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第8章 37

 ◇




 ホルカスタ村での惨劇からしばらくして。

 デザイアは波濤の正式な所有者となった。


 波濤は、「剣そのものが持ち主を選ぶ」と言われている魔剣だ。

 その所有者になるということは、つまりはそういうことだ。


 デザイアは選ばれたのだ。

 亡き副団長の愛剣であった魔剣『波濤』に。


 前所有者、――キャンディフォルトの後任として。


『…………』


 デザイアは、騎士団本部で波濤を受け取りながら考えた。


 自分がこうして選ばれた理由はなんだ。

 自分がこうして生き残った意味はなんだ。


 波濤の柄を握り、軽く引いてみる。

 僅かな手応えのあと、滑るようにして鞘から刃が現れた。


 美しい装飾の施された剣である。

 だが、鞘に納められていた蒼銀色の刃はそれ以上の美しさを秘めている。

 デザイアは、確かにそう思った。


 そして、この剣を正しく十全に振るうことができるのであれば。

 この剣に断ち切れないものなど存在し得ないだろうと。

 デザイアは、刃を納めながら確信した。


『確かに、頂戴した』


 で、あるならば、だ。

 自分はこれを十全に使いこなせるようにならなければならないだろう。

 憧れであった副団長と同じぐらい。いや、それ以上に腕を磨いて。


 この剣を持つに相応しい強さを手に入れなければならないだろう。


 と、デザイアは自らを奮い起たせる。


『この国と民の安寧のために、今まで以上にこの身を捧げることをここに誓うぜ』


 それと同時に。

 デザイアは生き残ったことの意味を考える。


 団長に庇われて、生かされた。


 お前らのためならいくらだって身体を張れる、という普段の言葉通りに。

 団長は自分を庇い、そして逝ってしまった。


 波濤を受け取ったデザイアは、その瞬間のことを思い出して苦しそうに眉根を寄せる。


『……でなければ、俺はもう二度と、あの二人に顔向けできそうにない……』


 呻くように絞り出した言葉には、痛みと苦みが混ざり合っていて。

 握り締めた拳を胸に当て、静かに唇を噛んだ。


『…………』


 デザイアは、託されたのだ。


 敬愛すべき二人から。


 彼らの想いを、意志を。


 彼らには護りたいものがあった。


 それはこの国であり、民であり、この組織であり、部下であり、



 ……そして、未来であった。



 副団長からはこの剣に代えて。

 団長からはこの命に代えて。


 そうした形で、託されたのだ。


 きっと、そういうことなんだ。と、デザイアはそう思うことにした。


 そうでなければどうして、これから先を生きていけるというのか。


 デザイアには、分からなかった……。


『……ではこれで失礼する』


 やがてデザイアは、踵を返して部屋を出る。


 魔剣の授与に使われていた、騎士団総長執務室から。


 しばらく無言のまま、廊下を歩いていると。



『……よぉ、デザ公』



 立ち塞がるようにチャスカが立っていた。


 この時のチャスカは、ホルカスタ村での顛末に片が付くまで自宅謹慎を言い渡されていたはずなのだが、当たり前のようにそこにいた。


 デザイアは、勘によって初めから知っていたのか。

 驚くこともなくチャスカに向かい合った。


『気分はどうだぁ?』

『…………』

『俺様は、相変わらず最悪だ。……ふっへっへ、当たり前か』


 「ダルもキャンディももういねぇんだからな」と、チャスカは呟く。


 チャスカの目元には濃い隈が浮かんでいて、それだけで彼が、あの日以来ほとんど眠れていないのだ察せられた。

 まあそれは、デザイアだって同じであったが。


『……パルメのやつがなぁ、聞いてくるんだ。お父さんはどこ、もうひとりのお祖父ちゃんはどこ、って』

『……!!』

『そのたびにエメラが宥めてはいるが、……あいつだって父と夫を一度に喪ってるんだ。気丈に振る舞ってても、内心はヒドいもんだろぉよ』

『…………』


 デザイアは頬を強張らせ、無言で目を伏せた。

 戸惑っているようにも、怯えているようにも見える。


 それを見たチャスカは急激に顔をしかめた。

 詰め寄り、デザイアの胸ぐらを掴む。


 ハッとしたように、デザイアはチャスカを見た。


『お前、……分かってんのか』

『……』

『お前が……――!!』


 お前が、なんだというのだろうか。


 お前が下手を打ったからだ?

