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第8章 48

 ◇




 砦の中での戦いは、全て決着がついた。戦っていた化け物たちが残らず倒れたことによって。


 あと一匹残ったリャナンシーについては、そろそろ踏み込んでくることになっている第四、第五騎士団の掃討部隊によって遠からず発見され、そして始末されることだろう。


 その際、化け物たちの下で活動していた他の多くの化け物たち――オーガであるとかレブナントであるとかも、残らず討ち倒されることになる。


 また、砦の地下には昨夜の騒乱に紛れて拐われていた町の住人たちがいて、そのうちの何人かはすでに化け物たちによって血と命を奪われてしまっているのだが、残りの者たちについては、敵の殲滅が終わり次第騎士団で保護し、しかるのち家に帰れるようになる。


 つまり、砦に関しては、もう心配する必要はないのである。


 強いて心配事をあげるとするならば、いまだデザイアとエイジャが目を覚まさないということぐらいだが……、まぁ、あれも大丈夫である。命の危険であるとかは、全く心配いらない。


 一番危ない状態であったチャスカは、一命は取り留めたものの、自分で生み出した毒や大量に服用した薬品類の影響によってまた別の問題が残っているのだが、それも喫緊の問題かといえばそうではないわけで。


 と、なれば。


 残すところはここ、氷の平原での戦いだけということになる。修一とヴァンパイアの、まさしく最後の戦いだけ。


 この戦いの決着がつくことで、昨夜から続くこの一連の戦いが完全に終結するか、それとも更なる混迷の沼に嵌り込んでいくかが決まる。


 修一が勝てば終わり、化け物が勝てば更なる戦いに。


 そして今、その戦いの趨勢がどうなっているのかといえば――。



「――――!」



 もはや、――どちらが化け物か分からないような有り様であった。




 両手を斬り飛ばされた化け物は、リソースを消費してすぐさま両手を再生させようとした。

 雪と氷に埋もれて拾えそうにない小剣の代わりに、生来の武器である爪を使うことにしたのだ。

 緊急再生は、リソースの消費に加えて肉体そのものへの負担も大きいのだが。

 今はもう、そんなことを考えていられる状況ではなかった。


 やらなければ、やられる。

 化け物は、かつてないほどの危機感とともに、その事実を理解した。


 修一は、そんな化け物を嘲笑うかのように刃を三度走らせた。

 一度目で治りかけている右腕の肘のあたりを、二度目で腹を横一文字に、三度目で左の膝を斜めに斬り落とす。


 稲妻の形で流れた黒い刃は化け物の肉と骨を簡単に切り分けた。


「くっ……!」


 もっと頑強(かた)く、もっと強靭(つよ)く。もっと敏捷(はや)く、もっと鋭敏(さと)く。

 リソースを注ぎ込んで肉体を強化しなくては、回避も防御もままならない。


 斬られた部分を更に再生させながら、化け物は限界一杯まで自身を強化していく。

 コストであるとか、バランスであるとか、そんなものはどうでもよかった。


 生まれて初めて感じる、本物の死の予感の前では、そんな考え無意味であった。


 人間に倒された事自体は何度かあった。

 封印されるたびに、またいつか復活して次こそは、と思っていた。

 命の全てが終わることなど、考えたこともなかった。

 同じ種族の中でも一際強かった自分が、そんなことになるはずはないと、ずっとそう思っていた。今までは、ずっとずっとそうだった。


 それが、終わる。

 何百年という年月を生きてきた自分が、こんなところで終わる。

 許せるはずもなかった。


「あああっ!」


 左腕に刃が喰い込む。

 一度で斬れなくて、引き抜いてからもう一度打ち付けてきた。


 治した右腕で爪を振るう。

 修一の左手で掴まれて、右手を握り潰された。

 血の一滴も溢れない。

 握られた瞬間から、右手が凍り始めていたからだ。


 人類の限界を遥かに越えた身体能力。

 常識はずれの恐るべき能力。


 そんな言葉で評されるのは、本来なら化け物のほうだったはずだ。

 だが今は、その言葉は修一にこそ相応しい。


 化け物がどれだけ自身を強化しても、それよりも更に修一のほうが強い。

 気温は今も下がり続け、すでにマイナス五十度を割っている。


 化け物は、幾度となく肉体を斬られ、断たれ、裂かれていく。

 修一は、押し込むように化け物を突き飛ばして距離を取り、意味の分からない速度で踏み込んで刃を振るう。

 黒い刃が動くたびに化け物の肉体が欠けていく。

 治しても治しても、再生が追い付かない。


「まだまだ……」


 斬る。斬る。斬る。

 余計なことを考える必要もない。


「全部、吐き出せ――!」


 治ってもいい。固くなってもいい。

 それは、それだけ能力を使用しているということだ。

 それだけ、溜め込んだものを吐き出しているということだ。


