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第8章 46

 ◇



 砦の中の、どこかの一室で。

 弾丸を撃ち尽くした銃をホルスターにしまいながら、ゼーベンヌはゆっくりと敵に歩み寄った。


「勝負ありよ。もっとも、もう聞こえていないでしょうけど」


 逃がさないために足に突き立てていた細剣を引き抜くと、軽く血を拭ってから鞘に納める。


 足元には、血を流して動かない化け物が一体。

 先程までは口煩く喚きながら戦っていたのだが、頭と腹に二発ずつ光線弾機術を撃ち込んだら、そのまま動かなくなった。


「短気は損気よ。死に急ぐこともなかったでしょうに」


 確かに強かった。が、以前に戦った気味の悪い化け物ほどではなかった。


 一定の間合いを取りながら応戦し、隙を付いて閃光砲機術(スタングレネードボム)を使用。

 視界を失った化け物の足を細剣で縫い止めておいて、相手の間合いの外から射撃して仕留める。


 もし、まだ息があるようなら抜いた細剣を心臓にも突き立てるつもりだったが、その必要もなかった。


「しかし、ここはどこかしら? いきなり飛ばされたら帰りが……」


 分からない、と文句を言おうとしたところで、軽い浮遊感に襲われる。

 そして気が付けば、元の部屋に戻ってきていた。


「……便利なものね」


 ゼーベンヌは、文句の言葉を飲み込んだ。

 それから、室内を見渡す。


「私が最後かと思ったけど、ヴィラがまだみたいね」


 ゲドー、ケイナ、それからメイビー。

 

 こちらに気付いたメイビーが、「おかえり」と言って手を上げた。


「ケガはないかな?」

「なんとか。メイビーは?」

「僕も大丈夫。ケイナさんもね」


 メイビーは短剣使いの女と、ケイナは神術使いの女と、それぞれ戦っていた。


 メイビーは、最初から全力全開の隠形立体戦闘法を使って敵を圧倒し、最終的に心臓を抉って勝利した。帰ってきたのはゲドーの次である。そしてケイナは。


「ケイナさん、帰ってきたときハンカチで血を拭ってたから、どこかケガでもしたのかと思ったけど、……あれ、全部返り血(・ ・ ・)だったよ。顔とか手にベッタリ付いてて、ちょっと怖かった」


 「大丈夫?」と聞いたメイビーに、ニッコリ笑って「大丈夫だ」と答えたらしい。得も言われぬ迫力があって、それ以上聞けなかったという。


「ああ……、たぶん、天秤(・ ・)が傾いたんでしょうよ」

「てんびん?」

「ええ、感情の天秤が。あの人、極端なのよ」


 あるいは、感情のスイッチのオンオフが激しいというか。

 おそらく、エイジャやデザイアを傷付けられたことに関する怒りが、戦った相手に全て向かったのだろう。


 神術で肉体を強化し、神術使いのリャナンシーを殴り殺して(・ ・ ・ ・ ・)いる。クリスライトなどとは比べものにならない威力の神術で。

 戦ったリャナンシーからすれば堪ったものではないだろう。八つ当たりみたいなものである。


「ヒステリーってこと?」

「そこまでじゃないとは思うけど……。えっと、ケイナ隊長は今何してるの?」

「あそこにいるよ」


 メイビーの指し示した先では、この部屋にいる人間皆が集まっていた。

 突入してきた術式のあたりだ。


「……デザ君」


 ケイナは、いまだに目を覚まさないデザイアの隣に座って、手を握っていた。

 いまにも泣きそうな表情を浮かべて、祈るようにデザイアの名前を呼ぶ。


 あらかた回復は終わっているのに、なかなか意識が戻らないのだ。


「ブライアンさんとチャスカさんは目を覚ましたけど、デザイアさんとエイジャさんがまだなんだよね。ケガは治ってるはずなんだけど」

「……そう」


 隊長もまだなのかと、なんとはなしに思っていると。


「膝枕でもしてあげたら? エイジャさんに」

「……はい?」


 メイビーがそんなことを言ってくる。


「いや、なんで?」

「気持ちよく眠れるんだってさ、膝枕。そしたら、エイジャさんも目を覚ますかも」

「……いやいや、」


 そんなことないでしょ。

 とゼーベンヌは言おうとした。


 しかし、それより早く。


「っ!」

「うん……? 今のなに?」



 唐突に、気温が(・ ・ ・)下がった(・ ・ ・ ・)



 メイビーとゼーベンヌがあたりを見回す。

 だが、異常らしい異常はない。

 今のはなんだ?



「おっ、ようやくか。……グゲゲゲゲ」



 そして大穴から外を眺めていたゲドーが、愉しそうに笑った。




 ◇




 「くたばりやがれ、化け物」と、修一は言葉と態度でそれを示す。


 化け物の言動ひとつひとつが癇に障る。神経を逆撫でされる。そしてそのたびに、なんとしてもこの化け物を討ち倒さなくては、と思うのだ。


 人様の命を奪っておいて自慢げに語るその態度。

 盗人猛々しいにもほどがある。地獄の閻魔様だって決して許してはくれないだろう。


 修一は、気合いに満ちた笑みを浮かべたまま、化け物を指差す。


「お前は俺が、完膚なきまでに叩きのめす。お前の器の底を割って、二度と戻れないようにバラバラにしてやるぜ」


 化け物は、その言葉を鼻で笑う。


「……ふん。これだけ言っても分からんとは、もはや何を言っても無駄だな。やはり言葉では分からんか。我輩には決して勝てないということを、改めてその身体に刻み込んでやる」

