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第8章 18

 ◇




「どけ。邪魔じゃ化け物」


 ブライアンの言葉は実にシンプルであった。太い老木を思わせるがらがら声で端的に告げる。


「せっかくもてなしてあげるんだから、ゆっくりしていけばぁ?」


 嘲るように返すリャナンシー。相対する敵の数は、彼女を含めて全部で九体。数だけみればブライアンたちより多勢だ。

 さらにいえばその内の五体、元冒険者と思わしきハイレブナントたちは、古びていながらも性能の高さを窺わせる武器防具を身に付けている。元は、それなりに名の通った冒険者たちだったのだろう。おそらく、だからこそリャナンシーやその主を討伐しようという気にもなったのだろうし、結果として、このように敗北して哀れな末路を辿ることにもなったわけだ。

 今ではこうして化け物の手先となっている冒険者たちが、生前どれほどの戦闘能力を有していたのかは分からない。が、こうしてこの場に出してくるということは弱くはないはずだ。


 戦力的にみれば決して侮れない。どころか、もしかしたら苦戦を強いられるかもしれない。


「やかましい、どけというとるじゃろうが」


 それでもブライアンは、まるで怯むことなく繰り返す。声を荒げたわけではないが、先ほどよりも遥かに威圧感を増した言葉であった。


「……申し訳御座いませんが」


 もう一体のリャナンシーが、ゆっくりと腰を折って頭を下げる。口調と所作だけは実に丁寧に。


「貴方がたのお相手は、私たちが務めさせていただきます。誰とも知れぬ薄汚い輩を、主の前にお通しする訳には参りませんので」


 内容は、どこまでも見下したように。

 ブライアンの額に青筋がたつ。


「化け物が、吠えたもんじゃのう」

「下等な生物相手なら当然ではありませんか? 貴方がたは、牛や豚に心から敬意を払いますか?」

「牛や豚ならまだ役に立つが、お前らは儂らにとって害悪しかもたらさんな。畜生以下の化け物じゃろうが」

「ああ、なんと野蛮な言葉でしょうか。これではとうてい主に会わせられませんね」

「もう一度だけ言うぞ。そこをどけ」

「駄目です。ここから先には通しません」


 お互いが、示し合わせたように構える。もう二言三言も過ぎれば、戦いが始まるだろう。


「どかんなら、――叩き潰してどかすだけじゃな」

「……ひとり残らず、始末して差し上げます」

「……」

「……」


 ブライアンとリャナンシーは、やがて無言となった。言うべき言葉はもはやない。あとは実力行使だ。何秒もたたずにそれは訪れる。


「……なあぁ、そこのお前」


 だが、その前に別の男が口を開いた。緑色の眼をギラギラと輝かせる初老の男は、唐突に話し掛けられて訝しむ様子のリャナンシーを、鉈を持ったままの左手で真っ直ぐに指差した。


