番外編 レイ・シラミネ 2
◇
レイが王都の街中をぶらぶらしていると、突然背後から声をかけられた。
「あれ、レイちゃんじゃーん! ひっさしぶりー!」
レイが振り返ると、エルフの女性が楽しげに笑いながら駆け寄ってきていた。
見覚えのある顔に、レイも表情を緩める。
「こんにちは、メイビー。二か月ぶりぐらいだね。元気にしてた?」
メイビー、と呼ばれた金髪のエルフは、ニカッと笑って親指を立てた。
「元気元気、超元気だったよ! 道中三回ぐらい死にかけたけど、まぁなんとかなったし! レイちゃんこそ何してるの? ひとり? ひま? 暇ならちょっと私と甘いもの食べに行かない? おごるからさ!」
「……うーん」
レイがどうしようか悩んでいると、メイビーの背後からさらに数人が寄ってきた。
「メイビーさん。甘いものの前に、一度宿に戻らないとダメですよ」
「アーブさんたちに、ちゃんと顔を見せとかないと……。それにまたリズちゃんに怒られるよ、このバカ店長! って」
背が高くがっしりとした体格の金髪の男と、小柄だが立ち姿に隙のない女性が、それぞれ言う。
皆見知った顔だ。
レイはペコリと頭を下げる。
メイビーは、唇を尖らせた。
「えー? クリス君もヘレンちゃんも、そんなこと言っちゃう? ねぇねぇ、マリーちゃんはどう思う? 一緒に甘いもの食べに行かない?」
マリー、と呼ばれた砂色の髪をツインテールにした女性は、手にした大きな杖に体重を預けたまま、疲れた様子で答えた。
「私も、宿に戻りたいです……。というか、あんな目に遭ったのに、なんでそんなに元気でいられるんですか……?」
「んー? これが若さってやつかな?」
「……このパーティーの最年少は、私なんですけど」
まぁ、見た目だけ見れば、確かにメイビーが一番歳下には見える。
長命種であるエルフのメイビーは、肉体の成長も人間より緩やかなのだ。
実年齢では三十を超えているが、見た目ではまだ十代後半ぐらいに見える。
「けどまぁ多数決だと二対三だし、一回ちゃんと宿に戻るようにはしようか。レイちゃんもそれでいい?」
レイは、コクリと頷く。
「そうだ、なんならナビィ君に甘いもの作ってもらおっか。お砂糖とハチミツをいっぱい使ってもらって、ふわふわのホットケーキとかどう?」
それでいいよ、と答えると、レイはメイビーたちに連れられて、メイビーが経営する冒険者の宿に向かった。
◇
冒険者の宿『黄金の妖精亭』の一階部分には食堂兼待合所として使われているスペースがあり、二階から上が宿泊客用の各部屋となっている。
玄関先で掃き掃除をしていた従業員のルシルに声をかけてからメイビーが宿に入ると、食堂内にいた冒険者たちがいっせいに振り向いた。
「やぁ! みんなただいま! 私がいなくても元気にやってた?」
それからメイビーは、自分の経営する宿で専属契約をしている冒険者たちひとりひとりに声をかけていき、一階奥の厨房や事務室がある区画に入っていった。
レイは、「細かい話が終わるまで適当な席に座って待ってて」と言われたので、どこか空いている席はないかと周囲を見回す。
すると、メイビーと一緒にいた金髪の男に向けて、たたたっと駆け寄る者がいた。
十代後半ぐらいの、僅かに赤みがかった金髪を腰のあたりまで伸ばした少女だ。
少し幼なげだが可愛らしくも美しい顔立ちをしていて、金髪の男が着ているものと同じ意匠の神官服を来ている。
この少女も、レイの友人であった。
「おかえりなさいお兄様! 今回の依頼もお疲れ様でした」
「おお! アルじゃないか! 来てくれていたのか!」
男と少女は、少し歳の離れた兄妹だ。
兄の名はクリスライト・ルナフィールド。
妹の名はアルテミシア・ルナフィールド。
港町ファステムの生まれで、現在は兄妹揃って王都で暮らしている。
レイは、十年ほど前にとある事件がきっかけでアルたちと知り合ったものであり、レイにとってアルは、数少ない同年代の友人(歳上の友人知人はたくさんいる)なのである。
二人は一頻り話した後、兄のクリスがレイを指差した。
レイに気づいたアルが、ぱぁっと笑顔を浮かべた。
「レイちゃん!」
嬉しそうに手を振りながら、アルが駆け寄ってくる。
「こんにちは、アル。……わぷっ」
そのまま、レイは真正面から抱きつかれた。
神官服を内側から押し上げる豊かな膨らみが、レイの顔に押し付けられる。
ほころぶ花のようなアルの笑顔を見ていた周りの若い冒険者たちが、皆一様に鼻の下を伸ばした。
「レイちゃん久しぶり!」
「アル、苦しい……」
きゃっきゃとはしゃぎながら抱き締めてくるアルに、レイは内心で「おっぱい、また大きくなってる気がする……」と思った。
「ごめんね最近忙しくてなかなか会えなかったね。会えて嬉しい! ところでレイちゃん今日はどうしたの?」
「たまたまメイビーに会ったから、甘いもの食べさせてもらいに来たの」
「そうなんだ! あ、それならこの後ちょっと時間あるかな?」
抱きしめられたまま、レイはこの後の予定について考える。
「甘いもの食べた後で、お昼ご飯の時間までなら、大丈夫」
「ほんと? 良かった! 実はね、レイちゃんにお願いがあるの」
「? なぁに?」
「あのね、今度私とーー、」
◇
「アルちゃんから、一緒に冒険者にならないかと誘われた? それはまたずいぶんと、唐突な話ですね」
夕食時。
レイが、今日一日にあったことを母親に話しているうちに、この話題になった。
「うん。他にも何人か友達がいて、その子たちと一緒にパーティーを組まないかって」
「……レイは、なんと返事をしたのですか?」
「すぐには決められないから、お母さんに相談するって言った。私としては、試しに何回か一緒に行ってみたいとは思ってる」
なるほど、と母親は頷く。
「……私個人の意見としては、あえて貴方が危険な目に遭うかもしれないことをしなくてもよいでしょう、と思っています」
「うん」
「ですが、貴女がやってみたいと思っているのなら、頭から否定するつもりはありません。試しに一緒に行ってみると言うのであれば、そうしてみたらいいと思います。ちなみにアルちゃん以外のメンバーは、どんな子なのか分かっているのですか?」
「ううん。それで明日、もう一度メイビーの宿に行って会ってみるつもりなの」
「そうですか。それなら、気をつけて行ってくるのですよ」
レイはコクリと頷き、そして翌日となった。