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第8章 7

 ◇




「シラミネっ!!」


 騎士団本部本館、治療室の扉を乱暴に押し開けたデザイアは、開口一番友人の名を呼んだ。

 室内には何床ものベッドが置かれていて、その上で横になっていた団員たちが驚いたように顔を上げるが、構わずもう一度吼える。


「どこにいる! シラミネっ!?」


 デザイアのあまりの剣幕に身を竦める者も現れる中で、治療室の隅の方から窘めるような声が飛ぶ。


そうがましない(やかましい)、静かにせんかデザイア」

「っ、……エナミさん?」

「病室じゃ。寝ようモンもおらあ。ほたえな(騒ぐな)


 一番隅のベッド、その横に簡素な椅子を置いて座るエナミがデザイアを睨んでいた。

 右足の腿には包帯が巻かれていて、下から滲んだ血が表面にまで浮かび上がってきている。かなり深い傷だ。

 近付いたデザイアも、一目見てそのことに気付いた。


「どうしたんだ、その足は?」

「ちいとやられた。大したモンじゃないわえ」

「治療神術は掛けてもらわなかったのか?」

「他に危ないモンが何人かおったきにゃあ。それに……」


 エナミはすぐそばのベッドを、ちらりと一瞥した。

 デザイアも釣られてそちらを見て……。


「…………」


 何も言わなかった。

 そこで寝ている者の正体はすぐに分かったし、色々思うところもあるのだが、今はそれどころではないのである。


「捕虜に取った。責任は取るし、当面の面倒もみる」

「いや、それはいい。それより、シラミネはどこにいる?」

「……」


 エナミは無言のまま、親指を立てて指し示す。

 そちらには、隣の部屋に続く扉があった。


「おい……、あそこは……」


 デザイアが唸るように呟く。エナミの指は動かない。決して冗談などでないのだ。


「っ……」


 デザイアはすぐさまその扉に向かう。

 扉の上には、部屋の名前を示すプレートが付いている。


 『遺体安置室』と、書かれたプレートが。


「……入るぞ」


 扉を叩き、声を掛けてから開く。

 少し開けた途端、強い死臭が鼻につく。

 血と、肉と、脂に大小便。腐臭や焼臭、その他諸々。そうしたものが不愉快なほど混ざり合った臭いだ。

 それから、室内にいた人物に声を掛けられた。


「来たね、デザ君……」


 先程連絡してきたエイジャだ。

 室内にはその他に、エイジャの姉であるケイナ、落ち込んだ様子のメイビー、見知らぬ顔の紫髪の少女がいる。他の人間はいないようだ。人払いをしているのか。

 そして、ケイナの目の前に置かれている安置台。

 その上に、彼は居た。


「…………」


 デザイアは、間近に寄って顔を見る。眠るように目を閉じていた。


「――――シラミネ」


 静かに名前を呼ぶ。当然、返事はない。

 首に手を当ててみる。おそろしく冷たかった。

 呼吸も、拍動も、感じ取れない。


「シラミネ、起きろ」


 当然、起き上がるはずもない。

 服を脱がされている上半身。胸部中央から若干左寄りの位置、もう塞がっているが、刺し傷がある。

 深さにもよるだろうが、確実に心臓を貫く位置だ。これが、そうなのか。


「……っ」


 デザイアは、一向に身じろぎ一つしない友人の身体に、拳を握って震わせた。強く顔を顰め、下唇を噛む。

 感情が漏れだしているのか、少し長めの青い髪が逆立っていく。

 堪え切れずに、とうとう吼えた。


「シラミネっ! お前は何をしているんだ!!」

「!」


 椅子に座って俯いていたメイビーが、ビクリと肩を竦めた。


「何故、死んだ! 何をしていたんだ!」

「……ワタシの、手伝いをしてもらっていたワ」


 デザイアの剣幕に、紫髪の少女――ヴィラが答えた。


「アンタは?」

「ヴィラ、という者ヨ。聖国の神官で、今回の騒動に関して指示を受けてこちらに来ているノ」

「そうか、……なら、手伝いとはどういう意味だ」


 ギラリ、と怒りの渦巻く目でヴィラを射抜いた。


「シラミネは、一般人だ。いくら強かろうが、コイツが命を張る道理はない。何故ならそんなものは、俺たちの仕事だからだ。俺たちが、やればいいことだからだ」

「……」

「そんなこと、アンタだって分かっていたはずだ。なのに、何故、手伝わせた」


 ヴィラは、誤魔化しもせずに答えた。

 声も、表情も、苦渋に満ちていた。


「断り切れなかっタ、……というのは言い訳ネ。シューイチの戦闘能力に魅力を感じたのは確かなのだシ」

「……」

「なにがなんでも、目標を退治しなければならなかっタ。そのために、シューイチの善意と勇気を利用しタ。イケナイ事だとは分かっていたし、こうなる可能性があることも分かっていたけド。……こんなところネ」

