第3章 10
※ 本日二度目の投稿です。
◇
「しかし、あの場所に放っておいて良かったのですか?」
ノーラが隣を歩く修一に問う。その左手人差し指には、メイビーから返してもらった指輪が嵌っていた。
ワイズマンが気を失った後、三人は町の中心部に向けて移動を始めた。
ワイズマンはその場に置き去りにしてきたが、修一は心配していない。
「大丈夫だろ。ケガは大体治ってたし、気絶してるからってカズールファミリーの人間に手を出す奴があの辺にいるとは思えん。
それに、ボスのオッサンも俺の誘いに気付いてただろうから、しばらく経っても戻ってこなかったら部下に探させると思うしな」
「なるほど、それなら大丈夫そうですね」
メイビーは二人の少し前を歩いている。
順路検索魔術は使えなくても、逃げる際にひたすら走り回ったことである程度は道が分かるのだ。
中心部に向けて進むくらいなら全く問題がない。
「しかし、シューイチさんも無茶苦茶ですね。
なんなんですか、最後の技は」
「あ、そうだよね! ねえねえ、あれって一体どうやってるの?」
ノーラの言葉を聞いたメイビーがくるりと振り返り、後ろ向きに歩きながら修一に訊ねる。
「メイビー、そんな事していたら」
「え? うわ!?」
ノーラが注意をしようとしたが、その前にメイビー段差に躓いた。
大きく腕を振り回しながら後ろに倒れそうになる、が。
「おいおい、何してんだよ」
その腕を修一が掴む。
「バカなことしてケガすんなよ、今日はもう魔術は使えないんだろ」
「いやあ、ごめんごめん」
謝りながらしっかりと自分の足で立つメイビー。
修一に手を握られてほんの少しだけドキッとしたが、理由は分からなかった。
「ノーラには前に話したよな、俺の実家のこと」
「ええ、白峰一刀流剣術道場でしたよね。
そこで幼いころから修行をされていたとか」
「ああ、そして白峰一刀流を最初に創り上げた俺の先祖、初代頭目が自らの剣術の奥義として生み出した技が、飛線だ」
「ひせん?」
「そう、白峰一刀流剣術奥義ノ一、飛線だ。
剣の修行に明け暮れていたご先祖様が、長年の鍛練の成果として身に付けたとかなんとか。まあ、詳しいことは俺も知らん。単純に斬撃を飛ばすだけの技で、俺には細かい調節が出来ないけど、初代は自由自在に操れたらしいな」
「ほうほう、で、どうやって使うの?」
「それは秘密だ」
「ええー?」
メイビーが露骨に不満そうな顔をする。
「これでも一応奥義だからな、そんな簡単に真似できるもんじゃないし、どうしても知りたいなら入門するしかないな」
「ちぇー」
「まあ、つまりだノーラ、頑張ったら出来るようになる技ってことだ」
「はあ、そうですか」
ノーラはため息を吐きながらも納得したことにした。
――なんだかシューイチさんと出会ってからため息の回数が増えた気がしますが、あまり気にしないようにしましょう。
「僕の風刃魔術より威力があるんじゃない?」
「さあ? 俺もメイビーも本気で使ってないから比べようがないな。それに、俺のは連発できないからメイビーの魔術の方が使いやすいと思う」
「うーん、そう?」
「そうだとも」
◇
その後中心部に着いた三人は、今度は西側の門を目指して歩く。
中心部の道を進みながら町を見回している修一は、この町での出来事を思い出していた。
元の世界に戻るのであれば、もう二度と来ることはないかもしれない。
そう思えば、最後くらいはしっかり街並みを見ておこうと思えたのだ。
これから行く先々の町で同じような感傷に浸るのかと自嘲する気持ちもあったが、気にしない。
もし元の世界に戻れなかったら、その時はいつかまた来たいとも思えたが、再びカズール組ともめることになったら面倒だとも思えた。
そんな取り留めもないことを考えていたら、知らぬ間に西門に辿り着く。
三人一緒に外に出たところ、メイビーの税金の件は咎められなかった。
高い外壁に囲まれた町であるため入ってくる人間は厳しくチェックするものの、出ていく人間にはあまり注意していないらしい。
今回ばかりは門番の手抜きに感謝することにした。
門から出て視界に飛び込んでくるのは、果てが見えないほどの広大な大地だ。
茶色い大地がうねりながら丘陵を作り、その上を街道が伸びている。
