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第8章 35

 ◇




 化け物の拳を喰らい続けたブライアンが、とうとう膝から崩れ落ちた。

 半壊した壁にもたれるようにして意識を失っている。


 ブライアンを戦闘不能に追い込んだ赤目の化け物は、続いて飛び掛かってくる新たな脅威に対して真正面から迎え撃った。


「うおおぉぉぉおおおおお!!」


 構える男に、デザイアは雄叫びをあげて打ち込んだ。

 右手の装飾剣を右から左へ、真横に薙いで男に当てる。


 男は鞘で合わせて受け止めた。


「――らあぁぁああっ!!」

「!」


 が、――デザイアの剣は止まらない。

 力ずくで男を弾き飛ばした。


「おおおおっ!!」


 気迫をこめて吼え猛り、さらに男を追う。


 男が小剣を突き出してくる。

 躱そうともせずに波濤を突き出した。


 両者の切っ先がお互いの首筋を掠め薄皮を裂く。


「――っ!!」


 そこで止まることなく、打ち抜け合った敵に二の手を向ける。

 突き出した右手を背面方向へ動かし、身体を軸にして回りながら遠心力を乗せる。


 同じ動きをお互いがしていた。

 二者の中間で刃と刃が衝突する。


 蒼銀と漆黒が激しい火花を散らした。


「むっ……」


 小剣が、勢いに負けて弾かれる。


 デザイアの剣。

 先程までとは力強さがまるで違っていた。


「がああああああああっ!!」


 先程までの全力など、今のデザイアに比べれば子供のお遊びみたいなものだ。

 文字通り化け物じみた膂力を発揮するヴァンパイアに対して、打ち負けることなく剣戟を叩き込んでいく。


 装飾剣と小剣の鍔迫り合いになった。


 デザイアは鉈の柄を挟んで左手を刃に添えると、全身の体重を乗せて男を押し込んでいく。

 一歩、二歩と後ずさりする化け物へ、牙を剥いて唸り声を浴びせた。


「ぐうぅうるるる……!」

「この……、」


 団服の下の肉体も徐々に膨らんできている。

 より大きな力を引き出せるように、骨格そのものが変化してきているのだろう。


 明らかに人間離れしていくデザイアを、男は穢らわしいものを見る目で睨んだ。


「獣が――!」

「あああぁぁぁぁあああああ!!」


 瞳孔の開き切った青い瞳は、もう敵しか見えていなかった。




「あ、あれ、どうなっているんですか……?」


 赤目の化け物に負けず劣らずの凶暴さを露にしたデザイアを、ノーラは信じられないものを見る目で見つめていた。


「デザイア団長は、なんで……!」

「見たまんまだろぉ」

「!」


 静かに呼吸を整えていたチャスカが、困惑するノーラに答えた。


「デザ公には、ウェアウルフの血が入ってる。母親の祖父がそうだったんだとよ」

「……!」

「普通なら、あんな風にはならないはずなんだが……ま、軽い先祖返りってやつらしいなぁ。獣人と人間の中間みたいな姿になって力が増し、理性が薄くなるんだと」


 チャスカは、感情の読めない瞳でデザイアを見ている。

 吼えるデザイアが、男の首元に鉈を叩き付けていた。


「……なぁ、アイツが恐ろしいと思うか?」

「え……」

「獣人とじゃない。ウェアウルフとだ。人間と化け物の混ざり者だ。普段はそんなそぶりを見せないようにしているが、怒りで我を忘れるとああなる奴だ」


 獣としての姿や特性の一部を持っただけの人である獣人と違い、ウェアウルフはれっきとした魔物である。


 人間と同じかそれ以上の高い知性と身体能力、獣になれる体質、凶暴性を併せ持つ。

 個体によっては人間に友好的な者もいるらしいが、たいていは人間を獲物として見ている。


 ヴァンパイアと、さして変わらない存在なのだ。

 その血が、デザイアには入っているという。


「恐ろしいと、思ったりするのかぁ?」

「…………」


 ノーラは、数秒考え込みながらデザイアに視線を向ける。


「……いえ」


 そして静かに、否と答える。


「あの人は人間ですから」

「……化け物の血が混ざっていてもか?」

「混ざっていてもです」


 ノーラの視線の先。

 男と打ち合うデザイアの剣捌きはひどく荒々しく、乱暴だ。

 力ずくで武器を使っているようにも見える。


 しかし、実際はそうではない。


「あの人は人間で、剣士で、そして騎士団の団長です。私たちを護ってくれる人です。私たちのために戦ってくれる人間です。あの人がそうあろうとしているというなら、きっとそうなんです」


