第3章 9
◇
「え、どういう事?」
「俺がアイツを誘ったんだよ。場所と時間を指定して、戦いたいなら来いって」
修一も剣を抜きながら、メイビーの疑問に答える。
「シューイチさんがあの部屋でわざわざ相手に聞こえるように剣を探そうと言っていたのは、この男をこの場所に呼ぶためです」
「ええ? そうなの?」
メイビーはいまいち状況が呑み込めていないようだが、すでに臨戦態勢に入った目の前の二人は、ジリジリと間合いを詰めている。
「そう言えばアンタ、持ってきてるのか?」
「ああ? ああ、これの事か?」
ワイズマンは慎重に剣から片手を離し、腰の後ろから何かを取り出す。
それを見たメイビーが目を見開いた。
「ああっ! それは僕の!」
「なんだ、やっぱり拾ってたんだな、メイビーの言う通りか」
「俺の部下は拾っちゃいねえよ。
俺が拾って、誰にも言ってなかったからな。
ボスが知ってれば、それも返してやれと言いかねなかったから、丁度良かった」
ワイズマンに放られた小剣は地面の上を滑り、ワイズマンの後方にある壁に当たって止まる。
そして、それを合図にするかのように剣を構えた二人は一気に距離を詰め、お互いの剣を打ち合わせた。
「あれが欲しいなら、俺を倒すことだな」
「言われんでも」
「はっ、生意気な」
鍔迫り合いをしながら言葉を交わした二人の男は、お互いが相手を弾き飛ばすように剣を振り、距離を取る。
修一の、この町における最後の戦闘が始まる。
ワイズマンが先んじて踏み込みながら剣を真っ直ぐに突き出す。
首元に向かって伸びてくる剣先を横に避け、斬り返そうとした修一だったが、
「うおうっ!?」
伸びきったところで剣を横に振るわれ、咄嗟にしゃがんで回避する。
中腰の不安定な体勢になった修一が立ち上がるより早く、今度は上から剣を叩きつけるワイズマン。
斧で薪を割るかのような強烈な打ち下ろしを剣で防いだ修一であったが、ワイズマンはそのまま押し込むように体重を乗せていく。
「シューイチ!」
上から押されて膝を地面につけた修一にメイビーが魔術で援護しようとするが。
「バカ! 無駄に手え出すな!!」
修一が怒鳴って止めた。
修一は膝立ちの姿勢まま、相手の剣を受け止める力を抜いて剣の先端を下に下げる。と同時に、片足を後ろに引きながら身体を捻り相手の剣筋を躱す。
押し返す力が急に消えたためワイズマンの剣は修一の剣の上を滑り、下げられた剣先を辿って地面に叩きつけられた。
「うりゃあっ!!」
一気に立ち上がりながら逆風に剣を振るう修一。
ワイズマンは咄嗟に後ろに下がるが、それを見た修一は好機とばかりに目を光らせる。
振り上げた剣を引き戻しながら、下がるワイズマン以上の速さで前に進み、間合いを詰める。
もはや剣を振ることが出来ないほどの距離まで近づくと右手の五指を伸ばして目潰しを繰り出す修一。
上体を逸らして目潰しを躱そうとしたワイズマンは、唐突にバランスを崩した。
修一は、目潰しを囮にしてワイズマンの意識を上半身に向けさせ、疎かになった足元を狙っていたのだ。
ワイズマンの両足の間に自分の右足を滑り込ませ、ワイズマンの右足と踵同士を合わせると、膝から下の動きで足を引っかける。
右足が地面から離れればそのまましゃくり上げるように右足を引き上げ、上体を後ろに反らしていたワイズマンは、結果として背中から地面に倒れこんだ。
「ぐあっ!」
咄嗟に受け身を取ったワイズマンはダメージこそないものの、転倒したままの体勢がいかに不利であるかをよく知っていた。
修一はお決まりの踏み付けで追撃を行おうとしたが、ワイズマンが受け身の勢いを利用して後転し、体勢を整えたため距離を取ることにした。
