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第8章 36

 ◇




「おおおぉぉぉおおおおお!!」


 持てる力の全てを出しきるように。

 デザイアは一瞬とて休むことなく攻め手を繋いでいた。


 波濤と渇血によるコンビネーションは余すところなく男を攻め立て、絞り、猶予を削る。

 全方位から畳み込むようにして刃を打ち込み、男に回避の隙を与えない。


 受けさせて、止めさせて、弾かせて。

 溢れるように生じる僅かな綻びに、切っ先を捩じ込んで掻き切りにいく。


「かああっ!!」


 団服の下の肉体はすでに変化しきっていて、元の身体から二回りほど膨らんでいた。

 純粋に筋量が増えたことに加えて、骨自体も太く、強靭になっている。


 パワーとタフネスさは大型の野生動物にもひけをとらないだろう。


 理性が薄れることについても戦意の高揚と痛覚の鈍化を引き起こすものであり、戦闘能力という一点においては、より高める働きがある。


 使う剣技はそのままに身体能力を存分に高めることのできるこれは、ウェアウルフたちの持つ「獣化」という体質がデザイアの天恵ともつれ合って発現したものだ。


 だからこそデザイアには、鋭い嗅覚と神憑り的な勘が備わっている。

 まるで獣のような、鼻と勘が。


 そして、……人間として生まれたにも関わらず「獣に近付ける」体質が出てしまったことは、デザイアの人格形成に少なからぬ影響を及ぼしている。


「くたばり、やがれええっ――!!」



 思い起こせば、幼少期には散々親に手を焼かせた。


 癇癪を起こすとすぐに獣化してしまい、手当たり次第に人や物に噛み付いていた。


 甘噛みなどという可愛らしいものではない。

 幼い衝動は手加減というものを知らず、あらゆるものを全力で噛み千切ろうとしていた。


 人形やヌイグルミを貰っても一月と保たず噛み壊してしまう。

 飼っていた小鳥を噛み殺してしまってからというもの、デザイアの家では動物を飼うことはなくなった。


 軍人だった父親にはよく殴られた。

 興奮して暴れるたびに捕まえられて拳骨された。


 逆に母親からはほとんど怒られなかった。

 それが、自分をそんな風に生んでしまった己の血筋を悔やみ遠慮していたのだと、デザイアは大きくなってから理解した。


 時々、どうしようもなく衝動的になる自分を治めるために、デザイアは庭や野を駆け、山に入って木や崖を登った。

 家でじっとしていることが出来なかった。

 鳥やリスなんかを捕まえては放してを繰り返し、一日中外で遊んでいた。

 いつも傷だらけの泥だらけになって家に帰り、母の手を煩わせていた。


 やがてエイジャやケイナと出会い、二人と一緒に遊ぶようになって少しずつ自制というものを知るようになるまでは、デザイアは人間の姿をした獣であったのだ。


「おらあっ!!」

「っ――!」


 大きくなるにつれ、父から剣の手解きを受けたデザイアは、有り余る衝動を剣にぶつけるようになっていた。

 毎日毎日一心不乱に剣を振り、疲労で動けなくなってその場で寝てしまうこともままあることだった。


 エイジャからはやりすぎだと笑われた。

 ケイナからはやりすぎだと心配された。


 けど止めなかった。


 父は出世して忙しくなったのかあまり家に帰ってこなくなったし、母は相変わらずデザイアに強くものが言えなかった。


 そのころには、むやみに獣化することもなくなっていた。

 剣に注ぎ込んだ情熱の分だけ、自分がちゃんとした人間になっていっている気がした。


 ケイナが聖国に留学し、いつもヘラヘラしていたエイジャがまっとうな仕事である騎士団に入ったのを機に、自分が何になりたいのか考えるようになった。


 剣の腕を生かしたいと思った。

 もっとちゃんとした人間になりたいと思った。

 自分はきちんと人間であると、皆に認めてもらいたいと思った。


 気が付けば、エイジャのあとを追って騎士団に入団していた。

 エイジャが自慢げに制服を見せびらかしてきたときから、カッコいいとは思っていたのだ。


 デザイアは第四騎士団に配置になり、そこで数年を過ごす。


