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第8章 50

 ◇




 身体の内側から極熱に喰い荒らされていく。


 地獄の業火が全身を焼き尽くしていく。


 化け物は、耐えがたい苦痛に激しい苦悶の声をあげる。


「ぐ、おおおおあああぁぁぁあああああ――っ!!?」


 絶叫。声の限りに叫び続ける。

 痛みや苦しみなどという言葉では到底現しきれない苦痛が、化け物の肉体を責めあげる。


 熱い、という感覚がない。

 とっくに焼き切れて、使いものにならなくなった。


 すべての感覚が苦痛にすり替わっている。

 頭の中に浮かぶ言葉が、まったくもって意味をなさない。


 ただただ痛く、ひたすらに苦しいのだ。

 他に思い浮かぶ言葉などあるはずがないし、それすらも曖昧になって焼け落ちていく。


 肉体の中から臓腑や骨身や神経を荒らされる。

 太陽にも負けぬ高熱が駆け巡るたびに、肉が焦げ、血が沸騰する。

 肌はとうに焼け爛れ、髪や服は消し飛んだ。


 体内からの逃げ場を探す熱は穴という穴に殺到し、目や口、耳や鼻、あらゆる穴を焼き払いながら大気に噴き出していた。

 それでもまだ逃げ場が足りないのか、肌の至るところがヒビ割れ始め、そこからも同じように熱という熱が噴き出している。


 熱の漏れ出す穴やヒビ割れの奥は見るからに熱そうな赤色で煌々と色づき、それ以外は炭や焦げつきのように真っ黒になっている。

 ガスバーナーで炙られている木炭か、さもなければ坩堝の中の熔けた鉄。あるいは、溶鉱炉に沈む人型兵器か。


 修一の身体に押し込められていた膨大な熱が、突き込んだ刃を伝って化け物の身体に流れ込んでいるのだ。

 そのすべてが流れ出てしまうまで、熱の奔流は止まらない。


「ぁぁあああ――――、」


 化け物にしてみれば、永遠に続く責め苦にも感じられたことだろう。

 生きたまま全身を焼かれる痛み。

 骨の髄まで焦がされて、燃やし尽くされる苦しみ。

 それが延々と続くのだ。


 例えるなら、まさしく無間地獄。

 修一の名付けたとおり、冠する名前のとおりである。


 そして化け物は、これほどの苦痛に悶え苦しみながらも、決して死ぬことはないのだ。

 蓄えたリソースがある限り。蓄えた命が尽きぬ限り。


 化け物の身体は、猛烈な勢いで破壊と再生を繰り返す。

 本人の望むと望まざるとに関わらず。


 焼かれ焼かれ焼かれ焼かれて尚命果てず。

 燃え燃え燃え燃え焦がされるは肉体ばかり。


 湯水のように消費されるリソースが、化け物の命をギリギリで繋いでいる。

 化け物の生存本能が、化け物自身の意思に関わらず能力を使用させていた。


「まだだ……!」


 修一は、さらに深く刃を突き込む。

 ずりずりと。ずりずりと。

 絶対に、絶対に逃がさないとばかりに。


「まだ、まだまだだ……!!」


 肉体を突き破る。反対側から切っ先が飛び出し、鍔本まで押し込んでしまって動かなくなってもなお。


「これで全部じゃないだろうが……! これで、終わりじゃあないだろうが!? お前が奪ってきたモンは、こんなもんじゃあ全然ねえだろ!!」


 血を吐くような声で怒鳴る。

 地を震わすような声で叫ぶ。


 返事のない化け物に、それでも構わず修一は吼える。


「全部吐き出せ! 底を晒せ!! そんで、――お前らに殺された人たちの苦痛を、万分の一でも理解してから燃え尽きろ!!」


