第4章 4
◇
「…………ん、……んん?」
「お、起きた起きた、おはようノーラ」
「あ、おはようござい、ます? あれ、メイビーここは一体……」
そう言いながら、大きく伸びをするノーラ。
ゆっくりと視線を巡らせれば、ここはどこかの宿の一室で、自分はベッドに寝ている事が分かる。
そして、どうして意識を失っていたのかを思い出そうとして、その原因がメイビーであった事を思い出した。
そのままメイビーに非難するような視線を向けると、見つめられたエルフの少女は気まずそうに頭を下げた。
「ごめんなさい」
「……いいですよ、頭を上げてください、気絶してしまった私も精神力が足りなかったのだと思いますし、反省してるのならそれで結構です」
「うん、ありがとね」
許しの言葉をもらい、ホッとした表情で頭を上げるメイビー。
「そういえば、シューイチさんの姿が見えませんが」
「ああ、シューイチなら、お金を貰いに行ってる」
「お金?」
「ボガード討伐の報奨金だよ。
ちょっと前に、良い剣がないか探すついでに貰ってくるって言って宿を出て行ったよ。
あと、ノーラのカバンも借りていってるからね」
メイビーが部屋の出入り口を指差しながら告げる。
この部屋はどうやら一人用の部屋らしく、ベッド以外にはメイビーが座っている椅子と小さなテーブルしか置かれていない。
そのため、出入口を指差せばすぐにそれと分かった。
「……ここはもう、サーバスタウンなのですよね。
ここまでどうやって私を運んだのですか?」
「修一がずっと背負ってたよ」
「っ!?」
「?」
視線を忙しなく動かし、少し頬を染めて動揺しているノーラを見て、メイビーが首を傾げる。
何やら悔しげな顔をしているノーラであったが、すぐに首を横に振り頭の中のもやもやを振り払って平静に戻ると、首を傾げたままのノーラに確認したいことを聞いていく。
「町に入る時に何か言われませんでしたか?」
「んー? ノーラが気を失ってるのは少しだけ理由を聞かれたけど、それだけかな。
それどころか、心配だから早くベッドに寝かせてあげたいって言ったらすぐに入れてくれたよ」
「町に入る時のお金はシューイチさんが払ってくれたのですか?」
「うん、なんか、ノーラのカバンからお財布を出そうとしたけど見つからなくて、しぶしぶ自分の財布からお金を出してた。
帰ってきたら、払ってあげた方が良いんじゃないかな」
門前での修一の姿を思い出しながらメイビーが質問に答える。
他人のカバンを勝手に漁っておきながら目当ての物が見つからず、不満げな顔で自分の財布からお金を出していたのだ。
しかも、この宿を借りる時もお金を出す必要があったため、ひとまずノーラを休ませるために一番安い一人用の部屋を借りたのである。
ちなみにこの宿の名前は「橙色の猫亭」という。
宿の正面に掲げられた看板には白地にオレンジ一色で猫の絵が描かれており、宿の経営者が大切に飼っている猫がモデルとなっているらしい。
「そうですか。他には、特に問題はありませんでしたか」
「他はー、……特になかったから安心していいよ。
それよりさ、シューイチが帰ってきたらご飯にしようよ。もうちょっとでお昼になるし、戦闘したせいで僕、お腹ペコペコなんだ」
メイビーが申し訳なさそうにお腹を押さえると、く~~、と可愛らしい音が鳴る。
流石に恥ずかしかったのか、少しだけ顔に朱が混じった。
そんなメイビーを見て、ノーラも自分がそれなりに空腹であることに気付く。
「そうですね、それではシューイチさんが帰ってきたら昼食にしましょう。
そういえば、ここの宿は食事が出来るのでしょうか」
「うん、一階が食堂になってるよ。
ただ、実はここに来るまでの間に美味しそうなお店を見つけたんだ。
良かったらそっちにしない?」
「なるほど、それならそのお店に行ってみましょうか。私もいくつか用事がありますし」
「やった!
