第9章 5
◇
ノーラは、リコの言葉を聞いて思わず天を仰いだ。
この少女は、なんということをしているのか。
「あ、貴女という人は……!」
自分の命を修一に渡したなどと。
そのせいで、あと数日しか生きられないなどと。
明らかにやり過ぎである。
合わせる顔がないなどという話ではない。
この子は、自分の命が惜しくないのか。
「どうして、そこまでするんですか!?」
ノーラは怒鳴る。リコの行いに、少なからぬ怒りを覚えたのだ。ともすれば自分の命を粗末にしているともとれる、その行いに。
「……あたしさ、燃える倉庫の中で血まみれの修一を見て思ったのよ。どうして修一が死んじゃうんだろうって。本当に死ぬべきなのは私のほうなのに、って」
リコは、俯いたまま呟いた。ノーラと顔を合わせようとしない。
「皆みんな、あたしのせいで死んじゃったのに、あたしだけのうのうと生きているなんて出来ないなって」
「――!」
「だからあたし、その時に一回そうしようと思ったの。そしたらそこに、どこからともなくゲドーの奴が現れてね。あたしに言うのよ、蘇らせてやろうかって」
ノーラはジッとリコを見つめている。リコはその視線を浴びながら言葉を紡ぐ。
「代わりに対価を払わなきゃいけないって言われたけど、その時のあたしにすれば、そんなことはどうでもよかったわ。あたしが捨てようとしていたもので修一が助かるっていうのよ? 藁にもすがるような思いでお願いしたわ」
「……でも、だからって」
「ノーラだってそうでしょう? 自分の勇気で大切な人が救えるなら、そうしたいと思うでしょう?」
「っ……」
ノーラは言葉に詰まった。それはまさしく、修一を助けるために化け物に付いていったときのノーラの心境そのものだった。
「それにあたしのは、もっと単純な話よ。誰かひとりを助けるために別の誰かが犠牲になる。その犠牲が自分だっていうだけの話よ。無関係の誰かを巻き込むより、よっぽどいいと思わない?」
「……リコは、」
絞り出すような声で、ノーラは問う。
「本当にそれでいいのですか……?」
リコは、ようやく顔をあげた。
「良いも悪いもないわ。そうするしかないから、そうするだけの話よ。あたしは、あたしなんかよりも修一に生きていてほしいの。……ただ、それだけの話よ……」
それに、とリコの続ける。
「仮に、修一の寿命が短くなってなくて、あたしがもっとこの世界で長生きできたとしても。やっぱりあたしは、修一に会うつもりはなかったわ。だって、もしも面と向かって修一に怒りを向けられたらって思うだけで、怖くて仕方がないの。想像ではなく現実として、修一に嫌われてるってことがはっきり分かってしまったら、あたしはきっと耐えられないわ……」
ノーラは、かぶりを振る。
「そんなこと、ありませんよ。シューイチさんは今でも貴女のことを大切に思っています。間違いなく」
「どうしてそう言えるの?」
「私は、酔った修一さんの口からはっきり聞きました。愛してるぞ、リコ、と。それがほんの数日前のことです。誰に聞かせるわけでもなく、寝言のように漏らした言葉が嘘であるとは思えません。だから私は、貴女のことを知りましたし、そう言ってもらえる貴女のことが羨ましかった」
「……そう、なんだ」
リコは悲しそうにしながらも、ほんの少しだけ安堵を滲ませて笑う。
「そっか、そうなんだ……、……良かった」
そしてそっと目元を拭うと、改めてノーラの目を見た。
「でも、それなら、なおのこと修一に会うわけにはいかないわ。あたしのことを大切に思ってくれてるなら、なおさら」
「それは、なぜ?」
「今の修一は、元の世界への未練を断ち切ってここに残ることを選んだのよ? そんなところにのこのこ顔を出して、その決断を揺らがせるようなことはしたくないわ。その未練の一端にあたしがいたかもしれないなら、余計にそう。新たな道を歩もうとする人間の前に、過去の亡霊は現れるべきではないのよ」
「…………」
「あたし、最初に言ったと思うけど、……今でも修一のことが好き。愛してるわ。だからこそ、修一には幸せになってもらいたいの。あたしのせいで一度人生狂わせちゃったから、今度こそちゃんと生きてほしいの。……だから、」
