第8章 4
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三体のアイアンゴーレムによって繰り出される息つく暇もない波状攻撃。暴力的なまでの連打は、降り注いだ先にある何もかも押し潰し、洗い流す拳の雨だ。
ただの雨なら、当たっても濡れるだけである。風邪をひくかもしれないが、それだけだ。
だが、この雨に当たればそんなものでは済まない。風邪をひくどころか、全身血に濡れて死ぬことになる。
そして、降り落ちる雨の全てを躱せる者など居ようものか。
結果など、はじめから見えている。
ゴーレムの指揮者は、物陰に潜んだままそのように高を括っていた。
「温いぜっ!!」
「――――!」
だが、それが間違いであったとすぐに知ることになる。
ゴーレム三体を一人で相手取る青髪の青年。三体で取り囲むようにして布陣しているにも関わらず、一度足りたも拳が当たらない。
こんなことが、有り得るのか。
「はああっ!!」
右手の装飾剣を、降り下ろされた拳の一つに叩き付ける。
高く澄んだ音。激しい火花が飛び散る。
それだけに留まらず、目にも止まらぬ早さで両手を動かし、何度となく剣を打ち込んでいく。
邪魔そうにして、ゴーレムが腕を払った。その時にはもう、青髪の男はその場を離れて別のゴーレムに斬り掛かっている。
行動速度が違い過ぎる。
馬と亀。あるいはもっと。
「――クソッ!」
指揮者は感情のままに悪態をつく。
両手の剣を自在に操り、踊るように躱すこの男は、おそらく、やろうと思えばいつでもこの包囲を抜け出せるはずだ。
それをせず、当たるを幸いにしてゴーレムに斬り掛かり続けている。一体何故か。
どちらの剣でも、まるで歯が立っていないのに。表面を多少引っ掻くくらいしか、傷を与えられていないのに。
どちらもがダメージを与えられないのなら、体力を消耗するだけの無駄な行いではないのか?
男の、他の仲間のところに向かわせないためか?
そのために、身を呈してゴーレムたちを引き付けているのか?
「……このぐらいか?」
相手の意図が理解できない指揮者には、男の呟きの意味も、もちろん分からない。
「――波濤」
一体のゴーレムの両腕が、肩口から外れて宙に舞う。
驚愕とともに、指揮者は見た。振り上げたところで斬り飛ばされたのを。それも、二本同時に。
男が右手に持っている装飾剣。この剣先から蒼い光が迸り、一息に二度振り抜かれたことで、それが細長い刃物のように伸びた。
それによって今まで全く歯が立っていなかった鉄の体を、紙でも裂くかのように易々と斬り捨てたのだ。
そんな、バカな――。
「波濤っ!」
「ッ!?」
突き込むようにして繰り出された装飾剣から、またもや蒼光が伸びる。
二体目のゴーレムの胸部に光が刺さり、真っ直ぐに貫いてみせた。
そのたった一突きで、ゴーレムは活動を停止してしまった。
ゴーレムには、心臓若しくは核と呼ばれる部分があるのだ。分厚い体の奥深くに作成時に材料として使ったものが隠されていて、それこそがゴーレムの弱点たりえる。そこを突かれれば、いかに頑強なゴーレムでもひとたまりもない。
まあそれでも、マッドゴーレムやウッドゴーレムならともかく、アイアンゴーレムを相手にしてそこを突くというのは大概無茶だ。よほど名のある名剣でもなければ、そこまで攻撃が通らない。
