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第8章 9

 ◇




「メイビーさん……?」

「……え?」


 昼過ぎ。

 食事も摂らずにふらふらと、騎士団本部本館内を歩き回っていたメイビーを、男の声が呼び止めた。

 行くあてがあるわけでもなく、かといって一人で部屋にいると息苦しさで押し潰されそうになる。結果としてメイビーは、食堂や休憩室といった大勢の人間が出入りするところに行って、端っこの方でぼんやりしたまま午前中を過ごした。

 何を考えるのも億劫だった。修一やノーラのことを伝えなければならない人はいるのだが、今はそんな気分になれない。自分の気持ちの整理すら全然ついていないのに、それを誰かに伝えるとなれば、余計にその事実に打ちのめされそうになる。


「やはりそうだ」

「……セドリック、さん?」


 だというのに、今メイビーを見付けて近寄ってきているのは、そんな伝えなくてはならない人の内の一人だ。

 ノーラの父親、セドリック・レコーディア。

 彼は、困惑した様子でメイビーを見ていた。


「どうしたんだい、酷く落ち込んでいるようだが……?」


 心配そうに問うセドリック。

 無理もない。憔悴し切った様子の今のメイビーは、誰がどう見ても何かあったと察することが出来るほどの状態だ。そりゃあ心配にもなるだろう。


「……セドリックさんこそ、こんなところでどうしたの?」


 ただ、いきなり現れたセドリックに内心動揺したメイビーは、彼の問いには答えず逆に聞き返した。

 セドリックは、気にした様子もなく答えてくれた。


「ああ、私はここに緊急発注の品と応援物資を届けに来たんだ」


 詳しく聞くに、どうやら今回の騒動で消費された消耗品や武器防具を至急持ってきてもらうように騎士団から依頼されたらしく、各商会から取りまとめた品々を、セドリックたちが代表して持ってきたらしい。

 この他にも、皇族や中央委員会を中心としたブリジスタ政府各機関や民間団体からもあらゆる種類の物資の調達と納入を依頼されているようで、ブリジスタ国内の代表的な各商会が、総出で手分けして対応に当たっているらしい。


 騒動終了からまだ半日程度だというのに、頼もしいことである。


「幸い、といっては良くないのかもしれないが、我々がいた商業地区で破壊を受けたのは主に店舗などで、商品を保管していた倉庫の方は被害が少なかった。 従業員も、夜になって大半の者は帰っていたから人的被害もほとんどない。店は壊されてしまったところも多いが、人と物と繋がりがあれば我々はまた動き出せるんだよ」

「そう、なの?」

「ああ。もっとも、昨夜からの救助の手伝いなんかもまだまだ終わってないから、しばらくは忙しいままだろうがね」

「……」


 そう言われて気付く。セドリックをよくよく見れば、身体や服の至るところに傷や汚れが付いていた。おそらく、その救助の手伝いとやらをセドリックも一緒になってやっていたのだろう。

 また、顔にも疲労の色が窺えた。もしかしたら、昨日からずっと寝ないで働いているのかもしれない。


「大変な事になってしまったが、私たちにはまだ出来ることがあるし、やらなければならないこともあるからね。落ち込んではいられないよ。化け物を倒すのがここ(騎士団)の方々の仕事で、巻き込まれた人たちを助けるのが軍や警備隊の仕事なら、その人たちがきちんと活動できるようにしてあげるのが、私たち商人の仕事なんだ」

