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第3章 7

 ◇




 修一の言う徹底的とはすなわち、行動不能(・ ・ ・ ・)若しくは再起不能(・ ・ ・ ・)になる程度の負傷を戦った相手(・ ・ ・ ・ ・)全員に(・ ・ ・)与え、カズール組の戦力を出来るだけ削ぐという事である。


 そのため修一は、カズール組の組員に出会う傍から剣を振るい、体のどこかしらの骨――主に手足の骨――を叩き折ってから気絶させている。

 メイビーにしても、今までの鬱憤を晴らすかのごとく魔術を行使し、組員たちは近付くことも出来ずに打ち倒されていく。


 その結果、修一たちが宿を離れてから二時間ほどの間に、実に二十六人もの組員たちを戦闘不能にした。



 この騒ぎをカズール組のボス、シエラレオは早い段階で察知しており、途中から組の中でも手練れと呼べる者たちを修一たちの相手として向かわせていたのだが、


「一切役に立っておらん、という訳か?」

「は、はい」

「うーむ」


 シエラレオは深く息を吐き出して目の前に立つ部下を見る。

 カズール組がアジトとして使っている建物、その一番奥の部屋にて部下からの報告を受けているのだが、入ってくる情報はどれもこれも芳しくないものであった。

 何度か行われた戦闘ではいずれもカズール側の戦力ばかりが削られることとなり、既に三割近い組員が行動不可能な状態となっている。


「これを買ったのは失敗だったかの」


 机の上に置かれた契約書、メイビーの署名が入ったそれを見ながら肘掛付きの椅子に体を預け、白髪の混じる頭をゆっくりと揺らしながらどうしたものかと思案する。

 この契約書を金貸し連中から買い取ったのは単純に好奇心からだ。

 しつこい金貸しの奴らから逃げ続ける若いエルフというのが一体どんな人物なのか確認し、あわよくば借金を理由に自分たちの思うままに使ってやろうという考えからだったのだ。

 しかし、今そのエルフはどこかから現れた仲間を引き連れてこちらに多大な被害を与えてくれている。

 好奇心で手を出したところが大火傷をしてしまったわけだ。


「まったく、大金貨四枚分の価値はある、と思わんとやってられん」


 苦笑しながらもそう呟いたシエラレオは、目の前で立たせたままの部下に指示を与え退室させた。

 このままにしておく訳にはいかず、今後の対策を思索するシエラレオ。


 しばらくして、シエラレオの前に別の部下が現れる。

 部屋の扉を開けて入ってきたのは、二十代後半の男だ。


「おお、ワイズマンか」

「オヤジ、一体これは何の騒ぎだ?」


 ワイズマンと呼ばれた男はシエラレオの部下であり、義理の息子でもある。

 組員からは「若」と呼ばれ、カズールファミリーのナンバー2であり、戦闘能力という点では一番の手練れであった。


「実はの、この契約書の相手が暴れておってな、ウチの若い者が相手をしているんだが、悉くやられておる」

「ああ、道理でさっきから怪我した奴らが何人も帰ってきてるのか」


 ワイズマンは苦い顔をして背後にある扉に顔を向ける。

 今しがたこの部屋に入ろうとした際も、二人の組員が他の組員に肩を支えられて建物内に入ってきていたのだ。


「どうするんだよオヤジ、このままやられっ放しじゃあメンツが立たねえぞ」

「うむ、分かっておる。

 しかし、既にザスやサイーダがやられておるのだ、相手も只者ではない」

「なんだと!?」


 自分に次ぐ武闘派の二人が負けたと聞いて驚きを隠せないワイズマン。


「これ以上やられるとこのカズールファミリーそのものが潰されてしまうかもしれん。

 そうなるくらいなら奴らと和解した方がまだ被害が少ないだろう。幸い、奴らがこれを欲しがっているのは分かっておる」


 そう言ってシエラレオは机の上に置いていた契約書を手にする。

 そこに、ワイズマンが苦々しく言葉を吐き出す。


「おいおい、まさかオヤジ、ここまで好き勝手やられてんのに、アイツらと話し合いでもするつもりなのかよ」

「仕方あるまい、これ以上組員たちを潰されるわけにはいかんのだ」

「――冗談じゃねえぞ」


 そう呟いたワイズマンは、シエラレオに背を向け部屋を出ていこうとする。


「どこに行くつもりだ?」

「……部屋に戻って戦えるように準備をしておく。

 このままやられっぱなしでいいわけないだろうが」


 シエラレオにさらに何か言われるより早く扉を開き退室したワイズマン。

 その背中を見ながら大きくため息をつくシエラレオ。


「……やれやれ、ワイズマンの奴ももう少し我慢が出来るようになってくれれば、儂もさっさと隠居できるんだがのう」


 血のたぎった義息をどう宥めるか、相手とどう交渉するのか。



 考えるべきことの多いシエラレオは、更に深く椅子にもたれかかるのだった。




 ◇




「シューイチ、こっちにはいないよ」

「あいよ、こっちも姿なしだ、流石にこんだけやったら向こうも警戒するのかな」

「当たり前でしょう、先ほどの二人でちょうど三十人目です。

 ハッキリと聞いたことはありませんが、確かカズール組の構成員は百人前後だったはずです」

「あー、それが本当なら三割は潰したことになるのか、軍隊なら継戦不可能になるんだっけ?」


 修一がうろ覚えの知識を元に適当な事を呟いた。


 現在三人はベイクロードの北部に向かっている。

 戦った組員の何人かから無理矢理聞き出したところ、カズール組の本拠地は町の北部に建てられた大型倉庫の一つを改造したものだと判明したためだ。


「しかし、メイビーの魔術ってなかなか強力だよな。威力はそこまででもないけど連射出来るから遠距離から一方的に攻撃できるし、何人かまとまってきても全く問題にしてなかったもんな」

