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第8章 45

 ◇




 魔術師の女を一発で片付けてきたゲドーは、悠々と大部屋に戻ってきた。


 行って帰ってくるのに二分もたっていない。

 当然のことながら、ほかの皆はまだまだ戦闘中のようであり、誰もこの部屋に帰ってきていなかった。


「はぁ、疲れた疲れた。皆はまだかかるだろうなぁ、ゆっくり待つか」


 ゴキリと首を鳴らしながら、溜め息。

 わりと容赦なく速攻でケリを付けてしまったわけだが、ゲドーの場合両足が悪いので立っているだけで大変なのである。

 長時間の戦闘など、とてもじゃないがやっていられない。


 それに、魔術や能力(・ ・)を使うだけならなんともないのだが、走ったりすることはできないし殴り合いも無理だ。接近戦となれば子供にも負ける可能性がある。


 物理的な防御力がゼロに等しい身体である以上、危険は冒さない。多少遊ぶことはあっても、だいたいいつも一撃必殺だ。


「お帰りなさい。ゲドー隊長」


 と、なんだか調子の悪い右膝を擦っていたゲドーに、帰ってきているのに気付いたプリメーラが声をかけた。


「グゲゲ、ただいま」

「お疲れ様でした」


 振り返ったゲドーに、プリメーラがペコリと頭を下げる。彼女は、早すぎる帰還に驚いた様子はない。いつものように無表情である。


「……?」


 だが、ゲドーのほうはそうではない。

 微妙に困ったような表情を浮かべて、プリメーラの手元を指差した。


「何をしてるんだい?」

「いえ、ある程度回復が終わりましたので、一箇所にまとめておこうかと」


 どうやらプリメーラは、トマロットとともに気絶したままの団長たちを運んでいるようだ。ノーラの書いた転移術式のあたりに、チャスカを肩に担いだトマロットがいた。


 そして、プリメーラは今、エイジャを運んでいる最中のようなのだが……。


「なるほど。……ただ、足持って引っ張るのは、できたらやめてやりなよ……」


 引っ張られているエイジャの表情。心なしか嫌そうに歪んでいた。後頭部をごりごり擦って痛いのかもしれない。


「分かりました」


 プリメーラは表情を変えず、脇に抱えていた両足を下ろした。今度は、両脇に手を入れて運ぼうとする。

 気を付けてないと、まだたまにこういうことをするのだ。プリメーラという娘は。


「ゲドー隊長。持ちにくいです」

「……空中浮遊魔術を使いなよ」

「もう魔力がないのです」

「……はぁ。……“レビテーション”」


 エイジャの身体がふわりと宙に浮く。

 プリメーラはもう一度頭を下げてエイジャを運んでいった。

 今度は後ろ襟を掴んでいたが、まぁ、大丈夫だろう。


 それを見送って、ゲドーは独りごちる。


「そこそこ似たタイプ同士で当てたから相性で負けることはないだろうけど……。グゲゲ、地力で負けてたら普通に負けるよなぁ。相手は消耗してるようだったから大丈夫だとは思うんだが……」


 次にこの部屋に帰ってくるのは誰だろうかと、なんとはなしにゲドーは考える。


「……そういえば」


 その途中で、ふと外に意識を向けると。



「修一のやつ、まだ(・ ・)おとなしい(・ ・ ・ ・ ・)んだな」



 などと呟くのだった。




 ◇




 青白い光を纏った刃が、深く化け物に噛み付いた。霊力によって切れ味を増した刃が流れるように抜けていく。


 脇腹をざっぱりと割られた化け物は、焼けるような痛みに苦悶の声を漏らした。


「ぐっ――!?」


 苦痛に対する怒りで攻撃が単純になっていた。

 そこを上手く受け流されて、さらなる一太刀を浴びせられた。


 内臓まで達する切創。四肢を斬られるのとは訳が違う。ヴァンパイアの回復力でもそう簡単には治らない。苦痛と出血で動きが鈍り、戦闘の継続を困難たらしめる。


 致命傷といっても過言ではない。――普通なら。


「ぅ――……、」


 そしてこの化け物は、残念なことに普通ではなかった。


 目だけがギロリと動いて、左後方に抜けた修一を睨む。

 化け物は、抜けそうになる力と漏れそうになる物を無理矢理押さえ込んだ。


 左手を握り直して。持っている鞘が軋むほどに力を込める。



 リソースを、注ぎ込んで――!



