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第8章 42

 ◇




「お前をぶっ殺すために、今、ここにいるんだよ」


 堂々とした修一の言葉は、月下の草原に確と響き渡った。

 大気に滲みて溶けていくにつれ、その場をその意思で塗り潰していく。


 必ずそうすると、心から決めて押し出された言葉には強い力が宿る。

 宣言することで心の向かう先を明確にし、突き動かされるほどの衝動を一点に絞るのだ。


「覚悟しやがれ、クソ野郎が」


 今の修一は、目の前の化け物を必ず斃すと心に誓っている。


 ただそれだけのために、彼は今、ここに立っているのだ。


「……だからそれが、」


 対する化け物は、心中が腹立たしさで満ちていた。


「――思い上がりだと言うのだ!!」


 研ぎ澄まされた刃の如き修一の戦意。

 それを真っ直ぐに浴びてなお、それがどうしたとばかりに激しく吼える。


「なにもかも貧弱な貴様らが、ちょっとばかし力を付けたぐらいで良い気になってるんじゃあないぞ!! 我輩を殺すだと? 二度とそんな妄言を吐けないように、完膚なきまでに切り刻んでやる!!」


 もはや、我慢の限界であった。


 連戦につぐ連戦で何人もの人間と戦い、そのたびに少しずつ、誇りや矜持といったものを傷付けられてきた化け物は、積もり積もった怒りの重さで堪忍袋の緒が切れた。


 破壊衝動が脳髄から迸る。

 目の前の人間を、この世のどんな死よりも惨たらしく殺してやりたいと思えた。


「来い、死に損ない! 今度こそ我輩が息の根を止めてくれる!!」


 ぶつかり合う。意思が、意地が、強烈な殺意が。


 お互いがお互いの全てを賭けて、目の前の男を斃そうとする。


 お互い、手に持つ刃がゆらゆら揺れている。

 刀も小剣も刃は真っ黒い。夜の闇よりもなお深い黒は、僅かな光も届かない奈落への入り口に似ていた。


 修一が、一歩踏み出した。


「まずは、そうだな。……普通に斬り合ってみようかね」

「――――!」



 次の瞬間、刃と刃がぶつかり合って火花を散らした。




 ◇




 転移術式を使って砦に連れてこられたゼーベンヌは、室内に残る破壊の痕を見ながら絶句していた。


 なぜ私がここに連れてこられたのか、とか、騎士団じゃない人まで一緒に連れてきてどうするのよ、とか。

 口に出せなくても、わりと言いたいことはたくさんあった。しかし、そんなことを考えている余裕は、術式陣を通って乗り込んだ時点でどこかに消え失せた。


「嘘でしょ……」


 壁も床も天井も、ひび割れ砕け穴が開いている。


 元は砦として使われていた建物だ。数百年前に建てられたものとはいえ、その頑丈さは通常の建物の比ではない。


 にもかかわらず、だ。

 攻城戦で大量の兵士たちがこの砦を奪い合って戦ったりとか、或いは魔物の大群からの国土防衛でこの砦を使用したとか。

 下手すればそんな状況すら上回るような破壊を受けているこの部屋では、いったいどれほど激しく戦闘が行われていたというのだろうか。


 想像を絶する。


「エイ君、デザ君!? い、今治すからな!!」

「――!」


 悲鳴のようなケイナの声に、ゼーベンヌは横っ面を叩かれたような気分を味わう。

 あの二人が、そんなに手酷くやられたのか。


 それだけじゃない。チャスカ団長もブライアン団長も。トマロット副隊長やプリメーラ副隊長も。皆ボロボロにやられている。

 強大な化け物の討伐戦とはいえ、ここまで甚大な被害を受けたことがあっただろうか、というレベルである。


「本当に、危機的状況だったのね」



 ここに来る直前、遺体安置室でバタバタとしていたら、騒ぎを聞き付けたケイナ隊長なんかがやってきた。

 ケイナ隊長も、一緒にいた紫髪の少女も、修一の姿を見て激しく驚き、そして何事かと問い詰めようとした。


 そこに、安置室からゲドー隊長が出てきて、そこにいたうちの何人かを有無を言わさずまとめて引っ張っていってしまったのだ。


 向こう側が少々厄介なことになっているから先んじて並以上の戦力を連れていきたいのだと、途中の廊下を歩いているときにゲドー隊長は言っていた。


 本来の手筈では転移術式が通り次第、第四、第五騎士団の副団長がそれぞれ一分団ずつ率いて乗り込み、残党の制圧を行うことになっていたが、まだ、その段階ではないのだと。


