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第8章 14

 ◇




「む、また出おったな」


 ブライアンが鬱陶しげに顔をしかめる。視線の先に現れたのは、剣と盾を携えた全身甲冑姿の化け物カースドアーマー。呪われた鎧である。


 それほど広くない通路の行き先を塞ぐようにして現れたのは都合三体の鎧たち。どいつも、空っぽのはずの兜の奥にはゆらゆらと揺れる紫色の双炎が見える。


 突入開始からそろそろ二時間ほど。この鎧たちとの戦闘も、もう何度目になるか分からない。


「はいはいっとね」


 罠の発見解除のため一団の先頭で斥候として活動していたエイジャは、慣れた様子で素早く後退しながら左腰の銃を抜く。代わりに前に出て大盾を構えるブライアンの横を抜けながら、それぞれに一発ずつ弾丸を撃ち込んだ。


 効果があるとは、あまり思っていない。

 単なる標準弾機術であるし、奴らはわりと機敏に動くので盾で防がれたりもするからだ。あくまでも牽制代わりとしたものである。

 それでも撃つのは初手を防御に使わせて足止めするためであり、その隙に探索用から戦闘用に陣形を切り替えていくためだ。


「ぬうんっ!」


 先頭に立ったブライアンが、鎧の内の一体に盾ごと激しく当たりに行った。金属同士が派手な音を立ててぶつかり合い、勢いに負けた鎧が後方に大きくふき飛ぶ。

 中身が空っぽの鎧と筋肉質の大男がガッシリ詰まった鎧では、質量が違いすぎて勝負になっていなかった。

 転倒した動く鎧を一旦放置して、ブライアンは斬りかかってくる次の一体を相手にし始める。

 その時点で倒れた鎧には、陣形の後方から神術が放たれていた。


「――“ハイネスホーリーライト”」


 高位神官トマロットの、厳かなる祈りの言葉。

 強い神性を帯びた光をまともに浴びた呪われた鎧は、たまらないとばかりに盾で光を遮ろうとするが――。


「大人しくくたばれや」


 するりと近寄ってきたチャスカがそれを許さない。

 チャスカは、両手に持った鉈と鎌を呪われた鎧の手首を挟むようにして押し当てると、刃を関節部の隙間にねじ込むようにして滑らせていき、盾を持った左手を斬り飛ばした。ゴトンと転げ落ちる籠手と盾。身を守る術を失った鎧はなおも足掻こうとするが、すぐさま兜の隙間に鎌の刃を突き立てられ、地面に押し付けられた。


「“スタンクラウド”」


 鎌の先端から吹き出した麻痺雲呪術(スタンクラウド)が、化け物の()に直接吹き付けられた。この鎧を動かしているのは呪詛や怨念のような形のないものなのだが、靄や炎のように揺らめくそれに、雲はぐるぐると混ざり合っていく。

 鎧の抵抗力を、チャスカの呪術が上回ったのだ。

 必然、雲に篭められた呪いは効力を発揮し、倒れたままの鎧はその場から動けなくなる。


「――――」


 身動き一つ取れないまま聖なる光に炙られた鎧はやがて関節部の接合が一つずつ解けていき、完全にバラバラになると活動を停止した。


「……“エネルギージャベリン”」


 足で踏みつけて兜から鎌を引き抜こうとしていたチャスカのすぐ横を、魔力の槍が高速で飛んでいく。

 プリメーラの右手から放たれた槍は全部で四本。

 残った二体の鎧にそれぞれ二本ずつ、吸い寄せられるようにして命中する。鎧の相手をしていたブライアンとデザイアは、槍に穿たれてよろけたところを更に容赦なく押し込んでいく。


「ふんっ!」

「おらぁ!!」


 武器聖化神術を纏わせた騎士剣を叩き付ける、神官戦士ブライアン。

 蒼光を薄く纏わせた装飾剣で金属製の鎧を紙のように斬り裂く、双剣術士デザイア。


 一手、二手、三手。

 お互いに、四手目は必要なかった。


 ブライアンが体重を乗せて騎士剣を鎧の胸元に突き込んだのと、デザイアが唐竹割りに鎧を真っ二つにしたのはほぼ同時だった。それなりに強力なアンデッドであるはずの呪われた鎧は、しかしほとんど何もできないままに破壊し尽くされた訳である。