だからこそ、指揮者もその点は安心していたというのに……。
「魔剣か、アレは……!」
どういう原理か知らないがあの魔剣は、蒼い光のように見えるエネルギーを刃から放射して、斬撃の間合いや威力を高めることができるらしい。鉄の塊であるアイアンゴーレムを、簡単に斬り伏せられるくらいには。
もっとも、それだけでは隠された心臓の位置を一発で当ててみせた事の説明が付かない。が、それについて考えている暇もなさそうだった。
「そおらっ、――波濤っ!!」
気合一閃。
三体目のゴーレムに対して、大上段から縦一文字に装飾剣を振り抜く青髪の男。
蒼銀色の刃が一際強く輝く。迷いなく流れた剣線は、ゴーレムの巨体に一本の線を引いた。
「――――」
脳天から股関節にかけて通り抜けた、蒼い光。
アイアンゴーレムは、それでもなんとか攻撃を続けようとして、……真っ二つに別れて転倒した。
「……ん?」
剣を振り切った姿勢のままその動きを眺めていた男は、背後から聞こえてくる稼働音に体勢を整えつつ向き直る。
最初に両腕を斬り落としたゴーレムが、短い脚を持ち上げて男を踏み潰そうとしていた。
男は、特に何を思うこともないのか、キョロキョロと周囲を見渡し。
「……ふむ」
小さく頷いた。持ち上げていた脚が頭上に急降下してくるが、踏み付けた時点では、もうすでに男の姿はない。
大地を揺らす一撃を悠々と避け、男は近くの建物に駆け込んで階段を駆け上がる。
一階から二階、二階から三階まで駆けた勢いで三階の室内を駆け抜け、開いたままになっている窓の枠に足を掛けた。
「はっ!」
躊躇うことなく、窓から空中に身を投げ出す。跳んだ先では、ようやくこちらに気付いたゴーレムが顔を動かしたところであった。
――借りるぞ! シラミネ!
男は、左手に持っていた騎士剣を投げ捨てた。
空いた左手を右手の装飾剣の柄尻に沿えて両手持ちになると、発光がなくなった剣を高々と振り上げる。
剣先を、満月輝く夜空へ向けて。
身体全体を真っ直ぐにピンと伸ばし。
自らの勘だけを頼りに、狙いを定める。
接触はおそらく一瞬。ならばチャンスもその一瞬。
それだけあれば、十分だった。
青髪の男、――デザイアにとっては。
「波濤破断鎚!!」
音を置き去りにするような速さで、ゴーレムの胸元へ剣が走る。
衝突。轟音とともに剣先が沈み込んでいく。
蒼い光すら使わず、力業で鉄の塊を斬ったのだ。
ほぼ根本まで刃が突き刺さり、剣を支えにしてゴーレムの胴体に足を付けると、刃が噛み付いたものを削り斬るようにして、装飾剣を引き抜いた。
クルリとトンボを切って軽やかに着地する。
その目の前で、両腕を失っていたゴーレムは静かに機能停止し、膝をついた。
核を削り斬られたことにより、鉄兵形創造呪術の効果が切れたのだ。他の二体と同様に、元の材料の大きさにまで縮んでいく。
全てのゴーレムが鉄塊に戻っていくのを確認しながらデザイアは、先程の一撃の出来を検討してみるのだが……。
――……いまいち、だったな……。
やはりまだ、完成度が低い。もし、正しく振れていれば、装飾剣が途中で止まることはなかったはずだ。
見よう見まねで多少練習したくらいでは、まだまだ本家には到底及ばない。こんなものでは、次に戦う時には使えそうにない。
内心で舌打ちしながら考える。
あの時あの男は、どのようにして身体を使っていた?
外から見えない部分では、筋肉はどう動いていた?