リコは、深々とノーラに頭を下げた。
「お願いよノーラ。貴女は修一の傍にいてあげて。修一の隣にいてあげて。ノーラなら、修一と一緒に幸せになってくれると信じてる。貴女が一緒にいてくれるのが一番良いって、あたしは心からそう思う。だからあたしは何度でもお願いする。修一のために」
「…………」
「……あたしの事なんて気にしなくていいから、アンタは自分が幸せになることを考えればいいのよ」
と、そこまで言ったところで。
リコの着ている服の中からチリリリン、と鈴のような音が鳴る。
リコはポケットから鏡を取り出すと、鏡面を叩いた。
「はいはい、そっちは終わり?」
《無事に終わったよ。そっちは?》
「こっちは……」
リコはチラリとノーラの顔を一瞥すると。
「うん、こっちも今終わったとこ」
「……!」
驚くノーラを横目に、そんなことを言った。
《グゲゲ、それなら迎えに行くよ》
「お願いね」
そういって通話を終えると、リコはソファから立ち上がった。
「表彰式、終わったってさ。修一が帰ってくる前に、ゲドーに迎えに来てもらうから」
「……」
「それじゃあね、ノーラ。修一のこと頼んだわ。もう会うこともないだろうけど、……お元気で」
別れの言葉を残して部屋から出ていこうとするリコ。
ノーラは――。
「……待ちなさい、リコ」
それを許さなかった。
リコの腕を掴み、立ち止まらせる。
「私は、まだ納得していませんよ」
「……ノーラも意外と頑固よね。納得するしないの問題じゃあないと思うけど」
嘆息するリコ。
そんなリコに、ノーラは問いかける。
「リコ。貴女がシューイチさんのためにたくさんのものを支払ったというのは、誰かに言われたからそうしたのですか?」
「はぁ? ……そんなわけないでしょ。確かに、提案してきたのはゲドーからだけど、それをするって決めたのはあたしの意思よ。あたしの意思で、修一を助けるって決めたの」
「なるほど。つまりそれは、貴女の自己満足だったということですね」
ノーラの言葉にリコは顔をしかめた。
「何が言いたいのよ。自己満足だから、いけないって言うの? 修一はそんなこと望んでなかったっていうの? 言っとくけど、あたしは自分が満足できそうにないことをするつもりは欠片もない――」
「いいえ、違います」
ノーラは、リコの腕を掴んだまま立ち上がった。
「自己満足であればこそ、私もそうするというだけのことです」
「……なんですって?」
「私は私のしたいようにします。――リコ」
そして断固とした眼差しでリコの目を見た。
「ここにゲドー隊長を呼びなさい。あの人に話があります」
◇
ゲドーが空間を切り開いて移動し、ノーラの家の正門前にやってきたところで、懐の鏡が鳴った。
傷だらけの男は鏡に応答し、二言三言会話を交わすと、通話を切った。
そして再び目の前の空間を切り開くと、その中に潜り込んだ。
次に出てきたところは、ノーラとリコのいる部屋の中である。
「グゲゲ、お呼びのようで」
ゲドーは、どこか楽しそうに笑っていた。
半ばまで裂けたあとで縫い合わせてある右頬が、細かく痙攣している。
「ゲドー隊長」
ノーラが、不安顔のリコをおいて一歩前に歩み出てくる。
果たして次の言葉は、単刀直入であった。
「リコの寿命を伸ばしてください。必要な対価は私が払います」
「っ――!?」
リコが唖然とした表情を浮かべる。
ゲドーは、いっそう楽しそうに笑みを深めた。
「……グゲゲゲゲ。そうかい、アンタが払うのか」
「はい。私に払えるものであれば」
ノーラは平然とそう答える。まるで、今晩の夕食の材料でも買うみたいな気軽さで。
「意外と高いかも知れないよ?」
「大丈夫です。値切り交渉は得意ですから」
「グゲゲ、値切られちゃあ困るな。一応、釣り合いの取れるようにしてるわけだし」
「では、ふっかけられたら適正価格まで落とします。覚悟してください」
「おお、強気だなぁ」
「最初から弱気で交渉する者などいませんよ」
