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第8章 2

 ◇



「しゃあ、おんしゃあ! ぶちまわすぞ!!」


 第五騎士団団長エナミ・イースヴィレットが、自慢の大槍を突き出しながら目の前の敵に怒鳴り付ける。

 訛りのキツい言葉に、腹にズンと響くような太い声。

 それこそゴブリンやボガード程度の魔物なら声の圧力だけで怯ませる事ができ、気迫の篭った視線と同時に浴びれば大抵の者は震え上がって尻餅をつく。


「グガアアアアアアアッ!!」


 そんなエナミと向かい合う化け物は、しかし怯んだ様子も見せずに吼え声をあげる。どちらかといえばエナミの気迫に触発され、気合いを入れたようだった。

 オーガバーサーカー。身の丈三メートル近い鬼の狂戦士。超重量の大剣をぶんと振り上げ、エナミ目掛けて力強く降り下ろす。

 鬼の一撃を大槍の柄で受け止めるエナミ。叩き付けられた衝撃をまともに喰らうが、負けじとそれを払い飛ばし反撃に移る。

 オーガにも劣らぬと自負する筋力で、オーガバーサーカーの身の丈と変わらない長さの大槍を存分に突き出した。

 迫る大槍を、鬼の狂戦士は首を振って躱す。二度三度、続けざまに繰り出される激しい突きに、思わず一歩後退した。


どいた(どうした)化けモンっ! そんなもんかや!?」

「ッ!」


 唸りをあげてしなる槍。持ち方を変えて目一杯穂先を伸ばし、退がった鬼を追い縋る。槍の刃先は強固な鬼の皮膚をいとも容易く切り裂き、突かれた肩口から血が噴き出す。


「たっすいにゃあ!! しいよい(やりやすい)わ!!」


 石突付近を両手で握り、真横に大槍を振りかぶるエナミ。握り締め、太い木製の柄がミシミシと軋むが、関係ないとばかりに振り抜いた。

 ビュウと風を切る。三メートル近い大槍で、目前の空間を薙ぎ払った。穂先より少し手前の部分がオーガバーサーカーの胴をとらえ、その巨体を弾き飛ばした。遠心力を存分に乗せた一撃ではあるが、馬と変わらない重量の鬼を平然と吹き飛ばすのはやはり人間業ではない。

 壁に激突した鬼に追い討ちを掛けようとしたところで、大量の石飛礫が横合いから飛んできた。防御しつつそちらを見れば、十数メートル離れたところから、オーガウィザードが次なる呪文を唱えようとしているところであった。


「……へごすか」


 エナミはすぐさま目標を切り替えると、鬼の魔術師に向き直る。遠くからチマチマ刺されるのは嫌いだし、チマチマやるのも嫌いだ。

だから一撃で仕留める。

 大槍を腰溜めに構え、重心を落とす。

 穂先をぴたりと定めると、一気に駆け出した。


 最初の一歩で伸び。

 次の一歩で更に伸び。

 一歩踏み締めるたびにグングン加速していく。

 対抗すべしとオーガウィザードは、石壁魔術ストーンウォールによって彼我の間に防御壁を生み出した。これによって突進を防ぎ、次の一手へ時間を稼ごうとしたのだ。が、エナミは。


「だらあっ!!」

「!?」


 陸上の短距離走者と見紛うような常人離れした加速力で距離を詰めると、何の躊躇もなく石壁に突っ込んだ。槍の穂先が衝突するがその勢いはまるで衰えず、破片を撒き散らして石壁に風穴を開ける。

 驚愕するオーガウィザード。もはやそこで勝負有りであった。

 穂先が鬼の胸を軽々と貫き、衝撃で地面から身体が浮かび上がる。エナミは急制動を掛けながら鬼の肉体を更に高く持ち上げ、脳天から地面に叩き付けた。

 熟れた果実が落ちたように、地面に赤い花が咲く。叩き付けたと同時に、槍の柄が中ほどで折れた。


「ん、イカン。またやっちしもうた」


 べっきり折れた槍の柄を見て、言葉ばかりは悔やむようなことを言う。声も、表情も、まったく気落ちした様子はないのだが。彼にとってはいつものことで、何かを思うような出来事ではない。