 その言葉に加勢するかのように、化け物を焼く熱の量が増した。

 修一の身体から流れ込む熱が、一際増大したのだ。


 化け物はもう動くこともできず、声を出すこともできない。

 焼かれている身体が崩れないように耐えるだけしかできなかった。


 流れの増した熱は化け物の体内を駆け巡った後、激しい勢いで肉体から噴き出していく。

 その勢いによるものか、はたまた化け物による制御がなくなったからなのか。


 二人を取り囲むように生えていた無数の血の刃が、内側のものからヒビ割れ始めた。

 それは、加速度的な早さで外側のものへと順次広がっていき、あっという間にすべての刃がヒビ割れた状態となる。


「うおおおぉぉおおおおりゃあああああああああっ!!」


 修一が、渾身の力で気合いを入れる。

 残った熱を、まとめて叩き込む。


 それによって、瞬間的に化け物の身体は太陽のように燃え輝き、そして行き場を失った熱が弾けるように外へと放射された。


 バラバラに砕け散る間際。そんな状態で留まっていた血の刃も、爆発的な熱流に押されてはどうしようもない。


 内側から薙ぎ倒され、払い除けられるようにして、血の刃はまとめて砕け散った。割れたガラスか花吹雪のように、辺り一面を赤く染めあげる。



 化け物の最期を、彩り飾り付ける演出のように。



「…………」


 修一は、ゆっくりと刀を引く。

 鍔本まで押し込んでしまっていたものを少しずつ引き出していき、ある程度抜けたところで一気に抜ききった。

 僅かに付着した汚れを軽く振って落とし、刀を鞘にしまう。


「……気分はどうだ? 化け物」

「…………」


 化け物は答えない。答えられない。


 今、化け物は、黒一色の出来の悪いオブジェのようになってしまっている。

 声を出すための喉も、声を聞くための耳も、前を見るための目も、すべて焼け落ちている。


「ようやく、底をついたな。奪ったモン、全部吐き出したな」


 再生は、もう行われていなかった。

 蓄えていたリソースを、一滴残らず使い切っていた。


「それがお前のあるべき姿だ。たくさんの命を奪ったお前の、辿るべき末路だ」


 呼吸もない。心臓だって、送るべき血液がなくなってしまっている。


「人を殺した化け物は、人間に討たれて死ぬもんなんだよ。古今東西どこを見たって、そうなってるもんだろうが」


 だが、それでも。

 それでもこの化け物は。


「これで死に(・ ・)きれない(・ ・ ・ ・)んなら、お前、どうやって死ぬんだよ」


 生きていた。


 肉体の生命活動など、すべて止まっているにも関わらず。

 僅かに残った命の火が、化け物の魂をこの場に繋ぎ止めている。


 こうしてまだ生きていることが、化け物にとって良いことなのかはさておくとして。

 事実として化け物は、まだ死んでいないのだ。


「…………」


 修一は、なんともいえないような表情で化け物を見つめる。


 おそらく、自分で動くことはできないだろう。

 しかし、回復できないかといわれれば、それも違うだろう。


 試しに修一は、自分の指先を刃で軽く切り、滲み出てきた血を化け物の身体に落としてみた。

 黒く炭化した体表面は、落とした数滴の血をみるみる吸い込んだ。砂漠に垂らした水のようにあっという間に。


言ってた(・ ・ ・ ・)とおり(・ ・ ・)か……」


 修一は、嘆息しながら額のキズを掻いた。

 そして、虚空に向かって呼び掛けた。


ゲドー(・ ・ ・)