「っ、貴様……!」


 デザイアの殺気が急激に膨らんでいく。

 今にも、飛びかからんばかりに。


「――ごめんなさい」


 そこに差し込まれたのは、メイビーの謝罪の言葉だった。懺悔するような響きの、今にも泣き出しそうな声だった。

 デザイアとヴィラが、同時にそちらを見る。


「僕、シューイチを助けられなかった。勢い込んで助けにいって、結局負けちゃった……。あの時はまだシューイチも生きていたのに、ちゃんと連れ帰ってたら助かったかもしれないのに……!」

「……」

「メイビー……」

「助けられなかった。助けられなかったんだよ、僕は。シューイチも、ノーラも。大切な友人を二人とも、助けられなかった。僕が……、僕の、せいで……」


 涙が零れ、言葉に詰まる。

 そのあとはもう、ダメだった。

 溢れてくる涙が邪魔をして、嗚咽を噛み殺すのが精一杯だった。


「っ……」


 デザイアは感情の向ける先を失い、小さく舌打ちする。

 何も自分だけではないのだ。悲しんでいるのは。

 エイジャだってほとんど言葉を発しないし、ケイナもこのやり取りを黙って見守っている。

 メイビーなど、自分を責めて泣いているではないか。

 ヴィラだって悔いている。よくよく見なくてもそんなこと、とっくのとうに分かっている。


 子どもの癇癪のように喚き散らしても、何も変わらない。


「……蘇生(・ ・)は、できそうにないのか、ケイナさん」

「……本当は、正式な許可を取らなければならないのだが、エイ君に頼まれて、やってみた」

「……」

「結果は、見ての通りだ」

「……そうか」


 デザイアは目を閉じて天を仰いだ。

 ケイナが若干慌てるようにして弁明する。


「蘇生呪術は、必ずしも成功するわけではないんだ。遺体の損壊が激しかったり重要器官にダメージがあったりすれば失敗するし、遺体が無事でも本人が生き返ることを拒否する場合もある。というより、普通の人間は余程の未練がなければ、生き返ることを望まない。死ねばそちらにいる方が正しい在り方なんだから、当然だ。もともと、失敗する可能性の高い呪術なんだよ、これは」


 だからこそ、一般的な使用が禁止されているわけでもあるのだが、それでも死者の復活を望む者たちはいるし、そういう人たちのためにコッソリ活動している呪術師も、一定数存在している。

 ケイナは、それを悪だとは思わない。自らの立場からいえばそうした者たちを肯定するわけにもいかないのだが、ごく個人的な意見として述べるならば、そうした者たちにこそ救済を与えるべきであり、ケイナはそのために蘇生呪術(リザレクション)を習得しているのだ。

 だから、今回のエイジャのお願いも、特段反対することなく受け入れた。

 修一を復活させることは、そのまま死なせてしまうよりも遥かに多くの人の救いに繋がると考えたから。

 だと、いうのに。


「確かに心臓は貫かれているけど、死亡の直前直後に使われた薬品や呪文によって既に傷は塞がっているし、理由は分からないが、低温で保持された遺体というのは状態の悪化を防げているはずだ。死後間もなくで、生き返るに足る未練もあるようだったから、私だって成功する可能性の方が高いと思っていた。なのに、」

「……なのに?」

「いくら呼び掛けても、全く応答がないんだ。蘇生呪術は、死者の魂を呼び出して肉体にはめ戻す呪文だが、肝心の彼の魂が、何の反応も示さない。失敗するとか成功するとかの以前に、彼の魂を見つけることが出来ないんだよ」

「それはどういう意味なんだ、ケイナさん」

「私にも分からない。まるで、この世界の(・ ・ ・ ・ ・)どこにも(・ ・ ・ ・)居なく(・ ・ ・)なって(・ ・ ・)しまったみたいに、彼の魂は私の呪術に引っ掛からないんだ。本当に、こんな感覚は初めてだ。最初から、存在していなかっのではないかと思えるくらいに、手応えがない」


