閑話 家族の話
◇
「しかし、寝袋を買ったのに結局俺は使えないんだよな」
「ごめんね、僕が急に付いていく事になったから」
「いや、その辺の話は町を出て最初の夜にきちんと話したんだから今更いいさ。
ただ、ついつい口が勝手に」
「仕方ありませんよ、シューイチさんは寒くても問題ありませんが私たちはそうはいきません。
第一、か弱い女性を差し置いて自分が寝袋を使うのは忍びないでしょう?」
「まあ、別にいいんだけどさ」
「サーバスタウンに着いたら、シューイチさんの分も準備するようにしますから」
「あいよ、……ただ、次の町でも同行人が増えて結局寝袋を使えなかったりして」
「まさか、いくらなんでもそんな事は起こらないでしょう、考え過ぎですよ」
「……ノーラ、フラグって知ってるか?」
「さてと、それでは寝る前に確認しましょうか」
「おう」
「はーい」
「パナソルのベイクロードを発ってから今日で三日目。
すでにここはブリジスタの土地で、一番近い町であるサーバスタウンには早ければ明日の夕方、遅くとも明後日の午前中には着く予定になりますね。
余程の問題が起こらない限りは、このままのペースで問題ないでしょう」
「スターツまではどれくらいなの?」
「サーバスタウンに着けばブリジスタ国内の乗合馬車があります。
タイミング次第ですが、最短なら一週間前後でスターツまで行けますね。
さらに言えば、道中あと二、三か所は大きな町や都市がありますし、小さな村や宿場町なども街道沿いにはありますので、サーバスタウンからはあまり野宿は必要ありません」
「ん? それなら、俺の分の寝袋なんて買わなくてもいいんじゃないか?」
「いえ、どうしても野宿が必要な場合もありますし、購入しておきましょう。
そんなに高価な物でもありませんから」
「そうか? 金出してもらう立場だし、ノーラが良いなら別に文句はないけど」
「ねえ、ノーラってさ、なんでそんなにお金を持ってるの?」
「え?」
「いや、だってさ、ノーラって学校を卒業して実家に帰るところなんだよね?」
「そうですよ」
「しかも、賢者の学院だっけ? 僕も名前くらいは聞いたことがあるけど、一生懸命勉強しても卒業できない人が大勢いるって話だから、働きながらって訳じゃなかったんでしょ?
それなのに、一杯お金を持ってるのはどうしてかなって」
「ああ、なるほど、
別に大したことじゃなくて、実家からの仕送りが半年に一回あったんですよ。
それで、余った分を貯めていたと言うだけの事です」
「そういや、親父さんが商売をやってるんだっけ」
「そうなんだ、……あ、そうだ」
「どうしました?」
「ねえねえ、ノーラのお父さんってどんな人なの?」
「え?」
「ほら、僕たちってノーラの実家まで護衛をするんでしょ?」
「まあ、そういう約束になってるな」
「ということは、実家まで行けばノーラの家族に会う訳じゃない。
事前にどういう人間か知っていれば、対面したときに失礼な事をしたりしなくて済むでしょ?」
「おお、良いこと言うじゃないかメイビー」
「でしょでしょ」
「いや、私の父は礼儀とかにはあまり煩くありませんから、そんな心配をしなくてもいいですよ」
「そうか? でも、そういう事も聞いておかなければ分からない訳だ」
「確かにそうですけど」
「そうそう、それに、純粋に興味があるんだよね。
――僕ってお父さんがいないからさ」
「ん? そういえばそうか、母親と暮らしてたって言ってたな」
「うん、僕が覚えている限りお父さんとは一度も会ったことがないよ。
お母さんも、お父さんの事を話してくれたのは一度だけだったなあ」
「ちなみに、なんと言われたのですか?」
「うーんとね、どこかで元気にしてるよ、ってだけだったかな?
僕が十五歳になった時に話してくれたけど、それ以上は聞いても教えてくれなかった」
「……そうですか」
「あ、ただ、この小剣は元々お父さんが持ってたものをお母さんが譲り受けて使ってたって事は、僕がこの剣を貰ったときに教えてくれたかな。
それが、僕が十八歳になったときの事で、……その半年後に、お母さんは出て行っちゃった」
「……えっと、そんな話をされると反応に困るのですが」
「ああ! ごめんごめん、僕の話は気にしなくていいから、ノーラの話を聞かせてよ」
「そうだぞノーラ、こんな話を聞いておいて自分は話したくないとか無しだぞ。
心配するな、ノーラが話したら俺も話してやるから」
「心配はしてませんが、……まあ、それなら。
とはいえ、それほど面白い話でもないですよ?