ああ、早くシューイチ帰ってこないかな~」
ノーラから了承を得たメイビーは、自分が座っている椅子を行儀悪く揺らしながら修一が帰ってくるのを今か今かと待ち詫びるのだった。
◇
修一が平原にいたとき、していたことが二つある。
一つは、ボガードの死体を残らず焼くことだ。
人が大勢通るであろう街道のすぐ横に魔物の死体と血が散乱していれば、後で通った人たちが嫌がるだろうし、ひょっとしたらノーラのように気分が悪くなる者が出るかも知れないと考えてのことである。
修一は、ボガードの死体の一つに熱を集めて火を付けると、段々と勢いの付いた火からまた熱を集め、別の死体に次々火を付けて行った。
熱を少しずつ切り取っては別の死体に移し、二十体以上の死体全てに火を付け終わると、今度は発生した熱が逃げないように熱の流れを操作する。
ちょうど、窯や炉で薪を燃やすように、熱を非常に小さな範囲で循環させ留めておくことで炎の温度はどんどん上昇し、最終的には鉄すら溶けだすような火力となる。
そこに、メイビーに頼んで風を吹かせ酸素を供給したことで短時間の内に全ての死体が燃え尽き、その場に残ったのは焦げた草と僅かな灰だけになったのだった。
もう一つは、修一はボガードたちの武器や防具などを火を付ける際に回収し、その全てをノーラのカバンに放り込んだことだ。
それらを武器屋に持って行って、二束三文ででも売れれば御の字だと思ったからだ。
付け加えるなら、ボガードコマンダーの使っていた剣と盾はそれなりに良さそうな品に見えたため、思わぬ値が付くのではないかと淡い期待をしている。
ただ、ノーラがカバンに物を入れるときは中に入っている物との兼ね合いを考え、後から取り出しやすいように入れていたのであるが、それを知らなかった修一は適当に武器を放り込んでしまっていた。
そのせいで、財布がどこにあるのか分からなくなっていたのだ。
はっきり言って、自業自得である。
「で、おっちゃん、いくらで買ってくれる?」
「うーん、そう言われてもなあ、こんな手入れのされてない剣とかを持ってこられても、単純にクズ鉄としてしか買い取れないぞ」
「げ、マジか」
そして今、修一は買っておいた宝くじの当選番号を確認するときのような、ちょっとだけワクワクした気持ちで武器屋に戦利品を売りに来ているのだが、思ったよりも評価は低いようだ。
どうやら、あの魔物たちには武器の手入れするをするという考え方がなかったらしく、どの武器も状態が悪いらしい。
「この剣と盾はそのまま買い取ってもいいが、他はなあ」
「じゃあ、全部おっちゃんの言い値でいいから買ってくんないかな。
俺らが持ってても冗談抜きでゴミにしかならないからさ」
「それなら……、これくらいでどうだ?」
そうして提示された値段は、相場を知らない修一であっても買いたたかれているという事が分かるものだった。
しかし、ここで値段交渉をするほどのことでもなかったため、修一は素直に頷き、大量の武器防具をまとめて売り払った。
ちなみに、既にボガード討伐の報奨金は貰い終わった後であり、その報奨金と比べれば、十分の一にも満たない額だった。
「それにしても、こんなもんどこから手に入れたんだ?」
「ここ来るまでに魔物に襲われて、返り討ちにしただけだよ」
「はあ!? この数にか!?」
「そうだよ。あと、そんときに剣に亀裂が入っちまってさ。これなんだけど、何とかならないかな?」
修一が鞘から抜いて差し出した剣を受け取った店主は、剣を一目見るなり難しそうな顔で頭を掻いた。
「お前、これをどうにかできると思うのか?」
「無理なのは分かってるけど愛着のあるものだし一応聞いとこうと思ってさ。
なんか、こういうのを直せる魔術とか使えたりしない?」
「無茶を言うな。そんなモン直すつもりなら、こんな町の武器屋じゃなくてドワーフとかの工房に直接持って行くんだな」
「んなとこ行けるならここに来ねえよ。……はあ、やっぱ無理か」
その後しばらく経ってから、肩を落として店を出る修一の姿があった。
買い取りをしてもらっている間に新しい剣を探して店内を見て回っていたのだが、めぼしいものがなかったようだ。