 修一の背後で、空間に亀裂が入る。

 ぐいっ、と中から出てきた両腕が亀裂を押し広げる。


「……グゲゲゲゲ、あとはこっちに任せなよ」


 ゲドーは、少し手前のときからこの場に来ていた。

 具体的には、烈火飛線を打ちまくったときあたりから。


 いきなり背後に現れて、修一を自分の作った私的(プライベート)空間(スペース)の中に引き込むと、話があると言ってきていた。

 修一はその話を聞き、理解し、そして納得したうえでそこを出た。その際、出口を化け物の上空に開いてもらったうえで、流星破断鎚を使ったのだ。


「ほら、約束通りだ」


 ゲドーは、寒いのが嫌なのか空間の外に出てこない。代わりに、横に避けながらさらに亀裂を押し広げて、自分の背後に声をかける。


「…………そう、みたいネ」


 奥から進み出てきたのは、ヴィラだ。

 空間から抜け出すと、吐く息が凍り付くのも構わずに、化け物に歩み寄る。手の触れられそうな距離まで近寄ると、そこで立ち止まった。


「…………」

「…………」


 ヴィラは、何も喋らない。

 何も語らず、しばしのあいだ化け物をじっと見つめた。


 修一は無言でその背中を見守る。

 ヴィラの表情は見えない。ヴィラの感情も読めない。

 ヴィラが何をするつもりなのかも、はっきりとは聞いていない。


 それでも修一は、何も言わずに見守り続けた。


 やがて、薄紫色の髪の先までうっすらと凍り始めた頃。

 ヴィラは、静かに言葉を紡いだ。


「――『聖女の(セイント)面紗(ヴェール)』」


 ヴィラの両手から、柔らかい光が溢れ出す。

 乳白色の暖かな光は、やがてひとつに纏まって、大きな一枚のレースを作りあげていった。


「包み込んデ――」


 柔らかな光のレースは、ふわりと浮かび上がって化け物の身体を包み込む。


「覆い隠しテ――」


 それから化け物の身体を覆い隠すようにして、隙間なく巻き付いていく。


「折り畳んデ――」


 巻き付いたヴェールは、化け物の身体に淡くしみ込み、少しずつ一体化していった。

 完全に一体化したところで、包まれている中身ごと、ヴェールが小さく折り畳まれる。中身の質量は、光の中に溶け込んでいる。


「最後に、回収すル」


 手のひら大の大きさまで折り畳まれたヴェールを、ヴィラはそっと両手で包んだ。

 中から光が漏れないようにして手のひらを擦り合わせると、光は、跡形もなく消えてなくなった。


 ヴィラの身体に、戻ったのだ。

 化け物の、身体と命と魂とともに。


「あとはワタシが、責任をもって持って帰るワ。ワタシの祖国にある大聖堂で、きちんと始末すル」

「……それが、アンタの役目なのか?」

「そうヨ。倒した化け物を完全に滅するために、大聖堂の祭壇までその骸と魂を運ぶための容れ物。……それが、今のワタシ」


 修一には、それがどういうものなのか詳しいことは分からなかった。が、それでも、それが必要なことだというならば。


「そうか……。それなら、頼んだ」

「ええ、頼まれたワ」



 そう言ってニッコリ笑うヴィラは、見た目そのままの少女のようにも見えたという。




 ◇




「さて、お二人さん。そろそろ砦に帰ろうや」


 空間から出てこず言葉だけ投げてきたゲドーに、二人は頷く。


「そうだな」

「そうネ」


 亀裂を潜って空間の中へ。

 ゲドーは、またすぐに別の亀裂を空間内に走らせて、道を繋ぐ。


 修一は、それを通って外に出た。


 そこは、間違いなく砦の一室。

 転移術式でやってきた、ボロボロの大部屋だった。


「やっと終わったな……」


 修一は、感慨深げに呟く。

 先程能力も完全に解除した。

 あの凍った大地も、数日のうちに元に戻るだろう。


 術式の辺りを見てみる。

 デザイアが、座り込んだまま困惑したような顔で灰色の髪の女性と何かを話していた。

 女性は、涙で顔がグシャグシャになっている。


 あ、抱き付かれた。

 デザイアの顔が女性の胸に埋まって見えなくなる。


 その横では、なぜかエイジャを膝枕しているゼーベンヌが呆れたように首を振っていた。

 エイジャは寝そべったまま、腹を抱えて笑っている。


 と、大穴から外を見ていた内の何人かが、その様子に気付いてこちらに振り返る。


 すると、修一の姿も目に入ったようだ。


「あ、シューイチ!」


 メイビーが驚いた様子で叫ぶ。

 修一は軽く手を上げてそれに応えた。


 と、メイビーの声を受けて、大穴の一番前にいた人物がバッと立ち上がった。

 他にいる人たちを押し退けて顔を出す。


 ノーラだ。


 ノーラは、大きく目を見開いて、それから何かを堪えるようにキッと眉根を寄せた。



「――シューイチさん!!」



 修一の名前を呼んで駆け寄ってくる。

 修一は、メイビーと同じように気軽に手を上げて応えようとしたが――。



「おっと……?」



――勢いそのままに、ノーラに抱き付かれてしまった。


 ノーラは、そんなことお構いなしに修一の胸に顔を擦り付け、涙声を出す。


「よくぞご無事で……。良かった……」

「……」


 修一は、上げかけていた手をそっとノーラの頭に乗せて微笑んだ。



「……ああ、ただいま。ノーラ」




 これにて第8章は終了となります。

 ここまでお読みいただき、誠にありがとうございました。


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