「まあえいわ」


 折れたままの槍を持って振り返れば、のそりと起き上がったオーガバーサーカーの姿がある。

 鬼は、エナミの槍が折れたのを見て取ると、凶暴な顔面を歪ませて笑った。敵が武器を失ったのだから、笑いたくもなるだろう。


「たっすいにゃあ」


 折れた柄を放り捨てるエナミ。どこか失望したような表情を浮かべると、素手のまま、先程と同じように突進していく。

 嬉々として迎え撃つオーガ。大剣を振り上げ、全力で突っ込んでくるエナミを見据える。剣の間合いに入れば、そのまま両断してやろうという腹積もりだ。素手のままでどうするつもりかは知らないが、素手と大剣なら間違いなく自分が勝つ。と、考えているようだ。


もんちこい(帰ってこい)


 そしてエナミが最高速度に達し、次の瞬間には剣の間合いに入るというとき。

 エナミは、呼んだ。



「――呼来槍(こらいそう)



 相棒の名を。


「――ッ!!?」


 オーガの腹に、深々と大槍(・ ・)が突き立てられる。

 折れて投げ捨てたはずの大槍が、いつの間にか元通りになってエナミの手元に戻ってきていた。

 エナミの手に、ズブリと腹を食い破る感触が伝わった。エナミは烈火の如く吼えた。


「ぬう、りゃあああああああああ!」


 鬼の背中から、穂先が飛び出す。完全に突き破った。

 それでも足は止まらない。エナミは、刺さったままで動かなくなった槍から手を離し、肩口から鬼に体当たりを喰らわせる。ダメージによって身体の力が抜けていた鬼は衝撃に煽られよろめき、ふらふらと後ずさる。


「呼来槍!」


 呼べば、何度でも手元に帰って来る。

 魔化武器『呼来槍』は鬼の腹から一瞬で消失すると、次の瞬間には構えるエナミの手の中に納まっていた。

 トドメは、首への一突きだった。

 頚椎を根こそぎ千切られた鬼は、膝から崩れ落ちて息絶えた。


「よいよ、人を嘗めた化けモンや」


 引き抜いた槍を振って血払いしたエナミがぼやく。

 辺りを見回して、次の相手を探しにいこうかとしたところで、どこからともなく声が掛かった。


「流石に、強いじゃない」

「おん?」


 聞いたことのない、女の声であった。

 もう一度見回すと、見つけた。


「……出たにゃあ」


 真っ白い髪と肌、真っ赤な目と爪。黒々とした服を着た、美しい女。


 リャナンシーが、現れた。




 第四騎士団団長デザイア・ドランキッシュは、首都に残していた団員たちとともに活動していた。

 魔物たちの集団を発見すればまず自分が飛び込み、厄介な魔物を斬り捨てたうえで残りの掃討及び制圧を部下に任せるという流れだ。

 このやり方で、既に四つほど集団を壊滅させている。

 先程の集団などはインビジブルアサシンが姿を消して数体紛れ込んでいたのだが、デザイアの勘の前では無力である。全て、襲い掛かってくる前に一太刀で切り伏せた。無駄死にもいいところである。


