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第9章 2

 ◇




「俺を、騎士団に入れてほしい」


 柔らかい笑みを浮かべて見つめてくるアレックスに対して、修一ははっきりとそのように告げた。


 騎士団に入れてほしい。自分を、アンタたちの仲間にしてほしいと。

 おふざけや冗談といった雰囲気は微塵も見せず、真剣な表情で願い出た。


 アレックスは笑みを浮かべたまま、困ったように頬を掻いた。


「うーん、いきなりだね。どうしてまた、そう思ったのかな?」


 修一は、何か言おうとしたメイビーを手で制して、さらに続ける。


「ここが一番、良さそうだと思ったからだ。この国に住んでこの町で働くなら、ここが一番な」


 その言葉に、デザイアが怪訝そうな表情を浮かべた。


「シラミネ。お前、この国に住むつもりなのか……?」

「ん、ああ、そうだよ。ダメか?」

「いや、そうじゃない。ただ、お前、この国で用事を済ませたら故郷に帰ると言っていたじゃないか」


 もう一月ほど前になるか。サーバスタウンの病院内で、修一は確かにそのように言っていた。

 だからその時は、少々残念に思ったものだが……。


「そうだな。でも、お前はその時にこうも言ったはずだ。――もし帰れなかったら騎士団に入らないか。お前なら歓迎するぞ、と」


 その際、デザイアは修一を一度騎士団に誘っているのだ。そして修一は、もし帰れなくなったらその時に考えるよ、と答えていた。


「故郷には、帰らない。――帰れなく(・ ・ ・ ・)なった(・ ・ ・)からな。だから考えて、この騎士団で働きたいと思った。ここならまだ、俺の(・ ・)いる意味(・ ・ ・ ・)がある(・ ・ ・)

「……?」


 デザイアは、修一の言い方に困惑を覚えた。

 なにか、まるで、それ以外に自分の価値がないと思っているかのように聞こえたからだ。


 そんな困惑を助長するようにして、修一はさらに言い募る。


「なぁ、頼むよ。俺だって無理を言ってるとは思うんだけどさ、俺には他の方法が分からないんだよ。どうしたらいいか分からなくて困ってるんだ。俺を助けると思って、認めてくれないか?」

「……君は、何に困っているというんだい?」


 アレックスの問いかけに、修一は淡々と答えた。


「生きる理由がないんだよ。今の俺には」

「――!?」


 メイビーが、弾かれたように修一の顔を見た。


「だから、理由がほしい。俺がこれから先を生きていくための理由が。俺自身が、生きていてもいいと思えるような理由が」

「……」

「で、そう考えると、俺はまず俺に出来ることをやっていくべきだという結論に達した。つまり戦うことだ。そして、どうせ戦うなら、誰かのために戦いたい。俺は、この国のために戦うことを、新しい生きる理由にしたい」