 剣の腕はぐんぐんと上達し、二年ほどで分団長相手でも勝ちを拾えるほどになっていた。


 騎士団において強さとは、そのままステータスであった。

 強くなるたびに周囲から認められ、自分が良い人間になっていくかのような気持ちを味わえた。


 獣化をする必要もない。

 自分は完璧に人間になれたのだ。


 デザイアはそれが誇らしかった。


「しゃあっ!」


 団長にはよくしてもらっていた。

 鍛えるばかりじゃつまらないぞと、大人の遊び方を教えてもらったりもした。


 新しく配置になった副団長はよき目標になった。

 団内で一番強い団長は鉈を使っていたため、明確に剣の腕で自分より強い人間が同じ団内に来たことが喜ばしかった。


 それに、副団長が腰に差していた剣もカッコいいと思った。

 美しい装飾もそうだし、なにより一度抜けばあらゆるものを断ち切れそうな刃の輝きが、デザイアはしびれるぐらい好きだった。


 いつかあれだけの業物を、使えるようになりたいと思っていた。


「――――!」


 団長の言葉が好きだった。

 この国のためなら喜んで死ねると。

 お前らのためならいくらだって頭を下げられるし、いくらだって身体を張れると。

 酒で顔を赤らめながら、それでも目だけは真剣な輝きを帯びていたから。


 副団長の言葉に憧れていた。

 この国の人たちを皆みんな護りたいと。

 そのために自分はどんな苦行をも乗り越えて、あらゆる敵を打ち払えるよう強くなるのだと。

 はにかむように笑いながら、それでもその瞳の強さには一点の陰りもなかったから。


 そしてデザイアは、自分の強さに、命に、それだけの重さは籠っているのだろうかと考えた。


 守って貰えるだけの重さが。

 守っていけるだけの重さが。


 こんな、獣の血が混ざったような自分に。

 自分の為に強くなろうとしていた自分に。


 あの人たちの言うような重さが、あるのだろうかと。


 デザイアはずっと疑問に思っていた。



 ……果たしてその答えは、最悪の形で知ることとなる。



 団長と副団長を喪ったことで。否が応にも――。



「おおおおぉぉぉおおああああああ!!」


 乾坤一擲。

 デザイアの波濤が、男の胸元を斬り裂いた。


 今までで一番深い。

 ざっくり裂けた傷口からは勢いよく鮮血が噴き出している。


「……うるさいぞ、」


 だが、それでも。


「獣が――!」


 赤目の化け物は怯まない。


「っ……!」


 お返しにと脇腹に突き込まれた小剣の鋭さが、デザイアの足を止めさせる。


 右手を狙って打ち付けた鉈は、素早く手を引かれて空振った。



 途切れることなく続くデザイアと化け物の攻防は、徐々にではあるが、化け物の優勢に傾きつつあった。


 エイジャの銀弾による援護を足しても尚。

 デザイアの肉体にばかり青痣や生傷が増えていく。

 いまも、ようやく一太刀浴びせたと思ったらすぐに返されてしまった。


「くそ……! くそっ……!!」


 デザイアは、荒い息を吐いている。


 奥の手である獣化は、普段以上の身体能力を引き出す代わりに体力を激しく消耗した。


「あまり使いこなせていないな。その能力」

「ああっ……?」

「我輩の動きを読むことはできても、身体が振り回されてついていっていない。ひどくチグハグではないか?」


 男の指摘は正しい。

 デザイアは、波濤を使うようになってからというもの、一度も獣化していない。


 使わないように、気を付けて過ごしてきたからだ。


「慣れない武器を振り回されたところでなんの怖さも感じぬ。貴様は確かに人間のわりによく戦えるが、その戦いの動きに力の強さが馴染んでいないのだ」

「…………」

「まぁ、今の我輩の肌さえも斬り裂く剣の腕だけは、認めてやらんこともない」


 男は、翔んできた銀弾を三発まとめて叩き落とした。

 エイジャの弾丸は、もう完全に見切られていた。


「……貴様の腕もたいしたものだが、速いだけで真っ直ぐ飛んでくるのであれば読むのは容易い」

「……まいったね、こりゃ」


 エイジャは素早く再装弾しながらぼやいた。

