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番外編 レイ・シラミネ 5

 ◇




「ああ? レイが冒険者になった?」


 なんでまた急に、とレイの父親は首を傾げた。

 紺色の団服を脱ぎながら、レイの母親に手渡す。


「はい。クリスの妹のアルちゃんに誘われて、三週間ほど前から毎日のように冒険者活動をしていますね」


 レイの母親は、受け取った団服を洗濯カゴに入れながら、久しぶりに休暇となって帰宅してきた夫に事情を説明した。


 レイの父親は、ふぅむ、と額の古傷を掻いた。


「そうなのか。まぁ、学校にも行かずに鍛錬ばっかりやってるのもどうかと思っていたし、同年代の子たちと一緒に活動するっていうなら、止める理由もないか」


「一応、メイビーやヘレンたちも交代でついていってくれて、何かあったら手助けするとは言ってくれていますが……、まぁ、そこまで心配することもなさそうです。王都近郊の農村や宿場町などで、畑を荒らす獣や人々を襲う魔物なんかを狩り回っているそうですが、レイからすればまだまだ物足りない相手だと言っていました」


 そりゃまぁそうだろうな、とレイの父親は思う。


「レイも、奥義を使えないだけで実力的にはもう師範代クラスだからな。そこらへんの雑魚相手なら目をつぶってても切り刻めるだろうよ」


「私と初めて会った時のアナタぐらいの強さはある、ということですものね。それなら本当に心配無用なのでしょう。一緒に活動しているお友達も、みんな良い子たちばかりのようですし。何度か会っているリコも、いつもご機嫌で帰ってきますから」


「リコまで行ってんのか? アイツ、この家の仕事はちゃんとしてんのかよ……」


「ええまぁ、やることはやってから行っているみたいです」


 しっかり者の妻がそう言うのなら、とレイの父親は納得することにした。


 それからふと、気になったことを問う。


「ちなみに、なんだが。レイと一緒に冒険者してる子たちっていうのは、男も混じってんのか?」


「いえ、女の子たちばかりですよ。レイが一番歳下ですが、みんな仲良くしてくれているみたいです」


「そうか。……それなら、まぁ」


「そのかわり、他の新人冒険者たちが、そのパーティーに入りたくてひっきりなしにやって来るみたいで、それもあってひたすら依頼を受けて外に出ていっているみたいですね」


 若い男や少年の冒険者たちが、女の子ばかりのパーティーだからと鼻の下を伸ばして寄ってくるらしい。


 そういうのはパーティーメンバーの誰も求めていないので、主に一番歳上のパルメがキツい口調で追い返しているが、なんというかまぁ、焼け石に水だとか。


 なので、主に討伐系の依頼を受けて王都の外に出ていっては、すぐに依頼を達成してしまって帰ってくることを繰り返している。


 依頼達成数の伸びがすごく、今のところ依頼成功率が百パーセントを維持しているので、最近では少し遠くの町からも名指しで依頼が来ているようである。


「……そうか」


 それはそれとしてレイの父親は、自分の娘やその友達にたかろうとするお邪魔虫どもについて、いずれ一度メイビーの宿を訪ねていってクギを刺してやろうと思ったのであった。




 ◇




「シアは、やっぱりちょっと攻め気が強すぎるね」


 ごとごとと揺れる馬車の荷台に乗って、レイたちは王都から少し離れた村に向かっていた。


「魔術師としてではなく、魔術も使える剣士として戦いたい気持ちは分かるけど、そのせいで前のめりになり過ぎたらダメ。せっかく盾も持ってるんだし、押す時と引く時をしっかり見極めないと」


 ペンとメモ帳を持ったシアが、レイに問う。


「なるほど……。しかし、ううむ。その見極めとは具体的にどうすればいいのだ?」


「色々あるけど、まずは一つだけ。私より前に出るのは基本的に危ない。シアが、というよりは後ろの皆が。なぜならシアの盾より頑丈な守りを、後ろの皆は持っていないから。貴女は後ろの皆を守ることのほうに意識を置くべきだと思う」


 レイの言葉にアルも「私は防護神術を掛ければある程度大丈夫だけど、パルメちゃんとルカちゃんは危ないもんねぇ」と頷く。


「もう少し具体的に言うと、私が下がったら一緒に下がって。私が前に出たら、私と後ろの皆の中間ぐらいになる位置に移動して。私が大きく前に出る時はそう言うから、その時は他の皆の盾になれる位置で踏ん張って」