「……なんでしょうか?」

「お前、俺様の顔に、見覚えはないかあぁあああ?」

「……?」


 第三騎士団団長チャスカ・キャリーの言葉に、リャナンシーは静かに首を傾げた。


「いいえ、記憶に御座いませんね。以前にどこかでお会いしましたか? もっとも、貴方が家畜の顔をいちいち覚えていないように、私も人間の顔などいちいち覚えては――」

「ふっへっへっへっへ!」


 チャスカは、さも愉快そうに嘲笑う。眼は、一切笑っていない。

 この時点でデザイアは、チャスカの言わんとしていることに気付いた。


「俺様は、お前の顔を覚えてるぜぇ? なあ、お前ら、昔この国に来ただろ?」

「……さて」

「たった五年前(・ ・ ・)のことだ! まさか、それっぽっちのことも覚えてられねぇような鳥頭じゃあないだろぉお?」

「……」


 鳥頭と言われたのがカチンときたのか、リャナンシーは僅かに柳眉を寄せる。そしてすぐに笑みを浮かべ直すと「ああ、」と呟いた。


「思い出しました、その制服。ひょっとして貴方、あの時(・ ・ ・)ぞろぞろいた連中の中にいましたか?」

「――!」

「っ!」


 ブライアン、そしてエイジャ。

 二人も理解する。

 そういう(・ ・ ・ ・)ことなのだと。


「あそこで邪魔をされなければ、主を起こすのももっと早かったでしょうに。そう、確か、村の名前が――」


 そしてリャナンシーは、決定的な名前を口にした。



「ホルカスタ、だったのでは?」

「…………」



 チャスカは、鎌の呪授武器『浮雲』を握っている右手に、力を込めた。


「ふっへっへ、――当たりだぁ!!」

「!」


 言い終わると同時に、下から上に右腕を振り上げ、持っていた鎌をリャナンシーに向けて投げた。高速で縦回転する鎌が、リャナンシーの頭部を狙う。


「っ……!」


 真っ直ぐ飛んでくる鎌は、しかし見切れない速さではない。

 リャナンシーは若干の余裕を持った動きで頭を動かし鎌を避ける。


 チャスカが鎌を放ったのを見てデザイアが駆け出し、ブライアンが盾を構えた。

 二体のカースドアーマーはそれぞれリャナンシーを庇うように位置を変え、ハイレブナントたちは見た目を裏切る素早い動きで陣形を組む。

 エイジャが両手で懐から銃を抜き、プリメーラとトマロットも詠唱を開始している。


 チャスカの投げた鎌が、リャナンシーの耳の横を通り過ぎた――。


「“チェンジドール”!!」

「なっ!?」


 瞬間、チャスカの姿が消えた。男のいた場所では小さな紙でできた人形がヒラヒラと宙を舞い、リャナンシーの背後で、誰かが鎌を掴む音が聞こえた。


「くっ!」


 考える間もなく振り返る。

 防御するために左手を掲げ、首筋を刈る軌道の鎌を柄で受け止めた。速いには速い。が、力はそこまで強くない。


「“スタンクラウド”ぉ!」

「っ!!」


 などと思っていると、鎌の先端からガスが噴き出した。たまらずリャナンシーは鎌を弾いたが、顔の至近距離から直接浴びせるようにして噴き出してきたため、いくらか吸い込んでしまったようだ。足がもつれて転びそうになる。


「なぁにやってんのよぉ!」


 もう一体が爪で斬りかかっていく。お株を奪われたことに怒りを感じているのか、眉間にしわを作っている。チャスカは左手の鉈で受けながら大きく後方に飛んだ。挑発じみた笑い声をあげて大きく間合いを取る。


「ふっへっへ!」

「このぉ!」


 リャナンシーはそれを追った。カースドアーマーを一体連れて二対一に持ち込もうとしている。ガスを浴びた方のリャナンシーは頭を振って痺れを抜こうとし、気を保つために声を張った。


「気を付けて! ソイツの鎌には何枚もの紙の人形が――!?」


 張ってある、と続けようとして、猛烈な殺意を背後から感じた。


「うおらあぁあああ!!」


 ガアァン、と激しく金属同士がぶつかる音。仕方なくそちらを見れば、呪われた鎧が蒼銀色の刃を受け止めていた。

 一息に距離を詰めたデザイアが、チャスカの援護にやってきたのだ。


「はああああっ!」


 立ちふさがる鎧を、デザイアは両手の剣でめった打ちにする。構えた楯の上からでも容赦なく斬りつけ、反撃の隙を与えない。連打、連打、連打の嵐だ。リャナンシーを庇うカースドアーマーには回避もままならない。防御をすり抜けた剣激が鎧の各部を叩き、至るところから火花が散る。受けているのが生身の人間であれば、すでに膝を付いてもおかしくはないだろう。


「ちぃっ!」


 舌打ちしながらリャナンシーは、残りの騎士団員たちとハイレブナントの戦いに目を向ける。数の上では五対四。だが、その内の一体はすでに腕を一本斬り落とされている。デザイアが、駆け抜けざまのすれ違いざまに波濤で斬り飛ばしているのだ。