 そう言ってケイナは、力なく首を横に振る。

 現状、彼女にも打つ手がないのだろう。

 本職であるケイナにそう言われてしまえば、デザイアとしても反論は出来ない。

 生まれつき魔力量が少なすぎて呪文の類いを一切使えないデザイアは、そうした感覚にまるで理解が及ばず、門外漢もいいところなのである。


「…………」


 重苦しい雰囲気が、場を支配する。

 メイビーのすすり泣く声だけが室内を満たしていた。


「……あー、ところで」


 そんな空気を変えるべく、エイジャが口を開いた。

 向けた視線の先にいるのは、ヴィラだ。


「貴女が、ケイ姉の友人ということでいいのかな? ……ヴィラさん」

「ええ、そうヨ」


 一瞬口篭ったのはどういう呼び方をしようかと考えたためだが、流石にそんな雰囲気ではないため自重した。

 そのことに気付いたのもデザイアだけだったが、彼が指摘しなかったため真相は闇の中である。


「ヴィラさんに聞きたいことがあって探してたんだけど、今、聞いてもいいかな?」

「……良いけど、一体どんな事ヲ?」

「そうだね、色々あるんだけど……差し当たって聞いておきたいことは一つ」

「……」


 エイジャは一つ咳払いをすると、言葉を続けた。


「親玉はもう、起き(・ ・)上がった(・ ・ ・ ・)のかな?」

「……ええ、シューイチと戦ってそんな風にしたのも、ソイツヨ」

「ん、了解」


 それだけ聞くと、エイジャはデザイアに歩み寄って肩を叩く。


「と、いうわけだから」

「……」

「たぶん、明日は討伐活動だよ」

「……そうだな」


 「いや、もう今日か」と呟きながらエイジャは、再度ヴィラに視線を送った。


「本当は、もっと問い詰めたいこともあるんだけど、それの大半は今回の戦利品(・ ・ ・)で賄えるから聞かないよ」

「……そウ」

「でも、ケイ姉の方はそういうわけにはいかないだろうからさ」

「……」

「きちんとお話、してあげてよね?」


 そこまで言うとエイジャは、「行こ、デザ君」とデザイアの肩を引き、そのまま安置室を出て行った。

 治療室も抜けて、本館の廊下を歩く二人。

 その最中でエイジャは、ヴィラとメイビーから聞いた限りの状況をデザイアに伝える。


 高級住宅地区にある邸宅の一つを、敵がアジトとして使っていたこと。

 その中で戦闘になり、修一たちは負けたこと。

 ヴィラとメイビーか気付いたときには邸宅は大きく燃え上がっていて、おそらくもう燃え尽きてしまっているだろうこと。


「メイちゃんの話では」

「……ああ」

「ノンちゃん、――ノーラ・レコーディアさんも、メイちゃんたちと一緒に敵の屋敷に突入したらしいんだ」

「……」


 デザイアは、先程の場にノーラがいなかったことにようやく合点がいった。


「攫われたと?」

「おそらく。奴らと一緒に居なくなったらしいから間違いないんじゃないかな?」

「居なくなった、というのは、どこか別のアジトに移ったということか?」

「その辺りも含めて、フー様と一緒に聞いて(・ ・ ・)みるよ」

「……誰にだ?」


 エイジャはニッコリ笑って答えた。



「さっき捕まえた戦利品に」




 遺体安置室に残されたのは、メイビー、ヴィラ、ケイナの三人。

 メイビーはずっと泣き続けていて、ケイナとヴィラはどうしたものかと顔を見合わせる。


「……うぅ、……ぐすっ……」

「……えっト?」

「……一先ず、我々もここを出よう。いつまでも居ては、その、落ち込むばかりだ」


 ケイナが繕うようにそう告げて、二人に退室を促がそうとする。

 ヴィラは、それに頷いてケイナに続く。

 メイビーは――。


「……僕は、もう少しここにいるよ」

「しかしだな……」

「お願い、もう少しだけ……」

「……」


 泣き腫らした目で懇願してくるメイビーに、ケイナはそれ以上何も言えない。少なくとも、今は。


「……二時間ほどしたらまた来るワ」

「うん……」

「その時には、引き摺ってでも連れ出すからネ?」

「……分かった」


 ヴィラの言葉に小さく頷いたのを確認し、ケイナとヴィラも安置室を出た。


「さて、ヴィラ」

「なあニ?」

「私の執務室に来てもらおうか」

「……」


 ヴィラは困ったように笑うが、ケイナは許さなかった。


「ヴィラ」

「……分かったわヨ」


 そしてすぐに観念したヴィラは、ケイナの言葉を了承した。


「まァ、ワタシも話しておきたいことはあるからネ」

「ならちょうど良い、こっちだ」

「知ってるワ、先日来たもノ」


 そうして二人は、廊下を並び歩く。



 十五年近い空白を埋めるために。




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