「まったくだ。グゲゲ」
二人のやり取りを呆然と聞いていたリコは、ようやく気を取り戻した。
「ちょ、……ちょっと待ちなさいよっ!?」
ノーラとゲドーは二人してリコを見た。
リコは悲鳴のような声をあげる。
「なに勝手に話を進めてるのよ! あたしは、そんなこと望んでないわよ!?」
「そうなんですか?」
「アンタ、今まで何を聞いてたのよ!? あたしはもう――!」
「でも、それでは私が納得できません。だから私は、自分自身が納得できるように、やりたいことをやります。貴女の意見はこの際関係ありません」
「……!!」
「いいですか、リコ。はっきりと申しておきます。私は、貴女がいなくてはならないと思っています。これから先もずっと。シューイチさんや、私の傍に」
「なっ……」
なんで……、というリコの言葉は、今にも消えそうなほど小さかった。
「貴女がいなくなれば、シューイチさんが悲しみます。貴女がいてくれないと、私が納得できません。貴女が、私とシューイチさんの幸せを願うというのなら、つべこべ言わずにここにいなさい」
「なによ、それ……、そんなの……」
「そしてリコは何度も合わせる顔がないということを言っていますが……、それでも、顔を合わせなくてはなりませんよ。顔を合わせて、面と向かって言うのです」
「……いったい、なにを?」
決まっています、とノーラ。
「顔を合わせられないようなことをしてしまったと、……ごめんなさいと、きちんと謝るのです」
「……!」
「誠心誠意謝る。それをしなければ、貴女はいつまでたってもシューイチさんと顔を合わせられない」
「……でも、それは」
リコは泣きそうな顔で渋る。
ノーラは大きくかぶりを振った。
「リコ。さっきから貴女の話を聞いていましたが、……私にはどうにも言い訳に聞こえてなりません。シューイチさんに会って話をすることを、謝ることを、何かを言われることを恐れて、それを避けるための言い訳に」
「そ、そんなことないわよ! あたしは、本当に……!」
「そうだとしても、です。貴女は、シューイチさんの幸せのためだと言い訳をして、自分自身の心を誤魔化そうとしていませんか」
「そんな、そんなこと……」
「……では、聞きますが」
ノーラは静かにリコを見据えた。
「貴女は本当に、シューイチさんに会いたくないのですか? もう二度と会えなくても構わないと、本心でそう言うのですか?」
「…………!」
「話している間ずっと、苦しそうで、つらそうで、悲しそうで、痛そうで、……泣きそうな顔をしていた貴女の言葉が、本心だなんて、信じられると思いますか?」
ノーラの瞳。真っ直ぐだ。とても強くて、とても鋭い。なのにどこか優しくて、すごく、眩しい。
リコは、まるで修一のようだと思った。
あの男の決意的な眼差しに、とてもよく似ていると。
「あ、あたしは…………っ!」
リコの目から涙が零れた。ぼろぼろと大粒の涙が、止めどなく溢れだした。
顔をくしゃくしゃにして、しゃくりあげそうになって、涙を拭うこともせずに、――言った。
「修一と、………… 一緒に居たいよぉ」
「!」
「あたしも、もっともっと、修一の隣に居たい。会って、話をしたい。ごめんなさいって、ちゃんと言いたいわよぉ……!」
「……リコ」
もう、恥も外聞もなかった。
「会いたい、会いたい、……会いたいの。言葉を交わして肌で触れて、心と心で通じたい」
ただただ、泣いていたかった。
「だってあたし、――――アイツのことが、大好きなんだもん……!!」
それ以上は言葉にならなかった。
リコは両手で顔を覆い、わんわんと泣き出した。
そんなリコを、ノーラは強く抱き締めた。
強く強く。何も言わずにずっと。
親とはぐれて泣く幼子をあやすように。
死の恐怖と戦う患者を励ますように。
自分の胸の中で震えて泣き続ける少女を、ひたすら優しく抱き締める。
それは、以前に自分が、ウールからそうされていたときと同じものであった。
そこに。
「……グゲゲ、話は纏まったようだ」
「……はい」
ゲドーが、待ちかねたように声をかけた。
