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第3章 6

 ◇




「シューイチさん、もう一度(・ ・ ・ ・)確認します(・ ・ ・ ・ ・)がそれは本気で言っているんですよね?」

「おうともさ、俺は本気だぞ」

「え、でもでも、そんな事して大丈夫なの?」


 ノーラは、呆れ交じりにメイビーに答える。


「大丈夫な訳がありません。

 ――が、事実として相手が契約書を所持している以上、メイビーの安全を確保するためには最低でも契約書を奪い取らなければならないでしょう」

「ちなみに、この選択肢を選ぶなら俺が嬉々として手伝うぞ」

「だから、どうしてそんなに好戦的になるんですか」

「前も言ったろ、アイツらみたいなのがデカい顔してるのが気に食わないんだよ。だからこういう機会に徹底的に叩き潰しとかないとなあ」


 修一は腰に差した剣の柄に手を触れ、そう嘯く。

 対してメイビーは、困ったような表情だ。


「ねえ、二人ともどうしてなの?」

「あん? 何がだ?」

「どうして、僕を助けようとしてくれるの?」

「はあ?」


 修一は心底訝しげな声を上げるが、メイビーは更に表情を曇らせる。


「だってだって、僕はたまたま二人が泊まってた宿の前に倒れてただけなんだよ?

 なのに、宿に入れてくれて、ベッドで寝かせてくれて、ご飯を食べさせてくれて、そのうえ……アイツらと戦おうとしてくれてるんでしょ?」

「そうだな」

「助けてくれたのは凄い嬉しかったよ。でも、これは僕の問題であって、これ以上二人が危険な目に遭うことはないよ、だから、」

「だから? 俺たちは関係ないから手を出すなってか? ――――バカか、お前」


 修一はメイビーを睨み付け、グッと顔を近付けた。


「なあ、何を遠慮してんのかは知らんが、お前一人でどうにかできるのかよ? お前の目的はなんだ? 母親を探すんだろ? こんなところで、あんなゴミみたいな奴らにかかずらっている場合じゃないだろう? ……一刻も早く、こんな問題片付けて探しに行かないといけないんじゃないのかよ! お前の思いはそんなもんか!? 答えろ、メイビー!!」

「――!」

「これは僕の問題だあ? ――どのみちアイツらの組員をボコボコにした以上は俺たちも絡まれるんだよ。だったら戦力をまとめて一緒に行った方がいいだろ、なあ、ノーラ」


 メイビーは修一の気迫に圧されて何も言えない。

 そしてノーラは「顔が近すぎですよ」とか小さな声でぼやいていたのだが、自分に話を振られたため気持ちを切り替える。


「はい、本来なら絡まれないように静かにしているのが良かったのですが、こうなった以上は仕方がないでしょう。ギャングというのは執念深いですから、ここできちんと決着をつけておかなければブリジスタまで私たちを追ってくるかもしれません。

 他国のギャングを自分の国に連れて帰るなど御免ですからね。後顧の憂いなくこの町を出られるように、出来ることをしておきましょう」

「まあ、そういう訳で俺らはメイビーがどうしようがカズールの奴らにケンカを売りに行く」


 そうして修一は近づけていた顔を離し、ベッドに座っているメイビーを見下ろすように背筋を伸ばして腕を組む。


「さあ、メイビーはどうするんだ!