 戦いの素人たるノーラが見ても分かるぐらい。

 デザイアは、確たる剣技でもって剣を振るっている。


 筋力に振り回されているだろうときはあれども。

 鍛え上げた剣技を捨てている様子は微塵もない。


 確かに理性は薄れているのかもしれないが、それでもデザイアは剣士として戦っている。


 それなら、大丈夫だ。

 ノーラからすれば、怖いことはない。


「それに、……もっととんでもないことをする方でもきちんと人間だったみたいですから。それを考えれば、デザイア団長は恐くはありませんよ」

「……ふっへっへ、そうかい」


 師匠のことを思い浮かべて思わず苦笑いしたノーラに、チャスカはつられて笑った。

 そこに、粘着質な厭らしさは浮かんでいなかった。


「それなら、……アイツの頑張りというものも、無駄じゃあなかったんだなぁ……」


 さて、とチャスカは立ち上がる。


「じゃあ、そろそろ俺様もいくかぁ」

「え?」

「エイジャも起きたことだし、俺様ももう少しぐらいなら動けそうだ。だったら、――やれることは、全部やらないとなぁ?」


 男に殴り飛ばされたエイジャがようやく動き始めたのを見て、チャスカは懐に手を伸ばす。

 つるつるした小石のようなものを取り出して飲み込むと、トマロットに告げた。


「ここから出る。俺様が出たあとにブライアンを引っ張り込んで壁を張り直してくれ」

「……分かりました」


 一瞬だけ逡巡した後、トマロットは了承する。


「……“マスキング”」


 チャスカは認識阻害魔術を使って姿を消しながら安全地帯を抜け出ていった。

 弾丸を込め直しているエイジャとともに、デザイアの援護に回るつもりだ。


「……しかし」


 ブライアンを壁際まで引き寄せて防壁を張り直す神官の男を横目に、ノーラはプリメーラの詠唱に耳を傾ける。


「――~~、~~~~~~、~~~~――」


 相変わらず凄まじい速さではあるのだが、それでもまだまだ終わる気配をみせない。


 跪くプリメーラの足元。詠唱によって書き込まれていく魔術式が、少しずつ出来上がっていっていた。

 ノーラも魔術師の端くれとして、使えはせずとも知識だけはある。

 これは……。


「まだ、……三分の一近く残ってるんですね」


 うろ覚えの術式陣と脳内で比べてみて、それが分かった。

 最外郭部と中央部は埋まっているが、周遊部がいまだ手付かずのままだ。


 このままでは、間に合わないのではないか……?


 嫌な予感が、ノーラの心にしみ上がってくる。


「デザイア団長たちは……」


 そちらを見てみれば、変わらず激しく打ち合っていた。

 ただ、若干ではあるが、デザイアの動きが悪くなってきているようにも見える。


 銃によるエイジャの援護が再開したことで、戦況は互角のままといってもよい状況なのだが、逆に言えば互角止まりだ。


 倒しきることができれば最善。よしんば勝てずとも、戦力を削りながら応援が来るまで粘れればいい。

 というのが、当初の作戦だったらしいが……。


「保つんでしょうか……?」


 魔術式が完成するまで。

 戦い続けていられるのだろうか。


 もっといえば、応援を呼べたとしてもそれで安心と言い切れるのか分からない。


 今、あの化け物は、騎士団での作戦会議で出てこなかった力を使っている。

 想定を上回る力を発揮してきた化け物によってブライアンは戦闘不能に追い込まれているし、チャスカやエイジャも結構なダメージを受けている。


 修一ですらも完膚なきまでに打ちのめした化け物を。

 騎士団からの応援が来たとして、そのまま押し込むことができるのだろうか……。


「……、ひゃっ!?」


 無言で考え込むノーラであったが、ふいに脇腹をつつかれて我に返る。

 素っ頓狂な声が漏れて、慌てて見てみれば――。


「――――」


 プリメーラが、詠唱を止めることなく手を伸ばしてきていた。

 手には畳まれた紙と、魔力を込めて使うことのできる白蝋墨が握られている。


「え、っと……」


 戸惑っていると、もう一度脇腹をつつかれた。

 受け取れ、ということなのだろうか。


 ノーラがおそるおそる紙と蝋墨を受け取ると、プリメーラは、今度は別の紙とペンを取り出して、何事かを書き記した。


 それをノーラに見せてくる。

 そこには、こう書かれていた。


『勝てます。必ず』


 ノーラの不安を察してのものなのか。

 勇気づけるように、大きくて力強い筆致で書かれている。


 プリメーラは、さらに文字を書き足した。

 今度は丁寧な文字で、こう書かれていた。


『だから、手を貸してください』

「……!」


 それを見てノーラは、渡された紙を慌てて開く。

 大きく広がった紙面には、大量の文字や記号、図形によって精緻に書き上げられた術式が載っていた。


 見比べるまでもなく分かる。

 これは今、プリメーラが作ろうとしている術式陣だ。

 こうして見てみれば、あとどこが足りていないのか一目瞭然――。


「まさか……!」


 プリメーラは、腕を伸ばしてペン先で示す。

 いまだ空白となっている領域の一点。そこから、半時計回りにペンを回してみせた。


 改めて、陣を見てみる。

 詠唱によって書き上げられていく空白は、概ね、時計回りに文字や記号が記されていっていた。


『お願いします』

「…………」


 ノーラはもう一度だけ、紙と実物を見比べて。


「……分かりました」


 頷いた。

 蝋墨に魔力を込める。


 それから陣の上に身を乗り出して、一心不乱に書き始めた。


 詠唱の逆回しで。

 一刻も早く魔術式を完成させるために。




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