 お前がいなければ良かったんだ?

 それとも、……お前が死ぬべきだったんだ?


 ただ、たとえなんと言われたとしても、今のデザイアは言い返す言葉を持ち合わせていない。

 きっとチャスカのいう言葉は正しいのだと、デザイアの勘はそう言っていたから。

 言い訳がましい言葉を口にするつもりは、デザイアにもなかった。


 だから、やがて出てきた言葉には、デザイアは余計に戸惑ったのだ。


『お前が――、……ここにいる意味が』

『……なにを……?』


 ギラリ、と緑色の瞳がデザイアを射抜く。

 一切の反論を許さぬ、強い瞳だった。


『お前が生き残った意味が。その剣を受け取った意味が。……お前は、本当に分かってんのか?』

『…………』


 それは、奇しくも先程までデザイアが考えていたことと同じであった。

 デザイアは、弱々しく答える。


『……分かってる』


 ギリっと奥歯を噛み締める音が、チャスカから聞こえた。


『――だったら、』


 チャスカは手を離すと、デザイアをどんと突き飛ばした。


『テメェが、いつまでもそんな顔してんじゃねぇよ!!』

『っ!』

『お前がどれだけ悔やんだって、キャンディもダルも帰ってこねぇんだ! んなもん分かりきったことだろぉが!! ――うじうじしてる暇があったら……、』


 さらには乱暴に歩み寄って、デザイアの胸に拳を当てる。


『務めを果たせ……! この国を、土地を、民を、未来を! 護れるように強くなれ! アイツらに笑われないように、胸張って前向いて戦い続けろ!!』

『……!!』


 言いたいことを全て呑み込んだような声で、チャスカは吼えた。

 デザイアはただただ圧倒されることになる。


『お前は託された。そしてそれを……受け取ったんだからなぁ』


 最後にそれだけ言うと、チャスカはデザイアの横を抜けていってしまう。


 その場に残されたデザイアは、しばしの間立ち尽くしたが。


『……言われずとも、やるさ』


 やがて力強く歩き始めた。

 その表情にはもう、戸惑いも怯えも浮かんでいなかった。


『これからはもう、――守られるなんてゴメンだからな』



 この日以降デザイアは。



 以前にも増して精力的に活動をしていくようになる。


 騎士団本部の修練場には毎日のように足を運び、日々の通常訓練とは別に、身体が動かなくなるまで剣を振り続けた。


 波濤の扱い方を知り、戦いのスタイルを変え、それに肉体が馴染むまで繰り返し繰り返し反復する。


 波濤を正しく振るえるように、己の技量をひたすら磨くことに努めたのだ。


 そしてそれと平行してデザイアは、数多くの任務をこなしていく。


 僅か数か月の間に彼がこなした任務の数は大小合わせて十三にも及び、その中には、死と隣り合わせと言っても過言ではないような危険なものもいくつか混じっていたわけだが。


 デザイアと、彼の率いていた分団は、その全ての任務を達成し騎士団本部に帰ってきた。


 明らかに過剰な任務受理数と、それにも関わらず高い達成率。


 デザイアを含めた第四騎士団の団員たちの士気は、尋常でないほど高かった。


 年が明け、春になり、その実力と功績が他に類を見ない早さで積み上がっていくのを認められたデザイアは、弱冠二十歳という若さで第四騎士団の団長に任命される。


 まだ実力的に見れば団長にするのは早いという意見もあったが、それ以上に、その立場に立たせることでより多くの経験を積ませ、相応しい強さを得られるようにしてやるべきだ、という意見のほうが強かったのである。


