだろうこの男は、修一が馬を避けるために道の端の寄ったのを、用があって店先に近付いてきたのだと勘違いしたようだ。


「いや、店に用事がある訳じゃなくて、道の端に避けたら偶然この店の前に来ただけだ」

「ありゃ、そいつは残念。でも、それならそれで何か買ってかないかい?

 ここは雑貨屋、身の回りの物で足りなくなってる物があるなら、早めに買っとくといいよ」


 そう言われても、修一には何が足りなくなっているのかまるで分らない。

 さらに言えば、物資の買い出しはノーラが一括で行うことになっており、今まさにメイビーと二人で買い出しをしているものと思われる。

 修一が、やはり買うものは無いと告げようとしたところで、店主が思い出したかのように口を開く。


「そういえば、さっき走ってたのは団長さんじゃないか。

 流石は我らが騎士団様だ、早くも魔物を仕留めて帰ってきてくれたのか。ありがたいことだ。

 しかし、部下も連れずにあんなに急いで、一体どうしたんだろうねえ」

「団長っていうと、さっき馬に乗って駆けてた奴か。――ああ、どうりで見たことがあると思ったよ」


 思い出されるのは午前中にこの町の門から出てきた一団だ。

 確かに、先ほどの男はその先頭にいたように思える。


「おいおい、団長さんを『奴』だなんて呼んでくれるなよ。気の荒い奴が聞いたら掴みかかってくるぞ。

 アンタこの国に来るのは初めてか?」

「そうだな、今回初めて来た。なんだ、有名人なのか」

「当たり前だろう! この国で騎士団を知らん人間なんていやしないさ!

 特に、今通っていった第四騎士団の団長さんなんか、強くてカッコ良くて、おまけに俺たちの事を良く考えてくれてるんだ。だから皆団長さんのことを慕ってるのさ!」


 店主の熱心な口振りに思わず気圧された修一は、ひとまず謝罪することにした。

「そうか、それはすまんかった。そんな人とは知らなかったんだ。

 ちなみに、第四ってことは、他にもいくつかあるのか?」

「ああ、第一から第六まであるが、――まあ、こんな端っこの方にまで顔を出してくれるのは基本的に第四騎士団くらいのものだよ。後は、時々第二の方々が来てくれるかな。

 本来なら、騎士団は首都を中心に活動するものだからね。何か大きな事件が起きた時ならともかく、平時ならこの町の警備は陸軍の兵士たちと町の警備隊に一任されてるのさ」


「そうか、……ところで、さっき言ってた魔物ってのは、ひょっとしてボガードの事か?」

「おお? そうか、今日この町に来たっていうなら、アンタもボガードの群れに襲われたのか。

 いやー、災難だったな、でももう安心しなよ、きっと騎士団様たちが退治してくれてるさ」

「あー…………、そうだな、安心だな」


 修一は、それなら自分たちが全滅させたから騎士団の連中は無駄足だったと思うぞと口にしかけたが、目の前の気の良さそうな男の気分を害するようなことをわざわざ言う必要も無いかと思い、自重した。

 どのみち、ボガードの討伐については既に役所に届け出てるし、明日か明後日にでもそのことは知れ渡るだろう。


 それを、修一たちが倒したと正確に報ずるか、騎士団が倒したと喧伝するかは役所の考える事だ。


 修一からすれば、ボガードたちが襲い掛かってきたから倒しただけの事であり、報奨金も貰った以上はそれを誰が倒したとするのかなど、あまり興味のないことであった。

 もっと言うなら、先程の話を聞いて第四騎士団というものに対する好意的な気持ちもあるため、その手柄を取られるような事になったとしても別にいいやと思っているのだ。


「ところで、結局何も買っていかないのかい、お客さん」

「ん、そうだな……、じゃあ、これと、これを」

「おや、珍しいものを買うんだね、まいどあり」



 雑貨屋で買い物をして店先を離れ、宿に戻ったところでふと気が付く。


「そういえば、その団長さんとやらの名前を聞いとけば良かったかな。――まあ、ノーラなら知ってるだろうし、後で聞いてみようか」


 それから借りている部屋に入る前に、宿の経営者にお願いして小さな花瓶を貸してもらう。

 水も入れず空っぽのままの花瓶を持って自室に入ると、それを机の上に置き、先程雑貨屋で買ったものを紙袋から取り出す。


 出てきたのは、いわゆる折り紙(・・・)だ。ただし、修一の知っているカラフルな色紙ではなく、正方形に整えられただけの安っぽい白紙しろがみである。


「ふあ~~……、眠いけど、折角買ったんだし少しだけ折ってみようか。

 これも久しぶりだな、おばあちゃんが教えてくれてよく折ってたんだけどなあ」


 そう言いながらベッドに腰掛け机を引き寄せると、せっせと折り始める修一。

 鶴や兜、カエルに手裏剣といった誰もが折ったことのあるようなものを作ったあと、今度は一枚の紙をひたすらに折り続ける。

 折って折って、しばらくして完成するも、自分の作ったものに納得がいかないのか別の紙を取り出して再び折り始める修一。


 そのまましばらくの間黙々と折り続けていると、修一の足元に何か毛深いものが当たる。

 何事かと思い足元を見れば、ふわふわしたオレンジ色の毛玉が足にすり寄っていた。

 どうやら、この宿で飼われている猫のようだ。

 どこから入ったのかは知らないが、黙々と折り紙を折っている修一を見つけてすり寄ってきているらしい。


「なんだ、猫か」


 正確には明るい茶色といった毛並みのその猫は、修一が追い払わないのに気を良くしたのか、足元で丸くなってくつろぎ始めてしまった。

 それを見ていた修一は自然と欠伸を漏らす。


 気付けばかなりの時間が経っているようだ。手元には、先程まで作り続けていた作品がいくつも転がっている。

 少しだけと思いつつ知らぬ間に熱中してしまっていた事が分かり、苦笑とともに伸びをする。

 それから、大量に作った折り紙に一緒に買っておいた細い針金を一つずつ結び付けていくと、最後にそれを一纏めにして花瓶に挿した(・・・・・・)


「かん、せい~っとな、」

 そしてそのまま心地よい達成感とともにベッドに倒れ込むと、修一はほどなくして寝息を立てはじめたのだった。




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