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第9章 リコ

 第9章開始します。

 このまま年内完結に向けて頑張ります。

 ◇




 聖暦八百十年九月二十五日午後一時三十五分。

 ブリジスタ皇室皇居、来客控え室。


 もう間もなく行われることになっている表彰式の、参加者がそこで待機している。


 部屋の中で待機しているのは二人。

 どちらも若い、少年と少女だ。


 一人は短めの黒い髪の少年。服装は黒の詰襟服とスラックスで、用意されている椅子に浅く腰かけて座り、背もたれに身体を預けて天井を見ている。


 もう一人は短く切り揃えられた金髪の少女。深い群青色のワンピースドレスは足首まで覆い隠すぐらいの長さで、足元は同系色のパンプスシューズ。少し前からそわそわと忙しなく、控え室の中を歩き回っていた。


 少年が、少女に呼び掛けた。


「さっきから、なにそわそわしてんだよ」

「いや、ちょっと、緊張してきた……」


 少女は、先程から何度となく鏡を見つめては整えている前髪を再びいじりなから、少年にそう答えた。


「へぇ、お前も緊張とかするのか。意外だな、メイビー」

「するよ。当たり前じゃん。そういうシューイチこそ、緊張したりしないの?」


 問われた少年―― 修一は、チラリと少女――メイビーを見やる。

 表情には、緊張の「き」の字も浮かんでいない。


「別に。だって、ちょろっとお話聞いて貰うもん貰うだけだろ? こっちが特に何か言う必要もなければ、難しいこと聞かれるわけでもないんだ」

「そうだけどさ……。でも、この国で一番偉い人の前に出るんだよ? なんか粗相したら大事になるかも……」

「普通しねーだろ、そんなこと」

「それにシューイチ、まさかとは思うけど、式の場でもそんな言葉遣いしたりしないよね?」


 修一は露骨に顔をしかめた。


「俺のこと馬鹿にしすぎだろ。大丈夫だよ、セドリックさんにあれだけ言われたら、さすがに気を付けるよ」

「本当に……?」


 メイビーは疑わしげに眉を寄せる。見るからに信用していないという顔だ。


「それよか、お前こそ気を付けろよ。普段着ないような服着て、うっかり裾踏んで転けたらいい笑い者だぞ?」

「う……、ううー……」

「あとそれ、終わったらフローラさんに返すんだろ。汚すなよ」

「もう、分かってるってば!」


 拗ねたようにプイッと顔を背ける。分かりやすく頬まで膨らませていた。修一は、本当にこいつ俺より歳上なのか、と今更なことを思った。


 そしてそれからしばらくして。


「失礼します。そろそろ式の会場に移動をお願いします」


 こちらもぴしっと正装した、見るからに上品そうな老紳士が二人を呼びに来た。

 修一は伸びをしながら立ち上がり、メイビーはグッと腹を括ったような顔で返事をする。


「はいよ」

「……はい」


 二人は控え室を出ると、老紳士のあとに続いて廊下を歩き、やがて大きな扉の前に着く。


「では、中に入ってお待ちください」


 そう言われて、開けてもらった扉の中に入る。中は広々としたホールになっていて、正面の壇上にはこの国の国旗が大きく掲げられている。足元の絨毯はふっかふかで、足音が全然たたなかった。


 中にはすでに何人もの人がいた。ほとんどが、修一たちの知った顔、ブリジスタ騎士団の面々である。彼らは皆、式典用の装飾品を付けた団服を着て無言で並んでいる。


 修一たちは、横一列になって並ぶ列の最後尾に取り敢えず並ぶ。

 それから、じっと式が始まるのを待っていると。


「……それでは皆様、お待たせ致しました」


 司会役の男性が壇上横に現れた。

 男性は、朗々とした声で宣言する。


「これより、特別戦功褒章の授与式を行います」



 そうして、式が始まった。




 修一が化け物(ヴァンパイア)を倒した日から二週間ほど。その間、ブリジスタの首都スターツでは町の復興活動が盛んに行われていた。

 壊された建物の再建、傷付いた人々の治療。亡くなった人々の弔いはまだまだ続いているし、家族や友人を喪った人々の悲しみはいまだ癒えない。


 それでも人々が明るくいられるのは、もう化け物どもの影に怯える必要がないからだ。

 騎士団の公式発表によれば、今回の騒動を引き起こした化け物の親玉は完全に討伐され、残党も残っていないという。


 騎士団団長の何人かが大きな負傷をしたものの、命懸けで職責を果たした団長たちに市民は深い感謝の念を送り、そしてその活躍を讃えた。


 そして復興も一段落ついた今、首都防衛戦と討伐戦にて活躍した者たちに対して、国からの表彰が行われる運びとなったのだ。


 で、数日前、なんだかんだでノーラの実家にご厄介になっていた修一とメイビーの元に、ブリジスタ皇室からの封書が届いた。

 中を確認してみれば、今回の表彰式に出席し、褒章の授与を受けてほしいとの内容であったのだ。

 騎士団の団員以外で特に功績のあった者に対しても、章を与えることになっているらしい。


 修一は、特級特別戦功褒章。

 メイビーは、二級特別戦功褒章をそれぞれ貰えることになっていたし、それに合わせて褒賞金も渡してくれるのだそうだ。


 ちなみに、ヴィラは褒章を貰わない。彼女は決着の日の翌日には国に帰っていた。なるべく早く大聖堂に行かねばならないし、元々非公式で活動している身らしく、あまり人前に出ることはできないのだとか。

