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第8章 24

 ◇




 結局のところ、メイビーが母親と話せたのはそれほど長い時間ではなかった。


 フラジアが少しばかり忙しそうにしていたためどうしても遠慮してしまったのもあるし、そもそも対話鏡の通話可能時間は限られている。

 実際に話せたのは十分少々ぐらいのもので、およそ二年ぶりになる親子の会話としては、ちょいと短いような気がしないでもない。


「――――」

《――――》


 会話の内容自体も、わりとあっさりしていた。


 初めこそ、メイビーがいることに驚いた様子だったフラジアだが、心のどこかでそうなるかもしれないとは思っていたようだ。

 「家にいるはずの娘が知らない間に妹の職場に来てきた」という状況も、すぐに納得していた。


 その代わり、当然の如くメイビーは母親からお叱りの言葉を受けたし、メイビーもまぁ、軽率ではあった、と一応反省の色は見せている。形だけは。


 それを分かったうえでフラジアは、それ以上叱っても効果はないことを知っていたため小言を打ち切り、メイビーの旅の様子を聞いてみる。

 よくぞ無事に辿り着けたものだと。

 怪我や病気はしなかったのかと。


 そんな問いに対しメイビーは、「最初は色々苦労したし、何度か戦闘になったりもしたけど、今は怪我もなくピンピンしてるよ。それに、旅の途中で仲良くなった友達と一緒にここまで来たから寂しくはなかった」と、答える。


