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第8章 49

 ◇




 修一の「熱を身体に流して強化できる能力」というのは、実はとてつもなく変換効率の悪いものである。


 数キロメートル四方、上空の大気から地下深くまで一切合切問答無用で熱を奪いあげておきながら、その中から肉体の強化に回せるのは、ごくごく一部の熱でしかない。


 その強化自体にもいろいろ制約があって、一番問題となるのが、肉体の耐久力の伸び幅が他の項目よりも圧倒的に悪い、ということだ。


 これがどういうことかというと、能力を使えば使うほど、肉体の出力や反応速度に肉体そのものが付いていけなくなっていく、ということなのだ。

 つまり最悪の場合、自分の動きで自分の身体が千切れることになる。


 この能力を手にした時点では、まだ能力そのものの限界値が低く、そのまま能力を使ってもなんとか肉体の素の耐久力で耐えられる程度までしか強化できなかった。


 しかし、続けて使っているうちにその強化上限が上がっていき、ついには肉体が耐えられなくなっていく。


 最終的に修一は、小型タンカー船を奥義一発で横倒しにして沈めることができるまでになり、そのときに戦った敵と相討ちのような形になって倒れた。


 ここに来る直前の負傷は、半分がその敵に付けられたものであり、もう半分は能力に振り回されて自壊した部分である。


 そうした非常に不安定な能力であったから、ゲドーはそれを剥いでいたのだ。あんまり無茶苦茶をされても困るから。


 さて、そんな修一の能力であるが、今現在に限っていえば、そうした自爆のような現象を恐れる必要はない。

 対価を支払って能力を十全に使えるようになった現状では、身体性能の各項目に対して個別に強化を行えるからだ。


 それを感覚で理解している修一は、肉体の耐久力を高めるために膨大な熱を使っている。他の項目の何十倍という量の熱を。

 目の前の化け物を倒せるところまで筋力や反応速度を強めても、身体を壊さないようにするために。


 ただ、それだけ大量の熱を消費したとして、それでもまだ集めた熱には余剰ができる。というか、能力使用中は熱を集め続けてしまうので、不必要になっても関係なく集まってくるのだ。


 では、その余りに余った余分な熱を、どうするつもりなのかといえば――。


「――大焦熱壊滅剣」


 こうするつもりなのだ。

 と、言わんばかりに修一は、手元の刃に熱を纏わせた。真っ黒い刃が真っ白に白熱しても尚、熱を籠めるのをやめない。


 化け物は、修一の動きが止まっている内になんとか肉体を回復させていく。

 すでにかなりの量のリソースを消費してしまっているが、使わずにはいられないのだ。


「次は、なにを……してくる」


 あれほど禍々しく刃が変色するなど、どのみち碌なことではないだろう。

 あの白さは、化け物にとって忌々しい、太陽光の色と変わらない。

 全てを焼き尽くすような、そんな色だ。


 そして、そんな色をしていながら、周囲になんの影響も与えていないというのがまた恐ろしい。

 つまり、外には一切漏れ出ていないのだ。

 あの刃にだけ、密封されているのだ。


 そんなものが解き放たれたら、どうなるというのだ。


「…………!」


 化け物は一瞬飛び込もうかと迷い、そして躊躇した。

 動きのない今ならこちらから攻められるのではないかと考え、そして恐れたのだ。あの刃に近付くことを。


「……行くぞ?」


 実際、それは正しかった。

 踏み込んでいれば、受けるダメージは計り知れなかっただろう。

 再生が、本当に追い付かなくなっていたことだろう。

 あの刃を直接浴びれば、どうにもならなくなっていたことだろう。


 ただ、かといってそれは。



「――烈火(れっか)飛線(ひせん)



