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第8章 12

 ◇




「――!!」


 どこからともなく聞こえてきた声に驚き、ノーラは目を開いて顔をあげた。


「え……、だ、誰ですか……?」


 声の主を探して室内を見回す。もちろん、それらしい人影など見当たらない。壁に取り付けられたランプの灯りは部屋の隅まで届かずに薄暗いままだが、それでも、そんなところに誰か潜んでいたらとっくに気付いている。

 気のせいか。いや、違う。


「幻聴、ではなさそうですし……」


 確かに聞こえた。はっきりと。

 耳の奥、頭の中に直接響くような不思議な感覚だったが、確かに今のは人の声だった。

 それも、聞いたことがある声。ここ数日で確かに聞いたことが。


《……もしもの時に備えてそのままにしておいたが、まさかこれほど早く呼ばれるとはな》

「!!」

《ノーラよ、これは一体どういう状況だ?》


 再び聞こえた声に、ノーラは今度こそ確信した。

 その声の正体に。


「まさか、……師匠(・ ・)さんですか?」


 おそるおそる訊ねるノーラ。声の主は――師匠は、僅かに呆れたように溜め息を吐いた。


《……そうだ。決して、幻聴などではない》


 師匠からの返答を聞き、ノーラは余計に疑問が膨らんでいく。


「え、なんで、どうやって……?」


 なぜ師匠の声が聞こえるのか。どうやって会話をしているのか。考えれば考えるほど意味が分からなくなっていく。

 このままでは時間がかかりそうだと思った師匠は、取り敢えずは淡々と、事実だけを伝えていくことにした。


《その、ペンダント》

「え、あ、はい」

《ワや修一たちが幽霊船退治に向かう前に、ワが念を篭めておいただろう? その術を、解かないままでおいておいた。もし何か会った時には、ワが助けに来られるように》

「……あっ!」


 そう言われて、思い出した。

 確かにあの時、師匠は何か手印のようなものを切っていた。

 あの時は何をしているのか分からなかったが……。


「あの時、そんな事をしてたんですか……?」

《ああ。あれは、ワを召喚(・ ・)するための術だ。言っただろう? 呼べば駆け付けると》

「確かに言ってましたが、てっきり比喩かと……」

《まあ、あの時は結局使わずじまいだったわけだが、ワは、出来もしない事は口にしない》

「……」


 「むしろ出来る方がおかしいのでは?」とノーラは思ったが、口には出さなかった。


《先程ノーラは、それを手に持って強く念じた。助けてほしいと。だから篭めたままにしておいた術が発動した。ペンダントに篭めたワの念、正確には、切り取られたワの魂(・ ・ ・)の欠片に、ワ自身の意識が呼び寄せられたのだ》

「……」

《今、ワは、魂の欠片を媒介にしてこの場に意識だけで来ている。肉体の方にも最低限の意識は残してあるが、比重で言えばこちらが主だ》

「……肉体は今、どちらに?」

《タツキとともに帝国行きの馬車の荷台に乗っている。あちらは今のところ平穏でな、する事がない》

「……」


 ノーラは、なんともいえない様子の表情を浮かべている。

 なんというか、突拍子もなさ過ぎて理解が追い付いていない。


《要するに、お前を助けに来た、ということだ》

「はぁ……」

《それで、この状況は何だ? 手短に説明してくれ》

「分かり、ました……」


 ノーラは、昨日の夜からの状況を掻い摘んで説明する。

 スターツの町に化け物が現れて騒ぎになっていたこと、修一たちを追って屋敷に突入したこと、敗北した修一たちの身代わりになってヴァンパイアのアジトに付いてきたこと、その後修一たちがどうなったのかまるで分からないこと。

 ノーラに分かることを一通り伝えると、師匠は「ふむ」と呟いた。


《――やはり(・ ・ ・)こうなったか……》

「……やはり?」

《いや、なんでもない。しかしそうか、修一は敗けたのか》

「……はい」


 あの惨状を伝える上で「敗けた」という言葉を使ったが、どうしても気分の良いものではない。そもそもあれだけの大怪我をした状態では、例えトドメを刺されなくても、早急な治療を受けなければ命に関わる。果たして修一は、メイビーたちは、誰かに無事に救出されたのだろうか。

 ノーラにはそれが全く分からず、故に歯痒い思いを感じていた。


《……調べてみるか》

「えっ?」

《ノーラ、少し借りる(・ ・ ・)ぞ》

「何を……、っ! きゃっ!?」


 ノーラが問うより先に、異質な感覚が全身を包んだ。

 その場にいるのに、何かに押し退けられるような感覚。その直後、肉体から何かが抜け出るような感覚を味わい――。


「……ふむ(・ ・)