 嘘ではないが、若干正確さに欠けるような返答になったのは、あまり母親に心配をかけたくないと思ったのと、多少なりとも成長したところを見せたいと思ったのと。

 そういった思いが重なって、ついついそう言ってしまったわけだ。


 しかしフラジアも、「無事に」という言葉に反応してメイビーが目を泳がせたのを見逃さなかった。

 ほんの一瞬のことであり、鏡越しのことであったにも関わらずそれに気付いたのは、ひとえにフラジアがメイビーの母であったからだろう。

 メイビーのことなら、手に取るように分かる。


 「それで、いったい何があったの?」と、有無を言わせぬ口調で問う母。


 そんな風に聞かれれば、メイビーは口を閉ざすしかない。


「…………」

《……言えないようなことなの?》

「……そうじゃ、ないけどさ」


 言えない、わけではなかったが。

 それを話すには、たぶん時間が足りないし、こんな鏡越しじゃなくて、きちんと顔を見て話したい。


 友人を助けられなかった、なんて話を、今この場で話したくはない。


「……まだちょっと、気持ちの整理がつかなくて」

《……そう。――ねぇ、メイビー》

「うん」


 フラジアは、少しだけ困ったように微笑んだ。


《今、私は、貴女に会うことができないわ》

「……うん」


 詳細は分からないが、フーカディアが言うには、何かしらの大事な用事をしていると。

 メイビーは、そう聞いている。


《貴女の母親として、今すぐそっちに戻って話を聞いてあげたいけど、それもしばらくは無理そうなのよ》

「うん、さっきフーカディアさんに聞いたよ……」

《そう。……私にも、やらなければならないことがあってね……、貴女に辛い思いをさせていることは分かっているんだけど、どうしようもないの》

「うん」


 でもね、とフラジアは続ける。


《いつか、必ず帰るわ》

「っ……」

《貴女のところに必ず。だから、どうか待っていてほしい》

「……」

《私も、また貴女に会いたいから。貴女の成長を、貴女の旅路を、母親として見守りたいから》



《お願いメイビー。どうか泣かないで。私はいつだって、貴女のことを想っているから》



《だから、もう少しだけ、待っていてくれないかしら?》

「……たまには、」

《うん》

「こうやってお話していい?」

《いいわ。――いいでしょ?》


 水を向けられたフーカディアは、片目を閉じて腕を組んだまま、手をひらひらと振った。


「ま、私がいるときならな」

《ありがとう、フー》

「いいさ、お礼なんて。それよりフラ姉、早く帰ってこないと――」


 フーカディアは、鏡を見つめるメイビーに、後ろからそっと抱き付いた。


「えっ?」

「私が、メイビーを取っちゃうかもしれないよ?」

《あら、怖いわね》

「私も、こういう可愛い娘なら欲しいんでね」

《貴女はまずイイ男を見つけなさいよ》

「男はなぁ……。まだしばらくはいい」


 メイビーの肩にあごを乗せて、フーカディアはぼやいた。

 メイビーはなんとなく「もしかして」と思った。


「……フーカディアさんて、ソッチの人なの?」

「いや、どっちもイケる」

「……そう」


 予想以上だった。


「――ところでメイビーって、肌スベスベだな」

「なんか怖いんだけど!?」


 慌てて振りほどくメイビー。

 「冗談だよ」と言っているが、どこまで本当か分からない。


《……フー?》

「だから冗談だって。さすがに姉さんの子どもには、」

《あんまりふざけてると、本気で怒るわよ……?》

「分かった分かった、だからそんな睨まないでくれよ」

《まったく……》


 さて、そんなことをやっている内に時間は過ぎる。


《……そろそろ時間ね》

「……もう?」

《ええ。呼ばれる(・ ・ ・ ・)かもしれないし》

「そっか……」


《そういえば、まだ『僕』って言ってるの?》

「えっ? うん」

《そろそろ直したら? 髪ももっと伸ばしたり、お化粧も》

「う、うーん……?」


 いきなりのことに、少々戸惑うメイビー。


《次に会うときは、その話をしましょうか》

「えー……」

《えー、じゃないの。貴女ももう大人なんだから》

「僕、まだ成長期だから」

《なに言ってるのよ、もう。――それじゃあ、またね》

「……うん。またね」


 別れの言葉を残して、通話は終わる。

 メイビーは、しばらく鏡に写った自分を見つめたあと、それをフーカディアに返した。


「ありがとね、フーカディアさん」

「どういたしまして。これからどうする?」

「んー……」


 どうしようかな、というのが率直な思いである。

 諸々を含めて、これからどうしようかな、というのが。


「取り敢えず……、ノーラの家に戻ろうかな。セドリックさんにも誘われてるし、レイちゃんやフローラさんにも会いたいし」

「そうか」

「フーカディアさんは、どうするの?」

「私か? まぁ、今日明日中にはこの騒動が終わるだろうから、主に後始末だな。しばらくは忙しい」

「……もしかして、今も忙しいの?」


 メイビーは、机の上にうず高く積み上げられている書類の山に目を向けて、尋ねた。


「なに、あれぐらいいつものことだ」


 そう答えたフーカディアは、首をコキリと鳴らした。

 それからこう続ける。


「それに、あんな紙の束よりも、メイビー(可愛い姪っ子)のほうが大事だからな」

「……!」

「いくらこの件で部下に迷惑を掛けても、まったく心は痛まない」

「……いや、そこは痛めようよ……」


 顔も知らない部下の人たちに対して、メイビーは申し訳なくなった。


「ははは。あいつらもいい加減慣れているさ」

「慣れてるんだ……」


 その後、「またいつでも来るといい」と笑うフーカディアを残して、メイビーは斥候隊隊長室をあとにした。


「……戻る前にもう一回、シューイチに会っとこうかな」



 階段を下りながらそう考えたメイビーは、遺体安置室に足を向けた。




 ◇




「あれ……?」


 治療室の前まで来たところで、メイビーは室内が騒がしいことに気付いた。


「……何かやってるのかな?」


 扉を軽く開いて、室内を窺ってみる。

 騎士団の制服を着た人たちが、奥の扉の前に集まっていた。


「……」


 メイビーは嫌な予感がした。

 団員たちが集まっているのは、遺体安置室の前だ。修一が、いるところである。

 治療室に入るべきかどうか悩む。


「――あ、いたいた。メイビーちゃーん!」

「っ……!」


 立ち入るのを躊躇していたメイビーは、背後から名前を呼ばれてドキリとした。


「え、フ、フローラさん?」


 そして声の主を見て、なおのこと驚く。

 駆け寄ってくるフローラはレイを抱いており、その後ろにはゼーベンヌの姿も。


 どうして、ここに?


