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番外編 レイ・シラミネ 3

 ◇




 メイビーたちと会った日の翌日。

 再び黄金の妖精亭に行こうとしていたレイの前に、同行者が現れた。


 暗めの緑色の髪を、後頭部でひっつめにして結い上げた少女だ。


 レイの同居人にして母親の大親友の、リコである。

 

「あれ、リコもついてくるの?」


「そうよ。アンタの母さんに頼まれてね。ま、あたしもちょっと過保護なんじゃないかとは思うけどね。心配に思う気持ちも分かるし、なにより面白そうだからついていくわ」


 一番の理由は、最後に言った「面白そうだから」なんじゃないかと、レイは思った。


 リコの性格はよく知っているが、行動指針で一番比重の大きいものは、「面白そうかどうか」だ。


 まぁ、しかし。

 リコが来てくれるというのなら、実に頼もしい。


 レイにとってもリコは、頼もしい姉貴分である。

 一緒に来てくれるなら素直に嬉しい。


「さ、まずはそのツラを拝んでやろうじゃないの。あたしの可愛いレイを冒険者に誘おうってんだから、当然、それなりにできるんでしょうよね」


「……アルは、立派な神官だよ」


 アルは、兄のクリスともども「月影神」を信仰し、神術を授かった神官である。


 防護、支援、回復をそれぞれ一定以上の技量で熟せるうえ、いざという時は神威を纏った拳打で戦うこともできる美少女だ。


 地元の港町では、戯れに彼女の尻を撫でようとした酔っ払いの船乗りが、振り向きざまのアッパーカットをボディに喰らって天井に突き刺さったとかなんとか。


 そんな噂もあるぐらいには、体術の心得がある。


 幼いころに知人同士のものすごい殴り合いを見てしまったとか、悪い人間に誘拐されそうになったことがあるとか、そういった色々な事情により体術の重要性を感じたアルは、わりとガチ目に格闘技術を鍛えてあるのだ。


 そういうのに詳しい兄からも手解きを受けており、可憐な見た目とは裏腹に、そこらの若い冒険者ならボコボコに殴り倒せるぐらいには強い。


 と、いうことを、レイはリコに説明した。


「ほほーん。それならその子はまぁ、合格ね。さすがレイの友達なだけあるわ」


 リコが、ものすごい上から目線で合格判定を出した。

 ただまぁレイも、友達を褒められたことで鼻高々なのだが。


「というか、リコも会ったことあるでしょ」

「え、そう?」


 レイが、アルの外見的特徴を伝えると、リコは「おお!」と言いながら手を叩いた。


「あのストロベリーブロンドのお人形さんみたいな子ね! へぇー、あの子かー。なら本当に大丈夫ね。あの子は、アンタを騙したりするような悪い子じゃあないでしょ」


 レイがコクリと頷いた。


「それなら問題はそれ以外の連中ね。ふふん、待ってなさい。あたしの目に適わないようなら、ケツ蹴っ飛ばして家に帰してやるから」


 そんなことを楽しげに言うリコを引き連れて、レイは今日も黄金の妖精亭に向かったのであった。




 ◇




「あ、レイちゃんこんにちは! 来てくれて嬉しいよ!」


 黄金の妖精亭の前でわざわざ立って待っていたアルが、レイに向かって笑顔で手を振っている。


 レイも軽く手を上げて応じると、駆け寄ってきたアルにむぎゅっと抱きしめられた。


「アル、苦しい……」


 顔を合わせるたびに情熱的にハグされるが、これは真に親しい間柄の者にだけするアルの癖であり、レイもそれを分かっているので毎回避けずに抱き締められている。


「今日はありがとうねレイちゃん。えっと、後ろの人は確か……」


「リコよ。今日はレイの保護者代理で来たわ。よろしく」


 リコがウインクしながら言う。

 アルは丁寧な作法で頭を下げながら応じた。


「何度かお会いしたことはありますよね。あらためまして、私はアルテミシアと申します。こちらこそ、よろしくお願いします」


 そして三人連れ立って妖精亭の中に入ると、今日も宿の待合所はたくさんの人で賑わっていた。


 いくつかのテーブルでは仲間同士で会話に花を咲かせていたり、ここの宿のウリのひとつである美味しくて量たっぷりの料理を食べている席もある。


 そんな雑然とした雰囲気の中、アルが案内した席には三人の少女が座っていた。


 ひとりはさらさらの真っ赤な髪を肩甲骨のあたりまで伸ばした、背の高い真面目そうな少女。


 ひとりはうねりの強い短めの栗色の髪と、不機嫌そうに細められた緑色の瞳の少女。


 ひとりは青みがかった灰色の髪を左右の側頭部の上のほうで括った、快活そうな少女。


 三人とも歳若く、レイよりは少し上、アルとそれほど変わらない年齢に見える。


「みんな、レイちゃんが来てくれたよ!」


 アルが来たことに気づいた三人は、各々がレイに視線を向けた。


「ほう」

「……ふーん」

「やっと来た! こっちこっち!」


 レイは、アルとともに空いている椅子に座る。

 リコはレイの椅子の背もたれに手を置いて、レイの背後に無言で立った。


 まず、レイがペコリと頭を下げた。


「はじめまして、レイです。今十五歳です。アルの友達で、……剣術が得意です」


 最低限のことだけを言うレイの言葉を、アルが補足した。


「レイちゃんの剣の腕、すごいんだよ! お父さんがとっても強い人で、小さい頃からお父さんに教えてもらってるの! ほら、みんなも知ってるでしょ、第四騎士団の()()()()!」