 そうして団長となったデザイアは、任務の遂行とともに国内の見回りを行うようになる。


 各地方の町や村を順に訪れ異常がないかどうかを確認する。

 それは、村ひとつを化け物に奪い取られるというような悲劇をもう二度と起こさないためもので。


 自分自身の目と耳で。

 獣のような鼻と神憑り的な勘で。


 ヤツらが次に何かしてくることがあったとして、できるだけ早い段階でそれらを察することができるようにするためのものであった。


 そしてデザイアのそうした行動は、事情を知らない一般市民たちからはおおいに歓迎された。


 ブリジスタ騎士団は基本的に防衛のための戦力であるため、何もないうちから地方に足を伸ばすということは少なかったのだ。


 デザイアたちは、行った先の町や村で問題が起きていないかを確認し、実際に何か問題起こっているのであれば、そのまま問題の解決を行う。


 少数の魔物の出没や徒党を組んだ不埒者の捕縛など、警備隊の手には余るもののわざわざ騎士団を呼ぶほどのものでもないという程度の問題は、わりとどこの町でもあったようだ。


 あるいは、単に村を囲う柵が古くなったので作り直したいというような依頼もあったりしたわけだが、デザイアは、そうした問題に対しても真摯に向き合って対応した。


 普段は首都にいて、ほとんど顔を会わせることのない騎士団の人間が、小さな町や村のために一肌脱いでくれるのである。

 そこに住む人々が、喜ばないはずはなかった。


 この遠征によって、ブリジスタ騎士団への国民の信頼はより高まることとなったし、デザイア自身に対しても、誰からも慕われる強い団長として人気や評判が集まった。


 こうして団長になってからの数年間、一年の大半を地方遠征に費やしながら経験を積んだデザイアは、ようやく団長として相応しい強さを手に入れている。


 それだけのことはしてきたと、デザイア自身が納得できる強さを。


 今度こそ、あの化け物たちにも負けない力を。


 手に入れたのだ、とデザイアは確信した。


 いつでも来いと。


 姿を見せろと。


 そう思えるようになる強さを。


 手に入れて。



 そして、今、その時は訪れたのだ――。




「はあっ、はあっ、はあっ……!」


 最後の奥の手を放ったデザイアは、荒い息を吐きながら膝を付いた。

 手にした装飾剣を床に突き立てる。


 部屋中を覆い尽くすような眩い光。波濤の刃から放出された極大かつ濃密な蒼光は、宙吊りにされた化け物を一飲みにした。


 全力で振り抜いた波濤万里は天井に衝突しても消えることなく突き進んでいき、古い砦を改造した建物の天井と床を、まとめて突き破り穿っていく。


 もし今、この砦を遠くから眺めている者がいたとすれば、その者はきっと目撃したはずだ。


 砦の上部から夜空の月めがけて伸びていく、一筋の蒼い光を。


 それだけの威力が篭められた一撃を、デザイアは打ち込んだのである。


 いかに化け物といえど、耐えられるはずがない。


「か、あ、ああ……」


 デザイアの全身を虚脱感が襲う。

 獣化が徐々に解けていき、肉体は元に戻っていく。


 光量を最大まで貯めるために、休まず剣を振り続けたのだ。

 奥の手を全て切ったことも加えて、凄まじい疲労が身体に溜まっていた。

 それに、斬り合いの中で化け物から受けた攻撃も十や二十ではない。

 全身を、これでもかといわんばかりに切り裂かれている。


 もう、まともに身体は動きそうになかった。


「アイツは……」


 弾丸を込め直しながらエイジャが、天井に空いた大穴を見上げる。

 昇った月が見えるばかりで、化け物の姿はどこにも見えない。


「どこまで吹っ飛んだんだ……?」


 あまりの威力の強さに、遠方まで飛ばされてしまったのか。

 エイジャには分からない。


「……俺様が、確認してくる」


 右肩を押さえていたチャスカが名乗りをあげた。

 ゆっくり大穴の下に歩み寄っていく。

 まとめて波濤万里に飲み込まれていた黒蟲たちを呼び集めると、一本の鎖を作らせた。


「ちっ、もろに喰らったやつは砕けたか。しばらくは数が足りねぇなぁ」


 面倒臭そうに呟きながら、鎖の先を天井の大穴まで伸ばす。