「む、次がいたぞ」


 鼻をすんすんと鳴らし、左手に持った騎士剣で丁字路の先を指し示す。

 左に曲がって十五メートル先。デザイアの鼻は、そこにいる魔物たちの臭いを捉えた。


 団員たちは気を引き締め、デザイアの後に続く。

 角を曲がった先にいたのは――。


「……ちっ」


 思わず舌打ちするデザイア。無理もない。

 まず十体ほどのボガード、こちらは何の問題ない。次に二体のオーガウィザード、こちらも多少厄介ではあるものの、きちんと対応すれば問題はない。

 だが、その奥にいる三体(・ ・)のアイアンゴーレムは非常に強力な相手だ。とても、団員たちには任せられない。

 デザイアは、すぐさま決断を下した。

 分団長の一人に、命令する。


「お前らは、あのゴーレムに決して近付くな。手前の連中を相手しろ」

「……しかし、それでは」

「分かったな?」


 有無を言わせない団長の態度に、分団長も無言のまま頷く。

 デザイアは単独で駆け出すと、こちらに気付いて斬りかかってくるボガードたちには目もくれずにその間をすり抜けていく。

 緩慢な動作でこちらに向き直ろうとしているゴーレムたちの足元に辿り着くと、両手の剣を握り直した。


「さて、何発(・ ・)必要だ?」




「……ここにもいやがらねぇか」


 月明かりさえも射し込まない真っ暗な路地裏の細道を、音もなく歩く男が一人。

 何かを探しているのか、時折物陰などを覗き込みながら移動していた男は、苛立ち混じりにそう呟いた。


 第三騎士団団長チャスカ・キャリーは、団員たちの指揮を副団長に丸投げして単独行動を行っていた。

 ファニーフィールやエナミも似たようなものなのだが、あちらの目的が他の団員たちの手に余る強敵の排除であるのに対し、こちらは全く別の意図で動いている。


「ゴーレムの動きからして、この辺なのは間違いねぇんだがなぁあ」


 この男の目的は、ゴーレムに命令を出している存在を見つけることだ。

 チャスカは、ソイツに聞かねばならないことがある。


「ここかぁ?」


 ガラクタの入った木箱のふたを持ち上げ、首を傾げる。もちろんそんなところにいるはずはない。


「そんなわけないでしょ、バカじゃないの?」


 呆れたような声がした。

 歳若そうな、女の声だ。

 暗闇に紛れて、チャスカが仄暗い笑みを浮かべた。


「いたなあぁああ」


 路地の先から姿を現したリャナンシーに、チャスカは粘つくような視線を向けた。光源などないに等しいのに、緑色の瞳だけはギラギラと輝いている。

 生理的な嫌悪感を催したのか、リャナンシーは嫌そうに顔を顰めて吐き捨てた。


「なによ、気持ち悪いわね」

「ふっへっへ、よぉく言われるよ」

「で、アタシに何の用?」


 リャナンシーは、距離を取ったままチャスカに問うた。

 チャスカは仄暗い笑みを浮かべたまま、答えた。


「聞きたいことがあってなあ、お前を、尋問しに来た」

「そう簡単に――」


 「話すわけないでしょ」と続けようとした。

 しかし、チャスカは被せるようにして遮った。


「話すさ、嫌でもな」

「――!」

「お前に出来ることは二つだけだ。自分から話すか、俺様に拷問(・ ・)されて話すか、だ」


 途端にチャスカは、底冷えするような冷たい目付きになる。何をされても不思議じゃないような、そんな目に。

 女は、不愉快そうに睨み返した。チャスカにはそれが、虚勢を張っているようにも見えた。


「……やれるもんなら、やってみなさいよ!」


 真っ赤な爪を構えて、戦闘態勢に入るリャナンシー。

 チャスカは、両腰に吊っている得物をそれぞれ手に取ると、滑るように動き出す。


 だぼっとした騎士団の制服の下で、ゴソゴソと何かが蠢いていた。




「ふんぬっ!」


 豪快な掛け声とともにメイスを振り下ろしたのは、第二騎士団団長のブライアン・ベルガモットだ。

 長身から繰り出された一撃はアイアンゴーレムの脚部関節を完全に破壊し、為すすべもなく転倒させる。

 そこに他の団員たちの何人かが取り付いて粘着性のある油をかけると、松明を持った一人が火を放った。


 ゴーレムの全身に絡みつくように火が回る。

 すぐさま団員たちは傍を離れ、その間に移動したブライアンが、ゴーレムの頭部に向かってメイスを振るう。

 ドゴン、ドゴンと数度叩き付けると、やがてゴーレムは動かなくなった。


「やれやれじゃのう」


 アイアンゴーレムが暴れていると聞いて騎士剣からメイスに武器を持ち替えているブライアンは、これでようやく四体目かと溜め息を吐いた。

 ドゥームやゴーレムといった剣では戦いにくい敵を優先して倒しているのだが、次から次へと切りがない。


「いったい、いつになったら止むんじゃ」


 その言葉に答えられる者はいない。

 もしいるとすれば、それはこの騒動を起こした者たちだけだろう。


 少し離れたところでは、副団長のジャノ(ドワーフである)が巨大ハンマーでドゥームを叩き壊していた。

 メイスと一緒に盾を装備しているブライアンとは違い、両手持ちの大鎚を振り回すジャノは近くに味方がいるとたまに巻き込んだりする荒っぽい男である。

 よってあちらには団員が付いていないのだが、まあ、いつものことだ。本人も、まるで気にしていない。


「相変わらずじゃのう……」


 苦笑混じりに呟くと、ブライアンたちのいる場所から離れたところで、唐突に火柱があがった。夜空の月を焦がさんばかりの、巨大な火柱が。

 場所はだいぶ離れているが、すでに発生している火災とは明らかに発生源が違うと分かる。

 あんなことをする心当たりが、団員たちにはあるのだ。


 ブライアンは、もう一度溜め息混じりに呟いた。



「お前も相変わらずじゃのう、――アレックス」




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