以前シューイチさんに話した通り、私の父は商売人です。
今はスターツに店を構えていますが、若い頃は各地を回る行商人をしていたそうですね」
「ほうほう」
「仕事に関しては真面目の一言で、どんな時でも手を抜くような事はしなかったそうです。
ですから、昔から自分の部下や従業員に慕われていていましたし、客や取引相手からも頼りにされていました。
私が生まれる前からずっと取引をしてくれている方が大勢いるようですし、国外にも仲の良い同業者の方がいます。
私が賢者の学院に行く時も、そういった方々にお願いして行商用の馬車に同乗させてもらいました」
「なるほどねえ」
「仕事の鬼だったのか?」
「いえ、そういう訳ではありません。
父の仕事の様子は、私がお店に顔を出したときに客の方から聞く程度です。
父は家では仕事の話をしませんでしたし、たまの休みには母と私をピクニックに連れて行ってくれたりしました」
「んー、なんか、聞けば聞くほど良い父親だな」
「ふふ、ありがとうございます。
ただ、私が賢者の学院に行く事は最後まで反対していました。
一人で行くなんて危なすぎると何度も言っていましたね。
結局は、母に説得されましたが」
「まあ、親ってのは子どもに対して過保護なくらいでいいと思うしな」
「ねえねえ、お父さんとお母さんは仲がいいの?」
「ええ、二人ともお互いの事を大切にしていますよ。
少し前に届いた手紙では、二人の結婚記念日に旅行に行ったと書かれていました」
「そうなんだ……」
「ん? どうしたメイビー、なんかテンション下がってないか?」
「んーん、……何でもないよ」
「ふーん、――なあ、メイビーの母さんってどういう人なんだ?」
「え?」
「優しかったのか? 厳しかったのか?
頼りになるのか? ドジだったのか?
何が得意で何が苦手かとか、教えてくれよ」
「シューイチさん、急にどうしたんですか?」
「なに、ノーラの両親があまりにいい人過ぎてメイビーが落ち込んでるみたいだから、メイビーにも家族自慢をさせてやろうと思ってな。
さあ、思いっ切り母さんの自慢をしてみろ。
全部聞いてやるぞ」
「いや、落ち込んではいないけど……」
「いいから、言ってみろよ」
「……えっと、お母さんは……」
「母さんは?」
「……優しかった、よ。
うん、優しかった。
昔、僕が熱を出して寝込んだことがあったんだ」
「おう」
「お母さんってさ、何でも出来るんだよ。
料理とか、裁縫とか、歌も上手で、踊りも出来るんだ。
それでいつも自信満々にしててさ、誰に何を言われても、いっつも笑い飛ばしてた」
「ふむ」
「そんなお母さんがさ、僕が熱を出しただけで、もの凄く慌てちゃってさ。
どこかに飛び出していったと思ったら、森の奥に生えてる薬草を取ってきたんだよ。
森の奥には危険な生物が沢山いるから絶対に入っちゃダメよ、って言ってたのはお母さんなのに」
「そう、なんですか」
「お母さんの服がボロボロになっていて、僕はとても驚いたけど、お母さんは気にせずに薬草を煎じて飲ませてくれたよ。
そしたらすぐに眠くなって、そのまま寝ちゃったんだけど、その時にお母さんが手を握ってくれてさ、
……僕が起きるまで、ずっと握っててくれたんだ」
「いい母さんじゃないか」
「ええ、メイビーの事を、とても大切にしてくれているんですね」
「うん、……僕も、お母さんの事を、本当に大切に思ってるよ。
…………なのに、……なんで」
「メイビー?」
「おい、泣いてんのか?」
「え? あ、……本当だ、涙が、あれっ、止まらない……」
「……――っ」
「ノーラ? あ、おい」
「――メイビー」
「ふえっ!? ど、どうしたのノーラ、急に抱きついて――」
「ごめんなさいね、貴女を嫌な気持ちにさせてしまって」
「!」
「私の母は、私が泣いているときにはいつもこうして抱きしめてくれました。
私に、貴女のお母さんの代わりが出来る訳ではありませんが、せめて、こうさせて下さい」
「……うん、…………ありがとね、ノーラ」
「はい」
「…………」
――なんか、余計に落ち込ませちまったな……、すまん、メイビー。