「……ぁぁあああああ!!」


 切り抜けた体勢の修一に向かって、左の裏拳が飛んできた。びゅおおっ、と拳が風を切って迫る。

 速い。先程までよりも。


「んなっ!?」


 手応え有り、と思った矢先の反撃だ。

 修一は咄嗟に膝を付いて躱したが、登頂部の髪を鞘が掠めた。

 一瞬遅れて肝が冷える。あんなもん喰らったら首から上がなくなるぞ、と。


 続けざまに化け物が小剣を振るう。修一の首を狙って斬り下ろす軌道。裏拳よりも更に速い。


 膝を付いてしまっている修一は、ぱっと刀から手を離すと。


「千ど――」


 膝付きのまま重心を滑らして化け物の懐に入り、――腕を取って投げた。


「――り足蔓ぁぁああああぶねぇえ!!」


 小剣の勢いを殺さないようにして投げたため、化け物は自身の力で遠くまで飛んだ。地面を二度三度と転がっていく。


 その隙に修一は、慌てて刀を拾って立ち上がった。

 居捕りの真似事など実戦で初めてやった。緊張のあまり心臓が痛い。


「や、やっぱり慣れねぇことは駄目だ、次やったら斬られるな……」


 ぜぇぜぇと荒い息を吐く。そんな修一の少し先で、ゆっくりと化け物が立ち上がった。

 厳しい表情を浮かべてはいるが、先程よりは余裕を取り戻していた。腹の傷からの出血も止まっているように見える。


「……つーか、なんで立てるんだよ。なんで動けるんだよ。良いの入っただろ、クソが……」


 苦し紛れに悪態をつく。そして深呼吸をひとつして。


「……もういっちょう」


 飛びかかってくる化け物に、次をお見舞いすることにする。


 腰から鞘を引き出して刀を滑り落とすと――。


「――涅槃寂静剣」


 目前まで迫っていた化け物に、見えない速さの斬撃を叩き込んだ。


 鞘に納めているという状態からの攻撃に覚えのあった化け物は、斬られる直前に跳び下がって躱すのだが。


「!」


 しかし、分かっていても躱しきれない。

 右脇から左の鎖骨まで、胸部を斬られて血が噴き出した。

 先程よりはまだ浅いが、それでも深手には変わりないだろう。


「ぐ、……ぉぉおおおお!!」


 けれども化け物は、ダメージに構わず両手の得物を次々に打ち付けてきた。

 一手一手が、重く、鋭い。

 守勢に回った修一が、少しずつ表情を曇らせていった。


「マジ、かよ……!」


 化け物が強くなっていくのを感じる。

 一手打ち合わせるごとに力の差が開いていく。

 今のままだと、追い(・ ・)付けない(・ ・ ・ ・)

 胸の傷も、いつの間にか塞がっている。


「つっ……! ああっ、くそ! 陽炎!!」


 修一は一旦下がることにした。

 陽炎を使って後方へ退く。


 もちろん、化け物に逃がすつもりはない。

 空いた間合いを潰すように踏み込んでいく。


「――天覆陽炎!!」


 それに合わせて修一は、今度は前方に向かって陽炎を使った。

 化け物の踏み込みをすり抜けて、背後に回る。


 黒刀を、真っ直ぐ頭上に持ち上げた。

 化け物が、背後に回られたことに気付いて振り返った。


「破断槌っ!!」


 脳天から唐竹に一刀両断するつもりで、刃を降り下ろす。

 化け物は身をよじって躱した。が、躱し損ねた下半身の、右内腿を斬られた。


 骨まで達するほど深い傷は、通常なら出血多量もあり得る危険なものなのだが、化け物はその傷口に無造作に手の甲を押し付けると、ごしごしと擦ってみせる。


 果たして、それだけで傷口からの出血を止めてしまった。


 修一が、すうっと目を細める。


「お前のそれ、なんなんだ……? お前はいったい何をした?」


 問われた化け物は、吐き捨てるように答えた。


「言ったはずだ、身の程を知れと。貴様らでは、どう足掻いても我輩には勝てん」


 化け物の全身から、淡い蒸気のようなものが立ち昇る。治りきっていなかった部分の傷が、みるみる内に完治していく。しまいには、修一に付けられていた火傷痕まで綺麗さっぱりなくなった。


「我輩には、貴様ら人間どもから奪った(リソース)を蓄えておいて、自由に使う能力(けんり)がある。身体能力を高めることも、傷を治すことも、魔力の代わりに使うことだってできる」

「…………!」

「蓄えた命はおよそ千人分。我輩と対等に切り結び、数人分の命を使わせた貴様は確かに優れた戦士なのかもしれないが、……それでも、貴様が勝てる道理はない。貴様は、その身一つで千人を相手にしているに等しいからだ」


 そういうことか、と修一は思う。


 そして深く息を吸い込むと天を見上げた。


「なるほどね」

「理解できたか? 貴様が――」

「それがお前の、――自信の(・ ・ ・)拠り所(・ ・ ・)か」

「……?」


 修一は、天を見上げたまま、唐突に笑い始めた。


 「くくく、はは、……ははははは!!」と。腹の底から沸き上がる。左手で額を打って、なおも抑えきれない様子で高らかに。


「……ふん」


 化け物は、ひとしきり笑い続ける修一を哀れむような目で見ていた。

 あまりの戦力差に自棄を起こしたのだと、そう思ったのだ。


「あー……、よく解ったよ」


 やがて修一は、笑うのを止める。

 ゆっくりと顔を下ろして、化け物に向き合った。


「……なんだ、その顔は」


 修一の表情。まだ笑っている。しかしそれは、決して自棄を起こした者の笑みではない。


 自信に満ち溢れた、気合い漲る者の笑みだった。


「ようやく見えたよ、お前に勝つ道筋が。お前の強さの全容が。人様の(もの)を奪っておきながら、自慢げに語るお前の器の底が、今、解った」


 修一は、左手の親指を立てて、それを下に向けた。



「改めて言うぜ、化け物。――くたばりやがれ。お前は俺が、完膚なきまでに叩きのめす」




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