 苦痛を長引かせただけ、とも言えた。


 膨大な熱を孕んだ飛ぶ斬撃が、化け物の足元を穿つ。


 するとどうなるか。



「――――!」



 大地が、――爆発した。




 修一が使っている刀というのは、白峰家で剣術とともに代々伝わってきたものだ。


 なんでも、「折れず曲がらずよく切れて、決して滅びず鈍らない」のだとか。


 まぁ、初代頭目が自分のために打たせたとかいうのはともかくとして、人妖合わせて千は下らない数を斬っているとか、斬れば斬るほど鋭さを増すとか、隕石や鬼の角を刃に混ぜ込んであるとか、わりと眉唾な逸話も一緒に伝わってきていたため、昔の修一は「どこまで本当か分からないな」と考えていた。


 それが、わりと本当のことだったのではないかと思え始めたのが、中学生ぐらいの頃。


 自分自身も不思議な能力というものを身に付け、それを少しずつ使いこなせるようになってきたときのことだ。


 世の中には、科学や常識というものでは測れない、よく分からない不思議なことがあったりするのだと。

 そういうこともあるんだなと、なんとはなしに理解したときだ。


 おりしもその時修一は、霊力などというよく分からない力を使う術を学び、実際に使えるようになってしまっていた。

 だからなおさら、そういった不思議なことを受容する下地が出来上がっていたのだろう。


 この刀が、本当に言い伝え通りの性能であってもおかしくはないかもしれない、と。


 ある日修一は、それを確かめるべくこっそりと刀を持ち出した。

 見咎められないように家にあった竹刀袋に入れ、人気のない廃材置き場でそれを取り出す。


 そしてそこで、今まで何度も練習していたように、刃に熱を籠めてみたのだ。

 本当に言い伝え通りであれば、こんなことでは傷まないはずだと。


 結果として、言い伝えは本当だった。


 当時の自分が制御できる限界まで熱を籠めてみたが、その程度ではびくともしなかった。軋むことも歪むことも鈍ることもなかったのだ。


 それが分かったことは、修一にとってはひとつの収穫であった。

 なにせ、その時練習していた焦熱壊剣という技は、その高熱に耐えられる武器とセットでなければ本領を発揮できないからだ。

 だからこそ、とにかく頑丈な刀の存在を知ったときは喜んだものである。これで練習も捗るぞ、と。


 その後修一は、祖母と父親にばれてこっぴどく叱られるまで、何度か刀を持ち出して練習を続けた。

 その甲斐もあってか、如何にして熱を籠めればよいのかを理解することができた。今では通常の武器でもすぐには壊さないようにすることができる。



 そうして培った技術が、今、尋常ならざる能力をともなって化け物を襲っていた。

 大地が爆ぜ、もうもうと白煙が立ち昇る。

 化け物は、爆発の衝撃と白煙に飲まれていた。


「…………くはあっ!?」


 ぎりぎり直撃は避けた。

 肌の焼ける痛みを感じながら、なんとかそこから抜け出す。


 そこを、修一に追撃された。

 熱を纏った斬撃が次々と化け物を襲い、辺り構わず弾き飛ばしていく。


 爆発そのものは、降り積もった雪と氷が大量の熱で熱されたことによって起きている水蒸気爆発だが、その爆発によって固められていた熱が飛散し、爆発の規模を大きく膨らませている。

 しかも、ある程度飛散し拡散した状態でも熱塊の温度は一千度を越えており、熱に曝された地表が軽く熔け出していた。


 さすがに、一塊になった大量の熱は気温の低下によるものでは冷ましきれず、飛線を打ち込まれた箇所は降りしきる細氷を浴びて蒸気をあげ続ける。


 そんな状態になっているところが、辺り一面何か所にも広がっている。

 高温の蒸気にむせ込みながら、化け物は周囲を見渡した。


「どこにいった!? 人間!!」


 斬撃が飛んでこなくなった。

 そして立ち込める蒸気のせいで、修一の姿が見えなくなっている。


 大量の爆発に紛れてどこかに隠れたか?