「それじゃあ早速、取引と行こうか」
「お願いします」
ゲドーはひとつ、指を立てる。
「まずはじめに言っておくが、今回リコの寿命を伸ばすというのは、元々リコが持っていた命を張り直す、ということにはならないよ。あれはリコから剥いだあと修一の魂に張り付けてあるから、あれを剥ぐと修一が死んでしまう」
「……では、」
私の命を使ってくれればいい、と言おうとしたノーラを、ゲドーは手で遮る。
「まぁ、慌てなさんな。今回は、これを使う」
「……それは?」
「これかい? これはつい先日、たまたま偶然、運良く手に入ったものだよ。呼び名は色々あるけれど、とりあえずこの場では、命のカケラ、とでも呼ぼうか」
ゲドーが懐から取り出してみせたのは、ツルツルとした赤い石だった。
それは、先日の化け物退治の際にゲドーが、ヴィラから譲り受けたものだった。
「聖国の大神殿では、自分たちが退治した化け物を完全に消滅させる儀式を行うための祭壇があるらしいが、その儀式の最中に化け物の亡骸から絞り出される命を、錬金術師たちが結晶化させたりするそうな。それは、血のように赤い色をしていて、同量であればどんなに高純度の魔晶石と比べても、比較にならないエネルギーを内包している」
「それが、そうだというのですか」
「グゲゲ、そうだよ。これ一個で、……そうだな。人間なら三十年分ぐらいの命と等価になるな」
「……!」
三十年。それは、人ひとりの半生といっても過言ではない長さだった。
ノーラは、ゲドーに確認する。
「リコの寿命も、それだけ伸びるということで間違いありませんね?」
「もちろん。……心配しなくても騙したりしないよ。オイラはそういうの嫌いだからね。グゲゲ」
「……分かりました。それならそれで構いません」
ノーラが頷いたのを見てゲドーは、赤い石を手にリコに近付く。
気配に気付いて、泣き顔のままリコは顔を上げる。
「ほら、どうぞ」
「あ……」
リコの手を取って、赤い石を乗せてやる。
石は、リコに触れたとたん溶けるようにして小さくなっていき、あっという間になくなった。
リコの身体に溶け落ちていったのだ。
リコは、掌から体内へ、じんわりとした熱が伝わっていくのを確かに感じた。
支払って空っぽになっていた命が新たに充たされていく感覚に、リコは再び涙を流した。
「……暖かい。暖かいわ、……ノーラ」
「はい」
「……ありがとう。本当に、暖かいの……」
「……はい」
そのまま、再びノーラの胸に顔を埋める。
今度の涙もしばらく止まりそうになかったが。
「…………」
リコは、しばらくこのまま、泣いていたかった。
心の奥が暖かくて暖かくて、春の山の湧き水のように溢れる涙が、今だけは気持ち良かったから。
「……さて、オイラはそろそろ帰ろうか。いい加減修一も帰ってくるだろうし、お邪魔虫になるつもりはないよ」
しばらくして、ようやくリコが泣き止んだのを見てゲドーが呟く。
リコの顔をハンカチで拭いてやっていたノーラが、思い出したように訊ねた。
「そういえばゲドー隊長、結局私は何を対価として支払えばいいのですか?」
ノーラには、あの赤い石に釣り合うだけの何か、というものがなんであるか想像も付かない。だから、果たしてどんなものを要求されるのだろうかと考えながら、そう訊ねた。
しかし。
「あぁ、対価ならもう貰ってるよ」
「えっ?」
「これこれ」
そう言って掲げられたゲドーの右手には、確かに何かが握られていた。
それは、銀色の細いチェーン。
そしてそれにぶら下がる、小さくて透明な水晶。
「あれ、それは……?」
ノーラはそれに見覚えがあった。というか、先程まで確かに首に掛けておいた、修一から貰ったペンダントだ。
ノーラは慌てて自分の胸元を触ってみるが、案の定というか、やはりペンダントがなくなっていた。
いつの間に取られたのだろうか。いや、それよりも。
「それで、構わないのですか……?」
もっと高価で稀少なものでも要求されるのかと思っていたノーラは、拍子抜けしたように確認する。
確かにそれは、ノーラにとっては非常に大切なものだが、価値としては大したことない、安物である。