「やってみやがれ、盗人め。そして後悔させてやる。この期に及んでまだ俺を侮る、お前のその傲慢さを」


 ここで修一は、段階をひとつ押し上げることにした。


 技術と理屈による斬り合いは、ここまで。

 ここからは正真正銘、力と力のぶつかり合いにする。


 化け物のやつが、奪った命を我が物顔で使うというのなら。

 いいだろう。受けてたつ。その代わり文句など言わせない。


 修一だって、我慢の限界なのだ。

 この化け物に対する怒りは、沸騰寸前である。


 もう、一切の躊躇はない。


 チカラを、解放する。


 今までゲドーに剥ぎ(・ ・)取られて(・ ・ ・ ・)いた(・ ・)チカラ(・ ・ ・)を。



 取り戻した(・ ・ ・ ・ ・)、――勝利への最後の切り札を。



 修一は、僅かな躊躇いの後、それを使うことにした。


「……奪った(モノ)強さ(チカラ)に変える。なるほど、確かに強力だ。戦うとなれば非常に厄介だろうな」

「そうだ。だから貴様では――」

「――それが、お前だけ(・ ・ ・ ・)の話なら(・ ・ ・ ・)な」


「…………なんだと?」


 訝しむ化け物を無視して、修一は刀を突き上げた。

 天に向かって真っ直ぐに。なに恥じることなく堂々と。


「――俺の名前は、白峰修一」


 そして化け物に対して名乗りをあげる。

 さながら詠うように朗々と。それでいて腹の底から力強く声を出し、口上を述べる。


「化け物を討ち滅ぼし、人々の安寧を取り戻すため、地獄の淵から帰ってきた。あらゆる代償を払おうとも、俺は俺の為すべきところを為し、成すべきことを成す」


 くるり、と。

 手の中で刀を半回転させる。

 突き上げたまま逆手に持ち替え、刃を地面に向けて垂らした。


「化け物よ。この国を蝕む害悪よ。お前はここにいてはならない。己の命と力のために、お前が人々を害する限り。俺はお前の存在を許容することができない」


 修一は、決意の籠った眼差しで化け物を見た。


「だから俺は、お前を倒す。お前はもう、――死ななければならない」


 右手を降り下ろす。刃を地面に突き立てる。


 その瞬間――。



 ――付近一帯の気温が、がくんと下がった。



 ここらに存在する熱が、ごっそりと消失したかのように。


「なっ……!?」


 先程まで吹いていた秋の風が、今はもう冬の冷たい風だ。

 寒風が肌を刺す。口から漏れる息が白い。


 氷室の中に入ったみたいに、全身を冷気が包み込む。身体の芯まで凍えそうだ。


 草原の草花には霜が降り始め、土の下にまで冷気が染み込んでいく。


 明らかに不自然な気温の低下。

 そんな中で、修一だけが冷気の影響を受けていなかった。


「これは……!」


 化け物は、修一が先の戦いで熱を操っていたことを思い出す。


 剣に高熱を纏わせたり、冷気で足を張り付けて動きを邪魔したり、細々とした戦闘の補助に能力を使っていた。その熱を操る能力を使って、気温を下げているのか、と化け物は考える。

 それは、正しい。この気温低下は、間違いなく修一の能力によるものだ。修一自身の意思によるものだ。


 だが、その規模は、今までの比ではないのだ。


 確かに修一はこれまでにも、火事の炎を消したり船の足止めのために海水を凍らせたりと、それなりに大きい規模で能力を使ったことはある。

 しかしその時には、能力の使い過ぎによって目眩や虚脱感という症状が出ていたし、修一自身も、そういう状態にならないように能力の過剰使用は極力控えていた。


 翻って、現状である。


 気温の低下はまったく止まらない。

 比較的温暖な気候であるはずのこの土地が、またたく間に極寒の大地に成り果てる。

 あらゆるものが凍り付き、夜天に浮かぶ月までもがその身を凍えさせているかのようだ。


 修一は、そうした冷気ができるだけ仲間たちのいる砦に向かわないようにしているため、修一の後方のある程度の地点までで霜は終わっている。


 そして、化け物が、ゆっくりと後方を振り返ると――。


「――――!」


 背後に広がる草原が、一面に渡って白く染まっていた。

 見渡す限り、化け物の目が届くところまで。


 化け物は驚愕に目を見開く。

 馬鹿な、という言葉すら出てこない。


 銀世界というのも生温いような、暴力的なまでの白がそこには広がっている。

 全てを真っ白に塗り潰して、覆い隠してしまうほどに。


 やがて空中にもキラキラとしたものが混じり始めた。空気中の水分が凍って細氷――ダイアモンドダストが発生しているのだ。


 チラチラと舞い落ちる氷の粒がヴァンパイアの身体にも降り落ちる。

 凍り付いた頬の汗を乱暴に手で拭いながら、化け物は修一を睨んだ。


 現在の気温は、摂氏マイナス三十度ほど。

 ここからさらに少しずつ、気温は下がり続けていく。


 修一が、地面に刺していた刀を引き抜いた。


 激しく昂り上気した様子で、相対する化け物に告げる。


「……ようこそ、氷獄(とざされる)閉屈(こおりの)結界(せかい)へ。……そして……――、」


 次の瞬間踏み込んで。



「――さよならだ」



 化け物の右手を、――斬り落とした。




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