ゆっくりと立ち上がるワイズマン。
修一は剣を正眼に構え、油断なく相手の動きを視界に収める。
「流石に強いな、引きずり倒した相手にトドメを刺せなかったのは久しぶりだ」
「はっ! テメエこそな。
一人で来て正解だったぜ、俺以外の奴じゃあ相手にならねえ!」
「ふーん? てっきり、どっかに伏兵でも置いてんじゃないかと警戒してたんだけどな」
先ほど修一がメイビーを止めたのも、伏兵による奇襲を警戒してのことである。
残り僅かな魔力を使い切ってしまっては、いざという時に対応が出来なくなる。
「そんなみみっちい真似しねえ。
それに、部下を連れてきてたらいくらなんでもボスにバレちまうからな」
「なるほど、尤もだ。――メイビー!」
「な、何!?」
「コイツとは一対一でケリを付ける! そっちは任せたぞ!!」
「ええっ!?」
修一は伏兵に対する警戒を止め、ノーラの安全確保をメイビーに委ねた。
戸惑いの声を上げるメイビーと呆れ混じりのため息をついたノーラを気にすることなく、修一はワイズマンに斬りかかる。
ワイズマンも剣を振るい、大きな金属音とともに剣が打ち合わされる。
修一は、相手と剣を打ち合わせたままの状態から、剣を下に滑らせる。
ワイズマンの剣上を滑らせそのまま手首を叩こうとしたが、それに気付いたワイズマンは手首の返しで剣を回し、鍔で受け止める。
そこからワイズマンが剣を水平に大きく振り、後ろに下がって避けた修一を追いながら今度は袈裟斬りに斬りかかる。
二撃目を剣で防御した修一は、下がれば下がるほど不利になると考え、前に踏み込む。
防御に剣を用いたため両手が塞がっている修一が飛び込んできたのを見て、ワイズマンは蹴りと足払いに注意しようとし――。
「だりゃっ!」
いきなり頭突きをされた。
流石に予測していなかったためか、額と額で激しくぶつかり合い、その衝撃で一瞬目がくらむ。
修一は素早く姿勢を整え、身体を一回転させながらワイズマンの右胴を叩くべく横一文字に剣を振るう。
山中で、山賊のお頭を戦闘不能にした技だ。
だが、直撃する直前に視界を取り戻したワイズマンは右手に持っている剣を逆手に持ち替えながら脇腹に沿わせ、それと同時に左方向に飛び退く事で剣戟の威力を殺した。
剣と剣の衝突による凄まじい金属音とともにワイズマンが吹き飛ぶが、自分で飛んだため大したダメージは入っていない。
それが解っている修一は、壁際まで飛び退いた男が素早く構え直して突っ込んでくるのを当然の事として受け入れ、再び打ち合いになる。
「よく耐えたな!!」
「やかましい!!」
ワイズマンと修一が交互に剣戟を繰り出し、交互にそれを防ぐ。
それが幾度となく繰り返されるが、お互いに決定打とはならないどころか、まともに剣が当たっていない。
正面からの打ち合いでは、双方とも防御力が攻撃力を上回るような状況になっている。
「喰らえっ!!」
ワイズマンが修一の僅かな隙を付いて右腕一本で首元を突く。
ワイズマンの突きは、基本的に急所しか狙わない。
目や首、心臓などを躊躇いなく狙い、恐るべき精度で突きを放ってくる。
修一からすれば、狙われるところが分かっているのだから逆に防ぐのは簡単なのだが、それでも一撃一撃を全力で繰り出してくるため、神経を削られる。
僅かでも、避け損なうか受け損なえば、その時点で終わる。
それが解るからこそ、その突きを丁寧に防ぐ。
そして、防ぎながらも前に出るのだ。
突きの為に伸びきった右腕の手首を左手で掴み、大きく自分の後方に引き出しながら、身体を半回転させワイズマンの懐に潜り込む。
そこから背中を密着させ、右肩と腰でワイズマンの身体の重心を捉えると、右足を後方に蹴り上げ、相手の身体を持ち上げる。
