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第8章 3

 ◇




 付近一帯の燃え盛る建物の隙間を縫うようにして、矛を交える影がふたつ。

 刃と刃を打ち合わせ、鈍い金属音を辺りに響かせながら少しずつ移動するその影は、もう何度目になるか分からない衝突の後に飛び下がり、お互いに間合いをとる。


 片や、ブリジスタ騎士団の団服に身を包んだ煉瓦色の髪の女性。両手にはそれぞれ鈍く輝く幅広の剣が握られていて、右手の剣の刃は赤く、左手の剣の刃は青い。

 片や、真っ白い髪と真っ赤な眼の美しい女。両手には鋭利な輝きの短剣が握られていて、右手のものには黄色、左手のものには緑色の宝石が、それぞれの柄尻に埋め込まれている。


 第一騎士団副団長アイギス・イーハトーブと、リャナンシーによる一騎打ち。

 ここまでは、終始アイギスが防御を固め、それをリャナンシーが突破しようとすることの繰り返しだ。


 アイギスは間合いが開くと同時に一つ息を吐き、両手首をクルリと回して剣を構え直す。

 両手の剣はそれぞれ特注品で、防護剣と呼ばれる防御に特化した長剣を、より取り回しやすく改造したものだ。

 年齢のわりに小柄な身体に合わせて剣身を短く詰め重心の位置を変えたりしてあるし、剣鍔なども一回り大きく、分厚い。切れ味は並だが、防御に徹すれば盾を持っているのと変わらないほどの防御力を発揮する。

 アイギスの使う剣術流派、五勢剣術『守勢剣』とは、抜群の相性であった。


 おそらく魔化武器であろう短剣二本を持ったリャナンシーを相手にして、大きな深手も負わずにいられるのは、ひとえにこの堅牢な防御能力があってこそ。

 でなければ、今頃アイギスはここに来る途中のどこかの路地で冷たくなって息絶えていたはずだ。剣の速さも正確さも、比べようもなくリャナンシーに軍配が上がるのだから。


「貴女、さっきから亀みたいに縮こまってばかりね?」


 愉快そうな笑みを浮かべて、化け物が話し掛けてくる。余裕なのか、嘗めきっているのか。おそらく両方なのだろうが、アイギスにとってはどちらも変わりない。


「攻めて勝てるなら、アイだってそうしたいであります」

「そう? じゃあ、試してみる?」


 リャナンシーの問いに、アイギスは真面目くさった態度で答えた。


「試すまでもないであります。アイがいくら攻撃したところで、アンタにはかすり傷一つ与えられないでしょう」

「あら、謙虚ね」

「事実でありますから」


 実際、事実だった。

 化け物の一挙一動を見逃さないようにしながら、アイギスは偽りのない言葉を吐いている。

 正直言って、守るだけで精一杯。

 下手に攻めようものなら、あっという間に頭と身体が泣き別れだ。


「で、それでどうやって勝つ気なの?」

「……」


 アイギスは答えない。

 リャナンシーが、なお楽しそうにしながら一歩踏み込んだ。


「いつまでも守ってばかりで、私に勝てると思っているの? 私は、まだまだ本気じゃないわよ?」

「……」


 更に一歩、近付いてくる。

 アイギスは、眉一つ動かさずに黙っている。


「だんまりかしら? ……それならそろそろ死ぬ?」

「……そうでありますね」


 ここで、ボソリと呟いた。

 肯定の言葉に、リャナンシーが怪訝そうにする。


「今、なんて?」

「そろそろ死ぬべきであります。――アンタが」


 その時、燃える建物の一つが唐突に倒壊した。

 内側から噴き上がった炎が建物の壁を押し倒し、柱も何も燃やし尽くされたことで自重を支えきれなくなったのか。

 盛大な火炎によって、付近が一気に明るくなる。

 ガラガラと崩れていく建物の瓦礫が、更に噴き出してきた炎に呑まれて一瞬で消し炭になった。


「なっ――!?」


 いくらなんでもおかしい。

 建物中に油を撒かれていたわけでもないだろうに、これほど炎の勢いが高まるものか。

 自然な火勢でないのなら、誰かが手を加えているのだろう。では、それは、誰だ?