 すると、赤髪の少女の目が驚きで見開かれた。


「なんだと、まさかそれは『黒閃』殿のことか!」


「……黒閃?」


 レイが首を傾げていると、後ろからリコが「アンタの父親が()()()()()()()()、こっ恥ずかしいあだ名よ」と耳打ちする。


「闇夜のように黒い髪と目、そして細三日月のように反った黒剣。前団長に勝るとも劣らぬ剣技でもって数多の魔物たちを切り伏せるその剣の冴は、まさしく黒き閃きの如し! その黒閃殿から直々に手解きを受けているだなんて……、う、羨ましい……!!」


 赤髪の少女は、興奮した面持ちでアルに詰め寄った。


「それに見ただけで分かるぞ、レイの練り上げられた強さ! アルよ、このような友人がいて、どうしてもっと早く紹介してくれないのだ! 私は悲しい……、いや、それは嘘だな。今日のこの出逢いが、最上の喜びであると断言できるからな!!」


 あまりに興奮するので、レイが少し引いている。


 レイの後ろではリコが「一人目からなかなかカッ飛んでるわね」と笑っていた。


「おお、そうだ! 自己紹介の途中であった! 私の名は、シンシアーナ・サンロード! 偉大なる魔術師マーガリン・サンロードの子孫にして、高潔なる騎士道を歩む者である!」


 アルが「シアちゃんはね、騎士団に入るのが夢で、団長さんたちは憧れの的なんだって」と補足する。


「黒閃殿だけではない! 第一騎士団のデザイア団長! 第二騎士団のアイギス団長! 第三騎士団のオリビア団長! 第五騎士団のゼーベンヌ団長! 第六騎士団のファニーフィール団長! 誰も彼もが真の強者で、この国と我々を日夜守ってくださっている! そんな彼らと剣先を並べて戦えるようになるのが、私の夢だ! だから実戦経験を積んで強くなるために、冒険者をしている!」


 そこまで言い切ると、赤髪の少女ーーシアは、レイに向けて右手を差し出した。


「そんなわけで、貴女のような強者と肩を並べて戦えるなんて光栄の極み! これからよろしくお願い申し上げる、レイ!」


 レイは、乞われるがままに右手を出して、シアと握手をした。


 そして握った瞬間に分かる。

 シアの掌の硬さと力強さ。

 不断の努力によって己を鍛えている者の手であった。


 レイは、少しだけ嬉しそうに「うん、よろしく」と答えた。


「そしてまた今度でいいので、一度手合わせ願いたい。よろしく頼む。あと、お父上殿にもお会いさせていただけたら、このうえなく嬉しい。まことに頼む。このとおり」


 そうして頭を下げるシアから手を離し、続いてレイは、シアの隣でずっと不機嫌そうにしている少女に目を向けた。


「……アタシは、パラメディア・D・C。まぁ、一緒にやるってんなら、よろしく」


 緑眼の少女は、嫌なら別によろしくしなくてもいいけど、と顔を背けながら言葉を続けた。


 シアがとたんにムッとした表情になり、レイは不思議そうに首を傾げた。


「パルメ、そんな態度失礼だろう。レイはこちらの誘いに応じて、こうして足を運んでくれているのだぞ」


「分かってるわよ。だから、嫌ならいいって言ってんの」

「……嫌じゃないよ? だからよろしく」


 そう言ってレイが右手を差し出すと、緑眼の少女ーーパルメは、さらに嫌そうに顔をしかめた。


「あっそう……」

「うん。だから、握手しよ?」


 パルメは黙ってレイの右手を見つめていたが、やがて観念したようにため息を吐き、レイの手を握った。


「アンタ、嫌われてるのかも、とか思わないわけ?」


「? どうして? パルメは私のこと、()()()()()でしょ?」


 レイが当たり前のことのように言うので、リコが思わずといった感じで笑い、パルメはリコをにらんだ。


「何よアンタ。さっきからその子の後ろにいるけど、何者なの?」


「あたしはこの子の保護者代理よ。それと、……今笑ったことは謝らないわよ。今のは負けたアンタが悪いんだもの」


「……!」


「ま、精進なさいな。なんなら今度、気になる相手の正しい困らせ方を教えてあげのうか?」


 パルメは、「けっこうよ!」とそっぽを向いた。

 それでもリコはニヤニヤとパルメを見つめている。


「ごめんねレイちゃん。パルメちゃんも本当はレイちゃんが来るのを楽しみにしてたんだけど、気恥ずかしいからついイジワルを言っちゃうの」

「そうなんだ」

「初対面の人が苦手なだけで、本当は寂しがり屋なんだよ」


「アル! 余計なこと言わないで!!」


 耳まで真っ赤にしたパルメが吠える。


「もう! アンタらなんてみんな嫌いよ! 大嫌い!!」


 そしてテーブルに突っ伏して耳を塞いだのだった。



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