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第8章 10

 ◇




「そんな、ことが……」

「……うん」


 メイビーの説明を聞いたセドリックは、額に手を当ててヨロヨロとよろめいた。

 やはり相当ショックだったのか、先程よりも顔色が悪くなっている。

 メイビーは、ぐっと下唇を噛み締めた。


「ごめんなさい、セドリックさん、二人を守ることができなくて。僕が弱かったから、僕が勝てなかったから……。僕のせいで、二人は……!」


 声を震わせて俯くメイビー。

 それを見たセドリックは、悲しげに目を細めながら首を振る。


「……いや、貴女が気に病む必要はありますまい。本当に悪いのは相手の方だ。貴女に落ち度はない」

「でも……」

「仮にあったとしても、私はそんなことで責めるつもりもない。貴女はノーラの友人で、私の家の客なんだ。貴女だけでも無事に帰ってきてくれて、本当に良かった。その事を喜びこそすれ、貴女を糾弾するつもりは私にはない」

「……」


 メイビーは袖で涙を拭うと、ゆっくりと顔を上げる。

 目に映るセドリックの表情。疲れたような顔のまま、静かに微笑みかけてくれていた。

 ああ、本当にこの人は、ノーラの父親なんだなあ、と改めて思う。

 優しい瞳は、時折ノーラが見せてくれたそれと非常によく似ていた。纏っている雰囲気というのか、とにかく、見ていて心が落ち着く眼差しである。


 その微笑みの裏でどんな感情が渦巻いているのかなんてメイビーには分からなかったが、少なくとも彼は、自分の失態に目を瞑ってくれるのだと、理解できた。

 だからメイビーは、もう一度だけ頭を下げた。


「うん……、ごめんなさい」

「ああ」


 悪い事をして、謝って。

 それで赦してもらえるのなら、そこで一区切り、だ。

 これ以上ウジウジしたりグダグダ言うのは、セドリックさんの優しさに背を向けることになる。そんなことはできないし、してはいけないと思った。


 それに、少しだけ心も軽くなった気がする。

 ほんの、少しだけだけど。


「しかし、そうか、シューイチ君が死んだのか……」

「……うん。今は、ここの安置室にいるよ」


 セドリックがガリガリと頭を掻く。

 髪の毛にこびりついて固まっていた泥が、はらはらと足元に落ちていった。


「ノーラがいなくなった事も含めて、フローラに何と言おうか……」

「……」


 そうだ、フローラさんにも伝えなくてはならないのだ。もっといえば、レイにも。


「今はまだ町中がバタバタとしているから大丈夫だろうが、いずれ必ず問い詰めてくるだろうし、おそらくどこかから彼女の耳に入る。なるべくショックの少ないように伝えてやりたいんだが……」

「……フローラさんたちにも、僕から伝えるよ」


 メイビーの申し出に、セドリックは「いや、」と首を振った。


「それは私から伝える。だから、メイビーさんは気にしなくていい」

「……そう」

「それよりは、もう少しきちんと休んだ方が良いな。顔、酷いままだ」

「それは、……セドリックさんだってそうだよ」


 メイビーの反論に、セドリックはもう一度困ったように頭を掻いた。


 それから「そろそろ仕事に戻るよ。メイビーさんも、一度しっかり休んでからウチに帰ってくるといい。私もここの納品が終わったら一度家に帰るから」と言い残して、廊下を奥へと駆けていった。


 その場に残されたメイビーは。


「……まだ、食堂開いてるかな」


 少しだけ軽くなった心の代わりに、その存在を主張してきた腹の虫を宥めるために食堂に足を向ける。

 結果、日替り定食を三人前食べた。

 軽く食べようと思っていたら、止まらなくなったのである。


「あー……」


 満腹になった腹をさすりながら、椅子の背もたれに体を預ける。

 そこに、背後から声をかけられた。


「やっと見つけた」

「えっ、……ゼーベンヌ?」

「思ったより大丈夫みたいね。……それにしても、食べ過ぎじゃない?」


 呆れたような顔で腕を組むゼーベンヌに、メイビーは体を起こして向き合った。


「落ち込んでばかりじゃどうにもならない、って思ったんだ。あと、ボリュームあって美味しかった」

「そう、まあ、いいけど」

「それで、どうしたの?」

「ああ、えっと、その、これ」


 ゼーベンヌは、ポーチから折り畳まれた紙片を取り出すと、メイビーに手渡した。

 受け取ったメイビーは、小さく首を傾げた。


「これは?」

「ウチの隊長から。落ち込んでるメイビーに、だって」

「エイジャさんから? 僕に?」

「隊長からというよりは、他の誰かから隊長が預かってきた、といった感じのようね」


 不思議なものを見るような目で、折り畳まれた紙片を眺めるメイビー。


「ふーん……?」

「内緒の話だとは言ってたけど、詳しいことは……」

「開けてみよう、えいっ」

「あ、ちょっと」


 ゼーベンヌの制止も聞かず、メイビーは手早く包みを開いた。そこには、流麗な筆致で文字が綴られている。内容自体は極々短いものだったが、不思議とメイビーは、この手紙を書いた人物を知っているような気がした。

