番外編 レイ・シラミネ 4
「最後はわたしね! わたしの名前はグルルカ・アンダーソン! 気軽にルカって呼んでね、レイちゃん」
青灰色の髪を、動物の耳の位置で結んだ少女ーールカは、レイと握手しながらニコニコ笑顔だ。
「わたしは、他のみんなと違ってあんまり戦闘では活躍できないから、もしもの時は守ってね」
「……うん、いいよ」
「ほんと! ありがとう! そのかわり、戦闘以外のことは任せて! 荷物はいっぱい持てるしお買い物は値切りまくるし美味しいご飯も作るし、冒険前の準備とか野営の準備とか倒した魔物の解体とか、なんでもできるから!」
ルカの言葉に、アルが頷く。
「ルカちゃんは、ほんとになんでもできるんだよ。頭が良くて手先が器用で。この間の依頼の時は、壊れて開かなくなった錠をカギなしで開けちゃったんだ」
「えへん。あれぐらいなら、朝飯前だよ!」
レイは、「壊れた錠なら切ったらいいのに」みたいなことを考えたが、ルカがたいへん機嫌良くしているので、言わなかった。
かわりに。
「それなら今度、カギ開けのやり方、教えて?」
「! うん、良いよ良いよ! 教えてあげるね!」
ルカは、嬉しそうに頷いた。
さて、そうこうしたところで自己紹介が一通り終わった。
レイは、あらためてテーブルの面々の顔を眺める。
元からの友人であるアルと、アルの仲間である三人。
人柄に関しては、今のところ心配になりそうなところはない。
そうであれば次に気になるのは。
「順番に、聞きたいんだけど。まず、皆は冒険者になって、どれぐらいたってるの?」
その質問には、アルが答えた。
「かれこれ二か月ちょっとぐらいかな? メイビーさんが遠征に行く少し前に、この四人でパーティーを組んで冒険者をします、って言ったの。その時は、お兄様に少し反対されたけど……、ちゃんとお話をしたら、許してもらえたんだよ」
アルがニッコリ笑う。
まぁ実際は、過保護な兄がだいぶ難色を示したのを、全力で説得(物理)して半ば強引に冒険者を始めているのだが。
なお、兄弟喧嘩の立会人をしたメイビーは、その時の様子について「お金を取って観客を入れたらすごく儲かったと思う」と言っていたらしい。
二人の間に飛び込んで「そこまで!」と言うときは、本気で命の危険を感じた、とも。
ベテラン冒険者であるメイビーをしてそのように言わしめる殴り合いをしておいて「ちゃんとお話をしたら」と言えるあたり、アルもわりと良い性格をしていると言える。
昔はあんなにオドオドしてたのにな、とメイビーあたりは思っている。
「それならこの二か月の間で、どんな依頼を受けてきた?」
「主には、この王都内での困りごとの解決だな。人探し、猫探し、荷運びに物集め。下水道に入って清掃やネズミ退治をしたり、開かなくなった金庫の鍵を開けたり、近くの森に入って薬草やキノコを集めたり、等々だ」
シアの言葉に、レイは考え込む。
そして、先ほどまでと変わらない調子で、問う。
「自分や自分たちが、死ぬかもしれない状況になったことはある? もしくは、自分たちを殺すことができるであろう存在と戦ったことは?」
その問いには、パルメが答えた。
「ないわ。下水道内のデカくなったネズミ退治や、薬草集めのときに森の動物たちに襲われて倒したことはあるけど……。アンタが言いたいのは、そういうことじゃないでしょ?」
レイは頷く。パルメは、緑眼を細めてため息を吐いた。
「強い魔物や、悪意ある存在とは、まだやり合ったことはない。……そんなこと聞いて、アタシたちのこと、ビビってるって思うわけ?」
レイは、表情を変えずに首を振った。
「ううん。安心した。無理をしないのも、無理をしそうなときに止めてくれる誰かがいるのも、大事なことだから」
「……そーですか」
パルメが嫌そうに口元を歪めた。
レイの、なにもかもを見透かしたようや言葉が、ひどく癇に障るからだ。
「それなら、このパーティーに私が入ったとして、求められる役割はなに?」
ルカが、恥ずかしそうに答える。
「このパーティーって、わたしはまともに戦えないし、シアちゃんも近接戦闘はまだ経験が少なくてさ。アルちゃんの力強さとかパルメさんの慎重さで今まではなんとかなってきたけど、これから先もいろんな依頼を受けていくなら、まともに戦って強い人も引き入れておくべきだって話になったの」
そこでアルが、キラキラした目でレイを見つめた。
「だから、私がレイちゃんを推薦したの! レイちゃんの強さはよく知ってるし、それに、レイちゃんと一緒に冒険に出られたら、もっともっと楽しくなると思ったから!」
アルは、唄うような声で言葉を紡ぐ。
「私ね、小さいころにレイちゃんたちやカブさんたち、それからお師匠さんたちに会えたことはとても幸運なことだと思うの。それまでは、同じ町に住んでいる少しガラの悪い人たちとしか思ってなかった冒険者の皆が、本当はいろんな人たちのためにどんなことでもするスゴい人たちなんだって分かるようになったから。私もいつか冒険者になってたくさんの場所に行って、見たこともないような美しい景色を見たり、聞いたこともないような面白い出来事を体験してみたいと、思えるようになったから」
そして、照れたように、アルは笑う。
「そんな楽しい冒険に、私の親友のレイちゃんが、一緒に来てくれたらとっても嬉しい。レイちゃんと肩を並べて戦って、とてつもない強敵を倒せたりしたら、とんでもなく素敵なことだと思う」
「……そっか」
「うん。結局は、そういうことなんだ。私が、レイちゃんと一緒に冒険者をしたいってワガママを言って、皆がそれを許してくれたって話なの。……だから、ね?」
アルがあらためて手を差し出した。
「レイちゃん。私たちのパーティーに入って、一緒に冒険者になろうよ。楽しくて素敵な冒険を、たくさんしに行こうよ」
「…………」
レイは振り返って、リコの顔を見つめた。
リコは、やれやれという顔で、親指を立てた。
レイは、アルの手を握り返した。
「分かった。これからよろしくね」
「! うん! こちらこそ!」
「……わぷっ」
テーブルから身を乗り出して抱きついてきたアルに、レイはしばらくされるがままで抱きしめられ続けたのであった。