「なるほど!」


「間合いと位置取りは慣れるまでは難しいけど、数をこなせば自然と覚えられると思う。だから頑張って。常に意識して頭の片隅に置いておいて」


「わかった!」


「実戦だとなかなか思い通りにいかないと思うけど、そこは私がカバーするから」


 熱心にメモを取るシアを見ながら、パルメが「真面目ねぇ……」と呟いた。


「というか。それよりもアンタ、パニくった時に火魔術を乱射するほうが怖いんだけど。あの癖も治しなさいよ。黒蟲はともかく白蛇が怯んじゃうからさあ」


「うっ、それも面目ない……」


「あははっ、けどシアさんってテンパってる時のほうが通常運転だし、後ろから見てる分には楽しいよね」


「楽しくないっての。それに慌てて動かれると支援攻撃の射線が通りにくくなるから大変なのよ。騎士目指してるんなら、もっとどっしり構えてなさいよ」


「ううっ……」


 仲間たちからの厳しい言葉に、シアは気落ちした様子をみせる。

 そんなシアを、アルが優しく慰めた。


「大丈夫だよシアちゃん。シアちゃんが頑張ってるのはみんな分かってるから。みんなたくさん期待してるからシアちゃんに色々言ってくれるんだよ」


「ほ、ほんとうか?」


「うん。私もシアちゃんがどんどん強くなってパーティーのみんなを守れるようになってくれたら、嬉しいな。だから挫けずに、これからも一緒にがんばろ?」


 シアの手を握ってそう言うと、シアは感極まってアルに泣きついた。


「アルー! やはり君は私の心の友だー! 君のような友を持てて私も嬉しいー!」


 そしてわんわんと泣き始めたシアと、困ったように笑うアル。


 パルメとルカはいつものことなのでそれ以上取り合わず、依頼先の村周辺の地図を取り出した。


「で、依頼のあった村はずれのお屋敷ってのはどのあたりなの?」


「村のこっちのほうの小高い丘の上に建ってるらしいよ。もう二十年ぐらい前から誰も住んでないはずなのに、最近になって誰かが住み着いている様子があるんだってさ」


「盗賊崩れか浮浪者か、野生動物って可能性もあるけど。……ねぇ、レイ。アンタはどう思う?」


 パルメに問われ、レイは少しだけ悩む。

 そして感じたままを口にした。


「どれも違う気がする。はっきりとは分からないけど、少し嫌な感じと、……なんだか懐かしい感じがする」


「……ふーん。危険はありそう?」


「……そんなにない、かな?」


 パルメは、困ったように眉を寄せた。


「アンタのその、当たるんだけどふんわりとした予言みたいなの、もうちょっとなんとかなんないわけ?」


 そう言われても、とレイは思う。


 昔からレイは、他人が見えないものまでよく見え、他人より多くの声が聞こえていたわけだが、それを他人に説明するのは苦手なのだ。こればっかりは、大きくなってもあまり改善されていない。


「でもほら、危なくないっていうんなら良かったじゃん。おかげでちょっと気が楽になったよ」


 ルカは呑気な様子だ。


 自身の戦闘能力が乏しいので戦闘が起こりそうかどうかということを一番気にしているのだが、その可能性が低いとなれば生来の能天気さが顔を出す。


「元の住人はお金持ちだったみたいだし、屋敷内を色々探したら何か持っていき忘れた高価な物とかが残されてるかもよー? えへへ、楽しみになってきた!」


 アンタねぇ……、と呆れるパルメに、ルカは「秘密の隠し金庫とかないかな!」と言う。


 シアはまだアルに泣きついているし、アルも優しい笑みを浮かべたままシアの頭を撫でている。


 レイはもう一度だけ、どことなく感じた懐かしさについて思いをはせたが。


「…………」


 その答えは、この道を進んだ先にあるのだろうと思い直し、考えるのをやめた。


 空は穏やかに晴れている。

 吹く風はそよそよと心地良い。


 馬車の揺れに身を任せ、レイは少しだけ微睡むことにしたのだった。




 ◇




 某日某所。


 門扉の朽ちた古いお屋敷の前。


 一人の少年が手元の紙と目の前のお屋敷を見比べる。


「ここ……、ですね。やれやれ師匠ったら、こんな適当な地図一枚しか渡さないなんて相変わらずですね。しかもお屋敷の特徴とやらも達筆過ぎて読みにくいし……。毎度毎度、師匠の無茶に振り回される僕の身にもなってほしいです」


 そう言うと、黒髪の少年は朽ちた門扉を押し開け、放棄されたお屋敷の敷地内に入っていったのだった。


 今回の番外編は、一旦ここで終了します。

 お読みいただき、ありがとうございました。

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