 そのためか、戦力的には非常に拮抗していた。


「棒立ちだぜ!」


 そうこうしている内にデザイアが仕掛けた。強い踏み込みで左手を振り下ろす。騎士剣の刃がカースドアーマーの剣と打ち合い、当たり負けした鎧がのけぞるようにして後方によろめいた。


「いくぞっ!」


 すぐさま追撃にかかる。右手の装飾剣を引き絞って水平に構え、右足を後方に引き付ける。狙いは腰付近。盾でガードされるより早く力ずくでねじ込む腹積もりだ。

 狙いを察したリャナンシーは、さっと横に飛んで右手を突き出す。そこまでされると鎧が潰れる可能性がある。鎧の影から飛び出して射線を確保すると、デザイアの左半身に向けて魔術を放った。


「“フレイムライン”!」

「!」


 凝縮された白い炎が高速で迫る。音もなく棒状に伸びてくる炎を飛び退がって躱すと、炎は、デザイアの目前を抜けていって部屋の壁に命中した。そのまま、通った空間上に炎が残る。この魔術で生み出された炎は、始点から着弾点までの軌道上に高温のまま一定時間残留し、敵の移動空間を制限することができるのである。


「面倒な……!」


 炎線によって鎧と分断されたデザイアは、苛立ちまじりに呟いて剣を構え直す。鎧もその間に体勢を立て直し、飛び出したリャナンシーを追って移動を始める。

 デザイアがそれを止めようとするが、リャナンシーが立て続けに魔術を放ってきたため断念せざるをえなかった。


「“ツイストスペイス”! “ブレードネット”! “ファイアフラワー”!!」


 空間を歪ませて距離感を狂わせる魔術、周囲一面の床から刃を生えさせて移動を制限する魔術、そして小さな炎の塊を大量に放射する魔術だ。


「――!」


 炎華魔術(ファイアフラワー)で作られる炎は、ひとつひとつの威力はたいしたものでもない。問題は、数が多く、広い範囲を纏めて攻撃できる点だ。

 移動を制限され、距離感を狂わされ、そんな状況で大量に飛んでくる火炎は鬱陶しいことこの上なかった。


「かああっ!」


 ひび割れたレンズのように歪んだ空間を、数十個の炎が降り注いでくる。足元が刃だらけで無闇に動き回れない状況であるため足を止めて対応するはめに。

 勘だけを頼りに剣を振るい、剣先で弾いて炎を散らしていくのだが、次から次へときりがない。


「このっ……、波濤!」


 仕方なくデザイアは、ある程度貯まっていた光量(ゲージ)を消費して波濤を撃つ。


 下方から足元の刃をこそぎ取るようにして払い、そこから炎の大半を巻き込むようにして上へ。自身の前方にある障害をまとめて払いのけて道を作ると、リャナンシーに詰め寄りながらもう一発、残りの光量を全てつぎ込んで波濤を撃った。

 距離感のズレに影響されないようにリャナンシーを狙って真っ直ぐ飛ばした蒼光を、カースドアーマーが防御しようとする。


「これは危ないです、ね!」


 それを、リャナンシーが止めさせる。まともに受けるのは危険だと判断したのだ。鎧の背中を叩いて避けるように指示すると、自らも一緒に回避する。


「魔剣ですか……!」


 躱された蒼光は石造りの床を抉り取ったところで消失し、直後にその地点に飛び込んだデザイアは、空間湾曲魔術(ツイストスペイス)魔刃乱立魔術(ブレードネット)の効果範囲を脱した。


「ふう、やっと出られたぜ」

「残念、出てしまいましたか」


 リャナンシーはすうっと鎧の背後に隠れ、デザイアは光量の切れた装飾剣を握り直す。


「次は、逃げられないようにしないとな」

「同感ですね」

「その鎧ごと真っ二つにしてやるぜ」

「その魔剣ごと燃やしてあげますよ」



 デザイアは、臆さず踏み込んでいった。




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