大きな岩が点在し、遠くには街道から外れたところに森があるのが見て取れた。
ベイクロードを出てしばらくは緩やかに下っていっているため、ある程度の所まで街道の様子が確認できた。
「さて、ここから次の町まで何日だ?」
「そうですね、順調に行って四日から五日で次の町に着きますね。
次の町の名前は、サーバスタウン。
いよいよ、ブリジスタの領土に入ります」
「へえ、なかなか遠いんだねえ、頑張んなくちゃ!」
「ん?」
「あれ?」
ノーラと修一は揃って後ろを振り返る。
「もしかして、着いてくるのですか?」
「あれ、ダメだった?」
「いや、ダメっていうか、メイビーは母さんを探すんだろ、だったら」
「もちろんお母さんは探すよ。ただ、今のところ全く手がかりが掴めてないんだ。帝国では全然情報が集まらなかったしね。だから、先に恩を返しておきたいんだ」
「恩?」
メイビーが少し拗ねたように言う。
「言ったでしょ、僕は受けた恩はきちんと返すようにしてるんだって」
「いや、契約書の事なら俺らも目的が一緒だったから戦っただけで、」
「その後、小剣を取り戻すために戦ってくれたじゃん、わざわざあんな強い人と、命懸けで」
「あー……」
修一が言葉に詰まるのを見て、ノーラが代わりに確認する。
「メイビー」
「なーに?」
「貴女は今、一文無しなんですよね」
「うん」
メイビーはコクンと頷く。
「私たちについてくるのはいいですが、旅費はどうするのですか?」
「へ?」
「まさか、私たちに出してもらうつもりだったんですか? 恩を返すために付いてくるというのに、それではいつまで経っても返しきれませんよ」
「あー、そのー、」
「全く考えていなかった、というのですか?」
「うー、……うん、考えてなかった」
ノーラは、仕方がないなという風に肩を竦めメイビーに提案する。
「それなら、こうしましょうか。
私は今、シューイチさんに護衛を依頼しています。期間は私が実家に着くまでで、その間の旅費は私が出すようになっています。メイビーも私の護衛をしてくれるなら、修一さんと同じように旅費を出しましょう」
「本当!」
メイビーはキラキラと目を輝かせてノーラを見つめる。
「ええ、その代わり途中で止めることは許しませんよ。情報収集をするのは構いませんが、きちんとスターツまで守ってくださいね」
「もっちろん! やったー!!」
メイビーは全身で嬉しさを表現するかの如く飛び跳ねている。
修一は、そんなメイビーを横目にノーラに耳打ちする。
「いいのかよ、そんなこと言って」
「構いませんよ、お金ならありますから。それに、どうせここで別れてもお金のないメイビーがまともに母親探しできるとも思えません。恩を返したいと言っているのですから、そこに便乗して仕事を頼み、首都に着いたら追加報酬としてお金を渡しましょう。そうすれば、誰も困らないでしょうから」
ノーラの身も蓋もない言い方に苦笑する修一。
「いやまあ、確かにそうだが」
「それに、一緒に無茶やったりしたら自然と情が移るものです。私はもう、メイビーが一緒に来てくれるなら喜ばしいと思ってしまっていますよ」
「あー、……それもそうだな」
修一も、ノーラが良いと言うなら無理に断る理由もないし、メイビーが嫌いというわけでもないのだ。
嬉しいか嬉しくないかで言えば、嬉しいに決まっている。
それに、戦闘要員が増えるというのもありがたかった。
これから先、獣の大群などに襲われた場合を考えれば、自分一人では手が回らなくなる時があるかも知れないからだ。
「シューイチ! ノーラ!」
飛び跳ねていたメイビーが二人の前に駆け寄り、笑顔で両手を突き出す。
握手を求めているのだと気付いた二人は差し出された手を取り、修一は力強く、ノーラは優しく包み込むように両手で握った。
「これからよろしくな」
「よろしくお願いしますね」
二人からの挨拶を受けたメイビーは、ほころぶ花のような笑顔を深めながら挨拶を返す。
「うん! よろしくね!!」
その笑顔を見た二人は、自分たちも釣られて笑顔になるのを止めることが出来なかったのだった。
第3章、これにて終了です。
ここまで読んで戴き、ありがとうございました。