 穴の縁に張り付かせると左手に鎖を絡めて引っ張った。

 ゆっくりと、身体が持ち上がっていく。


「お前ら、今のうちに回復してもらっとけぇ」

「……チャスカさんは?」

「肩に穴が空いたぐらいだぁ。後でいい」


 エイジャは、チラリとデザイアの様子を一瞥し、それから頷いた。

 自分もそこまでダメージを受けていないが、デザイアは早急に回復させる必要がある。

 ダメージもそうだが、疲労の蓄積が尋常ではない。


「デザ君、肩を貸すよ」

「……すまない、エイジャ」


 チャスカが上の階に昇ったのを見て、エイジャはデザイアに駆け寄った。


 そして、疲労困憊の親友に肩を貸して立ち上がったところで。



「がっ――!?」



 上階から、声が聞こえた。


 えっ、とエイジャが振り向いた先では。



 チャスカが、――上階から突き落とされていた。



 背中から床に叩き付けられて、動かなくなる。



「…………はっ?」


 エイジャが呆然と、それを見つめる。


 デザイアは、霞む視界で上階を見た。


「――――」



 服も肌もボロボロになった男が、――そこに立っていた。



「…………チクショウ」


 次の瞬間、デザイアはエイジャを突き飛ばした。


「うわっ!?」


 エイジャはとっさに受け身を取る。


 デザイアは。


「しゃああああっ!!」


 最後の力を振り絞って装飾剣を振り抜いた。


 煌めき流れる刃を、掠めるように黒い影が走る。


 波濤を掻い潜った影は、その勢いのままデザイアにぶつかった。


「…………!」

「…………我輩は、」


 黒い影――ヴァンパイアは、デザイアの腹に突き込んだ小剣を捻りながら抜いた。真っ赤な鮮血が床に散る。


 デザイアが、口から大量の血を吐きながら崩れ落ちた。


「死なん。……!」


 ふいに強烈な殺気を感じた男は、つられてそちらを見る。


 いつの間にか立ち上がっていたエイジャが、火薬銃をホルスターに納めていた。


「…………死ねよ、化け物」


 目にも止まらぬ早さで、エイジャは懐に両手を突っ込んだ。


「“レーザーバレット”ッ!!」

「!!」


 流星群のように。

 大量の光線が化け物に降り注いだ。


 合計二十発をほんの数秒で撃ち尽くす大盤振る舞い。


 男は射線を読んで小剣で弾こうとするが、三発か四発弾いたところで受けきれなくなった。

 残りの光線弾が、ことごとく男の肌を灼く。


 ただでさえ波濤万里を浴びて多大なダメージを受けているのだ。

 避けようと思っても避けられない。身体がついていかなかった。


「ぐううっ……!」


 男は苦しそうに呻く。

 能力の(・ ・ ・)リソース(・ ・ ・ ・)を耐久力に回して無理矢理耐え凌ぐ。


「…………」


 やがてエイジャは二十発撃ち切った。

 最後のデリンジャーを投げ捨てると同時に、化け物が飛び込んだ。


「――――!」


 エイジャは、それだけで射殺せそうなほど鋭い視線のまま、もう一度火薬銃を抜く。


 抜く動作が、見えなかった。


 化け物が気が付いたときには、銃を抜いて撃っていたのだ。


 左手で撃鉄を撫でるように起こし、引き金を引けばまたすぐに起こすを繰り返す。


 神速と呼んで差し支えない驚異の連射を前に、化け物は回避を捨てた。


「おおおぉぉおおおおお!!」


 急所たりえる部分だけを守り、あとは当たることを気にせずに間合いを詰める。


 果たしてそれは、エイジャを捉えた。


 六発目の銀弾が右の耳に風穴を空けて飛んでいき、化け物は、その瞬間に小剣を振るう。


「っ……!」


 漆黒の刃はエイジャの身体を袈裟懸けに斬り裂く。

 左脇から腰まで深々と線が走った。明らかな致命傷だった。


 エイジャの右手から、撃ち尽くした銃が落ちた。


「っ…………」


 それでもエイジャは、強い感情の篭った瞳で化け物を見据えていた。

 震える左手で、最後の一挺を抜こうとする。


「…………くそっ…………」


 そしてそれは叶わず。

 身体から力が抜け。


 倒れ伏して意識を失った。