「はああ!」
そのまま一本背負いの要領で地面に叩きつけ、修一は右手に握った剣で、掴んだままの右手首を打とうとするが。
「離せえっ!」
ワイズマンが手首だけで剣を動かし斬りつけてきたため、慌てて手を離す。
その隙に起き上がったワイズマンが大上段から振り下ろし、それを防いだ修一と再び打ち合いとなる。
そのまま何合も剣と剣を打ち合わせ、最後には鍔迫り合いを行う。
今度はお互い弾き飛ばそうとはせず、剣と剣が擦れ合う音を立てながら押し合っている。
どうやら力比べのつもりのようだ。
「アンタ、なかなか、鍛え、てんだな」
「ああ!? テメエこそ、ガキのくせに、ヤルじゃ、ねえか」
十数秒間続いた鍔迫り合いは、痺れを切らしたワイズマンが修一を蹴り飛ばしたことで終わった。
ワイズマンのヤクザキックを防御した修一はそのまま後ろに跳び下がり、三メートルほど離れたところで止まる。
下がった修一を追おうとしたワイズマンは。
「!!」
何か得体の知れない感覚が背筋を駆けぬけたことで、足を止める。
それはまるで、ボスであるシエラレオから発せられる気迫のようであり――。
それが、修一から漏れ出る剣気だと気付いたワイズマンは、知らず知らず内に後ろに下がってしまったのだった。
◇
修一は、ワイズマンを心のどこかで侮っていた。
自分の部下をやられたことに対して怒っている、それはいい。
姑息な手を使わず、真っ向から戦いを挑んできた、それもいい。
持ってこなくとも目的は達せたであろうに律儀にもメイビーの小剣を持ってきた、それも、まあいい。
――だが、所詮はギャング、やくざ者だ。自分が全力を出すには値しないだろう。
そう思って、見くびっていた。
しかし、剣を打ち合わせる内に理解した。
こいつは、武人であると。
ギャングなんてやってなければ、きっと名のある剣術家として大成しただろうと。
心の底にはきちんとした人間性がある、筋の通った人間である、と。
だからこそ修一は、武術家として全力を出すことにした。
修一の変化を感じ取ったのは、ワイズマンだけではなかった。
修一たちから離れているメイビーも感じ取っていたのだ。
修一は今、構えを解いて両腕を垂らしている。
剣を握る右手は最低限の力しか篭っていないらしく、今にも剣が抜け落ちそうだった。
なのに、修一から感じる圧力は少しずつ高まっていく。
「ね、ねえ、シューイチは何をするつもりなの?」
「……はっきりとは分かりません、が」
「が?」
「おそらく、――決着を」
と、修一が垂らしていた右腕を引き上げ、剣を肩に担ぐ。
そして、ワイズマンに語りかける。
「おい、ワイズマン」
「……人の名を気安く呼ぶんじゃあねえ」
「固いこと言うなよ、その剣術は誰に習ったんだ?」
「ああ?」
ワイズマンは、こいつは何を言ってるんだと怪訝な顔をする。
「いいだろ、教えてくれても。ちなみに俺は親父から習った」
「聞いてねえよ、………………俺も」
「ん?」
「……オヤジ、…………シエラレオ・カズールからだ」
「へえ」
その言葉を聞いた修一は、どこか嬉しそうだ。
「そうかそうか、親父からか、――なら、大丈夫だな」
「あん? 何を言ってやが、 っ!!」
修一が担いだ剣を真上に振り上げる。
力の篭らない緩やかな動きであったが、そこに込められた意味をワイズマンは本能的に理解した。
お互いの距離は約三メートル。
それは先ほどから変わっておらず、むしろワイズマンが一歩引いたため距離は広がっている。
しかし、修一はそんなことは全く関係ないと言わんばかりにワイズマンを斬ろうとしている。
――コイツ、この距離からっ!!