《な、何を、……って、これはっ!?》


 ノーラは、自分の目の前に(・ ・ ・ ・)いる、何かを確かめるように両手を開閉する女性を、驚愕とともに見つめた。

 そこにいたのは、ふわふわした茶色い髪と、眼光鋭い茶色い瞳の、胸の大きな美人だった。


 ……ぶっちゃけ言って、ノーラであった。


《え、え、なんで……?》


 混乱の極致に達しそうなノーラ。そんなノーラの見ている前で、ノーラ――の、肉体を借りた師匠――は。


「――精神伝応」


 瞑目し、両手で手印を組んだ。


《…………》

「…………」


 ノーラは、わけが分からないなりに師匠の行動を見守った。自分が今、どういう状態になっているのかも含めて頭の中はしっちゃかめっちゃかになっていたため、言葉にならなかったといえばそうだが。


「――居たぞ」


 待つこと十秒ほど。

 師匠は静かに目を開き、同時に告げた。


死んでは(・ ・ ・ ・)いないな(・ ・ ・ ・)

《!!》

「無事とも言いがたい状態だが、な」

《本当ですか!?》


 思わずノーラは師匠に詰め寄る。肩を掴もうと手を伸ばし、……勢い余ってそのまますり抜けた。


《あっ……!》


 師匠が腰掛けているベッドに頭から突っ込む。

 首のあたりまでマットに埋まり、ノーラは慌てて抜け出した。


《ぷはっ!》

「大丈夫か?」

《はい、なんとか……》

「少し待て、今返す」


 師匠がそう言うと、今度は何かに引っ張られるような感覚。

 若干のタイムラグの後、ノーラの視界は元の肉体に戻っていた。


「あ、戻りました……?」


 キョロキョロと見回してみれば、確かに自分の肉体だと分かる。目線の高さというか、見えている世界が感覚に馴染む。

 先程のあれは、なんというか、意識だけが透明な膜に包まれたまま浮遊しているみたいな、なんとも形容しがたい状態であった。


《意識だけでは、お互いの意志の疎通と視聴覚しかできないからな。少々肉体を使わせてもらった》

「いえ、それは構いませんが、……今度からはする前にきちんと教えてください。いきなりだと驚きます」

《分かった》

「それで、その、シューイチさんは……!」


 急かすようなノーラの言葉。師匠は、少し考え込んでから答えた。


《今、審判(・ ・)を受けているな》




 ◇




「グゲゲゲゲ、ほれ」


 顔の右半分を外気に晒した男は、手の中に呼び出した結晶を無造作に安置台の上に落とした。

 鳶色に輝く左目を細め、左口角を吊り上げる。

 小さな結晶は、安置台の上に置かれたモノに触れた途端、音もなく消失した。溶けたというよりも、吸い込まれたに近い形であった。


 変化は間もなく、そして劇的だった。


「――それにしても、無茶苦茶な能力だよなあ」


 安置台の上のモノの隅々まで、溶け込んできたものが染み渡る。

 不可解なほどに冷たく、そして常温下に半日以上放置していてもほとんど温度変化を起こさなかったソレに。


「低温状態で保持する事で肉体の腐敗を抑える、か。グゲゲ、仮死状態の時点で半自動的に発動していたようだが、果たして意味はあったのやら。結局死んじまったわけだし」


 熱が、駆け巡る。

 恐ろしく冷たく、そして青褪めていたソレの、全身余すところなく広がっていく。


「どっちかってえと、最後のアレのために全部搾り出したって感じだなあ。何もかもを燃やし尽くして消えた、アレを出すために」


 人間らしい体温を取り戻す。

 生者に相応しい血の巡った肌の色を取り戻す。


「せっかく安全のために剥いでたんだが、まだこっちの方がマシってえもんだし、これを戻してやらねえと生き返らねえし。嫌になるよお、まったく」


 男は、短く暗い銀色の髪を右手でガリガリと掻いた。

 右手は、小指と薬指が木製の義指となっている。

 ちなみに左腕は、肘から先の全体にかけて火傷の痕が。


「おい、聞こえてるか? お前さんに言ってるんだぜ。人が苦労して治したのに、またボロボロになってヤラれやがって」


 男は、実に嫌そうに、安置台の上で横になっている者に向けて愚痴る。

 心臓は、規則正しいリズムで拍動を再開していた。


「さっさと起きろよ、修一。話さなきゃならないことがあるんだから、……よっ!」


 様々な苛立ちを篭めて、ゴンと安置台の脚を蹴る。


 果たしてその蹴りが最後の一押しになったかは分からないが――。



「――――」



 白峰修一は、目を覚ました。




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