 どこかで見たことがあるのだ。この文字の癖というか、筆跡を。


「えっと、『少し休んだら、私のところに来なさい』……?」

「……」

「これ、誰から?」


 ただ、それを今思い出せるかと言われればそうではないし、そもそもこの手紙、送り主の名前がどこにも書いてない。

 私のところに、と言われても、どうしようもないのだが。


「三階よ」

「え?」

「三階に、その人の部屋があるわ」


 と、ここでゼーベンヌが、その文字を書いた人物に思い至ったようである。

 彼女はつい最近、数日前にも、同じ人物が書いた指令書を見ていたため、そのことに気付いたようだ。


「三階は分かったけど、なんて名前の人なの?」

「ごめんなさい、私も正式な名前を知らないのよ、いつも愛称で呼ばれてるから」

「そうなんだ」

「分かるのは役職ぐらいよ、その人の」


 ゼーベンヌは、なぜこの人がメイビーを呼ぶのだろう、と考えながら、その立場を告げた。


「隊長よ。――斥候隊の」




 ◇




「それではこれより準備を行いますので」


 プリメーラの言葉に、修練場内に集合した一同は各々頷く。

 それを確認した彼女は懐から掌に収まる程度の大きさの石像を取り出し、地面に置いた。

 数歩離れ、手印を組んで詠唱を行う。


「“~~、~~、~~、~~、~~~~~”――」


 抑揚のない声で、それでもリズミカルに紡がれる一繋ぎの呪文。


 その効果の程は、誰が見ても明らかであった。


「ひゅー、これは凄いや」


 エイジャが、楽しそうに口笛を吹く。

 先程置かれた石像がみるみる内に巨大化し、真の姿を現していく。

 息継ぎもせず、たっぷり一分かけて行われた詠唱は、さながらお経のようでもあった。


「メタリカドラゴン・レプリカ、……つったかぁ? ふっへっへ、まあ、早く着くならなんだっていいがなぁあ」


 楽しそうに笑うチャスカ。

 彼にとってこの魔導生物は、現場に向かうための足でしかない。

 ただ、その性能の高さは間違いなく国内最高峰であり、それゆえに、コレに乗ることが一番早く移動できる方法であると分かっている。故にこうして目をギラギラとさせながらも、文句を言わずに待っているのだ。


「――クアアアアッ!」


 元の大きさに戻った偽竜は翼を大きく広げて羽ばたくと、赤い、ガラス細工のような目をプリメーラに向けた。


「宜しくね」

「――キュアア」


 近付けてきた頭を軽く撫でてやったプリメーラがそう言うと、偽竜は嬉しそうに鳴いた。

 まるで、本当に生きている生物のようである。犬や猫のような、普通のペットのような。


「彼女は、あの子が創られた時から一緒にいたのですから。もはや家族のようなものなのでしょう」

「なるほど、な」


 神官隊副隊長の言葉に、デザイアも納得する。

 ブライアンが、号令をかけた。


「さあ、行くぞ。化け物退治に」




 ブリジスタの首都スターツから、北北東に百数十キロメートルの地点。

 小高い、二つの丘の間に挟まれるようにして建造された石造りの砦。

 四百年以上前、まだこの場所に国境線が存在していた時代に建てられたこの砦は、国境が広がりこの場所を守護する必要がなくなった時点で無用の長物と化した。

 それから長い間、取り壊されることもなく放置されていたここを、数年前から少しずつ、こっそりと、改修していた者たちがいたらしい。


 その者たちは、いつか自分たちの主を迎えるために念入りに準備を行い、周到に隠蔽を施しながら施設を作り替えていった。


 この国の情報収集部隊の目すら欺き、やがて完成したここは、今では立派なアジトとして機能している、……というのが、各人からの尋問(・ ・)によって引き出された情報であった。


「ふっへっへ、腕が鳴るなぁあ」


 砦の前に着地した偽竜の背の上で、白髪混じりの茶髪を結わえた男――チャスカ・キャリーは、実に嬉しそうに呟いた。



「キャンディ、ダル。――やっと、ここまで来たからな」




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