更なる検証が必要だ。
この騒動が終わった後にでも。
「……アイツらはまだ戦っているのか?」
投げ捨てた騎士剣を回収しながら、第四騎士団団長はひとりごちる。
戦いながら場所を移動したため、部下たちの姿は見えなかった。
ただまあ、心配はいらないだろう。
デザイアの勘はそう告げている。
「それならもう少し削っておくか? ……いや、それも必要ないのか」
デザイアが視線を向けた先には、少し前まで誰かがいた。
今はもう逃げ出したようだったが、追い掛ける必要もない。
「あとは任せたぞ」
それだけ言い残して、デザイアは部下たちの元へ向かった。
逃げた指揮者は、何度も後方を振り返り、追跡者がいないかどうか警戒しながら裏路地を駆けていた。
若いリャナンシー。借り受けていたゴーレムを全て失った彼女は、自分自身が追撃を受けることとなる前に、素早く撤退することを選んだ。
他の仲間たちならともかく、今の自分の実力ではあの青髪の男には勝てない。
それが理解出来たからこそ、姿を見せることなく退いたのである。
「クソッ! あんなやつ、相手に出来るもんか!」
そもそもだ。彼女たちがこの町で暴れているのはきちんとした理由があってのことだ。決して愉快犯じみた動機などではなく、明確な達成すべき目的がある。
それを考えれば、あんな奴相手にする必要はない。
もっと効率良くヤれる人間を見つけて数を稼いだ方がマシだ。
「……いくらなんでも、もう追ってこないか?」
足を止めて後方を凝視する。
耳を澄ましてみても、誰かが近付いてくる気配はない。
どうやら振り切ったようだな。そんなことを思いながら、更に距離を取ろうとして――。
「っ! うわっ!?」
いきなり足がもつれて転んでしまった。
身体が前方に投げ出される。
「クソッ、一体何が」と呻きながら足元を見れば、何か、紐のようなものが絡み付いていた。
裏路地には捨てられたゴミなども散乱している。ここまで来る途中で絡まっていたのか、と思いながらそれを外そうとして、――気付いた。
「これは……!」
ゴミではない。これは、捕縛用のボーラだ。
しかも、何かチクチクすると思えば、ご丁寧なことに紐の部分に小さな針が無数に取り付けられていて、紐同士が尚の事絡みやすいようになっている。
なぜ、こんなものが――。
「流石フー様、上手いもんだねえ」
「!?」
ふいにリャナンシーの背後から、飄々とした男の声が聞こえた。
慌てて振り返るが、しかし姿は見えない。
「な、どこにいるっ――!?」
思わず声を荒げる。目を凝らしても、どこにも姿が見えない。
先程の奴か。
いや違う。
声としゃべり方が違っている。
別の奴だ。
いつの間に――……。
「――あっ?」
いつの間にか、倒れていた。
もう一度起き上がろうとするが、まるで力が入らない。
視界が揺れて、頭の奥をゆっくりかき混ぜられているみたいになってくる。
酩酊、そして昏睡。症状としては、それが一番近い。どうしようもない睡魔が、リャナンシーの意識を強制的に切り落とした。
すぐに、すぅすぅと寝息が聞こえてきた。
二人分の影が、昏倒したリャナンシーの前に現れる。
片方の男が、おどけるようにもう一人に話し掛けた。
「当て方も上手いし、針に塗ってある薬も良く効くもんだ。やっぱ熟練の技っていうのは見ていて惚れ惚れするよ」
「……お喋りはいい。さっさと運ぶぞ」
「はいはい」
「ハイは一度だ」
「……はーい」
窘められ、肩をすくめてみせた男は、丈夫そうなロープを取り出すとリャナンシーの身体に巻き付けていく。
簡単には外せないように念入りに結び付け、存外と小さな身体を担ぎ上げる。
「これってさ、見ようによっては俺たちの方が悪者じゃない?」
「心配するな。私たちの姿を見つけられる者などそうはいない」
「それもそうだけど」
「それにだ」
「?」
もう一人の人物は、そこで怖い笑みを浮かべてみせた。
「もしお前が、誰かに見つかるような事があれば、それは私の指導不足ということだ。となれば、今度は半年ぐらいかけてじっくりシゴいてやらねばならんということに――」
「絶対誰にも見つかりません。はい」
「それで良い。……行くぞ」
「……はい」
二人と一体は、そのまま暗闇に紛れて音もなく溶けていく。
リャナンシーを担いだ男は、口の中だけで小さく小さく呟いた。
「まぁ、ゼーちゃんもカイ君も、やることやって頑張ってくれてるもんねえ」