 このままケツまくって逃げるのか、それともアイツらと戦うのか、どっちにするんだ!!」

「えっ、えと、えと、僕は……」

 言い淀み、綺麗な青い瞳を揺らすメイビー。だが、すぐさまその瞳には決意が宿り、膝の上に置いていた両手を握りしめる。


「ぼ、僕も行くよ! 僕だってアイツらに追われ続けるなんて嫌だよ!!」

「よっし、よく言った! 流石はメイビー、やる時はやる男だ!!」



「え?」



 その瞬間、メイビーが固まった。


「ん?」


 先ほどの勢いが嘘のように固まったメイビーを見て、不思議そうな顔をする修一。

 そこに、ノーラから冷たい声で問いかけられる。


「……まさかとは思いますが修一さん、メイビーが女の子だって気付いていなかったんですか?」

「……」


 その言葉を聞いた修一は、無言で組んでいた腕を解き、メイビーから目を逸らす。

 その後、無理やり笑おうとしたのか、引きつった笑みを浮かべた。


「は、はは、…………そ、そんな訳ないだろ、こ、言葉の綾ってやつだよ……」

「……そうですか」


 ――本当に、嘘をつくと顔に出るんですね。分かりやす過ぎですよ。



 ノーラは、未だに固まったっままのメイビーと変な表情になっている修一を見つめたまま、小さく小さくため息をついたのだった。




 ◇




「それでは、とりあえず宿を出ましょうか。

 いつまでもここにいては宿の方々に迷惑が掛かるかもしれません。

 幸いにして昨日の内に買い出しと支度は済んでいますので、各自で自分の荷物を、……と言っても二人とも、ほとんど荷物はありませんでしたね」


 先ほどからメイビーに謝り倒しの修一と固まったままいまいち目の焦点が合ってないメイビーにそう告げて一階に下りていくノーラ。

 それを見て、慌てて準備をする修一とメイビー。

 修一は腰に差した剣を確認し、メイビーは寝ている間に洗ってあったマントを羽織る。

 ほとんどの荷物がノーラのカバンに収納されているため、わずか十数秒で準備は完了し、二人もノーラに続いて一階に下りた。


「おや、もう出ていくのかい」

「はい、これ以上ここにいて迷惑を掛ける訳にはいきませんので」

「はは、そんなに気を遣わなくてもいいのに」


 一階に下りるとノーラがおばちゃんに挨拶をしていた。

 修一も同じように挨拶をし、もう一度迷惑を掛けたことを謝罪した。


「アンタもなかなか律儀だね、今のところカズールファミリーの奴らは来てないから気にしなくてもいいのにねえ」

「まあ、一応ね」

「あ、あの」

「ん、アンタは上で寝てた子だね、もう大丈夫なのかい?」

「はい、あの、サンドイッチ美味しかったです」


 おばちゃんは、嬉しそうに笑う。


「ははは、そりゃよかった。後で父ちゃんにも言っとくよ」


 その後も二言三言挨拶を交わし、宿を出る修一たち。


「本当にお世話になりました。またこの町に来た時は寄らせていただきます」

「またな、おばちゃん。飯、美味かったぜ」

「あの、ありがとうございました!」


 ニッコリと笑い手を振るおばちゃんに別れの挨拶をして、三人は店の外に出たのだった。



 店外に出ると素早く辺りを見回す修一。

 周囲にカズール組の人間がいないことを確認し、三人は町の中心部に向かって歩き出す。


「ふむ、ひとまず辺りに奴らの姿はなし、と」

「ところで、もう一度だけ聞きますよ。本当に、本気でカズールファミリーを襲撃するつもりなんですか?」

「そうだってば、そんなに念を押しても意見を変えるつもりはないっての。というか、さっきはあんなにノリノリでメイビーに説明してたのに」

「ねえねえ、ひょっとしてノーラって怖がってるの? それだったら、やっぱり僕一人で行った方が……」


 メイビーの言葉に慌てて首を振るノーラ。


「いえ、貴女一人で行かせる訳にはいきません。確かに、ちょっと怖いとは思っていますが、宿で言ったことも事実です。

 ここで何かしらの決着を付けておかないと、私の国にまでギャングを連れて行くことになります」

「そうそう、ああいう奴らは一度食いついたらそう簡単に離そうとしないからな、力ずくで押さえつけるのが一番後腐れがないんだよ」

「私としては、話し合いで解決できるならそれに越したことはないんですが」


 その言葉に、修一が苦い顔をする。


「そりゃあ、俺だって話し合いができるならそうしたいさ、ただ、十中八九無理だと思うぞ」