「……遅いでありますよ」


 リャナンシーが考えを巡らせていると、アイギスがまたもや呟く。

 それの意味するところは、すぐに確認出来た。


「……やっと見つけた。君は方向音痴なんだから、一人で走ったら駄目だって」


 崩れ、一層激しく燃える建物の中から、平然と歩み出る一人の男。

 アイギスを見つけて安堵の笑みを浮かべ、それに向かい合うリャナンシーを見て僅かに眉を顰める。

 髪の色、瞳の色は、背後で燃える炎よりも赤く、着ている団服には焦げ目どころか煤一つ付いていない。


「ああ、まだ交戦中なんだね。手助けは?」

「今にも殺されそうで正直チビりそうでした。助けて欲しいであります」


 眉一つ動かさず、わりと情けないことを口走るアイギスに、男は気軽に「良いよ」と頷く。


「そういう訳で、お嬢さん」

「……なにかしら?」

「ここからは僕がお相手致します」


 赤髪の男は緩く微笑むと、腰の剣を一息に引き抜いた。

 僅かに赤みを帯びた両刃の直剣。背後の炎に照らされて、剣身に刻まれた紋様が浮かび上がっている。

 それこそ炎。燃え上がる炎を模した紋様だ。


「僕の名前は、アレックス・アークフレア。そちらの彼女の上司になります。貴女個人に恨みはありませんが、貴女を見逃すわけにもいきませんので」


 ブリジスタ騎士団第一騎士団団長は、剣を構えて宣言する。

 リャナンシー相手に、当たり前のように。


「貴女を始末します」

「――!」

「逃がしませんよ?」



 この直後、周辺一帯全てを捲き込むほどの巨大な火柱が発生し、それから間もなく戦闘は終了した。




 火柱を目撃した第二騎士団の団員たちは、そこから遠ざかる方向に向けて移動していた。

 近寄ると危ない。ハンマーを振り回すジャノとは、比べ物にならないくらいに。


 本人は「もう捲き込んだりしませんよ?」と言っているが、とても信じられたものではないし、例えそうだとしても近付く必要がない。

 あの辺り一帯にあの男がいるのなら、任せてしまってまるで問題ない。


 「剣と炎の申し子」こと、アレックス・アークフレアに。


「アレックスも、あれでだいぶ大人しくなったものじゃ」

「……あれでですか?」

「出来るだけ余計な被害を出さんように、気遣いが出来るようになったからのう。団長になったばかりの頃と比べれば雲泥の差よ」

「はあ……」


 年若い団員の一人と会話しながら、ブライアンは昔を振り返る。


「建物内や閉所では一緒に戦えん奴じゃった。崩壊、熱傷、窒息のどれかで巻き添えを喰らうからな」

「……」

「逆に、広くて遮蔽物のないところでなら無敵に近い。一対一でも大群相手でも、決して負けんよ」

「なるほど……?」


 さて、ブライアンたちがそうこう話していると新たな集団に出会った。

 敵ではない。騎士団の人間だ。


「お疲れ様です、ブライアン団長」

「おお、確かエイ坊のところの副官じゃったな」

「はい、ゼーベンヌと申します」


 銃砲隊副隊長以下数名程度の少数部隊。

 ゼーベンヌが指揮を執り、他の騎士団同様に魔物の討伐活動に従事しているのだ。


 人数が少ないのは、なるべく活動班数を増やすため。そして、迅速な行動が出来るようにするためだ。

 現在スターツの町中には、最低限の少人数に分割された隊員たちが、薄く広く散開している。

 活動の主目的は、他の騎士団の補助に近い。

 ざっくりと言えば、通常の敵を相手してもらう代わりに相性の悪い敵を引き受けるのだ。固かったり霊体であったりする魔物にも、(ガン)なら問題なくダメージが通る。弾切れや魔力切れ時のリスクを減らす意味もあり、一般団員と行動を共にするのはお互いにとってメリットがある。