 火薬銃も光線弾機術も当たらないとなれば、エイジャは打つ手がない。


「ふっ――!」

「っ……!!」


 男から斬り込んでくる。

 デザイアは、歯を喰いしばって打ち合いに応じた。

 手数の打ち合いは自分の土俵である。

 負けるわけにはいかなかった。


 打ち合わせること、三つ、四つ、五つ、……七つ、八つ、九つ……。


 平然と動き続ける化け物に、デザイアはじりじりじりじりと押されていく。


 肺が痛いなどいつ以来か。

 腕が重いなどいつ以来か。


「ふんっ!」

「!?」


 鉈を躱された。

 だけでなく、手元を鞘で叩かれた。


 武器への打ち落としだ。

 渇血が、弾き落とされた。


「――!!」


 拾っている暇はない。

 デザイアは波濤を大きく振り上げた。


 男は鞘を持ち上げて防御に使いさらに小剣で斬り付けようとしてくるが。


「波濤――」


 デザイアが空いた左手を波濤の柄に添えたのを見て、止めた。


「破断鎚っ!!」

「!!」


 鞘ごと叩き斬るつもりで、全力で打ち降ろした。

 間近に雷が落ちたような轟音が、室内に響いた。


「ちっ……!」


 男は、両手で鞘を支えていた。

 全体に龍の鱗を張り付けている鞘を、デザイアの破断鎚では斬れなかったのだ。


「まだ、そんな力が出せるのか」

「生憎、お前を倒すまではな!」


 デザイアは強がりを吐いた。

 破断鎚の衝撃で両手が痺れていた。


 エイジャが銀弾を三発撃ち込み、男が跳び下がって躱す。


 その隙になんとか動かせそうになった。

 腰に差してある騎士剣の鞘を抜いて、擬似的な二刀流になる。


 化け物はトントンと軽く跳ねると、一足で間合いを詰めてきた。


 再び、打ち合う。打ち合う。打ち合う。


 デザイアは、明らかに守勢に回っている。

 左手の鞘では攻撃にならないのか。

 防御偏重の構えだ。


「くうっ……、」


 それでもデザイアは、もう少し、もう少しだ、と凌ぐ。


 凌いで、打って、それで――。


「……最後は、魔剣頼り(・ ・ ・ ・)か?」

「……!!」


 男は、光量(ゲージ)を溜めていく蒼銀色の刃を防ぎながら、そう問うた。


能力を(・ ・ ・)使っている(・ ・ ・ ・ ・)我輩の肌を裂くのだ。その剣は魔剣であろう? ならば、なにかしらの能力を秘めているのが道理である。目に見えて脅威を増していくその剣が頼みの綱だというなら、実に分かりやすいぞ」


 一際強く、デザイアの防御を弾いた。

 騎士剣の鞘を持った左腕が、泳いだ。


「――その前に潰せば良いだけだ」


 男の小剣が、デザイアの心臓を狙う。


 そして最短距離を突いた――。



「……ふっへっへ」

「!」



 ドスリ、と突き込んだ先にいたのは。


 デザイアを押し飛ばしたチャスカであった。


 チャスカは、右肩を完全に刺し貫かれながら、笑って床を指差した。


「やれぇ、黒蟲」

「っ!」


 また黒蟲がいるのかと、男は小剣を引き抜きながら咄嗟に跳び下がり――。


「――ばぁーーか」

「!?」


 ……今度は、天井から伸びてきた黒蟲が、着地前の男を捕らえた。


 そのまま絡み付き、中空で縛り上げる。


「こんなものっ――!」


 だが、明らかに力が弱い。

 力を込めてすぐに振りほどこうと――。


「させないさ」


 している男に、エイジャは銀弾を叩き込む。


 六発残らず頭を狙い、六発残らず命中させて。


 男に力を込める暇を与えない。


「貴様ら、――!?」


 そして男は気付いた。


 聖別された銀弾よりも遥かに危険なモノが、自分を狙っていることに。


「っ――――!」


 デザイアが、波濤を大きく振りかぶっていた。

 刃を覆う蒼光が、眩いほどに強くなっていた。



 これがデザイアの最後の奥の手(ラストワード)



 最大(マックス)光量(ゲージ)



「波濤、万里ぃぃぃいいいいいい――――!!!」



 溢れんばかりの蒼光が室内を満たした――。




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