ゲドーは、「グゲゲッ」と笑いながらペンダントを懐にしまった。
「もちろんさ。これだけ強い想いが籠った物なら、対価としては十分だよ」
「そう、ですか……」
「グゲゲ、それにこのペンダントには、オイラにとっても価値がある」
「それは、どんな?」
ゲドーは、心底嬉しそうに答えた。
「あの人が居た形跡がある。それだけで、オイラにとっても宝物だよ」
「……ああ、」
ノーラは、ゲドーの言う「あの人」が誰なのか、すぐに理解した。
「師匠さんと、知り合いなんですか」
「知り合い、とは少し違うかな。オイラのほうが一方的に用がある感じだよ」
返し切れない恩義もね、と。
それだけ言い残してゲドーは姿を消した。
空間を切り開いて、どこかに言ってしまったようだ。
「……ねぇ、ノーラ」
リコに呼ばれてそちらを見る。
「あたし、ちゃんと修一と話をするわ。なんて言われるか分からないけど、もしかしたら、その、嫌われちゃうかもしれないけど。それでも言うわ、今度こそ」
「……」
「ここまでしてもらって、それでもうじうじ言って逃げてたら、女が廃っちゃう。あたしはもう、逃げない」
リコは、力強く笑っていた。
それこそが、リコ本来の笑顔なのだと、ノーラにはよく分かった。
「……ええ、頑張ってください」
だからノーラは微笑んで、頑張れと言う。
ところが。
「なに言ってんの。アンタも頑張るのよ」
「え……?」
「あたしの話が終わったら、ノーラの番だからね」
「わ、私の?」
当たり前でしょ、とリコは腕を組む。
「修一に告白するのよ。ノーラは」
「……は?」
「あたしにここまで言っといて、自分だけ逃げるなんてなしよ。アンタはアンタで、自分の想いを伝えなさいよ」
「え、いや……、その……」
今度はリコが、ノーラの腕を掴む。
「ほら、そろそろ帰ってくるって言うんだから、出迎えに行くわよ。善は急げ、だわ」
「ちょ……、ちょっと待ってください! そんな、急に!」
「大丈夫よ! 告白の時はあたしが一緒にいてあげるから! だからノーラもあたしが話すときは一緒にいてよね! ね!?」
「リ、リコ、それが本当の目的ではないでしょうね!?」
「んなわけないわ! 気のせいよ!」
リコは応接室を飛び出して、ノーラをぐいぐいと引っ張っていく。
ノーラは、抵抗らしい抵抗もできずにリコについて廊下を歩き、玄関ホールまで連れてこられてしまった。
「…………あ、おかあさん……? と、……だれ?」
そこには、レイがひとりでちょこんと立っていた。
レイは、ノーラとリコの姿を見て小さく首を傾げた。
「こんにちは、アンタがレイちゃんね。あたしはリコよ。よろしく」
「? …………よろしく?」
「あたしのことも、お母さんって呼んでもいいのよ?」
「???」
レイは、「この人なに言ってるんだろう?」みたいな目でリコを見つめた。
気にせずリコは、レイの頭を撫でた。
「なによノーラ。実際に見たら滅茶苦茶可愛いじゃない」
「ええ、まぁ、はい」
と、そんなこんなを話していると。
ガチャリ、と玄関の扉が開いた。
「ただいまー、疲れたー」
最初に入ってきたのは、金髪の少女。メイビーだった。
メイビーは、玄関にいたノーラとレイを見つけて声を掛け、一緒にいたリコを見て不思議そうに会釈した。
そして。
「ただいま」
次に入ってきた黒髪の少年、修一は。
「ああ、ノーラ、ちょうど良かった。話が…………?」
リコの姿を見て、動きを止めた。
肩に担いでいた重そうな袋、二人分の褒賞金の入った袋をどさりと床に落とした。
「お、おかえり、修一」
「……おかえりなさい、シューイチさん」
二人にそう言われても、修一は動かない。
事情を知らないメイビーが「え、なにこの雰囲気?」みたいに思っているが、空気を読んで口には出さなかった。
やがて修一が、おそるおそる口を開く。
「まさか……、…………梨子か?」
リコは緊張した様子で頷いた。
「うん、そうよ。……ごめんね、心配かけて」
「…………」
その言葉を聞いて、修一は――。
※ 今日中に次話を投稿します。