「……騎士団に入団するということは」


 アレックスは、笑みを浮かべたまま、ゆっくりと目を細めた。


「この国に対して、心からの忠誠を誓ってもらうことになるよ。君は、それができるのかい?」


 修一は頷く。


「願ったり、だ。というよりも、俺はそうしたいって言ってるんだぜ?」

「……そうか」


 それなら、とアレックスは提案する。


「簡単なテストをしようか」

「テスト?」

「そう。ここじゃあなんだから、近衛騎士団用の訓練場にでも行こう」

「待て、なにをする気だ?」


 アレックスはニコリと笑う。



「僕と、軽く手合わせしてもらおうか。それで僕を納得させることができたら、僕の権限で君を入団させてあげよう」




 ◇




 ノーラは、リコと名乗る少女の言葉に、ある部分では納得し、ある部分では動揺した。


 彼女が、修一の言っていたリコという女性であることは、なんとなく予感できていた。

 女の勘、というものとは少し違うのかもしれないが、とにかく、そうではないかと思えていたのだ。


 ただ、その名乗りのあとの部分で、どうにも聞き逃せない単語があった。


 妻。修一の妻と言ったのか、この少女は。


 真偽のほどは定かではないが、取り敢えずノーラは、先制パンチを喰らったような気分になった。


「どうしたの? 鳩が豆鉄砲喰らったみたいな顔して」

「……い、いえ」


 豆鉄砲とはなんだろう。ノーラはちょっと混乱する。

 ああ、そうか、とリコは手を叩いた。


「妻といってもあれよ。籍入れてるわけじゃないからね? 今のところは自称よ、自称」

「あ、……そうなんですか?」

「修一はまだ学生だったし、卒業してからしようかなーって、思ってたわけよ」

「なるほど……?」


 けらけらと笑うリコに、そうなのか、とノーラは少しだけ落ち着く。

 紛らわしいことを言うのはやめてほしかった。


「まぁ、一緒に住んでたしヤることもヤってたんだけどね。心配することはないわ。安心して」

「…………はぁ、」


 その言葉のどこに安心する要素があるというのか。

 ノーラには分からなかったが、とりあえず、話を進めようと思う。


「えっと……、私に相談したいこと、とはいったいなんでしょうか?」


 ノーラは、自分も応接室のソファーに腰を下ろしながら問うた。


「あ、そうそう、それなんだけど。まぁ、あれだわ。なんとなく何の話かは分かってると思うんだけど」

「……」

「修一のことでね、アンタに相談があるのよ」


 やはりか、とノーラは思った。

 逆にその事以外でリコがコンタクトを取ってくる理由がない。


「アンタが修一のことをどう思ってるか、それはあたしも知ってるつもりよ」

「……はい」

「でも、それはあたしだって同じことよ。あたしも、修一のことが好き。大好きだわ。心の底から愛してるの。……そしてだからこそ、ノーラに相談、というかお願いがあるの」

「……それは、」


 私に、修一さんのことを諦めろというのですか。


 ノーラは、おそらくそういうことだろうと考えた。それ以外に、言われるであろう言葉が見つからない。

 果たしてリコの言葉は、こうだ。



「あたしはね、ノーラ。アンタに、……修一のことを任せたい(・ ・ ・ ・)の」

「…………え?」

「お願いよ、アイツをもう、ひとりに(・ ・ ・ ・)しないで(・ ・ ・ ・)あげて」

「…………」



 ノーラは、思わず面喰らう。


 リコの言葉は、ノーラの思っていたものとは真逆であった。


「アンタになら任せられる。だから、お願いしにきたの。ノーラ。これからもずっと、修一の傍にいてあげて。アイツはアンタたちを助けるために、この世界にいることを選んだ(・ ・ ・)の。元の世界への未練を断ち切っちゃったのよ。向こうへ還って(・ ・ ・)しまって(・ ・ ・ ・)いた魂(・ ・ ・)を肉体に引き戻すために、向こうの世界との因果を完全に消し去っちゃったの……」


 リコは、切々と言葉を続ける。


「だからアイツは、もう帰れない。元の世界との繋がりがなくなったから。もう、向こうの世界では誰も修一のことを覚えていないし、アイツがそこにいた事実さえ失くなってる。生まれていなかったことになってるのよ」

「ちょ、ちょっと待ってください」


 ノーラは、リコの言葉を遮る。

 リコの言っていることの意味が、よく分からなくなってきた。


「なぜ、シューイチさんはそんなことをしたのですか。あれだけ、元の世界に帰りたがっていたのに」

「だから、アンタたちを助けるために、」

「そうではなくて、どうして、そのようなことをしなければならなくなったのか、と聞いているのです」


 「あれ?」とリコは疑問符を浮かべた。


「もしかしてノーラ、修一が化け物に一回殺されてるって、知らないの?」

「なっ――!?」


 ノーラは、これでもかといわんばかりに目を見開いた。


「あ、知らなかったんだ。……あー、そうか。ノーラが化け物たちに拐われたときは、まだ修一は生きてたのね。騎士団本部に連れてこられたときには、完全に死んでたらしいけど」

「いや、え……、」

「騎士団の連中とか、何人かは修一が死んでたって知ってるはずだけど、誰も教えてなかったかー。まぁ、今のアンタのリアクション見てたらそうした気持ちも分からんでもないわ」

「……その、」

「あ、今の修一はちゃんと生きてるわよ。剥いであった魂を入れ直したから。ただ、それだけだと結局ほんの数日ぐらいしか生きられないみたいだから、能力への対価にする分も含めて、魂を引き戻すために未練を捨てたみたい」


 「つまり、」とリコ。


「この世界でも死んでしまった以上、きちんと生き返るには元の世界との因果が邪魔だった、ということよ」

「……そうですか」


 ひとまずノーラは頷いた。

 色々と気になるところはあるが、今はおいておく。


「それで、どうかしら。修一のこと、お願いしていい?」


 再度問うてくるリコ。

 ノーラは一番気になることを確認する。


「貴女は、なぜ、私に頼むのですか」

「だから、ノーラなら、」

「違います。貴女は、……リコは、シューイチさんの傍にいてあげられないのですか?」


 リコは一瞬真顔になり、それから「あはは」と力なく笑った。


「あたしは無理よ。会わせる顔がないし」

「それは、どうして?」

「……だって、」


 困ったような、泣きそうな顔を浮かべてリコは言う。



「修一が向こうの世界で死んじゃったのってさ、――あたしが原因なのよ」




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