「へへーん、威力が低いのは詠唱を省略してるからであって、連発しない替わりに正確に詠唱すれば、もっと威力は出るんだよ! まあ、下手に威力を上げると人間でも真っ二つにしちゃうから、これくらいが丁度いいんだけど」

「私の指輪で楽しく戦えて何よりです、ただ、あとどれだけ魔力が残っていますか、メイビー?」


 ノーラに問われギクリとするメイビー。


「えーと、実はちょっと使いすぎちゃって、……もうあんまり残ってない」

「はあ、やっぱりですか。――シューイチさん、このままカズールファミリーのアジトを探すのはいいですが、ここから先は無用な戦闘は避けた方が良いかもしれません。

 メイビーの魔力が切れれば戦えるのはシューイチさん一人になります。そうなった場合、のこのことアジトまで向かうのは危険です」


 その言葉に素直に頷く修一。


「そうだなあ、それなら次に見つけた奴は出来る限り穏便に相手して、アジトまで案内してもらえるようにオネガイ(・ ・ ・ ・)してみようかな」


 「お願い」の発音が微妙に変ではあったが、ノーラは気付かなかった。


「そういえば、メイビーの魔力が残り少ないってよく分かったな?」

「簡単な事です。基本的に、魔術の行使で消費される魔力の量は魔術毎に決まっています。そして魔術に熟練していけば威力や効果は上がっていきますが、消費する魔力量はそこまで減りません。

 よって、行使された魔術の種類と回数を計算していけば、おのずと消費された魔力量は判明します」

「ふむふむ」


 この世界の魔術について無知である修一は、興味深そうに聞いている。

 なぜかメイビーも真剣な表情で聞いていたが、ノーラは構わずに続ける。


「先ほどまでメイビーが使っていた魔術は、風刃魔術ウインドカッターという低位の属性魔術ですが、それでも普通はあれほど連発できるものでもありません。

 メイビーがどれほどの魔力量であるかは知りませんが、一般的な意見として、あれだけ魔術を行使すればとっくに魔力切れになってもおかしくはありません。

 そして確認をしてみれば、案の定残り少なくなっていると。メイビー、正直に答えて下さい、あとどれくらい魔術を使えますか?」


 メイビーは、今までの経験と自らの感覚から残りの魔力で行使可能な魔術を考える。


「んー、多分あと三回風刃魔術を使うか、大技を一回使ったら打ち止めになりそうかな」

「分かりました。

 という訳でシューイチさん、メイビーが魔力切れになる前にカズールファミリーと決着を付けましょう」

「了解だ。――と、言ってる間にまた一人来たぞ」


 修一が指差す先から、カズール組の男が現れたのだが――。


「ありゃ? お前は確か、今朝の」


 そこに現れたのは、今朝方鯨亭の前で相手をした背の低い男だった。


「次に俺の前に現れたらどうなるか、言っといたと思うんだが」


 ゆっくりと剣を抜こうとする修一。

 男も修一に気が付き、ギョッとする。


「うおっ!? 待て待て、待ってくれ、俺はお前たちと戦いに来たんじゃあねえ!

 オヤジからの伝言を伝えに来たんだ!」

「ああ?」

「伝言、ですか?」


 男は、ノーラの方がまともに話が出来ると思ったのか、ノーラに向かって必死な表情で話しかける。


「ああ、アンタらと契約書について話がしたいそうだ、アジトまで案内するから、着いてきてくれ」

「なるほど」

「へえ、そんなこと言って俺らを騙そうとか思ってないよな?」


 修一は男に対する警戒を解いておらず、未だに剣の柄に手を掛けたままだ。

 僅かでも怪しい動きがあれば、指一本動かせない位に叩き伏せてやろうと考えている。


「騙そうだなんて思っていねえよ!

 とにかく、アジトまで来てくれよ、お前らの悪いようにはしないからよ。

 お前らにこれ以上無茶苦茶されると困るんだよ」


 修一とノーラはお互いに顔を見合わせた。


「だとよ、どうするノーラ?」

「まあ、アジトの場所を聞き出す手間が省けたと思いましょう。

 どちらにせよアジトまで行くつもりだったのですから、ここで付いていっても問題はないでしょう。……ただし」


 そこでノーラは、カズール組の男に視線を戻す。


「もし万が一これが罠だった場合、その時は容赦せず全力で潰しに掛かりましょうか」

「そうだな、そう考えたら罠だった方が嬉しいかもな」


 修一も男に視線を戻して獰猛な笑みを浮かべる。


「ああ、も、もちろんだ。

 きちんとオヤジのところに案内するさ」


 体中に冷や汗をかきながら男は振り返り歩き出す。

 後ろを付いてこいという意味なのだろう。


 そのまま修一たちは背の低い男に付いていき、三十分ほど歩いたところで目的地に到着した。


「ここが、お前らのアジトか」


 修一たちの目の前にある建物は一見すると大きな倉庫である。

 事実隣り合うように建つ他の建物は近くで暮らす農業生産者たちの農作業道具や町の備蓄食料などが積み上げられている。


 建物と建物の隙間に隠すように取り付けられた扉から中に入ると、修一は日本でいうヤクザの事務所に似た雰囲気を感じ取った。 


 そして、どこからともなく聞こえてくるうめき声は、修一たちにやられた組員たちのものだろう。

 そんな怨嗟の声を聞いてノーラとメイビーは少し表情が硬くなっていたが、修一は全く悪びれる様子もなく廊下を歩く。


 前を歩く男は、修一たちを廊下の突き当たりにある扉の前まで案内すると、ノックをしてから中に呼び掛ける。


「オヤジ、例の連中を連れてきました」




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