 そのため、ヴィラの分の戦果もメイビーの功績に足されていて、褒章の級位がひとつ上がっていた。


 メイビーは、悪いなぁとも思いつつ、貰えるものは貰っておこうと思って式に出席している。

 修一の隣に並んで、他の人たちが順番に壇上に呼ばれているのを眺めた。


「続いて、チャスカ・キャリー第三騎士団団長殿」


 呼ばれたチャスカがゆっくりと壇上に上がる。ひどく歩きづらそうだったが、介添えは断っていた。


「貴殿に、一級特別戦功褒章を与える」


 壇上に立っている、威厳溢れる姿の男性。ブリジスタ国の皇王陛下から、直々にチャスカの首にメダルが掛けられた。


「……慎んで、お受け致します」


 チャスカは深く頭を下げると、ゆっくりと壇上を下りた。

 それを見守っていたデザイアが、少しだけ目元を潤ませていた。


「それでは続きまして、外部功労者の表彰を行います。――メイビー・シュトラウスキー殿」


 自分の名前が呼ばれて、メイビーは静かに壇上に向かう。

 壇上に上がると、陛下の隣に女の子が立っていた。

 年の頃は十二、三歳ぐらい。きちんと正装し、緊張した面持ちで陛下に並んでいる。


「二級特別戦功褒章を与える」


 そして陛下の言葉に合わせて、女の子が前に出てくる。手には、他の人たちが貰っていたものと同じメダルが収まっていた。どうやら、この子がくれるらしい。


「ど、どうぞ」


 慎重な手付きで首に掛けてくれる。

 メイビーは、ぎこちない動きながらもきちんと礼をした。


「ありがとうございます」


 メイビーの言葉に、女の子は嬉しそうに微笑んだ。

 きちんと出来たと理解したのだろう。

 その様子に、メイビーもほっとした。


 ――もしかして、陛下の娘さんなのかな?


 壇上から下りながらそう思う。

 そしてその予想は当たっていた。

 彼女は、皇王陛下の末の娘である。今回の式典が、生まれて初めての公式の場での活動だったのだ。ドキドキもひとしおであったことだろう。


 メイビーが列に戻ると、今度は修一が呼ばれて壇上に上がっていった。

 メイビーは、なにか余計なことでも言いやしないかと、ちょっとドキドキしながらそれを見守る。


 結論から言えば、修一は何も粗相をしなかった。


 静かに壇上に上がり、陛下からお言葉を賜り、皇女殿下からメダルを戴く。

 セドリックさんに習ったらしく綺麗な動きで礼をすると、皇女殿下にお礼を述べる。


「ありがとうございます。殿下のお手から戴けるとは、光栄です」


 真っ直ぐに見つめられて、そんなことを言われた殿下が多少恥ずかしそうにしていたぐらいで、特に問題らしい問題は起きなかった。


 そしてこれで全員分の表彰が終わった。

 陛下も殿下も壇上から下りて姿を消し、司会役の男性が閉会の挨拶を行う。


「これにて、褒章授与式を終わります」


 そうして、式典は無事に終わった。

 メイビーは内心でホッとした。

 修一が余計なことをしなかったのと、自分も変なことをしなかったからだ。


 さあ、あとは褒賞金を受け取って帰るだけだ。


 そう考えたメイビーの横で、ふいに修一が口を開いた。



「なぁ、ちょっといいか?」



 それは、部屋の中にいる人間に対して、誰とはなしに投げ掛けた言葉だった。


「この中に、騎士団で一番偉い奴っているか?」


 それは、彼の普段の口調で、そして不躾な内容の言葉であった。

 メイビーが、「ちょっと、シューイチ?」と言うが、修一はそれを無視した。


「いないなら、この中で一番偉い奴でもいい」

「それなら、……僕になるかな。一応ね」


 修一の言葉に応じたのは、赤髪の優男。

 第一騎士団団長、アレックス・アークフレアだ。


 修一は、アレックスに向き直った。


「アンタに頼みがある」

「なんだろうか。それは、僕に出来ることかい?」

「分からない。ただ、頼むべき相手というのも分からないから、アンタに頼む」


 修一は、頼みというものを口にした。



「俺を、――騎士団に入れてほしい」




 ◇




 自室で書き物をしていたノーラのところに、来客が見えているとの連絡が届く。


 それを伝えてきた家政婦のデイジーによれば、相手は少女と呼ぶべき若い女性で、なんとも薄気味悪い男に連れられてこの家に来たという。


 ノーラは、待たせている応接室に向かいながら、ふと、ある予感を胸に抱いた。


 訪問者とは面識がないはずだが、心当たりはあったのだ。


 果たしてその予感は、応接室に入ったことで確信に変わった。


 ソファーに座って待っていた少女は、ノーラを見るなりこう言ったのだ。


「ああ、アンタがノーラなのね。初めまして。あたしの名前はリコ(・ ・)



「白峰修一の()よ。……今日はアンタに、折り入って相談があるの。話を聞いてくれる?」




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