実のところ、修一の使っていた剣はただの量産品ではあったが、元の持ち主がきちんと手入れをしていたこともあってそこらの十把一絡げの剣よりは質が良かったのだ。
腐っても、剣を生活の糧にする傭兵団が使っていただけのことはある。
「しっかしなあ、これをそのまま使い続ける訳にもいかないし、……また後で店に行って、適当に安い剣でも買っとこうかな。
そうだ、ノーラにお願いしてお金も出してもらわないといけないな」
そんなことをぼやきながら道を歩いていると、辺りに漂う美味しそうな匂いに気が付いた。
周囲を見回せば飲食店が立ち並んでおり、それぞれの店から活気と一緒に匂いが漂ってきている。
「もう昼か。そういえばノーラの財布もこのカバンに入れっぱなしだったな。
カバン返さなきゃなんないし、一回帰って飯食って、貰った報奨金を分配して、そっからもう一回考えるとするか」
そうして修一が宿に戻ると、待ちわびていたメイビーに文句を言われ、起きていたノーラからは背負って運んでくれたことに対するお礼を言われた。
修一は、メイビーに適当に謝りながらノーラにカバンを返し、そのあと立て替えておいたお金を払ってもらった。
また、その際に宿をもう一部屋借りるようにノーラに頼んだ。いくらなんでも、一人部屋で三人が寝る事などできないからだ。
そうして一人部屋を修一が使い、ノーラとメイビーが新たに借りた二人部屋を使う事に決まる。
手続きと準備が終われば、三人はメイビーを先頭にして宿を出た。
目指す先はメイビーが目を付けた食堂だ。
以前のように順路検索魔術でも使っているのか、メイビーは今日来たばかりの町を迷うことなく進んでいく。
十分ほど歩いたところで食堂に到着し、それなりに混んでいる店内に入って空いている席を探す。
運良くテーブルが一つ空いており、そこに座った三人はそれぞれ食べたいものを注文していった。
相変わらず、修一とメイビーは常人よりも量が多い。
「いつも思いますが、よくそんなに食べられますね」
「戦った後はいつもお腹が空くんだよねえ。
それに、もうお腹が空いて倒れるのは御免だから、食べられるときにきちんと食べとくんだ」
「俺は単純に成長期だよ。なんたってまだ十八歳、食べ盛りの高校生が一人前で我慢できる訳もなし」
それを聞いたメイビーがムッとした顔で言い返す。
「僕だってまだ成長期だよ」
「はは、そうだといいな」
「あー! その言い方は絶対にバカにしてる!」
「いやいや、バカにはしてないさ、ただ、そうだったら素晴らしいことだよなって思っただけで」
「そうだったらじゃなくて、そうなんだってば!!」
「俺らは成人したら成長しないけど、エルフは違うのかよ?」
「違うよ!」
「へー」
「このっ……!」
段々と声が大きくなってきたため、ノーラが仲裁に入る。
「はいはい、ケンカするなら御代わりさせませんよ」
そう言われた二人はピタリと大人しくなった。
メイビーが半眼で修一を睨むが、修一は腕を組んだまま明後日の方向を向いている。
ノーラはやれやれといった風に二人の様子を眺めていたが、別にケンカをしているわけでなく、じゃれ合っているだけだと分かっているのでそれ以上は何も言わなかった。
ただ、そうやってじゃれ合ったりするのは少しだけ羨ましかったりもしたのだが。
その後テーブルに食事が並べば、二人とも先ほどのやり取りなど無かったかのように食事を楽しみ、満腹になるまで胃に詰め込んでいた。
そして、食事が終わるとメイビーは満足げな表情でお腹を撫でる。
「はあ、美味しかったー!」
「ええ、メイビーの言うとおりにこのお店にして正解でした」
「流石メイビーだ、頼りになるな」
「でしょでしょ!」
二人からそう言われ、メイビーは自慢げな顔で無い胸を張る。
長い両耳がぴくぴくと動き、修一にはそれが褒められて振り回される犬の尻尾にしか見えなかった。
「よし、良い店見つけてくれたお礼に、今度小剣術を教えてやろう。
メイビーって魔術は抜群だが小剣はそこそこって感じだから、もうちょっと鍛えた方がいいと思うしな」
「あれ、シューイチって小剣も使えるの?」
「正確には小太刀術だけど似たようなもんだ。少なくとも、メイビーよりは上手いと思うぞ」
「じゃあ、今度お願いするよ」
そうして三人は、久々の美味しいご飯に満足して店を出たのだった。