 チャスカ。デザイア。そしてエイジャ。



 三人とも、――戦闘不能(リタイア)である。




 ◇




 ブリジスタ騎士団の誇る精鋭をことごとく打ち倒した化け物。


 ヴァンパイアは、目の前の人間が動かなくなったのを見て大きく息を吐いた。


「獣め、……やってくれる」


 憎々しげに言葉を吐き出す。

 想像以上に消耗していると、認めざるを得なかったからだ。


「魔剣の力をあそこまで引き出すか……」


 波濤万里を喰らったあの瞬間。

 男は本能的な危機感を抱き、全力で鎖を引きちぎっていた。


 そして天井に押し付けられて突き破っていく間にその危機感が確かなものであることを悟った化け物は、持てる力の全てを使って身体を捻り、もがき、蒼光から抜け出したのだ。


 膨大なエネルギーの奔流から脱し上階に転げ落ちた男は、灼けた肌の痛みを自覚して呻いた。

 あと数瞬判断が遅ければ、どうなっていたか分からなかっただろう。


「人間のわりには、よくやったものよ」


 無論それは、自分が負けていたかもしれないということではなく。

 今以上に能力を使い、リソースを消費していたかもしれない、ということだが。


「ああ、それにしても、」


 男は心底嘆く。


「もったいないことをしてくれる」


 せっかく蓄えたリソースを――命を(・ ・)、無視できないほど削られたのだから。



 この国の人間たちから、頂いた命を。



「ここを片付けたら、また集めなくてはならないな」


 男には、生まれつき特異な能力があった。


 人間たちが天恵(ギフト)と呼ぶものと同類の。

 人間たちの血を飲むことで生命力を得、活動するヴァンパイアにあって更に異端な。


 他者の命を直接奪い、蓄えておける能力が。

 蓄えた命(リソース)を使って肉体の強化や回復を行える能力が。

 この男には備わっている。


 その出力は、血印魔術によるものの比ではない。

 魔力などではなく、命そのものを消費するからだ。

 エネルギーとしての濃さが違いすぎる。


 また、蓄えられる量にも限界らしい限界はなく、命を集めれば集めるほど、一度に使えるリソースの量も増えていく。


 そしてこの能力は、自らが直接手を下さなくても、あらかじめ領域を指定して手順を踏んで行えば配下の者たちが代行することもできるのだ。

 昨日、リャナンシーたちが暴れ回り、ブリジスタの首都を焼いたような形であっても。


 つまりこの化け物は今回の騒動において、復活のための贄と同時にそれらの命を集めていたのである。


 だから、昨日の騒動で死んだものは蘇生呪術でも生き(・ ・)返れない(・ ・ ・ ・)

 命を根こそぎ奪われてしまっているから。

 還ってくるためのエネルギーがないから。


 それは、騎士団に倒された配下であっても同様なのだが。

 そんなことは、男にとってどうでもよいことである。


 人間も、配下も、全ては我輩のために生き、そして死ねばよいと。

 男は心からそう考えていた。


「…………」


 男は、数秒じっと佇み、最低限肉体を回復させる。

 全身の痛みがなくなるまでリソースを消費すると、手足を動かして調子を確かめた。


「……まぁ、問題はなかろう」


 残りを片付けるぐらいは。

 この部屋に来たときからごそごそと、何かしている魔術師と神官を始末するぐらいなら。


「あの女もいることであるし」


 それに、……どうやって逃げたか知らないが、昨日自分が連れてきた人間も一緒にいるのだ。


 最後にあの女の血を飲み干して、一息つけばいい。


 そう考えて、ノーラたちのほうに向き直った化け物は、……しかし訝しげに眉をひそめた。


「…………なんのつもりだ?」


 男の数歩先には、ひとりの女性が立っていた。

 透き通るような緑色の髪で、人形のように無表情のままの。


 そして彼女は、恐れも怒りも微塵も感じさせない抑揚のない声で、化け物に告げる。



「命令を遂行します」



 魔術師隊副隊長プリメーラ・イルミラージは、それだけ言って静かに頭を下げた。




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