「よろしければ同行させてください。先程までは別の部隊と行動を共にしていたのですが、負傷者の救護のために別れてしまいました」

「願ってもない、こちらこそ宜しく頼む」

「ありがとうございます。それではこれよりブライアン団長の指揮下に入ります」


 ブライアンは、一も二もなく頷いた。

 彼としても、取れる手段は多い方がいい。

 銃を使える人間がいれば、ドゥームやゴーレムの破壊ももっと迅速に行える。


「そういえば、エイ坊はどうしたんじゃ?」

「隊長は、……やる事があると言って単独行動中です。現在どこにいるかは把握していません」

「……そうか、アイツも相変わらずじゃ」


 ブライアンが少しばかり困ったようにする。

 ゼーベンヌは、表情を変えないまま続きを述べた。


「ただ、いつになく真剣な表情を浮かべていましたので心配はいらないと思います。本当に、すべき事をしているのでしょう」

「……」

「……なにか?」

「いやぁ、なに」


 白髪頭の大男は、短く刈り上げた髪を掻きながら、思ったことを口にした。


「お前さんは変わったな、と思ってのう」

「そうでしょうか?」

「ああ、先日食堂で騒いでいたのを叱ったときとはずいぶん違う。……何かあったか?」

「……」


 ゼーベンヌは、三つ編みにした金髪の先を指でクルリと弄りながら答えた。



「いえ、特に何も」




「――こんなもんかよぉ?」


 真っ暗な裏路地に、粘着質な男の声が響く。

 冷えきった緑色の瞳は自らの足元を見下ろしている。正確には、足元に転がるモノにだが。


「まだ、話せることはあるかぁあ?」

「……」


 足元にあるソレは、何も答えない。

 これ以上、答えられることがないのだろう。


「……ちっ、使えねぇ。あとは、持って帰って調べるか」


 男は、懐から畳んだ布を取り出し、足元のソレを包んで持ち帰ることにした。中から零れないようにきちんと縛り、一先ずそこらへんに置いておく。

 それから、少し離れたところに置いてきた自分の武器を取りに行った。


「……」


 向かった先にあるのは、鎌と鉈。


 鎌の呪授武器『浮雲』。

 鉈の呪授武器『渇血』。


 これらともう一つ、合わせて三つが男の武器だ。


「しかし、意気込んでたわりにはざまぁないなあ」


 男は、汚れ一つ付いていない鉈を拾い上げながら呟いた。鉈の横にあるモノ(・ ・)に向けて。


 ……黒く蠢く大量の何か(・ ・)に、たかられたモノに向けて。


「ギャアギャア泣き叫ぶくれぇなら、最初から喋れば良かったんだよ。そうすりゃあ、苦しまねぇようにしたのによぉおお」


 たかられているモノは、全体を隙間なく黒い何かに覆われている。ガリガリギシギシと、不気味な金属音を鳴らす何かに。

 鎌は、そのモノのちょうど真ん中に突き刺さっていた。

 男は無造作に鎌を引き抜く。刃先には、ぬるりとした赤い液体が付いていた。


「まだ残ってたかあ。さっさと全部喰え、『黒蟲』」


 その言葉を受けて、蠢く何かは活動を早める。ゴリゴリゴリゴリ、耳障りな音が路地裏にこだまする。

 やがて活動を止めた何かは、這うようにして動き、男の身体を登っていく。ダボダボの裾や袖から服の内側に潜り込んでいき、全てが収まると動くのを止めた。

 たかられていたモノは、地面の染みを残して姿を消していた。


「さぁて、俺様は一回戻るか。他の連中は、ブライアンとかデザ公あたりの真面目チャンが片付けんだろぉ」


 包んで置いておいたモノを拾い上げると、男は迷いのない足取りで帰路に就く。


 途中でポツリと、小さく呟く。


「キャンディ、ダル、――待ってろよぉ」



 ひどく哀切の滲む声音だった。




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