 その時のゼーベンヌは、そこまでひどい状況なのだろうか、と半信半疑であった。


 騎士団団長三人に加えてエイジャ隊長なども行っているのだ。

 控えめに言って、「負けるはずがない」と思っていた。


 そして意気揚々とばかりに前を歩く修一の姿を見て、ゼーベンヌはひとまずのところ現場に行ってみることにした。


 具体的なことは、自分の目で確かめればいいと考えて。


 そして、来て見て感じて、……あまりの惨状に思わず呆然としてしまった、という訳である。



「そこのアナタ! こっちに来て手伝っテ!」

「っ! え、ええ、分かったわ!」


 そんなことを考えていたら、ケイナと一緒にいる紫色の髪の少女(ヴィラと名乗っていたはずだ)から呼ばれた。

 そうだ、ぼうっとしている場合ではないのだ。


 一緒に陣を抜けてきた他の三人は、こちらに来るや駆け出して、突入部隊の治療にあたっている。

 メイビーだって、トマロット副隊長の治療をしているのだ。


 回復系統の術は使えなくてもやれることはあるはずだと、ゼーベンヌもそちらに向かう。


「何をすればいいの!」

「ケイナがここの三人に、さらにまとめて治癒神術をかけるらしいノ。ワタシも治療を手伝いたいから、協力してちょうだイ」


 チャスカとデザイアと、それにエイジャ。

 三人とも意識を失っている。

 命の危険がないところまでは回復させられているみたいだが、まだ全快には程遠そうだ。

 まだまだ治療が必要なのだろう。


「了解よ。手伝うから、具体的な指示をちょうだい」


 ヴィラは、ガチャガチャと大量の小瓶を取り出しながら答えた。


「脱がせテ」

「……は?」

「そこの三人の服ヲ。上だけでいいかラ」


 ゼーベンヌは一瞬フリーズした。

 「脱がす? え、私が? 誰を?」みたいな思考が脳内を駆け巡る。


「っ!?」


 そして高位の治癒神術を使うために紡がれていたケイナの祈りの言葉が、思いっきり途中で途切れた。

 「なにしてるの?」とヴィラが訝しむ。


「ケイナ?」

「ま、ちょ、な、ヴィラ!? お、お前は何をするつもりだ!?」


 またもや悲鳴のような声をあげるケイナ。

 顔が真っ赤である。


「何って、ワタシは治癒神術の類いは苦手だかラ、薬を塗ろうかト」


 そう言って、瓶の蓋を開けて中の液体を手の上に出す。

 派手な蛍光色の薬品がトロリと流れ出てきて、それをチャスカの顔の傷に塗った。


「傷口に直接塗り込んでも効くやつだかラ、服を脱がせて斬られてるところに塗るといいワ」


 ヴィラはチャスカの上着を手早く脱がしにかかった。

 おそらく一番ダメージが深いと見たのだろう。まさしく治療行為といった感じで、テキパキと上半身をはだけさせていく。


「…………」


 ゼーベンヌは、手渡された小瓶を無言のまま見つめた。

 え、本当に私も脱がせるの、みたいに思っていた。


 と、同じく無言になっていたケイナが、ぼそりと呟いた。


「……わ、私もやる」

「え」

「ヴィラ、私も先にこれをやる」


 言うが早いか、ヴィラの足元においてある小瓶を掴み、デザイアの横に移動した。

 ゼーベンヌやヴィラが何か言う暇もなかった。


「これは治療行為、これは治療行為だ……」


 怪しげな事をぶつぶつと呟きながら、若干震える指で服を脱がしにかかる。

 心なしか息が荒くなっていて、頬はこれでもかと言わんばかりに上気している。


 ゼーベンヌは、素で「なにしてんのよアンタ」と言いそうになった。

 なんとか踏み留まって口には出さなかったが。


 そして目の前で行われている、意識のない異性の服を脱がして怪しい見た目の薬品を塗るという行為を、なんとも言えない表情で眺めていると。


「ほら、アナタも早ク」


 せっつかれてしまった。


「え、えぇと……」

「ゼーちゃん、これは治療行為だから」

「…………」


 アンタが言うな、と内心で嘆息した。


 それからゼーベンヌは残ったひとりをチラリと見て、盛大に溜め息をついた。


「仕方ない、ですね……。……失礼します、隊長」


 ゼーベンヌは、エイジャ隊長の服を脱がすことにした。別に、やましいことはないのだ。


 ないったらないのだ。



 ……薬を塗ってるときに「い、意外とイイ身体してるわね」とか思ったのは、内緒だ。




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