反射的に剣で防御しようとするワイズマンであったが、
――白峰一刀流剣術奥義ノ一、
「飛線」
修一が剣を振り下ろす方が早かった。
ワイズマンは、修一の剣から飛び出した斬撃を受け、左肩から右腰にかけて袈裟斬りにされて地面に倒れたのだった。
◇
「シューイチさん、終わったんですか?」
「ノーラか、お疲れ。メイビーもサンキューな」
「う、うん。ねえ、その人、死んじゃったの?」
「うん?」
修一は、メイビーの視線の先にいるワイズマンを見ると首を横に振る。
ワイズマンの身体から血が流れていたが、それほど量は多くない。
よくよく見れば胸が上下に動いており、呼吸をしているのが見て取れた。
「いやいや、あれくらいじゃ死なんだろ、なあ、ワイズマン」
「…………だから、……気安く名を呼ぶんじゃ、ガホッ、はあ、」
「おお、生きてる! 頑丈だねえ」
ワイズマンは胴体の前面を大きく斬り裂かれているが、致命傷には至っていないようだ。
修一が使ったのは、「飛線」と名付けられた斬撃を飛ばす技だ。
手加減が難しく隙が大きい技で、修一には微妙な威力の調節ができない。
出来る限り殺さないように威力を押さえて、これである。
今までの相手には危なすぎて使うことが出来なかったのだ。
正直言って、離れた敵を攻撃するならチカラを使って燃やすか凍らすかした方がよっぽど早い。
ただ、この技は白峰一刀流の初代頭目が完成させた技であり、白峰一刀流を習得する際はこの技を使えるようになることが一つの目標とされている。
修一もこの技を覚えた時点で、父親から師範代として認めてもらっている。
武術家としてワイズマン実力を認めたからこそ、この技を使ったのだった。
「おい、一つだけ質問に答えてくれ」
「……んだよ」
「お前らの組は、クスリは扱ってるのか?」
「ああ? 何を、」
「いいから答えてくれ」
「…………」
ワイズマンは、自分の目を真剣な顔で見つめてくる修一を見ていると、やがて諦めたように目を閉じる。
「ウチはやってねえ、……あんなモン、ごほっ、手を出したら碌な事にならねえって、はあ、オヤジが言うからな」
「…………そうか、それなら、――ノーラ」
「なんですか?」
「確か、昨日買った物の中に、包帯と薬があったよな」
「ええ、ありますが、……治療をするんですか?」
「ああ、今は大丈夫そうだけど、放っておくと万が一があるからな」
「待て、何を、くあっ」
体を起こそうとしたワイズマンが痛みに顔を顰める。
「バカ、寝てろ。斬った俺が言うのも何だが、結構ざっくりいってるからな」
「本当にシューイチさんが言う事じゃないですね。まあ、死なれても寝覚めが悪いので治療はしますが」
「あ、それなら」
メイビーが突如声を出して手を上げたかと思うと、おもむろに走り出し、道の端に置かれていた小剣を手に取り戻ってきた。
そして剣を鞘から引き抜くと。
「僕に任せてよ、“~~~~、~~~~、~~~~~、ハイネスヒーリングライト”」
高らかに呪文を唱えた。
「おお」
「これは、光属性魔術ですか」
柔らかな光がワイズマンを包み込み、みるみる内に傷が塞がっていく。
十五秒ほどして光が消えると、傷口の上を薄皮が覆い、先ほどより幾分顔色が良くなっていた。
「これで良し、だけど、今ので魔力を使い切っちゃった」
「おいおい」
「……おい、何してやがるんだ」
「あ、元気でた?」
「元気出た、じゃねえだろ。お前ら、敵を治療してどうするんだよ」
半ば呆れたようにワイズマンが呟くが、メイビーは無い胸を張って答える。
「もちろん最初はムカつくからボコボコにしてやろうと思ってたけど、それは修一がやっちゃったし、それに、親切にしてもらった恩は返さなきゃね」
「……はあ?」
何を言っているのか理解できないといった顔のワイズマンに、さらにメイビーは続ける。
「だって、シューイチが言ってたでしょ、親切な人が拾った剣を持って来てくれるかもしれない、って」
「ん? 言ったっけ?」
「言ってましたよ、覚えてないんですか?」
ノーラから指摘されるも、修一は思い出せない。
「いやあ、あんときはとりあえず頭に浮かんだことを適当に言っただけだからな」
「……そうですか」
「とにかく! 実際に小剣を持って来てくれたんだから、親切にしてもらったのと同じだと思うんだ。 そして僕は受けた恩はきちんと返すようにしてるんだよ。だから、親切なお兄さんがケガをして大変なら治療してあげるのは全くおかしくないわけさ」
そう言い切ったメイビーをワイズマンはしばらく呆れた様な表情で見つめていた。
ワイズマンがメイビーの小剣を持ってきたのは、別に親切の為ではない。
修一たちが誘ってきたのに気付いたワイズマンが準備をして部屋を出ようとしたとき、たまたま小剣が目に入った。
そのまま無視して出ても良かったのだが、メイビーが執着しているのを知っていたため、万が一、修一たちが逃げ出そうとしたときの保険として持ってきたに過ぎなかった。
だが、それをいちいち説明するのも億劫であり、そんな義理も無い。
さらに言えば、治療はされても血が足りないせいで頭がボンヤリし始めたため、それ以上頭を使うのは止めにした。
ワイズマンは諦めたかのように、そうかよ、と一言だけ呟くと、そのまま意識を失ったのだった。
※ 本日十九時に次話を投稿します。