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第8章 15

 ちょっと忙しくて間があきました。ぼちぼち再開します。

 ◇




 部屋の外に伸びる石造りの通路には、幸いにして敵の影はなかった。他にもたくさんの扉はあるが、それらにかまけている暇はない。目指す出口はこんなところにはないだろう。

 ノーラは、裂いたシーツでぐるぐる巻きにされた靴に戸惑いながら、おっかなびっくり通路を歩く。師匠曰く、足音が鳴らないようにするためにこうしているらしいのだが、はっきり言って歩きにくい。靴の底がフカフカしているというのは非常に違和感がある。


 右手にも、同じように細く裂いたシーツが巻かれている。こちらは、武器代わりだそうだ。布全体に唾液が染み込まされていて、ちょっとやそっと引っ張ったくらいでは破けないようになっている、らしい。一方の先端には真鍮製の金属片、切り取った錠のデッドボルトを包むようにして結び付けてあり、鎖分銅やブラックジャックのようにして使用する。

 他にも何本か、裂いたシーツをたすきがけにしてあるが、ノーラには、これも武器として使うという師匠の説明には納得がいっていない。


《今のところ、通路の先には敵の気配はないな》

「そうですか」


 通路の壁には等間隔で魔導ランプが備え付けられていた。設置間隔が広いせいで若干暗いが、気になるほどでもない。隠れるようにして移動している都合上、通路の隅に罠や毒虫がないかなどは気にしなければならないが、暗闇を歩くのと比べれば何ほどのことはなかった。


《そこの曲がり角から先はまだ確認出来ていない。壁に身を寄せて、ゆっくりと顔を出して確認するんだぞ》

「分かっています」


 冷たい石壁に背を預け、窺うようにして顔を出す。師匠はどうやら、ノーラの肉体を借りているときでなければ自由に感覚器官を使うことができないらしい。距離的な制約があるのか、意識だけの状態では、ノーラの視覚と聴覚を共有するに留まるのだそうだ。そのため、ノーラに直接目で見てもらう必要がある。


「……」


 曲がり角の先には上階へ上がるための階段が見える。化け物たちの姿は、ない。


《……よし、次の角まで進むぞ》

「はい」


 ノーラが部屋を出てから十五分少々。

 今のところは順調にきている。

 二回階段を上り、途中の部屋には目もくれず出口を目指す。どこもかしこも鍵が掛かっていて、開けている時間はない。


 燃料の節約のため、ひいてはノーラの身体の安全のため、出来る限り戦闘にならないように隠密行動をしているが、そもそも敵の影が一度も見当たらない。気配すらないと、階を上がるたびに入れ替わって確認している師匠が呟いていた。