「……そうですよね。はああ、気が重いですが仕方ありません」

「まあ、実際戦うのは俺だからノーラは危なくないように俺の後ろに隠れてればいいさ。

 あと、メイビーは戦えるんだよな、得意な武器とか戦法とかを教えてくれ」


 メイビーは自信に満ちあふれた顔で答える。


「うん、僕は属性魔術と小剣術、それに斥候術スカウトができるよ。属性魔術は主に風と光が使えるかな」

「ふーん、じゃあ、小剣とか発動体がないと戦闘できないんだな。

 ――ノーラ、その指輪だけでも貸してやったらどうだ?」

「指輪って、これですか」


 ノーラは、自らの左手にはめてある指輪を指し示す。


「――まあ、戦闘のできない私が持っているよりはメイビーが使った方が戦力になりますね」


 ノーラは僅かな逡巡の後指輪を外し、メイビーに渡した。


「ありがとうね、ノーラ」

「いえ、構いませんよ」

「必ず返すから」


 二人の間で指輪の受け渡しが済んだところで。


「お、いたぞ、――カモ(・ ・)が二人、まだこっちには気づいてないな」


 修一がカズール組の人間を発見し、直ちに臨戦態勢に入る。


「メイビー、今なら魔術が使えるんだな」

「う、うん、お腹も一杯だし、発動体もあるから問題はないよ、接近戦はちょっと無理だけど」


 メイビーは、いきなり雰囲気の変わった修一に少しだけ驚きながらも、そう答える。


「手早く行くが、万が一に備えてノーラの周囲を警戒していてくれ」


 修一は、腰の剣に手を置きながら足早に歩き、カズール組の二人に接近する。


 ――町中で剣を抜くのは、ちとマズイかな? いや、迅速かつ徹底的にやるんだったら。


「――抜くべきだな」



 カズール組の男たちは、自分たちに近付いてくる黒髪の男に気付いた。

 そしてそれが同僚から聞いていた、今朝方自分たちの獲物を横取りしていった男であると分かると、懐からそれぞれナイフを取り出した。

 その様子を見ていた修一は、一気に駆け出し距離を縮める。


「さあ、ガンガン行こうか」


 そう呟いた修一は、口の端を釣り上げ、見る者を威圧するかのような獰猛な笑みを浮かべた。


 修一は、剣を抜きながら二人の内の片方の男に駆け寄ると高々と剣を振り上げ、そのまま目にも止まらぬ速さで振り下ろす。

 剣道の小手のごとく振り下ろされた剣は男の手首を強かに打ち付け、鈍い音とともに右手首の骨が砕ける。


「ぐああっ!!」


 痛みと衝撃でナイフを取り落とした男は、そのまま手首を押さえて叫び声を上げた。

 右手側からもう一人の男が突き出してきたナイフを身を引いて躱しながら、修一は右手で持った剣の柄でカウンター気味にのどを突く。

 さらに、ナイフを突き出したまま伸びきった相手の右腕の手首を空いている左手で掴み、捻り上げると同時に足払いを掛けて相手を仰向けに転がす。


 尻餅をついて転んだ男は悲鳴のような声を出そうとしたが、修一にのどを突かれたせいで声が出ない。

 男を転倒させた修一は、男の右の脛に剣を振り下ろし骨の砕ける音を響かせ、右手首を押さえてうずくまる男の脇腹を蹴りぬいて、アバラを二、三本へし折った。


 骨折の痛みに呻き続ける男二人の頭をまるでサッカーボールでも蹴るかのように躊躇いなく蹴り抜き沈黙させると、修一はキョロキョロと辺りを見回す。

 目に見えるところに他の組員カモがいないことが分かると、臨戦態勢を解く。


 戦闘開始から僅か十秒の早業だ。


 そんな修一を、ノーラは呆れたような表情、メイビーは驚きと興奮が入り混じったような表情で見ていた。


「す、凄いねシューイチって! あんなに強いんだ!」

「え、ええ、相変わらず容赦ないですね」

「ようし、僕も頑張んなくちゃ!」


 メイビーが、気合を入れながらグッと拳を握る。

 そこに修一が帰ってきた。


「たっだいまー」

「あ、シューイチ! ねえねえ、次は僕に戦わせてよ!」

「んー? いいけど、接近戦が出来ないんなら無理するなよ」

「大丈夫! それに、僕だってアイツらに追いかけ回されていい加減腹が立ってるんだ。

 ボッコボコにしてやる!」


 その数分後、一人で活動していたらしいカズール組の男は灰色のマントを着たメイビーを見つけたものの、次々と飛んでくる風の刃を喰らい、何も出来ぬまま意識を手放すはめになっていた。




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