「……」

「ま、もちろん、後でお代は頂くがね。きっちりと」


 そう言って、商売人としての顔でウインクしてみせた。彼なりのジョークなのだろうか。疲れた顔でなお、優しげに笑ってみせた。


「っ……」


 その笑顔を見たメイビーは、胸をぎゅうっと締め付けられるような痛みを感じた。

 彼の笑顔の先にあるものが、見えてしまったのだ。

 この町を支え直して、セドリックが引き寄せようとしている未来が。そこにいる人々が、どういったものであるのかが。


「…………セドリックさんは」

「ん?」


 自然とメイビーは、口を開いていた。

 おかしいな、とは思わなかった。


「……知らない、んだよね?」


 まだ、言いたくはなかった。

 でも、言わないとダメだと思った。


「何の事だい?」


 こんなに強くて、立派な人を、きっととても悲しませてしまう。

 出来ることなら、自分の口からは言いたくない。


「……ノーラとシューイチのこと」


 それでもやはり、言わなくてはならない。

 自分には、そうしなければならない責任がある。

 事の当事者として。彼らの友人として。


「……ノーラが、どうしたと言うんだい?」


 あの二人を助けられなかった。

 自分の力が足りなかった。

 それを、悔やんでばかりではいられないのだ。

 自分に出来ることを、しなければならないのだ。



「実は――」



 どんなに辛くても。どんなに苦しくても。



 向き合わなければ、先には進めないのだから。




 ◇




 ――会議、早く終わらないかしら……。


 非常招集会議の席に座っているゼーベンヌは、ジリジリとした気持ちで会議の流れを眺めていた。


「――つまり、私の友人の話によれば、起き上がった敵は既にこの町を離れていて――」


 手元のメモに会議の内容を控えながらも、頭の中で考えていることは別の事。

 すなわち、修一たちのことである。


「――俺様が尋問した限りでは、敵のアジトは――」


 昨夜、化け物たちの掃討戦が終わって本部に帰ったゼーベンヌを待ち受けていたのは、わりとショッキングな話だった。

 ノーラが行方不明であるというのもそうだし、修一が死んだというのもそうだ。メイビーが落胆している姿など、とても見ていられないほどだった。


「――チャスカの持って帰ってきたブツを使って、こちらでも尋問してみたが――」


 ゼーベンヌは、デザイアやエイジャのように心から悲しむほど彼らと仲良くしていたわけではない。が、それでもやはり思うところはある。

 死んだのだ。あの修一が。団長たちと比べても遜色ないほどの強さだった彼が。一度でも共に戦った事のある、あの少年が。

 あんなに冷たくなって、動かなくなっていたのだ。

 昨日の夕方には挨拶をして別れたばかりだったのに、こんなにあっさり死んでしまったのだ。

 驚かないはずがない。


「――戦利品に関しては、完全に落とした。よって処分の必要は――」

「――俺んとこもや、勝手に手ぇ出したら――」


 ノーラにしてもそうだ。燃え尽きた敵の邸宅からは今のところ人間の焼死体は見つかっていない。あの屋敷に一緒に入っていって、そこから行方が分からないというなら、敵に連れ去られた可能性がある。

 拐われたのか、自分から付いていったのか。どちらにせよ、そうであれば連れ戻さなくてはならないだろう。


「――行方不明の住人の何人かは不可解な状況でいなくなっておる。その者たちも或いはそこに――」


 そして、メイビー。

 残された彼女の心中たるや、察するにあまりある。


「――分かり切った事だぜ、勘を働かせるまでも――」


 彼女とも一緒に戦ったことはあるが、その時の言葉から想像するに、彼女は修一に対して強い信頼を寄せていたように思う。

 ある種盲目的なほどに。良い悪いは別にして。

 そんな彼がああなったのだ。

 強い喪失感と深い哀しみに、押し潰されそうになっているのでは?


「――僕は今回お留守番ですか――」

「――アタイがいる限りこの町――」


 ――……私だったら、ちょっとやそっとじゃ立ち直れないかも……。


 もし、自分が信頼を寄せている人間が殺されてしまったら。

 ゼーベンヌは、そうした想像を思い浮かべて、すぐに振り払った。

 今、そういうことを考えるのは、少々縁起が悪い気がしたのだ。

 例えば隊長が、なんて――。


 ――ん? どうして一番最初に思い浮かぶのが隊長の顔なのかしら……?


「(ゼーちゃんゼーちゃん)」

「っ!?」


 いきなり、隣の席に座っているエイジャが肘でつついてきたため、ゼーベンヌは思わず声が出そうになった。

 慌てて口を押さえて封じ込み、それから怒ったように返す。


「(いきなり何するんですか!?)」

「(いやだって、会議に集中してないように見えたから)」

「(ぐっ……)」


 至って真面目な顔でそんな事を言うエイジャ。

 図星をつかれたゼーベンヌは、グッとそれ以上の言葉を呑み込んだ。


「(何考えてたの?)」

「(……それは……)」

「(ひょっとして、メイちゃんのこと?)」

「(! そ、そうです)」


 嘘ではない。さっきまで考えていたのだから。

 エイジャは「やっぱりか」みたいな納得顔で頷くと、「それなら、はい」と小さな紙片を手渡してきた。

 小さく折り畳まれていたが、中に何か文字が書いてある。手紙だろうか?


「(もうすぐ会議も終わるからさ、メイちゃんに渡してきてあげてよ)」

「(良いですけど、これは?)」

「(内緒のお話だって)」

「……」


 ゼーベンヌは、「誰からのですか?」と聞こうとした。

 しかし、それより早く会議がまとめに入ってしまった。


「皆さん、一度お静かに」


 司会役の男が告げる。

 それから、この会議の席で一番の上座、議長にあたる席に座っている老人が口を開いた。


「それでは最後に、今回の討伐作戦における先行部隊を決めようか。まずは……ブライアン」


 「はい」と、白髪の大男は低い声で頷く。


「お前が指揮を執れ。次に……チャスカとデザイア」


 二人は黙ったまま頷く。

 その目付きは真剣そのものであった。


「やる事やってこい。あとは……エイジャ、トマロット、それから、プリメーラ。お前たちは援護に回れ」


 痩身で、長く真っ白な口髭を蓄えた老齢男性。

 人形みたいに表情の変化がない、緑髪の女性。

 それぞれが無言で頷く中、同じように名前を呼ばれたエイジャは、片目を閉じて笑いながら頷く。

 それからチラリと、目線だけゼーベンヌに寄越してきた。

 先程の紙をきちんと渡してくれということだろう。


 その依頼にゼーベンヌが首肯すると同時に会議は終了した。


 各人席を立ち、それぞれの準備に向かった。



 以下、議事録抜粋。


 第二騎士団団長。

 第三騎士団団長。

 第四騎士団団長。

 銃砲隊隊長。

 神官隊副隊長。

 魔術師隊副隊長。


 計六名。討伐作戦先行部隊に任ずる。


 第一騎士団団長。

 第五騎士団団長。

 第六騎士団団長。


 計三名、及び一般団員各員。災害救助活動を命ずる。


 神官隊隊長、以下神官隊隊員各員。負傷者治療活動等を命ずる。


 魔術師隊隊長。突入経路の確保を命ずる。



 以上。




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