《もしかしたら、他所でも戦闘が行われているのかもしれんな》

「そちらに戦力を集めているから、こちらが手薄になっていると?」

《かもしれないし、そうでないかもしれない。いずれにせよ、好都合だ》


 階段の上方を覗き込みながら、慎重に上っていくノーラ。

 階段には踊り場の部分にしか灯りがなく非常に暗い。

 踏み外さないように気を付けながら一段一段足を掛けていっていると、師匠が待ったをかけた。


《止まれ》

「!」

《……二つ上の段を、よく見てくれ》


 ノーラはそっとしゃがんで視線を下げると、言われたとおり二段上を凝視する。


「……糸、ですか?」


 見る角度を変えたおかげで光の加減が変わり、ノーラにも見えた。

 極細の糸が、ピンと張られている。

 見るからに罠だろう。踏むと、ろくな事が起こりそうにない。


《更に、その上もだ》


 ノーラは、糸が張られた段のもう一つ上の段を見る。

 今度は、もう少し見やすい太さの糸が同じように張られていた。


《上から下りてきていて、太いほうの糸に気を取られたらその下の細い糸を踏むわけだな》

「意地が悪いですね……」


 糸に触れないように、ノーラは二段飛ばして上にいく。

 踊り場を抜けて、更に上へ。


《罠を仕掛けているということは、それだけ重要な地点に来ているのかもしれんな》


 師匠は淡々と呟く。

 侵入防止用か逃走防止用かは分からないが、ここまでとは違い罠が仕掛けられている。

 なんの重要性もないところにいたずらに罠を仕掛けるような酔狂な者がいるのであれば別だが、そうでなければ……。


「出口、が、あるんでしょうか……、この先に……?」

《或いは、中枢(・ ・)かもしれんがな》

「……」


 罠の方向としては、上から下へ向かう者を狙っているようだから、上に向かう分には大丈夫なようにも思えるが、まあ、楽観は出来ないだろう。

 進んだ先で化け物たちが待ち構えている様を想像し、ノーラは唇を引き結ぶ。

 嫌な想像だが、現実になる可能性も十分あるのだ。


《どちらにせよ、留まっているわけにはいかない。行動を起こした以上は、やり切らなければならない》

「……はい」


 階段を上り切った。

 丁字に交わる形の新たな通路に、そっと顔を出すと。


「――!」


 ノーラは思わず息を呑んだ。

 とうとう、化け物がいた。


「……グルルル」


 オーガだ。

 警戒する歩哨のようにして、通路の端に仁王立ちしていた。

 手には大きな棍棒を持ち、険しい表情のまま、油断なく通路の反対端を睨んでいる。

 ノーラは見つかる前にサッと頭を引っ込めた。

 心臓が、驚きと恐怖でバクバクいっている。


《……ふむ、声を出さずに聞け。あの鬼の背後には扉があった》

「……」

《それを背負うようにしてあそこに立っているということはそちらに進まれるのを防ぐためにいるのだろう。ならば、反対側は?》

「……!」

《侵入者が入ってくる方向だ。すなわち、そちらへ向かえば、出入口に近付ける可能性が高い》


 師匠に言われてノーラは、おそるおそるオーガのいた方とは反対側を覗き込んだ。しかし、そちら側は途中で通路が直角に折れており、そこから先は見通せない。


《ノーラ、ここからいきなり飛び出して、あのオーガに追い付かれないように逃げ切ることが出来るか?》

「……」


 ノーラは静かに首を振った。

 そんな身体能力は、ノーラにはない。


《ならば、奴との戦闘は避けられん。そして、これは好機だ》

「……?」

《あの一体だけならば、無茶を(・ ・ ・)しなくても(・ ・ ・ ・ ・)倒せる》


 そこまで言うと師匠は、「借りるぞ」と告げてノーラの肉体に乗り込む。肉体の操作権を預かると、歩きにくい靴を脱ぎ、音もなく立ち上がる。

 さらに、右手に巻き付けていた布帯をほどき分銅用の重りを垂らす。帯の長さは約三メートル。重りが地面につかない位置でつまみ、犬の散歩にでも行くみたいな気軽さで通路に出た。


《……!》


 意識だけが宙に浮くノーラは、師匠の行動を見守るしかない。



 扉を守護するオーガは、いきなり通路に現れた人間の女に一瞬戸惑う。

 あまりにも堂々と階段を上ってきたため、もしかして人化した自分の同類(オーガ)だろうか、と考えたのだ。

 そして直後に思い直す。そんなはずはないと。あの階段から下は捕虜やエサ(・ ・)を閉じ込めておくための部屋しかないし、あの女は、ここの主が持ってきたモノだ。こんなところにいていいわけがない。

 逃げようとしているのか?

 きっとそうだ。


 そこまではすぐに理解したオーガであったが、女の次の行動は理解できなかった。


「――!」


 女は、鋭い眼光で睨み付けてきたかと思うと、あろうことかこちらに駆け寄ってくる。逃げるのではないのか?

 手に何か持っているようだが、まさか武器のつもりか? そんな小さな物を振り回して、どうするつもりなのか?


「グルルル……!」


 オーガも、手にした棍棒を構える。

 女がどういうつもりであろうとも、この扉に近寄ってくるなら叩き潰すだけだ。

 オーガに課せられた命令はこの扉を死守することであり、万が一逃走者を見つけた場合には警報を鳴らすことなのだ。


 あちらへ逃げるなら仲間を呼んで任せるが、近寄ってくるなら自分が始末する。


 オーガは、目前まで迫ってきた女の脳天めがけて、棍棒を叩き付けた。

 グシャリと肉の潰れる感触は、――なかった。


「ッ!?」


 それどころか、唐突な痛みが右目を襲う。硬い物を高速でぶつけられたような痛みが。

 なんだ、何が起きた――!


「……ふむ、潰せんか」

「!!」


 背後から、声。

 回り込まれた?

 ……扉の前に!


「ガアアッ!!」


 後方を薙ぎ払うように、棍棒を水平に振る。

 またもや感触はない。

 代わりに、左目に向けて何か飛んでくる。今度は液体か? とっさに腕で庇う。じゅうっと焼けるような痛み。ひょっとして酸か? 危ない。こんなもの目に当たったら視界を封じられる。


 しかし、どこだ、女は。

 振り返ったのに見当たらない。

 後ろにいたのではないのか?


 と。


「力任せの大振りなど、この体でも躱せるぞ」

「――!?」


 再び、背後から声。

 同時に、首に細いものが巻き付いた。

 ギュッと締まり、後ろに引っ張られる。


 締め落とす気か、後方に引き倒すつもりか。どちらにせよ、こんなものでは効かない。

 オーガは、引っ張られている方向とは逆に、前方に上体を倒す。帯を引き千切るつもりで、大きく前に。


 結果としてそれは、師匠の狙い通りであった。


 師匠は、引っ張られるに任せてオーガに接近すると、大きく前に倒したことで下がった上体の、背中を駆け登る。

 登りながら、たすきがけにしていたシーツを一枚手に取ると、オーガの顎から耳の上を通って頭頂部。頭を縦に一周する形で、肌に密着させるようにシーツを絞り上げる。


《ええっ……!?》


 絞り上げたシーツの余りを手首に巻き付けながら、なんと師匠はオーガの頭上で逆立ちをし。


「――ふんっ!」


 そのまま勢い込んで真横に、鉄棒の大車輪のようにして落下した。

 全体重を乗せた加速度は、手に持ったシーツに直に伝わり、ピッチリと巻き付いていたオーガの首を真横に捻る。

 ゴキリ、と鈍い音が鳴り……。


「――――」



 オーガの意識は、上下の反転した視界の意味を理解することなく、暗闇に落ちていった。




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