「しかし、流石に多いねえ」


 戦闘終了後、使った銃に弾を込め直しているエイジャが世間話のような感覚で誰ともなしに呟く。弾込めが終わるとホルスターに銃を戻し、溜め息一つ。


「なんというか、テグ村で調査してるときも思ったんだけどさ。まずは数で攻めてやろう、みたいな感じでダラダラ襲ってくるのは止めてほしいよね。時間と魔力の無駄だからさ」

「仕方ないだろう、化け物どももそれが目的だろうからな」

「いやあ、そうなんだけどさあ。なんかセコいというか、しょうもないというか……」


 などと、愚にもつかないような戯れ言を言いつつ先頭に戻ったエイジャは、再び一行の進路の罠探知の作業を行うことに。

 慎重かつ、わりと不安になるぐらい大胆に罠を探しているエイジャであるが、まあ腕は確かだ。その他のメンバーでは斥候術を多少なりとも使えるのがチャスカしかいないため、見落としがないよう念入りに調べてはいる。実際、ここに突入してからすでにいくつかの罠が仕掛けられていたが、どれもこれも引っ掛かる前に発見し、無力化することができていた。


「あ、そこ踏まないようにして。短距離転移用の魔術式があるから」

「うむ、了解した」


 腰のポーチから白墨を取り出し、危険箇所を示すようにマーキングしていく。

 もし、また後でこの道を通ることになった場合に、忘れて引っ掛かることがないようにするためだ。


「俺じゃあ術式は読めても解除は出来ないからねえ」

「私なら、出来ますが?」

「ん? いや、いいよ、プリムちゃん。踏まなきゃ良いだけだし、あれに時間を掛ける必要もないから」

「分かりました」


 丁重にお断りされたプリメーラは、そのまま素直に引き下がる。エイジャとしても、罠として備えられたものに無暗に触らせるつもりはなかった。

 彼女のことは魔術師としては信頼しているが、斥候としてはずぶの素人で、うっかり変なところを触られでもしたら目も当てられない。

 それに彼女には、重要な役目がある。


「そういえば、こういうのって書くのにどのぐらい時間がかかるの?」

「……十分少々お時間を頂ければ」


 彼女は、彼女の上司である隊長から特命を受けているのだ。

 このアジトのできるだけ深いところに、魔術式を書いてくるようにと。


 術式の意味は、双方向式大規模転移魔術。

 対応する術式同士の間で、人や物を瞬時に移動させるものだ。

 対応するもう一方は魔術師隊隊長の手によって騎士団本部内に作られていて、あちらに必要な分の魔力を込めることで術は発動する。


 要するに、この先行部隊の役割というのはそれなのである。

 精鋭少人数で迅速にアジト内部を攻略していき、アジトの深部に本部からの直通路を作る。

 あとは必要に応じて本部から、騎士団員等の戦力を一斉投入して制圧、殲滅する流れだ。


 ……もちろん、それだけが目的というわけでもないのだが。


「――ふっへっへ」


 奥へ進むにつれ殺気を濃くしていく緑眼の男。

 口では笑っているが、眼差しは深く、そしてより暗くなっていっている。


「……むう」

「…………」


 ブライアンとデザイアはそのことに気付いているが、何も言わない。


 チャスカが、どのような覚悟でこの場にいるのか。

 それをよく知っているからこそ。



「おおぅ? ようやくかぁ?」


 それから更にしばらく。

 奥へ奥へと進んだところで広めの部屋に出る。


 嬉しそうに呟くチャスカの目に映るのは、何体かの人影。

 新手の敵だ。


 カースドアーマーが二体。

 元冒険者と思しきハイレブナントが五体。


 そして。


「ようこそぉ」

「……歓迎致します」


 リャナンシーが二体、だ。


 ブライアンが、ズイっと前に進み出た。


「どけ。邪魔じゃ化け物」




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