 奪った(もの)を。蓄えた(リソース)を。


「お前が持ってるモンを、全部……!!」


 お前の器の底を割ってやると。

 言ったとおりに修一は。


「――返しやがれ! それは、お前なんかが使っていいもんじゃねぇ!!」


 身体の中で。心の奥で。大きな熱が渦巻いてうねる。

 突き動かされるような衝動は止め方も分からない。止める必要も見当たらない。


 どこまでもどこまでも。

 立っている限り付き合おうじゃないか。

 お前の器が空になるまで。

 器の底を晒したお前に、最後の刃を突き立てるまで。


 彼は、まさしくこうするために、ここに帰ってきたのだ。


 必要なものを手に入れて。……大事なものを、代わりに支払って――。




 今更説明するようなことでもないと思うが、修一の能力というのは、熱の流れを操作することができる、というものだ。


 これは、あくまでもその場に存在する熱のエネルギーを、自分が作った流れに乗せて移動させ、集めることで温めたり散らすことで冷やしたりできる、というものだ。


 別に、熱自体をどこかから生み出したりとか、反対にどこかに消してしまったりとか、そういうことができるわけではない。

 局所的に見れば大きく増減していたとしても、全体的に見れば熱の総量は変わっていない。


 熱流を作り出し、あるいは元からあった熱の流れをねじ曲げる。

 それができるだけの能力。

 エネルギーそのものに干渉するわけでも、直接利用するわけでもない。

 間接的で、限定的な能力。


 訓練と経験によって能力を使いこなせるようになって、そういうふうに解釈(・ ・)していたのだ。


 そういうふうに定義して、そういう形で使っていたのだ。


 それが崩れたのは、まさしく、この世界に来る直前のこと。


 元の世界の最後の日。心を燃やし尽くすほどの激しい感情が、修一の能力を変質(・ ・)させた。


 いや、もしかしたら、元々そういう能力だっただけのことなのかもしれないが。


 とにかく。修一は、次の段階に進んだ。


 周囲の熱を根こそぎ集める能力に。

 集めた熱を身体に流して、むりやり肉体の性能を高める能力に。


 そういうこともできる能力に、なった。なってしまったのだ。

 本人の望むと望まざるとに関わらず。


 それが良いことだったのか、はたまた悪いことだったのか。

 それは修一には分からない。


 なぜなら、使えるようになったばかりの新しい使い途を何も考えずに使ったことが、修一が死んだ間接的な原因でもあるし、……死なねばならないと思った直接的な理由でもあるからだ。


 ただ、今は。そうなっていたからこそ、こうしてこの化け物を、倒せるのだと思えば。


 悪くはないんじゃないか、とも思えるのだ。


 たとえ、この能力を一時的に(・ ・ ・ ・)とはいえ十全に(・ ・ ・)、フル活用できるようになるために対価を(・ ・ ・)支払って(・ ・ ・ ・)いるとしても。


 それでコイツを倒せるんなら、安いもんだろうと。

 そういうふうに、思えるのだ。


 倒して、そして皆が。……ノーラが。

 笑ってくれるというのであれば。


 自分のちっぽけな意地など、全くもってどうでもよろしい。


 修一は、そう考えて、だからこそ対価を支払って。


 今、ここに立つことを選んだのである。


 今の修一は、強い。

 それは、決して肉体的な強さという意味だけではない。

 心が。想いが。信念が。


 完璧にひとつになっているから、だから強い。


 今は、なんの迷いもない。

 ただただ、目の前の化け物を倒すことだけを。


 ただそれだけを、望んでいる。


 本当に、ただそれだけを、心から――。




「おらあっ!!」

「がっ……!?」


 化け物の胴体に×の字を刻む。

 噴き出した血があっという間に凍っていく。


 化け物の爪撃。躱して、躱して、突き飛ばす。

 十数メートル後退させて、キズが治っていくのを確認してまた踏み込んでいく。


 まだ動ける。まだ治せる。

 まだまだ全部吐き出してないな。


「しぶとい……」


 修一は呟く。

 化け物も、だいぶ疲労した様子を晒してはいる。しかし、それでもまだ動けているのだ。


 全部削り切るまで、あとどれぐらいかかることやら。


「……だいぶ離れたよな?」


 化け物を押し込み続けて、砦から離れ続けて。

 氷の結界の、だいぶ中程まで来ているはずだ。

 砦まで一キロか? 二キロは離れたか?


 それに、気温の低下もかなり進んだ。

 いい感じに冷えきってきた。


 ……そろそろ使って大丈夫か?


 大丈夫だろう、と修一は結論付けた。


 刀を真横に伸ばして、それから。



「――大焦熱(だいしょうねつ)壊滅剣(かいめつけん)



 熱を、籠めた。――真っ黒い刃が、真っ白に白熱するほどに。




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