「皆なかなか帰ってこないから心配になって。セドを問い詰めたらここにいるって」

「あ、そ、そうなの?」

「そうよ。ここに着いたら後ろの彼女に会って、ここまで案内してもらったの」


 ゼーベンヌに、目線だけで問う。

 彼女は、無言のまま頷いた。


「それより、ノーラは?」

「……!!」


 その一言で、「セドリックさん、まだ言ってないんだな……!」と理解する。

 フローラの背後のゼーベンヌも、「あちゃー……」と言わんばかりに眉をひそめていた。


「ひょっとして、あの子まだシューイチ君を探してるの? まだ見付かってない?」

「えーと、あのね?」


 内心で滝のような汗をかきながら、メイビーは必死に、なんと言うべきか考える。


 セドリックが伝えていないということは、セドリックはまだ伝えるべきではないと考えたのか、それとも単に言い出せなかっただけなのか。

 分からないが、事実を知らないフローラに、いきなりその事を伝えてもいいものなのか。


 メイビーは、ぐるぐるループする思考に押し潰されそうだ。


「メイビーちゃん?」


 あまりにもおかしいメイビーの様子に、フローラが訝しむ。

 ゼーベンヌも、助け船を出してくれそうにはない。


「…………」


 レイが、じいっと見つめてくる。

 なんというか、ものすごく心臓に悪い視線である。


「そのー……、」


 やがてメイビーは、たぶん誤魔化しきれないと思った。

 どのみちいつか知ることになるだろうし、それなら早いほうが良いだろう、とも。


 それに。



「…………めいびー」



 なんとなく、レイは解っている(・ ・ ・ ・ ・)ような気がしたし。


「…………実はね、フローラさん」


 そして、修一とノーラのことを話そうとした、まさにその時。



 ――――バゴォン!!



「っ!?」

「きゃっ!」

「…………!!」


 治療室内から、何かが壊れる音がした。


「――失礼」


 驚く三人の間を抜けて、ゼーベンヌが治療室の扉を開く。中に進み行って、立ち止まった。


「いったいなにが……っ!?」


 目に入るのは、倒れた団員たちと吹き飛んだ扉。



 そして、そこから出てくる一人の()だ。



「っ!!?」


 ゼーベンヌに続いたメイビーは、その姿を見て言葉を失う。


「……おっ、メイビー。それに、ゼーベンヌも」


 今日、何度も驚かされたメイビーが、今日一番の衝撃を受けて固まるなか、男は。――黒髪の男は。


「まぁ、なんだ、取り敢えず――」


 白峰修一は。



「――ただいま、かな」



 何食わぬ顔で、そんな事を言った。




 ◇




「おとうさん!!」

「ん? おお、レイか」


 フローラの腕から飛び降りて足元に駆け寄ってくるレイを、修一は両手で(・ ・ ・)抱え上げる。


「なんだ、泣いてるのか?」

「だって、だって……!!」

「……まぁ、心配かけたよな。すまんすまん」


 泣いてしまって言葉にならないレイを、修一は優しく抱き締めた。

 レイも、修一の首にガッシリとしがみついて離れようとしない。


「シューイチ君?」

「あ、フローラさん。すいません、こんな格好で」


 修一は困ったように笑う。

 治療時に脱がされたため、上は何も着ていないのだ。靴も履いていない。


「いえ、それはいいんだけど、そんなところで何をしてたの?」


 そんなところで、というのは、遺体安置室で、ということだろう。

 修一は、チラリとそちらを振り返って、答えた。


「なんというか、ちょっとした取引(・ ・)を」

「……えっと?」

「ああ、いえ、そんな怪しいものではないんですけどね!」


 誤魔化すようにまくし立てる。

 フローラも、そこまで気になっていたわけではないので、それ以上追及はしない。

 代わりに、もっと気になっていることが。


「そう……。それより、貴方はノーラがどこに行ったか知らない?」

「!!」


 ここまで固まっていたメイビーが、その言葉でハッとする。

 そして、メイビーが何か言おうとするより早く。


「ああ……、知ってます(・ ・ ・ ・ ・)よ」


 修一が、答えた。


「ほんとうに?」

「はい。……ただ、先に謝っておきます。すいませんでした」

「……どういうこと?」


 修一は、「いやぁ、」と続けて。


「俺を探しにきたせいで、ノーラを危ないことに捲き込んでしまったみたいでして」

「……」

「今、ちょっと離れたところにいるらしいんですよ」

「……そうなの?」


 「そうなんです。だから、ごめんなさい」と、頭を下げる。


「だいたい俺のせいですし、俺もきっちりけじめはつけないと、って思ってます。だから、ノーラは俺が責任を持って連れ帰ってきます。――メイビー!」

「!! ……なに?」

「お前ももちろん行くよな!」

「……どこに?」


 「決まってるだろ」と、男は笑う。



「あいつら全員ぶっ飛ばして、ノーラを迎えに、だよ」




 次はちょっと間が空くかもしれません。

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