 いや、そんなはずはない。


「来てみるがいい! 我輩はここにいるぞ!!」


 あの男のことだ、おそらく機を窺っている。

 こちらの隙を、刈り取ろうとしているはずだ。


 ならば今度こそ、こちらから攻める。

 受け身のままでは本当に削り切られかねない。


「全方位、――“エネルギージャベリン”!!」


 数十本の魔力の槍を、三百六十度全方向に展開する。

 着弾距離が変わるようにして何重にも積み上げて並べ、一斉に発射した。


 飛線によって吹き飛んでいた大地が、さらなる攻撃で激しく抉れ飛ぶ。化け物の周囲数十メートルが焼け野原のようになっていった。


「“アースクェイク”!!」


 地震を起こす呪文。


 付近一帯を激しく揺らし、凍り付いている大地が耐えきれずに砕けた。

 大地に亀裂が何本も走り、深い地割れが広がっていく。


「かぁぁあああああっ――!!」


 さらに化け物は、自分の両手首を噛みちぎり、荒れ果てた大地に自らの血を撒いた。大量に大量に。人間なら間違いなく失血死するほど、大量に。


「――“*******”っ!!」


 地面を突き破って、真っ赤な血の刃が飛び出していく。何百本、何千本。おそろしく細いものから高さ数メートルを越えるような巨大なものまで。隙間なく大地を埋め尽くしていく。


 極寒の大地を切り取って、針山地獄のような光景が生み出されているのだ。もう誰も近寄らせないとばかりに、化け物の周囲を刃が取り囲む。


「…………!」


 化け物は神経を張り詰めている。


 これだけ乱れ打ったのに、手応えが感じられなかった。

 本当に、どこに行った――?


「……あの野郎」


 そんな、化け物の様子を見ていた修一は。


「マジで無茶苦茶しやがるな……」


 自分のことは完璧に棚にあげておいて、化け物の行いをしかめっ面で批難した。


「足の踏み場もないじゃねえか」


 どちらのほうがより無茶苦茶かといえば、間違いなく修一のほうが無茶苦茶であるのだが。


ここ(・ ・)に来といて良かったよ」


 修一は、今いるところから大きく身を乗り出すと。


「今度はこっちの番だ」


 足元にいる(・ ・ ・ ・ ・)化け物に向かって、飛び降りた(・ ・ ・ ・ ・)


 高所からの落下。風切り音ひとつ立てず、瞬く間に加速していく。

 化け物の姿がどんどん近付いてくる。


流星(りゅうせい)――」


 刀を構えたところで、化け物が気付いた。

 ばっと頭上を見上げ、修一と目が合う。


「そこか!!」


 迎撃。化け物には、修一がどうやって頭上をとったのか分からないし、その方法を考える時間もない。

 ただ、数瞬後にはぶつかるであろう人間に向けて、限界まで硬めた爪を振り上げる。


 修一は、狙いを変更した。脳天から、迫り来る右腕に。

 落下の速度とエネルギーを刃先に乗せる。

 身体を畳むようにして、剣を叩き付けた。


「――破断鎚!!」


 衝突はほんの一瞬であった。


 修一の刃は、かち合った途端に化け物の爪を砕き、右手を裂いた。

 そのまま進んだ刃が、化け物の右腕を肩口から斬り落とした。


 乱立する血の刃の内側に、修一が着地する。

 今度は化け物の左手が水平に迫った。


「っ……!」


 修一は化け物の突きを躱す。化け物の左手の外側に身体を滑り込ましながら、自身も半時計回りに回転する。


 振り下ろしきっていた刀を身体の回転に合わせて頭上に運び、回転の勢いを余さず加えて斬り下ろした。


 化け物の左腕が肘から上のあたりで斬り飛ばされた。

 化け物は、すぐさま両腕を再生しようとして――。


「なんだっ……!?」


 うまく再生できないことに気付く。

 斬られた瞬間、両腕の切断面が刃に籠められていた熱によって炭化していた。断面のみならず、その奥深くまで。


 それが、再生を妨げていた。

 もちろん、もう少し時間をかければきちんと再生させることはできるのだが――。



「――喰らいやがれ」



 そんなもの、修一が待つはずもなく。


 白熱した刃が、化け物の心臓に突き込まれた。



十王審判無間地獄じゅうおうしんぱんむけんじごく



 化け物の体内を、――地獄の業火が駆け巡った。




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